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うそつき(前編)

2012/11/17 Sat 04:25

うそつき1




 妻は、私より七才年下の二十四才だった。
 中肉中背の色白で、髪が長くて目が大きかった。
 胸は手の平サイズの釣り鐘型で、ヘソは縦型だった。
 ウェストはキュッとくびれ、尻はゴムボールのように弾力性があり、スラッと長く伸びた脚は韓国のアイドル歌手のように美しかった。

 妻は、いわゆる可愛い美人だった。
 天真爛漫。
 そんな言葉の似合う女だった。
 掃除もしないし料理も下手だけど、ただただ明るいだけが取り柄の純粋な若妻だった。
 しかし、そんな純粋なはずの妻がある時私を裏切った。
 しかも、普通では考えられないような酷い仕打ちを私に与えた。
 純粋だと思っていた妻は、実はとんでもないうそつきだったのだ。

 それは、私が居間で晩酌をしながら、『池中玄太80キロ』の二話を見ている時だった。
 因みにこれは、本日、アマゾンから届いたばかりのスペシャルDVDボックス限定版(ステッカー付き)で、二万二千円もした。
 いつもの如く、大京通信社の事務所で、アッコ(坂口良子)とヒデ(三浦洋一)が言い争いをしていると、頭にタオルを巻いたナンコウさん(長門裕之)が「うるせいんだよてめぇら!」とデスクを叩きながら怒鳴った。
 因に三人とも既にお亡くなりになっている。

 そんな古臭いドラマが流れる居間の窓で、妻が洗濯物を取り込んでいた。
 妻は怒り狂う玄太を横目でチラッと見ながら、「またそれ見てるの〜」と笑った。
 またも何も、このDVDはさっき届いたばかりだった。
 恐らく妻は、先日、同じくアマゾンで購入した『刑事物語』のDVDと勘違いしているのだろう、未だに妻は若い頃の西田敏行と武田鉄矢の区別がつかない。
 私はそんな妻に、「ああ……」と、どうでもいい返事をしながら、そのまま画面に見入った。
 と、そのとき、洗濯物を取り込み終えた妻が、「よいしょっ」と言いながら爪先立ち、カーテンを閉めようとした。
 すると妻の黒いキャミソールがスルッと捲れ、テレビの前に寝転がっていた私の目に妻の尻が飛び込んで来た。
 私は思わずギョッと目を見開いた。
 なぜなら妻は、Tバックを履いていたからだった。

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 Tバックの妻を見るのは初めてだった。今まで妻がTバックなど持っている事すら私は知らなかったのだ。
 私は、そんな妻のTバックの尻に異様な興奮を覚えながらも、一方では胸を締め付けられるような不安に襲われていた。
 それは、今更妻が私の為にTバックを履くわけが無いからだった。
 とすると、妻は何の為にTバックを履いているのか?
 もしかしたら別の男に見せる為のTバックだったのではないのだろうか?
 妻は私が会社に行っている間に誰かと浮気し、そのままTバックを履いているのを忘れているのではないだろうか?
 私はそんな事をあれこれと考えながら、半ペラ(井上純一)が玄太(西田敏行)に怒鳴られているシーンを見つめていた。
 気の小さな私は、妻の浮気を疑いながらも、結局妻には何も問い質せなかった。もし本当に浮気していたらと思うと恐ろしくて堪らず、どうしてTバックなんか履いてるの? っというその一言が聞けなかったのだった。

 妻が「ごめんね」と言いながら、テレビの前を横切った。
 ぴょんぴょんっと跳ねながら小走りする妻は、まるで小ウサギのように可愛かった。
 しかし、この体はついさっきまで他人に抱かれていたのかも知れないと思うと、そんな可愛さは瞬時に消え去り、代わりに嫉妬と絶望と切なさが胸を過った。

 寝転がる私のすぐ横で、妻は洗濯物を畳み始めた。画面の中でナンコウさんと玄太が怒鳴り合うシーンを見ながらケラケラと笑っている。
 私の心中は玄太どころの騒ぎでは無かった。確かに、ナンコウさんと玄太が怒鳴り合うシーンは見せ場だが、しかしそれよりも、私の顔のすぐ横で正座している妻の太ももの隙間が気になってしょうがなかった。

「この人達って、さっきからケンカばかりしてるね」

 そう笑いながら私の肌着を手早く畳んでいる妻に、私は「そうだね」と答えながらソッと視線を妻の太ももに向けた。
 正座した膝は弛み、太ももの奥の黒い布がチラッと見えた。
 このTバックをどんな男が剥ぎ取ったのかと思うと、私はムカムカと嫉妬しつつムラムラと欲情した。そこに顔を埋めたい。おもいきり股を開かせ、その他人の肉棒がズボズボとピストンしていたとされる股間に顔を擦り付けたい。
 そんな欲望を抱きながら大きく息を吸うと、ふと私をジッと見下ろしていた妻と目が合った。

「どうしたの?」

 妻は大きな目をクリクリとさせながら、まるで小動物のように可愛く首を傾げた。
 いつもならそんな妻の可愛い仕草に悶え死にそうになる所だが、しかし今は違った。この女は、こんな愛らしい目をしながらも、実は私に隠れて他の男のペニスをしゃぶりまくっていたのかも知れないのだ。
 そう思うと、嫉妬と怒りがメラメラと燃え滾り、その可愛さが逆に悲しみに変わって来た。

