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水のない噴水3

2012/11/17 Sat 04:26

水のない噴水8



 その日は、朝からうだるように暑かった。近所のカフェで彼と待ち合わせをしていた涼子は、飲みかけのアイスミルクティーの氷をストローでカラコロと鳴らしていた。
 今風のおしゃれなカフェは、床も壁も天井もコンクリートで囲まれ真っ白に塗られていた。冷凍庫のようにエアコンの効いた店内には心地良いボサノヴァが流れ、窓から見える街路樹の緑が目を癒してくれていた。
 そんな街路樹の脇に彼の車が静かに止まった。既に彼は三十分遅れていた。

 彼は車から下りないままカフェに向かって手を振った。
 夏の直射日光に照らされながら微笑む彼の目は、異様な程に輝いていた。彼はいつになく上機嫌のようだった。
 車内ではずっと喋りっぱなしだった。
 涼子は、いつ武田の事を彼に話そうかとタイミングを見計らっていたが、しかし、その異常とも思える彼のテンションの高さは、その隙を与えてはくれなかった。
 彼に連れて来られたのは箱根の山奥だった。
 その山頂に、巨大パチンコチェーンの元会長だったという人の別荘があるらしく、彼は興奮気味にハンドルを握っていた。
 細い山道をくねくねと上って行くと、泥臭い沼の畔に建てられたレンガ作りの巨大な別荘が見えて来た。
 さすがパチンコチェーンの会長だけあって、顔を顰めたくなるほどに品格の欠けた外観で、見るからにバブルの狂乱を物語っていた。
 破壊されたボートが所々に放置されたボート乗り場に車を止めた。ドアを開けるなり無数の羽蟲が狂喜乱舞し、ふと、涼子の頭に『13日の金曜日』の映画のワンシーンが甦った。
 沼地の湿った土を踏みしめながら別荘に向かって歩いて行くと、『焚き火厳禁』と書かれた看板に、破れたストッキングがぶら下がっているのが見えた。
「別荘のオーナーだったパチンコ屋の会長はね、二十年前にこの別荘で自殺してるんだ」
 彼は、それが何でもない事のようにサラリと言った。
 一瞬、足を止めかけた涼子だったが、しかし、ここまで来て今更後戻りはできなかった。
 レンガ作りの門扉は、背丈ほどもある雑草に覆い隠されていた。
「散弾銃を口に銜えてズドーンだってさ」
 バサバサと雑草を掻き分けながら彼は笑った。
 入口には杉板がバッテンに打ち付けられていた。そこに『立入禁止・新井不動産』という看板が掲げられ、その看板の下には、『防犯カメラ設置。侵入者は通報します』とマジックで殴り書きされていた。
 入口を塞ぐように建てられていたバリケードだったが、しかし、肝心のドアが無惨に破壊されている為、バッテンの杉板を潜れば容易に侵入する事ができた。
 そんな意味のないバリケードと、子供騙しなマジックの注意書きから見て、いかに新井不動産という会社がずさんな管理をしているかが伺えた。
 杉板を潜って中に入ると、案の定、建物の中は荒れ放題だった。
 豪華なクロスが張られていた壁には、下品なスプレーの落書きが所狭しと描かれ、ヨーロピアン調の調度品や装飾品は全てバットのような物で叩き壊されていた。
 静まり返った廃墟には、夏だというのに異様な冷気が漂っていた。
 日陰に漂う饐えた冷気は卑猥さと狂気に満ち溢れており、彼の後に付いて歩く涼子はその気味悪さにおもわず身震いした。
 彼は慣れた足取りで階段を上り始めた。階段には、何故か緑色の小さな玉が無数に散らばり、涼子のヒールの踵を不安定にさせた。
 恐る恐る階段を上りながらその緑色の玉を怪訝そうに見ていると、不意に彼が振り向き、「それはBB弾だよ。ここはサバイバルゲームには持って来いの場所なのさ」と笑った。
 二階に上がると赤絨毯の廊下が奥へ奥へと続いていた。
 廊下の両サイドにはズラリと部屋が並び、その全ての部屋のドアは無惨に破壊されていた。壊れたドアの隙間から廊下に午後の日差しが注ぎ込み、そこに舞い散る大量の埃を幻想的にキラキラと輝かせていた。

