八月の懺悔8
2012/03/30 Fri 13:08
—20—
通称『ヘソ』と呼ばれる丸い小さなステージの上で、恵子とシャブ男と熊男の三人が照明に照らされていた。
恵子を羽交い締めにするシャブ男と、恵子の股を強引に開かせる熊男。完全に自白剤が切れてシラフに戻った恵子は、必死な形相で泣き叫んでいた。
そんな『ヘソ』には欲望を剥き出しにした大勢の客達がグルリと取り囲んでいた。
幼児が小便をさせられているような体勢で客席に向かって股を開かされている恵子は、客達に向かって「やめて! 見ないで!」と必死に泣き叫んでいるが、しかし客達はそんな恵子をせせら笑いながら、その大きく開かれた股をじっくりと覗き込んでいた。
「本当だ、ヌルヌルに濡れてるよ……」
「こりゃあかなり使い込んでる穴だなぁ……」
「うわぁ、オメコん中がヒクヒク動いてるぜ……」
客達は恵子の股間を覗き込みながら、それぞれがまるで評論家のように下品に囁いていた。
本来、人間が一番見られたくない陰部を曝け出された恵子は、そんな客達の貪欲な視線と卑猥な言葉で、まるで気が狂ったかのような叫び声をあげていた。
そのうち、我慢できなくなった客の1人が、剥き出しにされた恵子の性器に手を伸ばした。その男はどこにでもいるような普通のサラリーマンだ。
奥田は背筋をゾクゾクさせながら、そんなサラリーマンと恵子の顔を交互に見た。
恵子の濡れた性器を人差し指の先でグニグニと弄るサラリーマンは、恵子に向かって「感じてるの?」と不思議そうに聞いた。すると恵子は、そんなサラリーマンに向かって「お願い! 見ないで!」と叫んでいたが、しかし、奥田は恵子のその表情から、快感が最高潮に達していると読み取った。
その証拠に、サラリーマンがクリトリスを弄り始めると、恵子は客席に向かって「プシュ!」と潮を噴いた。
突然尿道から吹き出した卑猥な汁に、客席はどよめいた。恵子は「やめて! 見ないで!」と叫び続けながらも、クリトリスを弄られる度に瞳を恍惚とさせながら潮を噴いていた。
そんな恵子にステージの2人の男が、もう我慢できないと笑いながら牙を剥いた。
そこに突き出された2本のペニスは対照的だった。
熊男のペニスは異常に太く、そしてシャブ男のペニスは妙に長かった。
熊男はそんな太いペニスを強引に恵子に握らせると、ハァハァと荒い息を吐きながら恵子のTシャツを剥ぎ取った。
釣り鐘型のオッパイがポロロンっと剥き出しになるなり、客席から拍手が沸き上がり、同時に「スカートも脱がせ!」という声が客席から聞こえた。熊男はそんな客席の声援に手を振りながら、さっそく恵子のミニスカートに手を掛けた。
両足をバタバタと暴れさせながら抵抗していた恵子だったが、しかしその小さな顔をシャブ男に強く押さえ込まれ、唇に長いペニスを強引に押し付けられていた恵子は、抵抗も空しく、瞬く間に全裸にされてしまったのだった。
恵子が全裸にされるなり、客席から無数の手がまるでゾンビのように伸びて来た。
そんなゾンビの手は、ステージで大の字に寝転がされる恵子の足首と手首を四方から掴んだ。動けないように固定された恵子は、まるでステージに張付けられているようだった。
恵子は下唇をギュッと噛み締め、侵入しようとするシャブ男のペニスを必死に拒んでいた。
しかし、熊男が恵子の股の間に潜り込み、恵子の濡れた性器に太いペニスをグリグリと押し付けた瞬間、恵子は「いやぁぁぁぁ!」と絶叫し、口を大きく開いてしまった。
その大きく開いた口の中に、すかさずシャブ男が長いペニスを強引に押し込んだ。恵子は「うぐ! うぐ!」と唸りながら、ソレをしっかりと銜え込まされた。
そんな妻の凄惨なシーンを呆然と見つめていた奥田に、熊男が「入れていいか?」と聞いて来た。
奥田は返事が出来なかった。大勢の男達に囲まれながら、見知らぬ男のペニスを銜えさせられ、苦しそうにもがいている全裸の妻を放心状態で見つめていた奥田は、まるで電池の切れたロボット玩具のようだった。
「入れちまえ!」
誰かが客席で叫んだ。
すると客達が一斉に「入れろ、入れろ」と声を上げはじめた。
熊男はそんな客達にうひひひひひひっと笑顔を向けると、獣のように鼻息を荒くさせながら、恵子の細い脚をその太い両腕に抱え込んだ。
恵子はその細い体を、熊男の巨大な体でマングリ返しのように折り曲げられた。
腰が持ち上げられ、小さな尻が浮かんだ。尻の中心にはヌルヌルに濡れるワレメと、その汁がじっとりと垂れてテラテラと輝く肛門が卑猥に剥き出しにされた。
そんなワレメを熊男の赤黒い亀頭が押し開いた。熊男がゆっくりと腰を落とすと、太い肉棒がヌプヌプと恵子のワレメの中に沈んで行く。
結合部分を覗き込む客達が「おおお……」と低く唸った。恵子の両太ももはヒクヒクと痙攣し、天井に掲げられた爪先がピーンッと伸びた。
「温ったけぇマンコだなぁ……」
ペニスを根元まで押し込んだ熊男がポツリと唸った。そんな熊男は、当然コンドームはしていない。
