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水のない噴水10

2012/11/17 Sat 04:26

水のない噴水10



 ワイドスパンの角部屋は、明るい朝の日差しをこれでもかというくらいに部屋に注ぎ込んでいた。
 静まり返った朝の部屋に黒いガーターストッキングが白い脹ら脛をスルスルと滑る乾いた音が響いていた。
 両脚に黒いガーターストッキングを履き終えると、まるでそれを双眼鏡で覗いていたかのように、タイミング良く部屋のインターホンが鳴った。
 カーテンの隙間から朝の六本木の街を見下ろした。13階下のマンションの入口に、黒光りするタクシーがハザードを点滅させているのが見えた。

 エレベーターを下りるなり、このマンションに住む女優の春風里緒奈と出会した。さすが宝塚出身だけあって見上げるほどに背が高く、そして美しい。
 春風里緒奈は涼子を見るなり、真っ赤な口紅を優しく歪めながら「あら」と微笑んだ。春風里緒奈とは、以前、TBSの番組で一緒になった事があった。
「あなたもこのマンションに住んでたの?」
 春風里緒奈はそう微笑みながらエレベーターに乗り込んで来た。
 涼子は「13階に住んでます」と丁重に挨拶しながらエレベーターを下りた。
「そうだったの」と微笑みながら頷く春風里緒奈は、「武田さんによろしくね」と捨て台詞を残してエレベーターのドアを閉めた。武田がこのマンションの13階階に部屋を持っている事を春風里緒奈はお見通しだった。

 まるでローマの宮殿のような巨大なエントランスは、怖いくらいに静まり返っていた。
 寒々とした大理石の床にヒールの踵が響かせながら自動ドアを出ると、ビルとビルの隙間を走り回る都会の風が涼子の黒髪を乱暴に靡かせた。
「長谷川様ですね」
 品の良さそうな運転手が微笑んだ。
 今までのマンションなら、運転手は車内に乗ったまま後部ドアを開いていた。しかし、この新しいマンションに越して来てからは、運転手はわざわざ車の外で出迎えし、真っ白な手袋をはめた手で後部ドアを開けてくれるようになった。
 涼子は運転手に小さく会釈しながら、このマンションの住人らしく優雅に座席に乗り込んだ。運転手はそんな涼子にニコッと微笑みながら静かにドアを閉めた。
「NHKホールまでお願いします」
 そう告げた涼子に、運転手は慣れた表情で「かしこまりました」と深く頷くと、車は朝の六本木の雑踏の中に消えていったのだった。

 涼子がこのマンションに超して来たのは、ミラノから帰国してすぐの事だった。
 一年前、ロンドンで開催されたAGGビジュアルアート大賞で『畏怖心からの解放』が高く評価された涼子は、その一ヶ月後、早くもミラノのモデルエージェンシーにヘッドハンティングされ事務所を移籍していた。
 そのモデルエージェンシーは、世界中のファッションブランドと提携している最大手だった。『畏怖心からの解放』で日本的な妖艶イメージを得た涼子は『HIMIKO』という名で売り出され、シャルネやブロガリといった大手ブランドのパンフレットに次々と登場するようになっていた。
 それもこれも全て武田のおかげだった。ミラノのモデルエージェンシーに涼子を売り込んだのも、シャルネのパンフに涼子を起用させたのも武田だった。
 凉子はそんな武田の期待に応えた。ますます美しくなり、仕事もどんどん増えていった。
 武田は涼子を見事に世界に羽ばたかせた。今やイタリアでもフランスでも『HIMIKO』の名を知らない業界人はいないほどだった。
 そこまで凉子を売り込んだ武田は、その見返りとして涼子を性奴隷として扱った。そう、凉子は世界レベルのトップモデルになると同時に、武田のアトミックボムとして活躍するようになったのだった。

