妻の本能1
2012/11/17 Sat 04:25
「あなた……」
リビングでテレビを見ていた私を、対面式キッチンの流し台に立つ由貴が呼んだ。
「ん?……」
ソファーに座る私は、テレビを見つめたまま返事をした。
「来週の火曜日、秋田に出張に行くって言ってたでしょ……その時ね、私、子供達を連れて千葉の実家に帰ろうと思うの……」
私はテレビを見るふりをしながら、中庭のサッシ窓に反射しているキッチンの由貴をソッと見た。由貴は先程から同じ皿ばかり洗い続けている。
「帰るって……何かあったのか?」
私は、大きく息を吸いながら聞いた。
「うん……大した事はないらしいんだけどね、長根の伯父さんがもう一年くらい入院しているらしいのよ……一度もお見舞いに行ってないし、あなたが出張で泊まりになるのなら、子供達を連れて行ってこようかと思って……」
ゆっくりと息を吐き出すと、同時に目の前がスーッと暗くなった。クラクラと目眩を感じた私は、下唇をギュッと噛みながら、崩れ落ちそうになる精神を必死に支えた。
長根の伯父さんというのは、由貴の母親の弟だった。
今から一ヶ月ほど前、私は、東京駅の八重洲口で、偶然長根の伯父さんとばったり出会った。
長根の伯父さんは出張で東京に来ていたらしく、大きなお土産の袋を両手に抱えながら、昨夜、生まれて始めて銀座で飲んだと嬉しそうに話していた。
あの伯父さんが一年も入院しているわけがない。
「一年も入院してるのか……それは大変だ……子供達を連れて見舞いに行ってあげなさい……」
私がそう言うと、由貴は「うん……そうする……」と呟き、かれこれ十分以上も磨き続けた皿をようやく食器乾燥器の中に入れたのだった。
妻の由貴がそんな嘘をついたのは、私が陰謀を企てたからだった。
私の陰謀というのは、由貴に浮気させる事だった。
といっても、これは離婚を有利に進める為ではない。
よく、離婚調停中の旦那が、少しでも慰謝料を値切ろうと、探偵などを使ってわざと妻にパチンコや浮気をさせるよう仕向ける事があるが、私の場合、その類いではない。
私は、ただの変態である。そう、私はただ単に、妻が他人とセックスをしているシーンが見たいだけであり、その為にわざわざ吉村という男を使って陰謀を企てていたのである。
そんな私の陰謀に、由貴はまんまと引っ掛かった。
何も知らない由貴は、親戚の伯父さんが入院しているなどと嘘をつき、実家に帰るなどと出鱈目を言った。
私の陰謀は見事に大成功だったわけだが、しかし、成功した分、私の精神的苦痛は凄まじいものだった……。
今年三十五才になる由貴は、絵に描いたような普通の妻だった。
専業主婦ではあったが、しかし、一才と三才の二人の子供の子育てに忙しく、学生時代の友達とお茶を飲む暇さえなかった。
由貴は綺麗な女だった。そこそこの美形であり、結婚前にエアロビクスのインストラクターをやっていたせいか、子供を産んでも体型が崩れる事はなく、スタイルもなかなかのものだった。
しかし、主婦業と子育てに追われるあまり、色気という艶っぽさは消え失せていた。
例え美形でスタイルが良くても、色気がなければ、ただのおばさんだ。やはり熟した女というのは、多少ブスでも濃厚なセックスの匂いが漂って来るようでなければ、おもしろくないのだ。
しかし、由貴からはそんな艶のある香りは漂って来なかった。いわゆる、乾涸びてしまっているのだ。
だから夫婦の営みは、私から誘わない限りはまずなかった。平均して月に二回、子供が寝た後、寝室の電気を消して簡易的に行なわれていた。
私は、由貴にもっと色々な事をしたかった。バイブも使いたかったし、縛ったりもしてみたかった。
しかし由貴はそれらの行為を頑に拒んだ。フェラをする時でさえ、電気を消されてしまうほどだった。
だか、由貴は最初からこうだったわけではない。若い頃は、それなりの行為を許してくれていた。いや、許すと言うよりも、むしろそれを望んでいるようでもあり、よく、車の中や映画館の闇に紛れて互いに楽しんでいたものだった。
それが、第一子の誕生と共に、突然セックスに対して淡白になった。子供の事を考えるとそんな気にはなれない、というのが由貴の言い分であり、いつの間にかバイブやローターの類いは一切処分され、セックス時も電気を消される有り様だった。
私は落胆した。お互いに三十を過ぎ、そろそろSMプレイにも手を出してみたいと思っていた矢先の出来事であり、私は、一人無人島に取り残されたような淋しさを覚えていたのだった。
そんな時に吉村という男と出会った。
それは、駅裏にあるサウナに立ち寄ったときの事だった。
混み合うサウナの中で、私と吉村は偶然隣同士に座った。全くの他人だったが、しかし、サウナ室のテレビでやっていた巨人阪神戦のナイター中継を見ているうちに、吉村と私は意気投合した。
