八月の懺悔7
2012/03/30 Fri 13:07
—17—
通り雨が過ぎた直後なのか、夜の公園には湿った樹木の青臭い香りがムンムンと漂っていた。
湿気の多い遊歩道を、ネオンがキラキラと輝く繁華街に向かって進んで行くと、大通りに出る手前に『東口公衆トイレ』と書かれた箱が現れた。その公衆便所は、公園の奥に佇む古い公衆便所とは違い、所々にステンレスが施された近代的な建物だった。
「ごめんなさい……」と、何度も呟いてばかりいる恵子の肩を抱きながら、奥田はその真新しい公衆便所に向かったのだった。
身障者用の大きな扉をガラガラガラっと開けると、素早くセンサーが感知し、中の蛍光灯がパラパラパラっと音を立てて点灯した。
その中央にポツンとある洋式便器に恵子を座らせた奥田は、恵子の髪を優しく撫でながら「大丈夫か?」と聞いた。
恵子は俯いたまま「ごめんなさい……」と呟き、デニムのミニスカートの上にポタッと涙を落とした。
そんな恵子を見つめながら奥田は煙草に火を付けた。そして、煙草を銜えたまま洗面所へ行くと、皮がベロリと剥けた拳に水道の水をぶっかけたのだった。
あの時、ホームレスが恵子の胸にナイフを向けた瞬間、奥田は絶叫しながら便器のタンクによじ登り、隣りの個室に飛び込んだ。
驚いたホームレスが奥田にナイフを向けたが、しかし護身術を身に付けている奥田はそれをいとも簡単に奪い取り、ホームレスの顔面に拳を叩き込んだ。
10発。いや15発は連打しただろうか、ホームレスの顔はミンチのようにグチャグチャに潰れ、そのまま糞尿に汚れた和式便器の中に顔を押し込まれたのだった。
(まさか、死んではいないだろう……)
奥田が、水道の水がタラタラと垂れる拳の傷を見つめながらそう思っていると、再び奥田の背後から「ごめんなさい……」という恵子の声が聞こえて来た。
時刻は10時を過ぎていた。そろそろ自白剤の効き目が薄れて来る頃だった。奥田はポケットの中を弄った。しかし、そこにはもう自白剤は無く、しわくちゃに押し込まれた1万円札が3枚あるだけだった。
洋式便器に座ったまま泣いている恵子に、「アソコを洗った方がいいよ」と優しく声を掛けながら、壁に固定されているウォシュレットのリモコンを覗き込んだ。
『ビデ』と書かれたボタンを押す。すかさずグィィィィィンという機械音が恵子の尻の下から響いて来た。そして一瞬の間を置いて、「シュブブブブッ」という水が噴き出る音が聞こえた。
「変な病気を持ってるかも知れないし、綺麗に洗わなくちゃな」
奥田がそう笑いながら便器に座る恵子の前にソッとしゃがむと、再び恵子が「あなた本当にごめんなさい」と声を震わせながら泣き出した。
そんな恵子を見つめていると、奥田の心は激しく痛んだ。今更ながら、どうして自分はあんな酷い事を妻にさせたのだろうと、ギシギシと胸が痛んだ。
(今までの事は全て忘れよう。武田の事もシャブの事も全て忘れて、こいつとこれから新しい人生を歩んで行こう……)
奥田はそう自分に言い聞かせた。
そんな奥田を脅えた目で見つめる恵子が、再び「ごめんなさい」を呟きながら、いきなり便座の上にゆっくりと両足を乗せ、股をM字に開いた。
「こうしないと……奥に入ってるのが出て来ないの……」
恵子は恥ずかしそうに顔を伏せながらそう呟くと、便座の上で性器を剥き出しにした。
そんな恵子の露な姿に、再び奥田の背筋に唯ならぬ寒気が走った。
目の前に剥き出しにされているその痛々しい女性器は、ついさっきまで見知らぬホームレスの巨大ペニスを、ズボズボと銜え込んでいた穴なのである。
再び奥田は絶望感に襲われた。そして激しい嫉妬と獰猛な怒りがムラムラと込み上げ、それらがマックスに達すると、そんな感情はいきなり性的興奮へと転身した。
「んんん……」
便座の上でM字に股を開く恵子が、そう唸りながら力んだ。
奥田の目の前で卑猥に開いているワレメから、ドロッとした白い塊が流れ出し、それが便器の底へボトボトと音を立てながら落ちて行った。
それを目にした瞬間、奥田の中で激しい感情が沸き上がった。
「ちゃんと指を入れて、奥まで掻き回さなきゃ全部出て来ないだろ……」
奥田はそう言いながら恵子の細い脚を押えると、水飛沫が上がる膣に指を這わせた。
「あっ……ヤダぁ……」
