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水のない噴水4

2012/11/17 Sat 04:26

水のない噴水4



赤絨毯が敷かれた長い廊下を進む彼は、両サイドに並ぶ部屋の中をひとつひとつ興味深そうに覗きながら歩いていた。そして、一番奥の部屋で不意に足を止めると、一瞬、淋しそうな表情を見せた。
 彼は静かに部屋に入ると、キングサイズはあろうかと思われる大きなベッドの前で足を止め、「このベッドの上でズドーンしたんだ」と呟いた。
 所々が破れたマットからは黒々としたスプリングが飛び出し、そこらじゅうに焼き付けられた煙草の焦げ跡がまるでゴキブリの群れのようだった。
 彼はベッドの枕元の壁に広がっていた黒いシミを覗き込んだ。
「ここに全てがバッと飛び散ったんだな……」
 彼がまじまじと見つめるその黒いシミは、まるで巨大な黒蝶が大きく羽を広げているような形をしていた。
「全てが一瞬にしてバッと消える……さぞかし気持ち良かっただろうな……」
 彼はそう呟きながら、その黒いシミを指でなぞり始めた。
「やめて……」
 入口に立ちすくんでいた涼子は眉を顰めながら彼を咎めた。
 それでも彼はそんな涼子を無視し、黒いシミを更に指でなぞりながら言葉を続けた。
「この真っ黒いシミは……自殺したオーナーの脳味噌なんだ……この壁には、彼の無念が染み込んでいる。辛い事や、悲しい事や、悔しい事や、苦しい事。それらが怨念となってここにどっぷりと染み込んでいるんだ……」
「いやな事、言わないでよ……もう帰りましょうよ……」
 涼子は背筋をゾッとさせながら破壊された部屋を見回した。その薄気味悪いベッドの下には、精液が乾涸びたコンドームや破れたパンティーなどが散らばり、大勢の者達がそこで性欲を発散させた形跡がありありと残っているのだ。
 こんな不吉なベッドで愛し合うなんて余程の変態カップルだろうと眉を顰めていると、いきなり壁のシミを見つめていた彼が「早く寝ろよ」と呟いた。
「寝ろって……ここに?」
 涼子は驚きながら、黒いシミが飛び散っているマットを見た。
 彼の手が凄い勢いで伸びてきた。涼子の細い腕を掴むとそのままベッドに引きずり込んだ。
 錆びたスプリングがギギギッと軋んだ。まるで強姦されているかのように荒々しく服を脱がされた。「ちょっと待って」と言う隙さえ与えられぬまま、涼子は全裸にされた。
 彼のズボンのチャックから黒い肉棒が隆々と伸びていた。彼は自分でソレを上下に動かしながら、涼子の股間に指を這わせた。
 彼の指は、濡れていない裂け目をこじ開けた。無理矢理捻り込んだ指が粘膜を突っ張らせ、カミソリで切られたような痛みが走った。

 激痛を与えられながらも、涼子は破壊された天井を必死に見つめていた。
 天井は所々が破られ、そこからアスベストが吹き付けられた鉄骨が顔を出していた。
 しばらくすると、穴の奥底から汁がぬるぬると溢れ出し、次第に指の滑りが良くなって来た。
 その汁は、決して涼子が感じているからではなかった。これは、身体が勝手にその激痛を和らげようとして潤わせている自然な対抗汁だった。
 しかし彼はそう受け取らなかった。次々に溢れ出て来る汁を見ながら、「やっぱりおまえは変態だ」と決めつけ、そしてそのまま涼子の身体を反転させた。