それは、汗だくの男達がひしめき合うサウナ室の中で、唯一、私と吉村だけが阪神を応援していたからだった。
「まさか花の都の大東京で、阪神ファンに出会えるとは思いませんでしたわ」
サウナのビルの一階にある居酒屋で、吉村は関西人特有のねちっこい笑顔でそう微笑みながら私のグラスにビールを注いだ。
「いえ、阪神ファンなんて言えるほどではありませんよ。ただ単に大学が関西でしたから、たまたま阪神を応援しただけですよ」
私もそう笑いながら吉村のグラスにビールを注いだ。
吉村は、私より一つ年上の三十七才だった。京都に本社がある老舗漬物店の東京支社に勤務し、去年、京都から単身赴任して来たばかりだった。その老舗漬物店は、スカイツリーの人気にあやかり、浅草に東京店をオープンさせようとしているようだった。
そんな吉村と遅くまで飲んだ。吉村は、さすが関西の商売人だけありトークが非常に上手く、終始聞き役に回っていた私は、そんな吉村の会話術にどっぷりとハマってしまっていた。
吉村は英語も堪能だった。「デタラメですよ。京都で観光商売してたら、デタラメな英語でもとにかく喋れんとやっていけませんからね」と謙遜しながらも、しかし、英検一級を持っていた。
それからというもの、吉村とは、サウナで会う度に、いつも一階の居酒屋で飲むようになった。
そんなある日、いつもの居酒屋で吉村と飲んでいると、突然吉村がニヤニヤと笑いながら、「どこかおもろい店、知りませんか?」と聞いてきた。
吉村の言う『おもろい店』というのは、風俗の事だった。
単身赴任で上京していた吉村は、週に一度の割合でソープランドやファッションヘルスに遊びに行っているらしいが、最近、ありきたりな風俗に飽きて来たらしい。
「出会い系ってのは面倒臭そうですし、かといってこの歳でナンパするわけにもいきませんからね、手っ取り早く、素人さんを紹介してくれるような所があればいいんですが……」
私は、ソッチ方面には随分と疎かった。学生時代、大学の仲間達と一度だけ福原のソープに行った事があったが、しかし、それっきり風俗というものとは縁が切れた。
それでも、「さぁ……」と首を傾げているだけでは悪いと思い、私は、「素人じゃないとダメなんですか?」と、社交辞令的に聞いてやった。
すると吉村は、目を爛々と輝かせながらコクンっと頷き、ニヤニヤと粘っこい笑みを浮かべながら話し始めた。
「一度でいいから東京の女を抱いてみたいんですよ。もちろん、吉原の子たちも東京女やろうですけど、それとはちょっと違うんですよね……なんて言うのかなぁ、例えば、大阪で本場のたこ焼きを喰うとしたら、道頓堀辺りの有名なたこ焼き屋で喰うんじゃなくて、普通の一般家庭でオカンがいつも子供達に作ってるたこ焼きが喰いたいみたいな……そんな感じですわ。言うてる意味、わかります?」
私は、うんうんと二度ほど頷きながら、「なんとなくわかります」と答え、わさびの乗ったマグロの刺身をペロンっと口の中に滑り込ませながら、「要するに、生活感漂う東京の女と遊びたいわけですね」と、右の奥歯でマグロを咀嚼した。
すると吉村は、「そう! それ! 生活感!」と、興奮しながら私を指差し、「さすが阪神ファンや、飲み込みが早い!」と、何の根拠もないお世辞を叫び、グラスのビールを飲み干したのだった。
その晩は、その話しはそれで終わった。
しかし、それから三日後の晩、再び吉村といつもの居酒屋で飲んでいると、その話題が持ち上がった。
「色々探してみたんですけど、やっぱり素人主婦と遊べる所はありませんわ……ネット見てたら、素人奥さんとか一般主婦なんて謳ってる広告は沢山あるんですけど、どうも胡散臭くてね……やっぱり出会い系でコツコツ探すのが一番手っ取り早いんですかね……」
そう落胆しながら、焼酎をちびちびと飲んでいる吉村を見ていると、不意に、私の頭に、吉村が由貴を抱いている生々しいシーンが浮かんだ。端の焦げたネギマを摘もうとしていた私の背筋に、一瞬冷たいモノがゾクッと走り、私はおもわずその手を引っ込めてしまった。
すると吉村が「あっ」と言いながら私の顔を覗き込んだ。
「ホンマは知ってるんとちゃいますか、おもろい店……」
吉村は、酷い関西訛りでニヤリと笑った。
「いえいえ、本当に知りませんよ」
慌てて首を振りながらネギマを摘んだ私は、なぜかタジタジになりながら端の焦げたネギマを一つ頬張った。
しかし、私の頭から吉村と由貴のシーンはなかなか離れてくれなかった。頭からそのシーンが消え去っても、心のどこかに吉村が由貴の股間に顔を埋めているシーンが引っ掛かっていた。そして、同じように由貴が吉村の股間に顔を埋めるシーンも……
