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うそつき(後編)

2012/11/17 Sat 04:25

うそつき2




 風呂から上がった妻は、そのままスリッパを鳴らしながらキッチンへと行くと、冷蔵庫の中からよく冷えた梨を取り出し、「食べる?」と私に振り向いた。
 頭にバスタオルを巻いたまま梨を手にして微笑んでいる妻は、まるでCMのワンシーンのようだった。
 風呂上がりのスッピン顔は妙に幼く、少女のように微笑むその仕草は、まさに幼妻を絵に書いているようだった。
 私は、梨を剥き始めた妻の後ろ姿を見ながら、こんなに無邪気で天真爛漫な女が私を裏切るわけがない、やっぱりあのTバックは何かの間違いに決まっている、と、思った。
 いや、無理矢理にそう思い込んだ。
 そう思わなければ、いちいち私に「甘いよ」と微笑みながら梨を頬張っている可愛い彼女を、見るに耐えられなかったのだった。

 DVDが終わり、急に部屋が静まり返った。
 こんな時に池中玄太など見たくはなかったが、しかし沈黙が怖くてすかさず二枚目のDVDをセットした。
 梨の皮をゴミ箱の中に捨てた妻は、キッチンにポツンと立ちすくみながら、「先に寝るね……」と、子供のように目を擦った。
「おやすみ」と私が答えると、妻はそのまま隣りの六畳間へとフラフラ入って行ったのだった。

 2LDK。五帖のリビングと八帖の居間と六帖の寝室。
 築三十年のこのマンションは家賃もべらぼうに安く、立地条件もそれなりに良かったが、新婚夫婦の住まいとしてはあまりにも見窄らしかった。
 しかし、妻はこんな住まいでも文句を言わなかった。
 彼女の友人達は、庭付きの新築マイホームで新婚生活をエンジョイしているというのに、それでも彼女は何一つ文句を言わなかった。
 今思えば、原因はこれだったのかも知れないと思った。
 薄汚いマンションと、夜な夜なマニアックなDVDばかり観ている旦那。
 これでは浮気されても仕方がないと、私は池中玄太のOPの『もしもピアノが弾けたなら』を聞きながら落ち込んだ。

 が、しかし、だからといって妻の浮気は許せなかった。
 例えどんな理由があろうとも許せなかった。
 私は妻を心から愛している。
 だから絶対に許せなかった。

 私はテレビ台の下に手を突っ込み、再び例のポシェットを取り出した。
 ジッパーを開き、中を覗いた。
 淫らなシミが付着するTバックと、コンドームのギザギザが見えた。
 それを見つめながらふと思った。
 どうして妻は、わざわざコンドームなど持ち歩いているのかと。
 私は、出会い系サイトで知り合った男とラブホで絡み合う妻の姿を妄想した。
 そして男が、ハァハァと妻の体を貪りながらベッドサイドに手を伸ばし、そこに置いてあった備え付けのコンドームをピリリッと捲る瞬間を頭に浮かべた。
 そうだ。ラブホならばコンドームの一つや二つ置いてあるはずだ。
 だから、わざわざそれを持参する必要などないのだ。

 という事は、妻が浮気した現場はラブホではないのか?

 そう思った瞬間、いきなり背筋に冷たいモノが走った。
 もしかしたらと真っ青になりながら、テレビ台の横にポツンと置いてある屑篭の中を漁った。
 テレビの画面では、ピタピタのパンツに尻をプリプリさせたアッコが「もう少し絵里ちゃんの気持ちを考えてあげなよ、玄太らしくないよ」と、項垂れる玄太に説教をしていた。
 私は屑篭の中から丸まったティッシュを取り出し、それをひとつひとつ広げた。
 しかし、そこに使用済みコンドームはなかった。
 ひとまず安心したが、しかしそれも束の間だった。
 私は思い出したのだ。付き合ったばかりの頃、妻は使用済みのコンドームをトイレの汚物入れに捨てていたのを………