 四つん這いにされた涼子の股間に光が射した。
 卑猥な花弁がべろりと垂れていた。彼はそれを間近に見つめながら、花弁に塞がれた裂け目を開こうとした。
 彼の指はヌルヌルと滑り、なかなか思うように開けなかった。やっと開かれた内部に彼の切ない息が吹き掛かった。そこで初めて、涼子は膣の奥底に微かな疼きを感じた。
「この穴の中を……糞男の汚いチンポが行ったり来たりと……」
 彼はそんな独り言を呟きながら、開いた桃肉に舌を伸ばした。
 涼子の体液と彼の舌がペプペプと粘着性のある音を立てた。
 その舌が陰核へと伸び、舌先が突起物をころんっと転がした瞬間、涼子の口からいやらしい声が洩れた。
 その声に反応した彼は、大型犬のようにハァハァと荒い息を吐きながら体を起こし、涼子の尻を両手で押え込んだ。
「スケベな女だな……こんな場所で、こんなに感じやがって……」
 彼はヌルヌルのワレメに亀頭を擦り付けながら低く唸った。
 そして「メス豚が……」と何度も呟きながら、ゆっくりゆっくり肉棒を滑り込ませてきたのだった。

 彼は腰を振りながら、まるで自分に言い聞かすかのように、「こいつは誰にでもこうやってヤらせてんだ」と呟いていた。
 四つん這いにされた涼子の目の前には、例の黒いシミがおどろおどろしく広がっていた。ふと、この壁に凭れながら散弾銃を口に銜えて震えている男の影が浮かんだ。背筋をゾッとさせながら、ドンっという破裂音と共に赤黒い肉片がバッと飛び散る瞬間を思い描くと、不意に、肉屋の前を通りかかった時に感じる生臭さが涼子の鼻孔に甦った。
「ここのオーナーは、どうして自殺したと思う……」
 突然彼が、ハァハァと荒い息を吐きながら聞いて来た。
 涼子は答えなかった。今、この場所でそんな話しは聞きたくなかった。
「バブルが弾け、銀行に見捨てられ、そして会社は倒産し全てが差し押さえられた……その絶望から自殺したものだと誰もがそう思うだろう……でも違うんだ……本当は全然違うんだ……ここのオーナーはバブルが弾けた事が原因で自殺したんじゃない……妻の浮気が原因で自殺したんだよ……」
 彼はそう言うなり涼子の尻肉を鷲掴みにした。爪が尻肉に激しく食い込み、涼子はおもわず「うっ」と唇を噛んだ。
「……オーナーの妻は、週末になるといつも息子と娘を連れてこの別荘に来てたんだ。年老いたメイドと運転手の男を連れてね。だけど、オーナーは仕事が忙しくて別荘には来れなかった。せっかく家族団欒を手に入れようと大金を注ぎ込んで作った別荘なのに、仕事が忙しくてなかなか行く事ができなかったんだ……」
 語り始めた彼の腰の動きが、幾分かスローになった。尻肉を鷲掴みにしていた指も次第に力が抜け、尻肉は赤く充血しながら元に戻っていた。
「オーナーは別荘に行きたかったんだ。そこで子供達と森を探検したり、沼でザリガニを捕ったり、そして妻と、この静かな森の中で夜更けまでゆっくりと語り明かしたかったんだよきっと……。だけど、バブルが弾けてしまった。それどころではなくなってしまった。それでもオーナーは、その日、無理矢理時間を割いた。会社が潰れようとも、全ての財産を銀行に差し押さえられようとも、今夜だけはどうしても別荘へ行かなければならなかった。それは、その日が夏休み最後の夜だったからさ……」
 彼の腰の動きは完全に止まっていた。
 穴の中にすっぽりと嵌っていた肉棒がみるみると力を失せて行った。
 涼子は不吉な予感を感じながらも、黙って彼の話しを聞いていた。