『HIMIKO』の名が世界的に広がり始めた頃、武田はさっそく涼子を日本に呼び戻し、東京の一等地に聳え立つマンションの一部屋を与えた。
 武田が涼子を日本に呼び戻した理由は、世界的に名を馳せたモデルなら、その肩書きだけで最高のアトミックボムとして使えるからだった。
 日本に戻るなり、凉子はアトミックボムとして武田に調教された。尻の右側に『HIMIKO』とタトゥーを彫り込まれ、性奴隷としての刻印を押された。
 武田に調教された涼子は、大手企業の重役達をたちまち虜にした。豚のような親父達は、夜な夜な涼子の肉体に群がり、溺れ、そして武田に多額のスポンサー料を支払うのだった。
 武田の目論みは見事に成功した。しかし、このままボムとしてダラダラ使っていても、さすがの涼子の肉体もいつかは飽きられてしまう。
 そこで考えた武田は、涼子をテレビ局に売り込む事にした。一流モデルだけでなく、テレビの人気タレントという肩書きも手に入れてしまえば、涼子のボムとしての寿命も長引かせる事ができると考えたのだ。
 そんな武田の売り込みに、俗欲的なテレビ局はすぐに喰い付いて来た。
 さっそく、SNAPの仲江君が司会をつとめる人気バラエティ番組で特番が組まれた。
『昨日まで一般モデルだった女が、一夜にして世界的なモデルに変身したシンデレラストーリー』
 そう題された特番は、実に大袈裟な再現VTRと、HIMIKOを世に出した武田のデタラメな苦労話ばかりだった。仲江君の横にポツンと座っている涼子は、武田の指示通りに、ただただ黙って嘘泣きをしているだけだった。
 しかし、そんな嘘で固められた番組でもその反響は大きかった。涼子はタレント業界でも脚光を浴びるようになり、他の番組からもオファーがどんどん舞い込んで来た。
 そうなるとボムとしての価値は飛び上がった。テレビ出演の回数が増えれば増える分だけ、それに比例して豚共の性欲処理として使われる回数が増えた。
 しかも、それまで紳士だった豚共は、涼子がテレビに出るようになるなりいきなり豹変した。昨夜テレビで観ていたタレントが、今、自分のペニスで喘ぎ声を出していると思うと、豚共は居ても立ってもいられない興奮を覚えるらしく、突然、凶暴になるのだ。
 武田からはそんな豚には十分気をつけろと言われていた。つい先日も、やはり涼子と同じようにプロダクションのボムとして使われていた下戸彩が、大興奮した豚に子宮を破壊されてしまったらしい。
 しかし、十分気をつけろと言われても、涼子にはどうする事もできなかった。
 豚に逆らえばボムとして生きて行けなくなった。又、豚の変態行為に許しを乞えば乞うほど、サディスティックな豚は喜び、その興奮は増していくばかりで逆効果となった。
 だから、凶暴な豚を相手にする時は人形になるしかなかった。鼻息の荒い豚に攻められている間は、私は人間ではないと自分に言い聞かせ、ひたすら無感情のまま豚の欲望が果てるのを待つしかなかったのだった。

 武田のアトミックボムとして豚共に股を開くその生活は、まさに、あの時と同じだった。
 彼の命令の元、あの歌舞伎町の薄暗い路地やカビ臭い廃墟などで、見ず知らずのホームレス達に抱かれていた時と何ら変りなかった。
 しかし、状況は同じでも気持ちは全く違った。
 あの時は彼に対する愛があった。だから、どれだけ汚い男でも、どんなに危険な男でも我慢する事ができた。そして更に、愛する彼が、陵辱される自分を見て興奮しているという事に、密かに快楽を感じたりしていた。
 しかし今は違う。今は自分の出世欲だけで豚のような国会議員のペニスをしゃぶり、大企業の社長に荒縄で縛られている。
 そこに愛はなかった。快楽など全くなかった。あるのは、ひたすら続く膣の痛みと激しい嫌悪感だけだった。
 だから涼子は豚が帰った後は必ずオナニーをした。吐き気を催すほどの嫌悪感を紛らわす為に、あの表参道のスタジオで別れたきり一度も会っていない彼を思い出して、自分を慰めていたのだった。

 そんなある日、『爆笑していいとも!』のテレホンコーナーのオファーが来た。
 それは、つい先日、その番組のプロデューサーと、番組のメイン司会をつとめるリモタというサングラスの男と3Pをさせられていたからだった。
 それを涼子に伝えた武田は、階下に広がる六本木の夜景を見下ろしながら「こんなに早くオファーが来るとは思っていなかったよ。あのプロデューサーなかなかやるじゃねぇか」と不敵に微笑み、よく冷えたシャンパンを一気に飲み干した。
「あの番組に出ちゃえばこっちのもんだ。知名度は一気に上がるぜ」
 そう嬉しそうに笑いながら、武田は満足げにソファーに腰を下ろした。
 しかし、涼子は不安だった。それは、リモタの本性を知ってしまっていたからだった。
 リモタは変態だった。セックスの最中にいきなりイグアナのモノマネを始め、しつこいくらいに陰部を舐め続けていた。挙げ句の果てには、涼子とプロデューサーの結合部分までペロペロと舐め出し、最後にはプロデューサーの精液まで飲んでしまうほどの異常さだった。
 リモタがホモで変態でヅラだという事実を知ってしまった涼子は、いったいどんな顔をしてリモタとトークすればいいんだと困惑していた。
 それを武田に告げ、「なんだか、やりにくいなぁ……」と苦笑いすると、武田はグラスにシャンペンを注ぎながら「この人の包茎の皮を捲ったらチンカスで真っ白だったよって、国民の皆様に正直に言ってやればいいじゃん」とニヤニヤと笑った。
「そんな事言えないよぅ」と涼子が笑った瞬間、不意にクローゼットの奥から古い携帯電話のメール着信音が聞こえて来た。
 武田は、シャンペンをクピッと一口飲みながら、「なんだありゃ?」と、そのヘンテコなメロディーに首を傾げた。
 そのメロディーを聞いた瞬間、涼子の体が凍りついた。脳の奥で封印されていた記憶が一気に溢れ出し、薄気味悪い廃墟の雰囲気と、仄かな彼の体臭が鮮明に甦った。
 その着信音は、二年間音信不通だった彼専用の着信音だった。