 階段横にある倉庫のような部屋に入ると、強烈なカビの匂いに包まれた。その小さな部屋はミニキッチンらしく、錆びた給湯器や口を開いたままの冷蔵庫が放置されていた。
 その部屋の突き当りにある割れたサッシから、広いベランダに出る事ができた。
 彼はガラスの破片をバリバリと踏みしめながらベランダに出た。夏の直射日光に照らされた彼は、恐る恐るミニキッチンを進む涼子に「早くおいでよ」と笑ったのだった。
 やっと陰湿な空気から解放された涼子は、ベランダの隅でカメラをセットしている彼を横目に、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。
 広いベランダはレンガの塀に囲まれていた。その塀を覗き込むと壮大な大自然が目の前に広がっており、森林特有の爽やかな風が涼子の頬を優しく撫でた。
 こんな巨大な塀でベランダを囲んでしまうと、せっかくの爽やかな風とこの壮大な景観が台無しだと思っていると、不意に背後からシャッター音が聞こえて来た。ソッと振り返ると、ファインダーを覗き込む彼は「そのまま、自然体で……」と低く呟きながら次々にシャッターを押し始めていたのだった。

 涼子は様々なポーズを見せた。表情、目線、指先まで、いつもの彼の趣味に合わせ演出した。しかし彼はいつもと違った。それらのポーズを悉く却下したのだ。
「いちいち笑うなよ……自然体でって言ってるだろ……わざわざ小指なんか噛まなくてもいいよ、つまらない仕草はしないでくれ……」
 彼は不機嫌そうに言いながらシャッターを押した。そして、その不機嫌な口調のまま、いきなり「しゃがんで」と指示を出してきた。
 涼子が言われるがままにレンガ塀の隅に腰を下ろした。彼は涼子の身体を舐めるようにして、上から下から斜めからと次々に撮りまくった。
 黙ったままシャッター音を聞いていた涼子は、これではベランダから見える大自然が塀で隠れてしまい、せっかくのロケーションが台無しだと思った。
 涼子は、彼は何かに焦っていると思った。彼がこの素晴らしい景色に興味を示さないのは、酷く焦っている証拠だと思った。
 そう思いながらシャッターを押しまくる彼を見ていると、ふと、この塀に囲まれたベランダを作った別荘のオーナーも、きっと何かに焦っていたんだろうと思えてならなかった。