恵子が奥田の肩にしがみついた。奥田は恵子の体を支えながら膣の中へ指を押し込む。
ザラザラする膣壁が奥田の指に擦れた。このザラザラとした肉にホームレスの薄汚いペニスが激しく擦り付いたのかと思うと、奥田はゾクゾクと嫉妬しながら股間を固くさせた。
指を根元まで挿入させ、その穴の中でグニョグニョと蠢いている精液を外に掻き出した。ボトボトと便器の底に落ちて行く精液を見つめながら「いっぱい出されたんだな……」と恵子の耳元に囁くと、恵子は「あなたヤメて……」と身を仰け反らせながら、奥田の体にしがみついてきた。
「なんだ、また感じているのか?……」
奥田はそう笑いながら、恵子の小さな尻を微妙に移動させては、便器の底から吹き出す水がクリトリスに当たるようにさせた。
「あぁぁん! ダメ! またイッちゃう!」
恵子は苦しそうに下唇を噛みながら、奥田のうなじに顔を埋めた。奥田はグジョグジョと音を立てて穴の中を指で掻き回しながら、「あのホームレスのチンポで何回イったんだ?」と尋ねた。
「あぁぁん! わかんない!」
「わかんないくらいイったのか? ん? どうだったんだ、気持ち良かったんだろ?」
「イヤ、あなた、もうヤメて……」
自白剤の効果が薄れて来ているのか、恵子は今までのように素直ではなかった。
しかし、奥田が恵子の前に立ち上がり、勃起したペニスを恵子の顔に突き付けると、恵子は迷う事無くペニスにしゃぶり付いて来た。
自白剤は切れ掛かってはいるものの、しかし完全に切れてしまっているわけではないのだ。
恵子は「うぐうぐうぐ」と唸りながら、奥田のペニスをリズミカルにピストンし始めた。あのホモ少年の唾液がたっぷりと染み込んだ汚れたペニスを、恵子は恍惚とした表情で舐めまくっていた。
急激に欲情した奥田は、便器の底から噴き上がる『ビデ』を止めると、そのまま恵子を立ち上がらせ、あのホームレスの時と同様に恵子を壁に押し付けた。そして水に濡れた尻をペタペタと叩きながら、ヒクヒクと口を開いている性器にペニスを捻り込んだ。
「こうやってヤられてたんだろ……気持ち良くて泣いてたじゃないか……」
ヌルヌルとペニスをピストンさせると、恵子は「あぁぁん……」と動物の交尾のように腰を撓らせ、いやらしく喘いだ。
「どうだ、俺のチンポは……あのホームレスとどっちがいい……」
奥田は機械のように高速で腰を動かせながら聞いた。奥田の中に(スピードなら負けないぞ)という、ミジメな自信があった。
しかし恵子はそんな奥田の自信を木っ端微塵にした。
「あっちのほうが気持ちいい!……」
恵子は朦朧としながらそう呟いた。が、しかし奥田はそんな残酷な恵子の言葉にショックを受けなかった。
奥田は逆にニヤリと笑った。
(自白剤はまだ効いてるな……)
奥田はいきなりヌポッとペニスを抜くと、壁に手を付く恵子の腕を握った。
「行くぞ……」
そのまま恵子の腕を引っ張ると、恵子は体をフラフラさせながら「どこに行くの」と心配そうに奥田を見つめた。
「ケジメだ。ケジメをつけに行くんだ」
奥田がニヤリと笑うと、恵子の表情に暗い陰がサッと曇った。
奥田は恵子の腕を掴んだままトイレのドアをガラガラガラッと開けた。生温かい夜の公園の怪しい空気が、貪よりと2人を包み込んだのだった。
—18—
公園を抜けた2人は、そのまま大通りの歩道に出た。早くしないと恵子の自白剤は切れてしまう。そう焦った奥田は、朦朧としている恵子の手を引いて目的地へと急いだのであった。
しばらく進むと、角に小さな児童公園があった。その公園の横の路地の奥に「南町商店街」と書かれたアーケードがポツンと佇んでいるのが見えた。
奥田は恵子の手を引きながらその路地を進む。確かこの路地は、数年前、ストリップ劇場『花咲ミュージック』の摘発時に車を止めて待機していた場所だ、と奥田はふと思い出した。
あの時、劇場に潜入していた内偵捜査員からの突入合図を、ここに止めた車の中で、今か今かと無線機を握りしめながら待ちわびていたものだった。
(それが今では……)
奥田は恵子の手を強く握りしめながら(それもこれも全て武田のせいだ)と苦々しく顔を顰めたが、しかし、アーケードの隅で点滅する『素人ストリッパー』と書かれた卑猥な看板が目に飛び込んで来るなり、いつしかその感情は(武田のおかげだ)に変わってしまっていたのだった。