 洗濯物を畳み終えた妻は、「お風呂に入って来るね」と少女のように呟きながら浴室へと消えた。
 私はテレビ画面を見つめながら、そんないつもの妻の仕草に不信感を抱いていた。
 絶対に怪しい。そう睨んだ私は、浴室からシャワーの音が聞こえるなりムクリと起き上がった。
 テレビではヤコ(我孫子里香)が泣いていた。お姉ちゃんの絵里(杉田かおる)に「お母さんはもう死んじゃったのよ」と諭されながら、下手糞な泣き真似を続けていた。
 私は浴室のドアをソッと開けた。
 浴室の磨りガラスに髪を洗う妻の姿が見えた。
 今なら妻の目が塞がれているため見つからないと思った私は、素早く脱衣カゴの中を漁った。
 が、しかし、例のTバックはどこにも見当たらなかった。洗濯機の蓋を開けて中を覗いてみたが、銀色に輝くドラムの中は空っぽでTバックはどこにも見当たらないのだ。
 益々怪しいと思った私は、今にも泣きそうになりながら狭い脱衣場の中をTバックを探し求めた。これはまさに浮気の証拠隠滅だと、この現実に膝が崩れそうになりながら、脱衣カゴの裏や洗面台の下の引き出しまで必死になって探した。
 すると洗濯機と壁の隙間に、小さなポシェットが挟まっているのを発見した。
 心臓がドキンっと跳ね上がった。
 クラクラと目眩を感じながらそれを素早く引き抜いた私は、磨りガラスに映る洗髪する妻の曲った背中を横目に、素早く脱衣場を出たのだった。

 居間に戻ると、画面の中のヤコは既に泣き疲れて寝ていた。閉じた瞼がピクピクと動いていた。昔の子役というのは本当にヘタクソだったとつくづく思わされた。
 そんな狸寝入りのヤコを無視し、ドキドキしながらポシェットのジッパーを摘んだ。あれだけTバックを探していたくせに、この中にTバックが入っていない事を望んでいた。妻の裏切りを認めたくないと言う現実逃避に襲われながらいつしか下唇を強く噛んでいた。
 頼む,頼む、と、何に何を頼んでいるのか自分でもわからなかったが、とにかくひたすら何かに頼みながらジッパーをジリジリと開けた。
 しかし、開いたジッパーの中には、やっぱり黒いTバックが丸まっていた。

「お父さんがこんなに一生懸命やってるのにさぁ、どーしてエリもミクもヤコもお父さんの気持ちをわかってくれないのかなぁ」

 テレビから聞こえて来る玄太の嘆きを背景に、ふと、結婚二年目にしてもう離婚かと思った。
 離婚するくらいなら、もっともっと妻とヤっておけば良かったと今更ながら悔まれた。
 半泣きになりながらTバックを摘まみ上げた。丸まった黒い布切れは、紛れもなく脱ぎたてホヤホヤのTバックだったが、しかし、ショックはそれだけではなかった。
 なんとそこには、ギザギザの切れ目の付いた四角いコンドームが二枚、ポシェットのポケットにさりげなく差し込まれていたのだ。

 大きなハンマーでおもいきり後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
 画面では、玄太が鶴の写真を見ながらわんわんと泣いていたが、私も玄太のように大泣きしたい気分だった。
 しかし、泣いている暇はなかった。この残酷な現実は、泣いて済むような問題ではないのだ。
 私は、摘んでいた黒いTバックを恐る恐る開いた。
 今更そこを見た所で問題が解決されるわけではないが、しかし、とりあえずはそこを見ておかなければ気が治まらなかった。
 黒いTバックのフロント部分は網になっていた。
 これでは、陰毛がほとんど飛び出してしまうではないかと、余計な心配をしながらも、陰部が密着していた部分を手の平の上に広げた。

写真2IGFPUHPUP;K54444544N

 黒いクロッチに、何とも表現し難い白いシミが広がっていた。
 細いクロッチ一杯に広がるそのシミは、明らかに妻が激しく乱れていたのを物語っていた。
 恐らく、Tバックを履いたまま股間を弄られたのだろうと思った。
 いや、ここまでシミが広がるという事は、もしかしたらTバックを横ズラしにされたままペニスを入れられたのかも知れないと青ざめた。
 Tバックを摘んでいた指が、怒りと悲しみでブルブル震えた。
 嘘だろ……嘘だよな……きっとこれは何かの間違いだよな……
 私は自分に言い聞かせた。
 汚れたTバックとコンドームが隠されていた事実に、浮気以外の別の理由があるわけがないとわかっていながらも、それでも私は、これは何かの間違いだと必死に現実逃避した。
 すると、突然、浴室で響いていたボイラーの音がピタリと止まった。
 妻はあと数分で風呂から出てくる。
 私は迷っていた。
 妻にこのポシェットを見せつけ、これはいったいどう言う事だと厳しく追及するべきかと。
 しかし、そんな事が小心者の私にできるわけがなかった。
 もし、妻の口から「浮気をしてました」などという言葉を聞けば、きっと私は取り乱し、キッチンに置いてあるシステム包丁で切腹しかねないのだ。

 浴室のドアがガラガラッと開く音が聞こえた。
 脱衣場で濡れた髪をバスタオルで拭く、バサバサという音が聞こえて来た。
「玄太ならどうする」と画面に映る玄太に聞いた。
「んなもんさぁ、ぶっ飛ばしちゃえばいいんだよ」と、玄太が拳を作って笑った。
 妻の鼻歌が聞こえて来た。
 私は慌ててTバックをポシェットの中に戻すと、それをテレビ台の下に押し込んだ。
 画面の玄太が「ダメだよそれじゃあ〜」と笑っていた。


(つづく)

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