「その晩、別荘に駆けつけたオーナーは、妻が若い運転手の男と乱れているのを目撃してしまったんだ。この部屋で、このベッドの上で、獣のように裸で縺れ合っている二人の姿を見てしまったのさ……それでオーナーの頭が狂ってしまった……全ての財産を失い、そして最愛の家族までも失ってしまった男は、その数日後、銀行に差し押さえられたこの別荘に忍び込んだ。そして、妻が獣のように乱れていたこのベッドの上で、全ての苦しみから解放されたんだよ……」
 彼はグズっと鼻を鳴らした。そしていきなり「わっ」と泣き出すと、涼子の黒髪を鷲掴みにし、涼子の顔を壁の黒いシミに押し付けながら叫んだ。
「おまえにその男の苦しみがわかるか! 愛する者に残酷に裏切られた親父の気持ちがおまえにわかるか!」
 彼は号泣しながら、いつしかそのオーナーの事を親父と呼んでいた。
 涼子はザラザラの壁を頬に押し付けられながらも、そこで初めて彼の父親がパチンコ関係の会社を経営していた事や、彼がまだ幼い時分に自殺してしまった事を思い出した。
「舐めろ! 親父の無念を、おまえのその舌で慰めろ!」
 黒髪をグイグイと引っ張られた涼子は慌てて舌を突き出した。気味が悪いとか気持ちが悪いとか考える間はなかった。今は、ただただ異常興奮している彼が恐ろしくて堪らなかった。
 ぐちゃぐちゃになった脳が飛び散った壁を必死に舐めた。それで彼の気が治まるのならと一心不乱に舐めまくった。舌に埃や蜘蛛の巣が付いた。唾を吐き出す事もできず、それらを唾液に混ぜてゴクリと飲み込んだ。
 彼の肉棒が、穴の中でむくむくと大きくなっていくのがわかった。固くなった肉棒が動き始め、みるみると速度を速めて行く。
 涼子は複雑な感情に包まれながら壁を舐め、そして激しくピストンする肉棒に合わせて尻を振った。
 そんな涼子の尻の動きを見下ろしながら、彼は「メス豚」と吐き捨てた。そして、変態、ヤリマン、淫乱、と次々に汚い言葉を吐き捨てながら、同時に穴の中にも精液を吐き出したのだった。

 その帰り道も、彼のテンションは上がったままだった。
 しかし、今まで胸に秘めていた忌々しい過去を吐き出してすっきりしたのか、彼の顔は、まるで取り憑いていたものが落ちたかのように清々しい表情をしていたのだった。

 車は夜の山道を緩やかに滑り降りていた。
 麓には宝石を散りばめたような美しい夜景が広がり、それを眺めながらハンドルを握る彼は、カーステから流れる、聞き慣れたR&Bを口ずさんでいた。
 今なら言えると涼子は思った。今の彼なら、武田との契約を素直に受け止めてくれるかも知れないと思った。
 涼子は、そっと夜景を見つめながら「綺麗ね……」と呟いてみた。
 いつもなら「ああ」の一言か、無視される所だが、しかし、この時の彼は、優しい目で夜景を見つめながら「子供の頃はさ、あの別荘の屋根裏部屋で、いつも一人でこの夜景を見ながら親父が来るのを待ってたもんだよ……」と、懐かしそうに呟いた。
 緩やかなカーブに差し掛かった。車が曲るにつれ、夜景が真正面に迫り、フロントガラスには無数のイルミネーションが光り輝いた。
「ねぇ……」
 涼子が言うと、彼はドアに顎肘を付きながら、「ん?」と低い声で答えた。
「相談があるんだけど……」
 涼子の手は震えていた。しかし、ここはできるだけ明るく振舞った方がいいと思い、軽い口調で武田と契約した事を打ち明けた。
 一瞬、彼の呼吸が止まった気がした。涼子は、誤解されないよう慎重に慎重に説明を重ねた。そしてソッと横目で彼を見ると、彼は蝋人形のような表情でジッとフロントガラスを見つめていた。
 雲行きが怪しくなって来た。微動だにしない彼の表情に焦りと恐怖を感じた涼子は、寒いほどにクーラーが効いているにもかかわらず、全身を汗びっしょりに濡らしていた。
 そんな重たい空気の中、遂に涼子の言葉が途切れた。何を言っても表情ひとつ変えない彼に涼子は心底脅え、車内は沈黙に包まれた。
 沈黙の中、車は山道を抜けた。上から見ると宝石箱をひっくり返したようなきらびやかな町だったが、しかし山を下りてみると寂れた町だった。
 暗い国道にポツンと明かりが灯る吉牛の前で信号に捕まった。車が停車するなり、彼がボソッと呟いた。
「もう契約してるんだろ……」
 コクンと涼子は頷く。
「じゃあ、いまさら相談も糞もねぇじゃねぇか……」
 彼は信号を無視して車を急発進させた。キキキキキキッとタイヤの軋む音に、吉牛の駐車場にいたカップルが振り向いた。
 中央分離帯を挟んだ二車線の道路には、遠くのほうに大型トラックのテールランプがポツンと見えるだけだった。
 デジタルメーターは一瞬にして60を示し、72、86、93と、みるみる速度が上がって行った。
 彼は蝋人形のような表情のままハンドルを握っていた。唸るようなエンジン音が車内に響き、もはやカーステのR&Bは耳に入って来ない。
 前方を走っていた大型トラックのテールランプが、だんだんと近付いて来た。デジタルメーターは120を示していた。
 このままトラックに突っ込んだら、っという恐怖が一瞬頭を過った。今の彼ならやりかねないと思うとその恐怖は一気に昂り、おもわず「やめて!」と叫んでいた。
 ガクンっとスピードが落ちた。グオォォォォンっというエンジンブレーキの音が車内に響き、見えない糸で引っ張られるように体が前のめりになった。
 エンジン音がフェードアウトして行くと共にトラックのテールランプがみるみる遠離って行った。カーステのR&Bがゆっくりと戻って来た。そのまま車は、白トタンに黒ペンキで『めし』と書かれた大きなドライブインに入って行ったのだった。