小さなアーケードから更に細い路地を曲ると、どこからともなく軽快なリズムが聞こえて来た。
その路地の突き当たりに、目的地の花咲ミュージックが独特な雰囲気を醸し出しながらネオンを輝かせていた。
「ここ、覚えているか?」
そう言いながら奥田が足を止めた。恵子はそのケバケバしい看板を見つめながら下唇を噛んだ。
「武田に連れて来られたんだろ?」
顔を覗き込む奥田に恵子は黙ったままコクンと頷いた。
「おまえはここのステージに上がって客に裸を見せたんだろ?」
恵子は奥田から目を反らすと、当時を思い出すかのように視線をゆっくりと下げ、そして電柱の裏の野良猫を見つめながら「ごめんなさい」とポツリと呟いたのだった。
この、恵子が呟く「ごめんなさい」を聞く度に、奥田はいたたまれない気持ちになった。恵子が言うその「ごめんなさい」は、即ち裏切り行為を認めている言葉であり、それを聞く度に奥田は胸を掻きむしられるような思いがしていた。
が、しかし、一方ではその「ごめんなさい」という妻の告白は、奥田の興奮の起爆剤にもなっていた。
それは、愛する妻を加虐する事により自分自身を被虐するという、実に複雑極まりない自虐行為であり、その為、妻の「ごめんなさい」を聞く度に、奥田は絶望感に包まれながらも性的興奮をひしひしと感じていたのだった。
「行くぞ……」
奥田は恵子の手を引きながら花咲ミュージックの入口に向かう。恵子は一瞬その力に逆らうが、しかし、奥田が「嫌なのか?」と聞くと、黙ったままそれに従った。
そんな恵子には、まだ少なからずも自白剤が効いているようだった。今の恵子はまだ、自分自身に嘘がつけないのである。
花咲ミュージックの扉を開けると、大音量で鳴り響くディスコミュージックが襲いかかってきた。入口の横の売店で、労務者風の男と薄汚い老婆が大音量に負けないような大声で雑談しており、それを見た奥田は、一瞬、2人がケンカしているのかと思った。
そんな2人が、奥田と恵子に気付き、いきなりその雑談を止めた。
薄汚い老婆が奥田をジッと見つめながら「2人で5千円」と気怠く言った。奥田はその老婆に見覚えがあった。確かあの時この老婆も逮捕されたはずだ。
奥田は自分の身元がバレないかと焦りながら、ソッと1万円札を老婆に手渡す。しかし老婆は奥田の事を全く覚えていなかった。老婆は奥田を警戒する事も無く、お釣りの5千円を奥田に差し出しながら「女性の飛び入り参加は11時からだからね」と不気味に笑ったのだった。
大音量の響く老朽化した通路を2人は進んだ。恵子は時折ピタリと足を止め、その度に潤んだ瞳で奥田を見つめながら下唇を噛んだ。
暗幕が垂れ下がった入口から劇場内を覗くと、客席にはステージの照明が洩れ、劇場内は思っていた以上に明るかった。
ステージの上では異様に下半身が太った大根足の女が、古いディスコミュージックに合わせて面倒臭そうにリズムを取っていた。それを客席の男達がつまらなさそうに見つめている。
そんな客は全部で15人いた。作業服を着た労務者風の男、スーツを着たサラリーマン風の男、Tシャツを着た近所のおっさん風の男、と、色んな男達がステージをつまらなさそうに見つめていた。
そんな劇場内を確認した奥田は、背後で項垂れている恵子にソッと振り返った。
「ちょっと署に電話して来るから、あの、一番前の右側の席。あそこで待ってろ」
奥田は、丸いステージを囲むようにして並ぶ、通称「かぶりつき」と呼ばれるステージ最前列の右側の列を指差した。その5席ほどが並ぶ右側の列の真ん中には、労務者風の男が1人、大きなアクビをしながらふんぞり返っているだけだった。
奥田が「早く行け」と恵子を暗幕の中に押し込もうとすると、恵子は必死な表情で「イヤ!」と奥田の腕にしがみついて来た。
そんな恵子を見て、いよいよ自白剤が切れ掛かっていると思った奥田は、一刻も早く恵子をあの最前列に行かせなければと焦った。
奥田はソッと辺りを見回した。劇場の前の薄汚い廊下に人影はなく、そこには『五十周年祝い・愛染恭子より』と垂れ幕が掛かった妙に古臭い花輪がポツンと置いてあるだけだった。
奥田は嫌がる恵子の頬を叩いた。そして恵子を壁に押し付け、スカートの中に手を押し込んだ。