 そんな彼が急変したのは、レンガ塀に凭れてジッとしゃがんでいた涼子が、不意に体勢を変えた時だった。
 両脚を閉じたまましゃがみっぱなしだった涼子は、右足を庇うようにしながら小石が散らばるコンクリートの床に左足の膝を落とした。
 ジーンズが突っ張り、パンパンになった太ももが夏の太陽に照らされた。
 すると彼は「いいねぇ……」と笑いながら、すかさず涼子に左手を伸ばして来た。そして、白いチュニックの胸元に人差し指を引っ掛けると、凄い早さでそれをズリ下げたのだった。
 真っ白なブラジャーが白い光を放った。
 驚いた涼子がズリ下げられた胸元を慌てて元に戻そうとすると、彼は涼子のその手を止めた。
「ブラジャーも取って……」
 彼は恐ろしい目で涼子を睨みながら言った。
「どうして……」
 涼子は声を震わせながら彼を見た。
 涼子にとってヌードになる事など別にどうでもよかった。彼が裸の写真を撮りたいというのならいくらでも撮らせてあげた。
 しかし、彼ほどヌード写真を嫌っていた男はいなかった。彼は、雑誌に載っている他人のグラビア写真でさえ不潔だと嫌がる性格だったのだ。
 そんな彼の豹変に涼子は戸惑っていた。
 こんな廃墟に来たのも、いきなりヌードを撮ろうとするのも、全て元彼のメールが原因である事はわかっていたが、しかし、だからといって、なぜここまで彼のセンスが逆転してしまったのか不思議でならなかった。
「いいから黙って早く脱げよ……ここ、暑くて堪んねぇよ……」
 彼は不貞腐れたようにそう言いながら、日焼けした腕で額の汗を拭った。
 涼子は黙ったまま彼の言う事に従う事にした。例えあのメールに何も疾しい事がなかったにしろ、彼を傷つけてしまった以上、彼の思うようにさせてやるべきだと思ったのだ。
 後手にブラジャーのホックを外すと、彼はファインダーを覗き込んだままそれを奪い取り、後に投げ捨てた。真っ白な胸に小さな乳首が二つ並んで脅えていた。
「乳首、立たせろよ……」
 彼はレンズを回しながら言った。
 鼻の奥にツーンっとくる屈辱を感じながら、涼子は震える人差し指で乳首を転がした。一瞬にして乳首は固くなった。二つの乳首が、ピンっと上を向くのを、彼はレンズ越しに見つめながら笑っていたのだった。

 彼は勃起した乳首ばかりをアップで撮りまくっていた。もはやロケーションなど関係なく、これならマンションのリビングで撮っても同じだと涼子は思った。
「指に唾をつけて乳首に塗り込んでくれ……」
 彼が更にいやらしいポーズを要求してきた。今まで、コスモスの花弁を摘んでとか、小川の水を指で掬ってと指示して来た彼の言葉とは思えなかった。
 舌先を突き出し、人差し指の腹を舐めた。唾液のついた指で乳首をヌルヌルと転がすと、淫らな艶を帯びた乳首が太陽の光でてらてらと輝いた。その輝きを必死に撮っていた彼の鼻息は、涼子の耳にはっきりと届くくらい荒々しくなっていた。
 彼はカメラを向けたまま、いきなり涼子の身体を突き飛ばした。しゃがんでいた脚が崩れ、その場に尻餅を付くと、彼は畑を荒らすイノシシのような獰猛な鼻息を吐きながら、いきなり涼子のジーンズのボタンに手を掛けてきた。
「いや」
 涼子は慌てて彼の腕を押えた。しかし彼はそんな涼子の手を乱暴に振り払った。そして、もがく涼子の細い腰を左腕で押え、右手でジーンズを太ももまでズリ下ろした。
 ジーンズと一緒に下着まで捲れた。桃のように丸くて白くて大きな尻が無惨に曝け出され、荒んだ廃墟を背景に生々しく浮かんだ。
「そのまま動くな……」
 背後でそう呟く彼は、涼子の背中に連続してシャッター音を飛ばした。そのシャッター音が涼子の屈辱感を更に増した。
「腰を捻って、もっと尻を突き出して……」
 泣きたいくらいの屈辱に耐えながらも、涼子は言われるままに尻を突き出した。彼の性格から考えて、もし言う事を聞かなければ、もっともっと残酷な仕打ちをしてくるに違いないのだ。