 ドライブインの駐車場は舗装されていなかった。大小様々な石がゴツゴツと転がり、そこに大型トラックが入って来る度にバリバリと嫌な音を立てていた。
 倉庫のように広い店内には四人掛けのテーブルがズラリと並んでおり、長距離運転手らしき男達が所々に散らばっていた。クーラーは無く、天井にぶら下げられた無数の扇風機がランダムに首を振っているだけだった。
 まるで昭和時代の海の家のようだと涼子は思った。壁には『豚汁定食』や『レバニラ炒め』と手書きで書かれたメニューがベタベタと貼られ、反対側の壁には、水着姿の女の子が海岸を走るビールメーカーのポスターがいくつも張られていた。
 聞いた事もない安っぽい演歌が垂れ流しされる店内を、彼は無言でスタスタと進み、一番奥の隅のテーブルに腰掛けた。
 慌てて彼の後を追い、コンクリート剥き出しの床にカツコツとヒールの音を鳴らすと、テレビの下でどんぶり飯を乱暴にかっこんでいた作業服の男にジロリと睨まれた。

 座ったテーブルの上にはキャベツの千切りが数本散らばっていた。みそ汁らしき茶色い汁がカリカリに乾きながら跡を作り、先の湿った爪楊枝が転がっていた。
 こんな不潔な店に入ったのはネットモデルの撮影でバンコクに行った時以来だった。
 いつもなら、撮影デート後の食事は最低でもファミレスだった。一度だけマックのドライブスルーの時があったが、しかし、車内で二人してもくもくとハンバーガーを頬張っているのは、それはそれで楽しかった。
 これほど悲惨な店に連れて来られたのは、やはり彼は武田との契約に怒っているからに違いなかった。あの潔癖性な彼が、自らこんな店に入るわけがないのだ。
 ドーナツのような形をした椅子をガラガラっと引き、恐る恐る腰を下ろした。
 奥の厨房から、白い割烹着を着たおばさんが面倒臭さそうにやって来た。「いらっしゃい」と無愛想に呟くと、テーブルの上のキャベツの千切りやみそ汁の跡を素早く拭き取った。しかし、それを拭き取った茶色く汚れた台拭きには、既に無数の米粒がくっ付いていたのを涼子は見逃さなかった。
「豚汁定食……」
 壁に貼られた手書きのメニューを見上げながら、彼は気怠そうに呟いた。
 おばさんが無言で涼子を見た。
「ウーロン茶下さい……」
 そう呟いた涼子は、とてもじゃないがこの店で食事をするのは無理だと思った。
 おばさんが去って行くと、「めし、喰わないのか」と、彼が初めて口を聞いた。
「うん……」と困惑しながらふと足下を見ると、今までに見た事も無いほどの巨大なゴキブリが、ジッと身を潜めながらピコピコと触覚を動かしていた。
「どうしてだよ……武田先生の為にダイエットでもしてんのか?」
 彼は嫌味ったらしく笑いながら涼子の目を睨んだ。
「そんなんじゃない……」
「じゃあ何でだよ。こんな汚い店じゃ食欲がわかないとでも言うのか?」
 涼子はテーブルの下に潜むゴキブリにひやひやしながら、小さく頷いた。
 彼は「ふん」と鼻で笑いながら足を組み替えた。
 彼の足が動くと同時に、ゴキブリはカサカサカサっと移動し、涼子のすぐ足下でピタリと止まった。
「そんなんで、あの武田大先生様の撮影に耐えられるのかね……」
 彼は含み笑いを浮かべながら言った。