「やだぁ!」
そうもがく恵子の性器を指で弄った。ザラザラと蠢く陰毛の奥は未だヌルリと潤っていた。
奥田は性器に中指を挿入し、親指でコリッと固くなっているクリトリスを転がした。そして、もう片方の手で恵子の髪を鷲掴みにすると「言われた通りにするんだ」とドスを利かせて唸った。
いきなり乱暴にされた事で、被虐淫乱症としての恵子のスイッチが入ったらしく、恵子は奥田の指の動きにススリ泣くような声を出して感じた。
そんな恵子の自白剤はもうほとんど切れ掛かっており、今までのように素直ではなかったが、しかし、多少の効果は残っていたとみえ、恵子は喘ぎながらも下唇を噛みながらもコクンと頷き、奥田の命令に従ったのだった。
恵子は1人で暗幕をすり抜け、劇場に足を踏み入れた。
扇型の場内は、通称『ヘソ』と呼ばれる丸いステージを中心に『すり鉢』のような斜面を作っていた。そんなヘソに向かう階段を、一歩一歩振らつく足取りで下りて行く恵子を、暗幕の袖から見つめる奥田は、まるで蟻地獄に落ちて行く蟻のようだと思った。
恵子の出現により、場内の客達の視線はステージから恵子へと移った。
スラリとスレンダーなボディーに、ノーブラの胸がユサユサと揺れている。ミニスカートから伸びる生脚はカモシカのように美しく、階段を降りる度に左右に歪む尻は、小さいながらも肉付きの良さを物語っていた。
しかも恵子は美形だ。この時は、ほとんどスッピンに近い化粧の薄さだったが、しかし、それでもその大きな瞳と肉付きの良い唇は、すれ違う男を振り向かせるくらいの美しい顔をしていた。
そんなイヤらしくも美しい恵子が最前列の席に降りて行く。
客席からそんな恵子をひっそりと見つめていた観客達は急にソワソワし始め、ステージで気怠く踊っているダンサーさえも、そんな恵子を不審そうに見下ろしていた。
恵子が右側最前列の2番目の席にソッと腰を下ろすと、その2席隣りにいた労務者風の男が、投げ出していた足を慌てて引っ込めては席に座り直した。
客席に座る獣たちが一斉に恵子を見つめているのがわかった。この獣たちは、この後に開催される『素人ショー』に、もしかしたらこの女が参加するのではないかと興奮し、期待に胸と股間を膨らませているのだ。
そんな客達の唯ならぬ殺気を入口の暗幕から覗き見していた奥田は、そんな危険な場所に、恵子1人を行かせてしまったという後悔と不安に駆られながらも、ムラムラと異常な性欲に包まれていたのだった。
時刻は10時40分だった。切符売場の老婆によると、素人女性が参加できるショーは11時からという事だった。
奥田は、あくまでも恵子が1人でこの劇場にやって来たというストーリーにしたかった。それは、男連れの女がステージに上がった所で、客席の獣たちは素直に牙を剥かないとそう思ったからだ。
だから奥田は、劇場内に恵子1人を残し、素人ショーが始まるまでの20分をこの薄暗い廊下で待とうと決めたのだった。
薄暗い廊下には、一応『禁煙』という看板が掲げられているものの、しかしその床には無数の吸い殻が散らばっていた。
奥田はそんな吸い殻を見つめながら、安心してポケットから煙草を取り出した。そして、箱の中から一本取り出し、それを口に銜えた瞬間、背後で100円ライターが擦られる音が響き、奥田の目の前にオレンジ色の火がメラメラと揺れた。
「どうぞ」
そう言ってライターを差し向けて来たのは、先程、入口で老婆と雑談していた労務者風の男だった。
奥田はそんな男に警戒しながらも、「どうも」と火を貰った。
「奥さん。綺麗ですね」
男はライターを作業ズボンのポケットに入れながら、ソッと暗幕を覗いた。
「いやぁ……」
奥田はそう苦笑いしながら、煙草の先をジジジッと鳴らしながら一服吸った。
男は場内を覗きながら、汗ばんだ首をガリガリと掻いていた。そんな男のTシャツの襟口が不意に歪み、日焼けした太い鎖骨と同時に胸のイレズミがチラッと見えた。
「素人ショーに参加させるんですか?」
男は上目遣いで奥田を見つめながら、ニヤリと不敵に笑った。
「うん……まだ迷ってる……」
奥田は吸ったばかりの煙草を床に落としながら複雑に笑った。
「どうして? せっかく来たんだし、楽しめばいいじゃないですか」