 トイレのドアを開けた。
 洋式便器の裏に手を回し、奥から青い小箱をカタカタと取り出した。
 そんなわけないよな……まさかこのマンションで浮気してるなんてそんな事あるわけないよな……
 私はそう何度も自分に言い聞かせながら白い蓋をパカッと開けた。
 ナプキンはひとつもなく、丸まったティッシュだけが転がっていた。ビニール袋の中に、ひとつだけポツンと転がっている丸まったティッシュは、明らかに不審だった。
 私は下唇を噛んだ。ホルモンを食べた時のように、下唇の裏側がガリッと鳴った。
 そんなわけない……そんなわけない……と念じながら、それを摘まみ上げた。
 指にズッシリとした重さを感じた。
 その重みに絶望を感じながら、恐る恐るソレを開いた。
 私は便器にしなだれながら、へたへたと腰を抜かした。
 パリパリに乾いたティッシュの内側には、真っ白な精液をタプタプと溜めた緑色のコンドームが、ギトギトと輝いていたのだった。

「終わったな……」

 そう声に出して呟いた私は、それを摘んだままトイレを出た。
 居間へ行くと、喫茶店『マイウェイ』のカウンターで、玄太がヒデに向かって「よせやい。それじゃあアッコがあんまりじゃねぇか」と言っていた。
 するとすかさず、チーちゃん(藤谷美和子)が「そうよアッコ姉さんの気持ちも考えてあげてよ」と横から口を挟み、ヒデに「うるせぇい、ガキは黙ってろ!」と怒鳴られていた。

 私はそのまま寝室にしている六畳間の扉を開けた。
 相変わらず汚い部屋だった。
 妻が床で踞るようにして寝ていた。
 私は妻にベッドすら買ってやれなかったのだ。

 掛け布団を抱き枕のようにしてスヤスヤと寝息を立てている妻は、まさに女子高生のように幼く、そして可愛かった。
 しかし、そんな可愛い妻の内面には、とんでもない悪魔が潜んでいる。

 枕元で充電されている携帯を手に取った。
 何も知らずに寝息を立てる妻を横目に、妻の携帯を開いた。
 着信履歴は既に消去されていた。メールも開いてみたが、送信、着信、共に消されていた。
 浮気の証拠になるようなものは何も見当たらなかった。
 しかし、逆に考えると、全ての記録が消去されたこの携帯こそが、浮気を裏付ける証拠といえた。

「おい」

 私はぞんざいに言いながら、妻の尻を爪先で揺すった。

「ん?……」

 ムクリと顔を上げた妻が、眩しそうに私を見上げた。

「今日、この部屋に誰か来ただろ?」

 妻は顔を顰めながら「……何の事?」ととぼけた。

「いや、隠さなくてもいいよ。もう全部知ってるんだ……」

 私はそう首を振りながら、「浮気の相手は誰だ」と、ストレートに聞いてやった。
 妻の幼気な目を見ていると、ジワジワと攻めるにはあまりにも辛すぎたのだ。

「あなた……どうしちゃったの?……私、あなたが何を言ってるのかわからない……」

 妻は首を小さく傾げながら言った。
 その瞳は、少女漫画の主人公のように純粋に輝いていたが、しかし、その瞳の中に必死に何かを隠そうとしている恐怖が宿っているのを私は見逃さなかった。

「じゃあこれは何だ……」

 私は、トイレの汚物入れの中に隠してあった証拠を突き付けた。
 そして一気に「洗濯機の隙間に隠してあったあのTバックはなんだ」と問い詰めた。
 妻が黙った。
 妻の表情がみるみると沈んでいった。
 私は胸を締め付けられた。
 項垂れる妻を見つめながら、嘘だと言ってくれ! と何度も心で叫んだ。

「……ごめんなさい……」

 沈黙の中、隣りの居間から、そんなセリフが聞こえて来た。
 恐らくあの声は絵里ちゃんだった。
 玄太に内緒で親戚の家に移住しようとしていた絵里ちゃんが、玄太に謝っているシーンだった。
 しかし、妻は謝らなかった。
 項垂れたまま布団の毛玉を毟っている。

「どうなんだ。ちゃんと説明しろ。おまえはいったい誰をこの部屋に連れ込んだんだ」

 私がそう凄むと、妻はゆっくりと顔を上げた。
 そして、大きな瞳をうるうるさせながら、「それは私じゃないの」と声を震わせた。

「じゃあ誰なんだ」

「恵美子よ……ほら、この間、銀座の三越でばったり会った高校時代の友達よ。覚えてるでしょ?」

 その女は覚えていた。名前までは覚えていないが、確かにあのとき彼女は『高校時代の友人です』、と私に挨拶したのを覚えている。

「恵美子がね、今日のお昼、新しい彼氏を連れていきなり遊びに来たの……」

 妻は再びプツプツと毛玉を毟り始めた。

「連絡もしないでいきなり来たから、何も用意できなくて……それで私、二人を部屋に残したまま、角のケーキ屋さんのシュークリームを買いに行ったの。ほら、あそこのシュークリーム、とってもおいしいでしょ?」