「ダセぇ着信音だな」
 せせら笑いながらテレビを見ている武田を横目に、涼子はクローゼットへと向かった。
 それは、古い友人や家族専用として取っておいた携帯だった。まさか彼からメールが届くとは思ってもいなかった涼子は、嫌な予感を感じながらもバッグの中から携帯を取り出した。
 武田から隠れるようにして静かに携帯を開いた。
 サッと目で読んでゾッとした。携帯を握る涼子の手が震えた。下唇を噛みながら、黙ってメールを何度も読み返した。
 そして、三回読み直した後、震える指でそこに添付されていた画像を恐る恐る開いたのだった。

『涼子、久しぶりだな。
いや、今はHIMIKO様と呼ばなきゃダメか(笑)
この前、偶然、テレビでお前を見たよ。
SNAPの仲江が司会してる番組だよ。
あのVTR、腹を抱えて笑っちゃったよ。
よくもあそこまでデタラメなストーリーが作れるもんだよ。
もしかして武田は、お前を清純路線で売り出そうとしてるのか(笑)
ま、そんな事はどうでもいいや。
本題に入る。
黙ってこの写真、百万で買ってくれ。
もしお前が買わないなら、他に売る。
バカの武田とよく相談して連絡くれ。
じゃあな。

清純スターを目指すHIMIKO様へ』

 それは、彼がハローワークで声を掛けて連れて来た四人の男達と乱交させられている写真だった。
 涼子は、武田に見られぬ前に急いでメールを消去した。
 それは、こんな写真で脅迫されている事を武田が知れば、今後のHIMIKOの売り出しをやめるかもしれないと思ったからだ。さすがの武田でも、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えたタレントに多額の経費をかけるわけがないのだ。
 そんな涼子の頭に、ふと淡蜜が過った。
 淡蜜というのは、ひと昔前、一世を風靡したセクシータレントだった。実は彼女も武田が抱えるボムの一人だった。
 武田の売り出しのおかげで、わずかひと月足らずでセクシータレントの頂点にまで伸し上がった彼女だったが、しかし、デビュー前に撮った卑猥な写真をネットの画像掲示板に晒されてしまった事により真っ逆さまに転落した。
 その写真をネットに投稿したのは、淡蜜の元彼だった。武田のプロデュースのおかげで一気に人気が急上昇した淡蜜は、当日付き合っていた彼に一方的に別れを告げ、そのまま放置していたのだ。
 何度連絡しても会ってくれない淡蜜に恨みを抱いた元彼はストーカーと化した。そして遂に元彼は、見るも無惨な淡蜜の過去をネットに晒したのだった。
 当時の淡蜜は、NHKの朝の連ドラに出演が決まっていた。セクシータレントがNHKの朝の連ドラに出演するのは異例中の異例であり前代未聞だった。
 それもこれも全て武田が仕組んだ事だった。NHKのプロデューサーに淡蜜を抱かせ、多額の賄賂を使い、そうやって手に入れたものだった。
 しかし、その写真がネットに晒された瞬間、全てが水の泡となった。
 それは、イチジク浣腸をされて下痢糞を噴き出している写真だった。あまりにもセンセーショナルであり、日本中の週刊誌が競い合うようにしてこの写真について書きまくった。
 これが明るみになりNHKはさっそく淡蜜を切り捨てた。
 これには、さすがの武田の権力と金と女を使っても、もはやどうする事もできなかったのだった。

 そんな淡蜜の死に様を見てもわかるように、この件は武田には絶対に相談できないと思った。
 武田は、この時の淡蜜事件で二千万近いの損失を出しているのだ。そんな武田にこれを相談した瞬間、このプロジェクトから外されるのは火を見るよりも明らかだった。そして、プロジェクトから外されれば、そのままAV会社に安売りされ、日本で飽きられれば韓国、韓国で飽きられればタイ、タイで飽きられればフィリピンへと、たらい回しにされるだろう。淡蜜と同じ道を辿るのは目に見えているのだ。
 
 凉子は自分で何とかしなければと思った。
 彼が持っている写真はこの一枚だけではなかった。この他にも、深夜映画館で薄汚い男たちに輪姦されている写真や、明け方の歌舞伎町の路上で黒人男のペニスを銜えながら放尿している写真もあったはずだ。極めつけはゴールデンレトリバーのペニスを舐めさせられている写真だ。もしあれを世に出されれば、この業界だけでなく社会そのものから追放されてしまうだろう。
 そんな写真の枚数は相当あるはずだった。以前、何かの拍子で彼のPCを見た時、『凉子野外淫写X』と書かれたフォルダーがあり、その中には三百枚近くの画像が保存されていたのを覚えている。
 単純に考えても一枚百万円として三百枚で三億だった。これでは、一生、彼に強請られながら生きていかなければならないのだ。
 青ざめる凉子は、この地獄から抜け出すにはもはや方法は一つしかないと思った。
 豚のような親父達に汚されながら必死で手に入れた今の地位を、こんなことで失うわけにはいかないのだ。
(彼を殺そう……)
 凉子はそう決心した。
 HIMIKOの名前は自分の力で守らなければならない。
 涼子はそう強く誓ったのだった。

(つづく)

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