男はそう笑いながら奥田の複雑な顔をソッと覗き込み、「もしかして『イケニエ』は初めて?」と声を潜めて聞いて来た。
「イケニエ?」
奥田は初めて聞くその言葉に首を傾げる。
「イケニエってのは、奥さんとか彼女を客達に生け贄として授けるショータイムの事ですよ。ちょっと前まではね、『輪姦ショー』って名前でやってたらしいんだけど、未成年を連れて来た馬鹿なヤツがいたらしくてね、それでこの劇場も摘発されて営業停止を喰らったみたいですよ。だから、それからは『輪姦ショー』ってのが廃止されて、『イケニエ』って呼ぶようになったんです」
男は、それを摘発したのが目の前の男とも知らず、自慢げに説明し始めた。
「あんたはここの常連さん?」
奥田はそう聞きながら慌てて男を見直した。ここを摘発した時、数人の常連客も連行していた事から、もしかしたらこの男もその時連行された者ではないのかと焦ったのだ。
「いやぁ、俺なんてまだまだ。ここに通うようになって半年目ですよ」
男は何故か謙遜しながら笑った。
「しかし、ホント、奥さん綺麗ですよね……」
男はそう言いながら、再び暗幕を掻き分けながら劇場の恵子を物欲しげに見つめた。
そんな恵子は獣たちの視線を浴びながら、ジッと客席で項垂れている。もしかしたら自白剤が完全に切れ、正常な意識を取り戻している頃かも知れない。
場内で響いていた曲は、いつしかアップテンポなディスコミュージックからスローなR&Bに変わっていた。キラキラと輝くミラーボールが怪しく回り、ステージで踊っていたダンサーが、客席に向かって着物の裾をパラリと捲っていた。
いよいよ、次の『素人ショー』の時間が迫っていた。奥田は、自白剤の切れた恵子をどうやってステージにあげようかと焦り始めていた。
そんな奥田に再び男が話し掛けて来た。
「奥さんは露出狂ですか?」
そんな男に対して、奥田は「いやぁ……」と首を傾げた。
「じゃあレイプ願望とか?」
男はまるで症状を聞くベテラン医師のようにそう聞いて来た。
「……まぁ、そんな感じですかね……虐められるが好きみたいです……」
奥田が戸惑いながらもそう答えると、男は平然と「へぇ~Mなんだ奥さん……」と呟き、そして急に目をギラギラと輝かせながら「じゃあ本番もアリなんですね?」と声を弾ませた。
「まぁ、そうなれば当然……」
「でも旦那さんの気持ちが吹っ切れないんだ」
「……まぁ、そんな感じです」
そう答える奥田がおもわず「ふっ」と吹き出すと、男も同時に「ふっ」と笑った。
そしていきなり男は、奥田にソッと顔を近づけながら小声で囁いた。
「気持ちがパッと吹っ切れる、イイ薬がありますよ」
奥田は笑顔を引き攣らせたままジロッと男を睨んだ。男が勧めるその「イイ薬」が何であるかは、職業柄、知りすぎるほど知っているからだ。
「ど、どうしたんですか、急にそんな刑事さんみたいな顔してぇ」
男がそうケラケラと笑い出すと、奥田はふと我に返り、慌てて眉間にくっきりと浮かんでいたシワを弛めた。
奥田は怪しまれぬよう、そんな男に合わすかのようにニヤニヤと笑いだすと、「それはどんな薬?」と好奇心を示した。
「興味ある?」
男のその言葉に奥田がコクンと頷いた。
「じゃあ、付いておいでよ」
男はそのまま奥田に背を向けスタスタと廊下を歩き出した。
そんな男が向かう廊下の奥には、恵子が男達にズタズタに犯されまくったと言うトイレが、貪よりと待ち構えていたのだった。
—19—
ストリップ劇場のトイレは、ジットリと湿ったコンクリートに囲まれては、妙にひんやりとした寒気に包まれていた。それはまるで終戦直後の焼け野原で、野放しにされている廃墟のようであり、そこには何か唯ならぬ妖気なようなモノが、貪よりと漂っているような感じがした。
男は奥田を小便器の前に残し、スタスタと1番奥の個室に入って行った。
(ここで恵子はレイプされて、中出しされたのか……)
奥田は天井にぶら下がっている黄色いハエ取り紙を見た。それは随分と古い物らしく表面がすっかり乾ききっていた。そこに付着するハエの死骸も、まるでカップラーメンに入っている乾燥具材のようにパリパリに乾いていた。
男がニヤニヤしながら個室から出て来た。
「飲むのもあるけど、どっちがいい?」
そんな男の手には、いつも奥田が押収している覚醒剤のパケがあった。
(パクるか?)