 妻は私にそう同意を求めながら、微かに笑った。
 あまりにも苦しい嘘だったが、取りあえず最後まで聞いてやる事にした。

「そしたら……私がいない間に二人が変な事をしてたの……もちろん怒ったわよ、ここは私だけの部屋じゃないんだからやめてよって怒鳴ってやったわ。そしたら恵美子の彼氏がびっくりして部屋を逃げ出して、恵美子も『ごめんね』って謝りながら慌てて部屋を出て行って……」

 妻は、掛け布団に毟る毛玉が無くなると、今度はクッションに付いている毛玉を毟り始めた。

「……二人が帰った後にね、あのTバックとそのコンドームを見つけたの……こんな事があなたに知れたら怒られると思ったから、それで、コンドームはトイレに捨てて、Tバックは明日恵美子に返そうと思って隠してたの……」

 妻はそこまで話すと、グスングスン鼻を鳴らして泣き出した。
 そして、そこで初めて「ごめんなさい」と呟くと、そのまま布団に泣き伏したのだった。

 私は黙って妻を見下ろしていた。
 妻の言うそのストーリーが、本当であって欲しいと心からそう思った。
 しかし、その嘘はあまりにも幼稚すぎた。

「うそつき……」

 そう呟くと、妻はグスグスと鼻を鳴らしながら「嘘じゃないもん」と、頬を伝う涙を小指で掬った。

「浮気の相手は誰だ。名前を言いなさい……」

 そう言いながらしゃがみ、妻の顔を覗き込んだ。

「本当に私じゃないの、信じて」

 そう泣きじゃくる妻の涙がグレーのTシャツにポツポツと滴っていた。
 涙で濡れた胸元は薄らと透け、木苺のような乳首がくっきりと浮かんでいた。見知らぬ男がこの乳首を舐めていたと思うと、おもわず私の股間が奇妙な反応を示した。
 妻は乳首を舐められながらどう感じていたのか?
 私にされている時のように腰を捩らせていたのだろうか?
 それとも、私の時よりも激しく悶えていたのだろうか……
 そんな事を考えながらムラムラしていると、いきなり妻が私の肩に抱きついて来た。
 そして耳元でグスグスと鼻を鳴らしながら、「お願い信じて、私が浮気なんてするわけないじゃない」と囁き、私の頬に涙で濡れた頬を擦り寄せて来た。

 妻の香りが私を優しく包み込んだ。
 今までその香りを、甘いコケティッシュな香りだと思っていたが、しかし今となっては不潔で残酷で卑猥な香りに思えた。この香りを他の男にも嗅がせていたのかと思うと胸がムカムカしてきた。

 妻を突き飛ばした。
 布団の上にゴロリとひっくり返った妻は、股をM字に開いたまま呆然と私を見つめていた。
 ピンクの下着の中心を見つめながら、ここにコンドームを装着した肉棒がピストンしていたのかと思うと、激しい怒りと共に強烈な性的興奮が私を襲った。
 私は無言でピンクの下着を剥ぎ取った。
 妻は「いやっ」と小さく叫びながら、細い脚をバタバタさせた。

「出会い系サイトで知り合った男か、道端で拾った男か、それとも、お前がヤリマンだった学生時代に遊んだ男か、誰なんだ!」

 そう叫びながら妻の頬を打った。
 生まれて始めて女の頬を打った。
 その感触に、私の興奮は更に高まった。

 嫌がる妻を全裸にした。
 真っ白な肉体を床に押さえつけながら私も全裸になった。
 いつの間にか私のペニスは凄い事になっていた。今にもはち切れんばかりに膨れ上がり、そして亀頭の先からは大量の我慢汁がタラタラと溢れていた。
 この興奮がいったい何なのか自分でもわからなかった。愛する妻がこの家で間男とセックスしたという残酷な状況に、私は異常に興奮していた。
 この裏切り行為は、悲しくて切なくて泣き出したいくらいの絶望だというのに、なのに私は、他人と寝た妻が愛おしくて堪らなかった。