「それはどういう意味?」
 涼子が首を傾げると、彼は下水道のような匂いが溢れるテーブルに身を乗り出した。
「あいつは、ワンショット取る度にモデルにチンポを突っ込むらしいぜ。『女の身体はチンポを入れられた直後が最も美しい』とか何とか言ってさ、ハメ撮りまがいの撮影をするんだってよ」
「……………」
「ブスッと入れてカシャッと撮る。次のポーズを取らせると、またヌルッと入れてカシャッと撮る……これを繰り返しながら撮影するらしいぜ。業界では有名な話しだよ……」
 涼子は、黒光りするゴキブリを見ながら黙っていた。あの武田なら本当にやりかねないと思いながら、アンテナのように動いているゴキブリの触覚を見ていた。
「大勢のスタッフが見ている前でヤられるんだぜ……スタッフが飛び入り参加する事もあるってさ……たかだかこんな店でメシを食えないようなお嬢様が、そんな武田の撮影に耐えられるのかねぇ……」
 ケラケラと笑う彼に、おもわず涼子は「そんな事しないもん」と睨み返した。
「例えお前がしなくても、相手がしてきたらどうすんだよ。抵抗できるのか? 武田大先生様に逆らえるのか? そんな事したらSSのモデルを降板させられるだけじゃ済まないぜ。お前も、お前の事務所も、あっという間に業界から抹消されちゃうぜ」
 彼は「どうなんだ?」と問い詰めながら、テーブルの下で足を伸ばし、涼子のジーンズの股間に足の親指を押し付けた。
 涼子の椅子がカタンっと音を立てると、テーブルの下のゴキブリが右往左往しながら逃げ出した。生卵をぶっかけた白米をぶじゅぶじゅぶじゅっとかっ込んでいた作業服の男がジロッと横目で見た。
「それとも……もうヤっちゃったのか? 武田にココを貸しちゃってるのか?」
 グイグイと迫って来る彼の足を押さえつけながら「そんなわけないじゃない」と言うと、急に彼は声を低くして「股開けよ」と涼子を睨んだ。
「ジーンズのボタン外してパンツをずらせ。この汚い店で、おまえのその汚いマンコをもっと汚してやるよ」
「いや」と腰を引きながら彼の足を押し払うと、ドナーツ型の椅子がギギギッと大きな音を立てた。作業服を着た男が口をモグモグさせながら、マジマジとこっちを見ているのがわかった。
 そこに、湯気が立つ豚汁をお盆に乗せたおばさんが現れると、彼は突然立ち上がった。ポケットの中から千円札を取り出し、それを豚汁の中にべちゃっと入れると、そのまま出口に向かってどかどかと歩き出した。
 涼子は、目を点にしたまま立ちすくんでいるおばさんに、「ごめんなさい」と謝りながら席を立った。身を縮めながら彼の背中に向かって歩き出すと、作業服を着ている男と目が合った。
 その男の目は明らかに涼子を視姦していた。男の目が涼子のジーンズの股間に下りた瞬間、おもわず涼子は左手に持ったバッグで股間を隠していた。
 涼子が車に乗り込むなり、タイヤは小石を蹴りながら急発進した。
 しかし車は国道には出なかった。そのまま小石を鳴らしながら円を描くように曲ると、駐車場の隅に止まっている大型トラックに向かって走り出したのだった。

(つづく)

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