一瞬、奥田は自分に問い質した。すると、今までパクったシャブ中達の言葉が、ふいに奥田の脳裏に浮かんで来た。
『シャブは最高ですよ』
そんな言葉が頭の中を駆け巡り、不安定な奥田の精神は素直に覚醒剤を求めてしまった。
奥田はポケットの中からしわくちゃの一万円札を取り出し、それを男に渡しながら、初めてだから打ち方がわからないと告げた。
すると男はニヤニヤ笑いながら「大丈夫よ」と頷き、そのまま奥田を奥の個室へと連れ込んだ。そして使い捨て注射器のビニール袋をピリリッと破いて見せると、「腕、捲くって」と低い声で呟いたのだった。
奥田は下を向いたまま恐る恐る捲った腕を差し出した。便器からは長年貯蓄された糞尿の香りがムンムンと漂ってきた。男の爬虫類のように冷たい手が奥田の腕に触れると、同時に注射針が腕の血管にプツっと突き刺さるのがわかった。
ふと、便器の給水タンクの下に『本場韓国キムチの店』と印刷された小さな段ボールが置いてあるのが見えた。奥田は、体内にシャブが注入されていく感触を腕に感じながら、ブツはあの段ボールの中に隠しているのか、とふと思い、その段ボールに書かれている大久保の住所を繰り返し頭の中で呟いていた。
注射針がスッと腕から抜かれると同時に奥田は顔を上げた。右腕の血管には丸い血がプクッと膨れていた。
「ウチのは混ざりッ気がないから、すぐにピキーンって来るよ」
男はそう言いながらニヤニヤと笑った。しかし奥田は、遂にその禁断の薬を体内に入れてしまったという激しい嫌悪感に襲われ、そんな男に笑い返す余裕はなかった。
男は黒いビニール袋の中に注射器やパケの空き袋をせっせと捨てながら、「で、奥さんどうすんの?」と聞いて来た。しかし奥田は、刑事として最も憎むべきである覚醒剤が、今自分の体内を駆け巡っているという現実に激しい後悔を感じ、それどころではなかった。
握り拳をブルブル震わせながら便器をジッと見つめている奥田の目からジワッと涙が溢れて来た。それを見た男が、慌てて「具合悪いの?」と奥田の顔を覗き込んだ。
奥田はゆっくりと顔を上げながら、男に向かって「てめぇ……」と唸った瞬間、いきなり奥田の脳に「ピキーン!」という衝撃が走った。
「あっ……あっ……」
グワングワンっと目を回しながら、奥田は男にしがみついた。
「ね、ウチのは純度が高いから、直ぐにピキーンって来るでしょ」
そんな男の笑う顔が、まるで水中で見ているかのようにグニャリと歪んだ。心臓が激しくドクドクと鳴り響き、爪先から頭のテッペンに何度も何度もピキーン! ピキーン! ピキーン! という衝撃が走る。
しばらくすると、そのピキーンという感覚は、快楽なのだという事に気付いた。そう気付くとそのピキーンが堪らなく気持ち良く、ピキーンを繰り返す度に幸せな気分に包まれていく奥田は、なぜか無性に楽しくて楽しくて堪らなくなった。
(シャブってのは凄過ぎるぞ、おい……)
そう呟く奥田は、何度刑務所にぶち込まれても、それでもシャブを止めようとしない懲りないシャブ中達の気持ちが、今、切実にわかった気がした。
「どう、最高でしょ?」
顔を覗き込む男に、奥田はニヤリと微笑みながら男の肩をポンポンと叩いた。
そこにいきなり大音量のテクノミュージックが鳴り響いた。ドンドンドンドンっという低音がまるで地鳴りのようにトイレを震わせ、鋭いシンセサイザーの音が奥田の敏感な脳をビーム光線のように貫いた。
「おっ、素人ショーが始まったよ」
男はその音を聞くなり、ニヤリと不敵な笑顔を作りながらハエ取り紙が無数にぶら下がる天井を見上げた。
「ねぇ、どうすんのよあんたの奥さん。イケニエにするの?」
ギラギラと目を輝かせながら聞いて来る男に、奥田はコクンと頷いた。
「じゃ、じゃあ、俺に一番にヤらせてくれよ」
男が奥田の手を握った。
「……俺の妻とヤリたいのか?」
不敵に笑う奥田を見つめながら、男は生唾をゴクリと飲み込み、そして力強く頷いた。