私は、それを吉村に悟られないよう、「しかし、昔は吉本興業が通天閣を所有していたなんて知りませんでしたね……驚きましたよ」などと、無理矢理話しを変えながらビールを飲んだ。
しかし、自分から通天閣の話題を振っておきながらも、通天閣という言葉から、おもわず吉村のペニスを想像してしまった。
いつもサウナで見ている吉村のペニスは、平常時でさえペットボトルほどの長さがあり、優に私のペニスの三倍はあった。
あれが勃起したらと思うと、再び私の背筋がゾクゾクし始めた。そして更にそれが由貴の陰部に入れられているのを想像すると、おもわず胸に込み上げて来た息をふーっと吐き出してしまった。
「どうしたんですか木原さん……さっきから様子が変ですよ……私、なんか気に触る事いいましたか……」
吉村は不安げな表情で私の顔をソッと覗き込んだ。
私は、いえいえ違いますそんなんじゃありませんよ、と慌てて首を振りながらも、その一方では、またしても吉村の巨大なペニスをピストンされながら悶え狂う由貴の姿を想像してしまい、カーッと頭を熱くさせてしまった。
このままでは吉村の気分を悪くさせてしまうと思った私は、「少し、飲み過ぎたみたいです」と嘘をつき、取りあえずトイレに逃げ込んだのだった。
やたらと芳香剤のキツいトイレだった。みるとやっぱり小便器の中に、黄色や緑のボール型芳香剤が大量に転がっていた。
そこに小便をドボドボと吹き掛けながら、私は便所の天井を眺め心を鎮めた。
(いったい俺は何を考えているんだ……どうして自分の妻をあんな関西男に提供しなくちゃならないんだ……馬鹿か俺は……)
しかし、いくら自分にそう言い聞かせても、その背徳な妄想は、便器に溢れる小便の如く私の脳に次々に湧いて出てきた。
すると、摘んでいたペニスが次第にズンズンと固くなって来た。それまでドボドボと噴き出していた小便が、勃起の圧力で尿道が締め付けられ、水鉄砲の噴射のようにシャーッと噴き出した。
そのあまりの勢いに小便が便器から飛び散った。慌てて一歩下がると、いつの間にか私の背後に吉村が立っていた。
「えらい元気よろしおまんなぁ」
吉村は、古い漫才師のようにそう戯けながら、私の勃起したペニスを覗き込んだままニヤニヤと笑っていた。
私が顔を引き攣らせながら股間を隠すと、吉村は私の隣りの便器に立ち、歯の隙間でスースーと口笛を吹きながらズボンのジッパーを下ろした。
「見てやって下さいよ木原さん……私の息子が早よ早よって怒ってますわ……」
私は、恐る恐る隣りの便器を覗き込んだ。そこに反り返る吉村の勃起ペニスは、まさに恐竜のようだった。
(こ、こ、こんなモノを入れられたら……)
私は、ネギマのように串刺しにされた由貴を想像し、唇を震わせた。
「木原さん……」
吉村はいつもよりも低音の声で私の名前を呼んだ。
「本当は、心当たりあるんじゃないですか……」
「なにが……ですか……」
「ヤらせてくれる素人主婦ですよ……」
「……………」
「勿体ぶらずに教えて下さいよ。それなりのお礼はさせて頂きますから」
吉村はそう笑いながら巨大なペニスをシコシコとシゴき始めた。
「ここ最近、ソープにも行ってないんです。素人主婦が見つかった時の為にね、性欲を溜めてるんです……ですから、もう、なんかあるとすぐに立っちゃって困るんですよね……この間も、工場に出入りしてる農家のおばさんが白菜を運んでたんですけど、その時のおばさんの尻を見てたらおもわず立っちゃいましてね、ははははは、相手は五十を過ぎたババアですよ、それでも素人だって思うと立っちゃうんですから、もう、ここまで来るともう病気ですわ……」
吉村は、はははは、っと笑いながら私の顔をギッと見た。
そして不敵な輝きを目に秘めながら、「ヤらせてくれる奥さん、知ってるんでしょ。教えて下さいよ」と声を潜めた。
私は、乾いた喉にゴクリと唾を飲み込み、止まっていた小便を再開させた。
ドボドボドボっと小便の音が響く中、私は吉村の目をジッと睨み、「ヤらせてくれるかどうかはわかりませんが……心当たりはあります」と静かに答えた。
吉村は目をギラリと輝かせながら、嬉しそうに、うんうん、と頷くと、「それでもいいですよ。こっちでなんとか口説きますから」と笑った。
そして、勃起したペニスを更に激しくシゴきながら、「誰なんです、その人は」と私の顔を興味深そうに見つめた。
「私の妻です……」
そう呟いた瞬間、吉村の手の動きがピタリと止まった。
私の小便の勢いでボール型の芳香剤がコロンっと転がり、便器の底で黄ばんでいる排水溝の蓋を、醜く曝け出していた。
(二話に続く)
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