「そうそう……いいぞ……じゃあ次は、そのままゆっくりと起き上がるんだ……もう一度、さっきみたいにしゃがんでくれ……」
 彼はそう言いながら小石が散らばるコンクリートの床にもぞもぞと寝そべり、ローアングルの体勢でカメラを構えた。
 この状態でしゃがめば陰部は丸見えだった。それどころか、裂け目はおしっこをする時のようにぱっくりと口を開き、内部まで曝け出してしまうのだ。
 胸や尻までならなんとか我慢できた。今までにも、仕事でセミヌードくらいは何度か経験した事がある。
 しかし陰部は違った。そこだけは別格だった。胸や尻はアートとして受け取られても、陰部は卑猥以外の何者でもなかった。たったその一部分が写っただけで、せっかくのアートが三流のエロ本レベルにまで落ちてしまうのだ。
 それを最も理解していたのは彼だった。潔癖性の彼は、どれだけ立派な賞を受賞した作品であっても、絶対にアラーキーや加納典明を認めなかった。
 彼は、彼らが今まで受賞した作品を見て、「これはエロシチズムでもなんでもない、これはただの汚物を撮ったにすぎない、こんな撮り方ではせっかくのモデルが汚く見えてしまう」と、嫌悪感を剥き出しにしながら斬り捨てていたくらいだった。
 しかし、そんな彼が、今、最も嫌っていた陰部をローアングルで撮影しようとしている。
 涼子の中でじくじくと広がっていた屈辱感が、次第に恐怖へと変わって来た。このままでは彼は、元彼から届いたメールを勘違いしたまま嫉妬と憎悪で狂い、その要求を更にエスカレートしていくに違いないと恐ろしくなった。
 このままでは彼がダメになってしまう。
 そう思った涼子は、おもいきって「聞いて欲しい事があるんだけど……」と彼の顔を見た。
 その瞬間、パシン! っと弾ける音と共に、一瞬、目の前が真っ暗になった。
 いきなり頬を打たれた涼子が、「違うのよ、あのメールは」と慌てて言うと、再び同じ頬がパシン! っと弾けた。
「言い訳なんて聞きたくない……そんなのはもういいから、ほら、早くしゃがんでくれよ……しゃがんで、股を開いて、その誰にでもヤらせる薄汚いオマンコを広げて見せてくれよ……」
 彼は卑屈な笑顔を浮かべながら笑った。
 生まれて始めて人に叩かれた。今まで、親にも先生にも一度だって打たれた事のない頬を、こんな理不尽な理由で叩かれた。
 涼子は絶望した。もうこの人には何を言っても通用しない。そう思いながらゆっくりと腰を上げると、開いた尻肉の中心をめがけてシャッター音が鳴り響いた。
「なんだよその表情は……お通夜じゃないんだからさぁ……おまえもプロならプロらしく、それなりのポーズ取って見せろよ……」
 ついさっきは自然体がいいんだと怒っておきながら、今度はポーズを取れと怒って来た。もはや彼の言ってる事は支離滅裂だった。涼子自身も、羞恥と屈辱と恐怖から、もう何が何だかわからなくなってきた。
 ジーンズを太ももまで下げ、おしっこをするようなしゃがんだ状態でポーズを取った。長い黒髪を指に絡ませレンズに視線を向けると、床に寝転がる彼の股間が歪に膨らんでいるのが見えたのだった。

「へぇ……女のこんな所なんてマジマジと見た事なかったけど……こうして見てみると結構絵になるもんだな……」
 彼はそう笑いながら、人差し指の先で涼子の肛門をつんつんっと突いた。驚いた肛門がキュッと窄まると、彼は更に笑いながら「カタツムリみたいだ」と吐き捨てた。
 いつの間にか彼はカメラを置いていた。肉眼でそこを覗き込みながら、いやらしくニヤニヤと笑っている。
「もう……いい?……」
 そう言いながら、涼子がそっと足下に視線を落とすと、ズボンの股間に手を押し込んだままモゾモゾしている彼と目が合った。
 彼は慌てて視線を反らした。
「ここは暑過ぎる」と気まずそうに起き上がると、ズボンの埃をパタパタと叩きながら「中で撮ろう」と呟いた。
 そのままスタスタと廃墟の中へと入って行く彼を、涼子は慌ててジーンズを履きながら目で追った。
 ふと、そんな彼の背中に、何やら真っ黒な影がしがみついているような気がした。

(つづく)

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