「いいよ。あんたに任せるよ。たとえあいつが嫌がって暴れたとしても、亭主の俺が輪姦を了解してんだから遠慮するな。だからあいつを今すぐステージに連れてって思う存分犯してやってくれ……あいつはそれを求めてるんだ……」
男は奥田の話が終わらないうちにトイレを飛び出して行った。
奥田は最高の気分だった。トイレに響くテクノミュージックに踊り出したいくらいの気分だった。
そんな奥田のペニスはいつしか勃起していた。奥田は迷う事無くそれをズボンから取り出すと、薄汚いトイレをグルリと見渡しながら(ここで恵子は糞共に中出しされまくったんだ)とそのシーンを思い浮かべ、狂ったようにペニスをシゴき始めた。
今までにない猛烈な快感が全身に襲いかかった。ほんの数回ペニスをシゴいただけなのに、いきなりイキそうになり、奥田は慌ててペニスから手を離した。
(な、なんだこのカイカンは……)
しかし我慢できない奥田は再びペニスを握った。握った瞬間、ペニスがドクン! と脈を打ち、元気の良い精液がまるで水鉄砲のようにピュッピュッと飛び散った。
「あぁぁぁ!」
おもわず声をあげながら激しくペニスをシゴく。しかし、普通なら数秒で過ぎ去るその快感はいつまでも消えなかった。
ずっと『イク快感』が続いていた。今出たばかりなのに、またしても尿道から精液が飛び出した。何度射精してもペニスが衰える事は無く、そして快感も続いていた。
ふと気がつくと、給水タンクの下に置いてあった『本場韓国キムチの店』と印刷された小さな段ボールが奥田の精液でネトネトに濡れていた。
奥田は辺りをキョロキョロと見回し、人がいない事を確認すると段ボールを手にした。この中に保管されているシャブを全部ネコババしてやろうと思ったのだ。
しかしバリバリと破られた段ボールの中にシャブは無かった。そこにはビニール袋に詰められた真っ赤なキムチがタプタプと揺れていたのであった。
そんなキムチを呆然と見つめながら「こんな所に忘れ物か?」と1人でケラケラ笑っていると、劇場から大音量のアナウンスが聞こえて来た。
「只今より、素人さんによるストリップショーを開催致します。お客様の中でその素敵な御身体を御披露したいと思う女性のお客様は、どうぞ御遠慮なく御参加下さいませ。尚、ステージ上でのトラブルにつきましては当劇場は一切の責任を負いかねますのでどうか御了承下さいませ」
それはまるで昭和のパチンコ店を思わせる、懐かしい響きのアナウンス口調だった。繰り返されるアナウンスを聞きながら、奥田は恵子の事を思い出した。
持っていたキムチ入りのビニール袋を離すと、キムチは便器の中でバシャと弾け、まるで凄惨な殺人現場のように白い便器に真っ赤なキムチが飛び散った。
「恵子……」
強烈なキムチ臭に包まれた奥田は、夢遊病者のようにフラフラと立ち上がると、そのままゆっくりとトイレを出た。
埃臭い廊下にはテクノミュージックが狂ったように響いていた。廊下の壁に掲げてある妙に古臭いAV嬢のポスターパネルが薄ら淋しそうに笑っていた。そんな廊下を恐る恐る進み、入口の暗幕からソッと劇場を覗き込んだ。
客席のオッサン達が手拍子しているのが見えた。おしゃれなテクノミュージックとおしゃれじゃない親父達のズレた手拍子が、純和室に置かれた巨大プラズマテレビのような違和感を醸し出していた。
踊り子のいないステージに派手な照明だけがチカチカと踊っていた。そんなステージのすぐ前の席に、貝のように踞った恵子の姿が見えた。
恵子の隣りには、さっきの男が座っていた。男は恵子の耳元に必死に何かを話し掛け、ステージを指差しながら恵子の手を引っ張ったりしていた。
周りの客達はそんな恵子に手拍子を送っていた。それはあたかも早く恵子に陰部を見せろと催促しているような手拍子だった。
奥田は暗幕から飛び出し、ステージに続く階段を早足で降りると、恵子の座席へ駆け寄った。
「あっ、旦那さん」と男が困惑した表情で奥田を見た。