 妻の股を開き、陰毛に隠れた赤黒い裂け目を指で開いた。
 つい数時間前まで、他人の肉棒がこの穴の中を出たり入ったりしていたのかと思うと凄まじい嫉妬に襲われた。
 私はハァハァと興奮しながらそこをベロリと舐めた。
「あん!」と妻が腰を引いた。
 すかさず、他所の男にもそうやって腰を引いていたのかと目眩を覚えた。
 ぶちょぶちょと下品な音を立てて穴の奥まで舐めまくった。
 クリトリスの皮を舌先で捲り、チロチロと舌を動かしながらその突起物を転がした。そしてその舌を尻までツツツっと下げると、真っ白な尻の中心にポツンとあるチョコレート色の肛門をベロベロと舐めまくった。

「そいつもここを舐めたのか……」

 そう唸りながら妻の顔を覗き込んだ。
 唾液でギトギトに濡れた唇を腕で拭き取ると、妻は顔を伏せながら「もうやめて」と呟いた。

「どうされたんだ。その男はお前の体をどう弄んだんだ。こうか? こうされたのか?」

 私はそう言いながら裂け目に指を滑り込ませた。
 いつの間にか裂け目はヌルヌルに濡れていた。
 妻は「いや、いや」と顔を振りながらも、肛門までいやらしい汁を垂らしていた。

「誰だ、誰なんだ、お前のココにチンポを入れたヤツは誰なんだ」

 そう叫びながら穴の中を指で滅茶苦茶に掻き回した。
 部屋の中には、ぐじゅぐじゅっと卑猥な音が響き、妻は「やだ! やだ!」と叫びながら、私の身体にしがみついて来た。

 私はそんな妻を突き離し、床にベタッと倒れた妻の両足を肩に担いだ。そして小さな尻を両手で持ち上げながら、威きり立ったペニスを不浄な穴の中にヌルリと挿入した。

 妻が叫んだ。
 私が唸った。
 居間では、玄太がナンコウさんと喧嘩をしていた。

 腰をコキコキと振りながら妻の顔を見下ろし、「そいつのペニスとどっちが大きい」と、三流官能小説的な質問をした。
 顔を顰めながら答えない妻の顔を覗き込み、その不浄な穴をヌポヌポとピストンしてやった。
 嫉妬に狂っているせいか、それはいつも以上の快感だった。

 妻は私の腰の動きに合わせ、「あん、あん、あん」と可愛い声を出し始めた。
 間男にもこうやって声を出していたのかと思うと、射精したくて堪らなくなった。
 しかし、ここでイってしまうには勿体なかった。
 これほどまでに欲情したのは久しぶりなのだ。

「相手は誰なんだ……」

 腰を振りながら聞くと、妻は悶えながら「あなたの知らない人」と呟いた。
 浮気の事実は覚悟していた事だが、改めてそう白状されるとさすがに狼狽えた。

「出会い系か」

 妻は首を横に振った。

「ナンパか」

 妻はクスッと微笑みながら呆れて首を振った。

 そんな妻が恐ろしく可愛く見えた。
 例え浮気されたといえ、こんなに可愛い女をやすやすと手放されるわけがないと思った。
 既に妻に対する怒りは消え、この女と別れるくらいなら、浮気された方がマシだとさえ思い始めていた。

 私は妻を強く抱きしめ、結合部分にクチュクチュと激しい音を立てた。
 妻は怪しく瞳を輝かせながら身悶え、そしてキスを求めて来た。
 濃厚なディープキスをした。
 ベプベプと卑猥な音を立てながら、互いに舌を貪り合った。
 こんな激しいキスは初めてだった。
 今まで忘れかけていた何かが甦った。
 私は更に妻を愛おしく思いながら腰を振り続けた。

「愛してる」

 舌を抜くなり、妻がそう囁きながら私の身体にしがみついて来た。
 その言葉を合図に私は射精した。
 妻の体の中でペニスがドクドクと震え、大量の精液を存分に吐き出した。
 朦朧とする意識の中、再び妻が震える私の耳元に「愛してる」と囁いた。
 快楽の渦に巻かれながら、私は妻のその言葉にどっぷりと溺れた。
 すると、居間からナンコウさんの怒鳴り声が響いてきた。

「おい玄太! テメーっつう男はどーしょーもねぇアホだなぁ! その女に騙されてる事にまだ気付かねぇのかこのウスノロ野郎!」

 そんなナンコウさんの怒鳴り声を聞きながら私はふと思った。

 そうだ、私の妻はうそつきだった……と。

(うそつき・完)

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