「奥さん、どうしても嫌だって動かないんですよ」
男はそう言いながら奥田に席を譲った。
仏頂面した奥田が恵子の隣りにドスンと座ると、恵子が恐る恐る顔をあげた。
「あなた!」
そう叫ぶ恵子の表情には自白剤の陰は完全に消え、シラフの表情だった。恐怖に顔を引き攣らせる恵子は、小さな膝をガクガクと震わせながら、まるで迷子になった幼児が母親と出会えた時のように奥田の肩にしがみついてきたのだった。
「お客さん! どうすんの!」
ステージの上から、浅草の漫才師のような格好をした司会者が奥田に向かってそう叫んだ。『チョビヒゲ』の付け髭をしたこの司会者は、きっとチャップリンを意識しているのだろうが、しかし妙に目付きが険しい為にどうみてもヒトラーにしか見えなかった。
奥田は恵子の震えるうなじにソッと顔を埋めた。今日一日でかなり汚されたはずの恵子だったが、しかし恵子のうなじにはいつもの甘い香水の香りがまだ残っていた。
「おまえが……俺を裏切ったから悪いんだ……」
奥田がそう呟くと、恵子は絶望の眼差しで奥田を見た。
「おまえが武田なんかと浮気しなかったら……こんな事にはならなかったんだ……」
奥田は恵子の目をジッと見据えながら呟いた。
恵子の大きな瞳にジワっと涙が溢れ、それがステージの安っぽい照明に反射してキラキラと輝く。
「お客さん! 時間がないんだけど、出るの出ないのはっきりしてよ!」
ステージ上からそう叫ぶヒトラーに奥田は「うるせぇ!」と怒鳴った。そしてそのまま恵子の細い体を抱き抱えた奥田は、まるで荷物を運ぶかのように恵子の細い体をステージの上に放り投げたのだった。
「きゃっ!」と悲鳴をあげてステージに倒れる恵子。あたふたと焦るヒトラーに、ステージ下の奥田が「マイクを貸せ!」と怒鳴った。
ヒトラーからマイクを奪い取った奥田は、座席の上に立ち上がり客席を見た。そんな奥田の目は完全に飛んでいる。
「みなさん。ここにいる女は私の妻です。見た目は大人しそうな普通の主婦ですが、しかし本性は変態です。被虐性淫乱症、つまりマゾです」
突然の奥田の演説に、客達の手拍子がパラパラと止んでいった。客達は真剣な眼差しでステージの恵子を見つめながら、奥田の演説に耳を傾けた。
「この数年間、この女は私に隠れて浮気をしておりました。夫と子供がいながらも、覚醒剤と淫欲に溺れ、見知らぬ男達の肉棒を何十本と銜え込んできたのです!」
奥田はマイクから顔を離すと男を呼び寄せた。そして男に何やら指示を出す。すると、指示を受けた男はニヤニヤと笑いながらステージの上に飛び乗った。
男は、ステージの上で踞っていた恵子を背後から抱きしめた。
「イヤぁ!」
そう泣き叫び暴れる恵子。
「イヤじゃないだろ! 本当は嬉しいんだろ! その証拠におまえのオマンコは濡れてるはずだ! おい! 早くその女の股を開かせろ! みなさんにその証拠をお見せするんだ!」
奥田がそう叫ぶと、恵子を羽交い締めにしていた男は暴れる恵子の両腕を掴み、体育座りになっている恵子の股を足で開き始めた。
「おい! おまえも手伝え!」
奥田は最前列に座っていた労務者風の男を指差しそう言った。
「い、いいのか?」
熊のような大きな男が恐る恐る立ち上がる。
「好きなようにしろ。あの女はオマエ達のような薄汚い低所得者にグチャグチャに虐められるのが好きなんだ!」
奥田のその言葉に、熊男はうひゃひゃっ! と奇形をあげながらステージによじ登った。
熊男がステージに上がると、いきなりステージの照明が激しく光り輝いた。同時に客席の照明がスーッと暗くなり、バラバラに座っていた客達が、堰を切ったようにドッと最前列の席に雪崩れ込んで来た。
新たなテクノミュージックがけたたましく鳴り出した。その曲に合わせてヒトラーが叫んだ。
「イッツ! ショーターイム!」
(続く)
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