奥田の体がブルブルと震えて来た。
(俺は……いったい何をしてるんだ……)
不意に我に返った奥田は、目の前の凄まじい現状に、まるで金縛りに遭ったかのように身動きができなくなっている。
奥田の目の前で、熊のような大きな男が巨大な尻を振り始めた。再び結合部分を覗き込んでいた客達がどよめき、恵子の小さな体がガクガクと激しく揺れていた。
(け、恵子……)
奥田はポロポロと涙を流しながら恵子の顔を恐る恐る見た。
しかし、そんな奥田の目に映った恵子は、『妻・恵子』ではなかった。熊男に激しく腰を突かれる恵子は、口に銜えていたシャブ男のペニスに舌を動かしていた。そして自ら頭を上下に振ってはシャブ男に快楽を与える『変態女』と化していたのだ。
(う、嘘だろ恵子……おまえの自白剤はとっくに切れているはずだ……)
愕然とする奥田の耳に、再び「おおお!」という歓声が飛び込んで来た。
熊男のペニスが激しくピストンされる結合部分から、ビシャビシャと潮が噴き上がり、その度に客達は驚きの歓声を上げているのだ。
そんな結合部分には、熊男のペニスだけでなく客達の無数の手が蠢いていた。
先程のサラリーマンは、激しくバウンドする熊男の腹の中に手を押し込み、必死になって恵子のクリトリスを弄っていた。ペンキだらけの作業服を着た男は恵子の肛門に指を押し込みながら笑い、眼鏡を掛けたサラリーマンは、激しく交じり合う結合部分に指を這わせては、そのヌルヌルとする感触に酔いしれているようだった。
そして他の客達は、暗闇の客席の中でひっそりとペニスをしごいていた。脱ぎ捨てられた恵子のTシャツをクンクンと嗅ぎながらオナニーしている客までいた。
「や、やめろ……」
奥田は呆然としながら声を震わせた。しかし、そんな奥田の声は大音量のテクノミュージックにいとも簡単に掻き消されてしまう。
「あぁぁ、イクぞ、イクぞ」
熊男が毛むくじゃらの尻を激しく動かしながら叫んだ。
「な、中で出すな!」
奥田は必死でそう叫んだ。しかし、立っていた椅子の上でそう力んだ奥田は、椅子から足を踏み外し、そのままドテッと床に転がり落ちた。
「あぁぁぁぁ! あぁぁぁ! すげぇ! すげぇ!」
床に転がる奥田の耳に、ステージから熊男の叫び声が聞こえて来た。
「やめろ! やめてくれ!」
床でもがく奥田は泣き叫んだ。そして必死な形相で起き上がると、不意に奥田の肩を誰かが掴んだ。
背後から奥田の肩を掴んだのは、司会者のヒトラーだった。ヒトラーは奥田の肩を掴んだまま、奥田の耳元に低く囁いた。
「あんた、今更何言ってんだよ。ここまで来て今更中止なんてできるわけねぇだろ。そんな事したら暴動が起きるぜ」
ヒトラーは奥田を羽交い締めにしながら笑った。
そんなヒトラーに奥田は必死にもがきながら叫んだ。
「すぐに止めさせろ! 俺は刑事だ! すぐにやめないと全員パクるぞ!」
キャハハハハ、とヒトラーは声を出して笑った。
「ストリップ劇場でシャブ打って、女房をイケニエに出す刑事さんなんて見た事ねぇよアホ」
ヒトラーがそう笑った瞬間、ステージから恵子の絶叫が響いた。
「あぁぁん! イっちゃう!」
ステージの恵子は四つん這いにされていた。シャブ男がバックから恵子の尻を突きまくり、恵子の小さな体とタプタプの乳が激しく揺れていた。
「ほらぁ、奥さんあんなに感じてるじゃない。今止めたら可哀想だよ」
奥田はヒトラーのそんな言葉を聞きながら、目の前でユッサユッサと揺れる恵子の尻と乳を呆然と見つめていた。
熊男に代り、新たな男達がステージに上がっていた。恵子は大勢の客達の目の前で4人の男達に陵辱されていた。
「あんたの奥さん、ちよくちょくここに来てるよね。俺も以前、トイレであんたの奥さんにヤらせて貰った事があるんだけどさぁ、あのモチモチとした肌は最高だったなあ……中出ししてる最中にキスを求めて来るところなんか、あんたの調教が上手い証拠だよ」
そう笑うヒトラーに、奥田は冷静に振り向いた。
「あいつは……そんなに頻繁にココに来ていたのか?」
ヒトラーは「えっ?」と驚いた目で奥田を見つめながら、「あんたと一緒じゃなかったの?」と聞いた。
「…………」
「そっかぁ、あんたにゃ内緒だったのか……何か悪い事聞いちまったな、ま、そう気を悪くすんなよ」
ヒトラーがそう笑いながら奥田の肩をポンポンと叩いた瞬間、奥田の中で何かがプツンっとキレた。
「ゴッ!」という鈍い音を立てて、奥田のグローブのような巨大な拳がヒトラーの顔面にのめり込んだ。剥がれたチョビヒゲがフワッと宙に舞った。同時にヒトラーの体はそのまま客席の暗闇に飛んで行った。
喜怒哀楽。そんな言葉が一瞬奥田の頭に過った。
今まで多くの覚醒剤中毒者を取調べして来た奥田は、彼らの感受性が異様に激しく、急に泣き出したりいきなり笑い出したり、そうかと思えば突然怒り狂うという姿を何度も見て来た。
そんな彼らを見る度に、奥田は「多重人格者みてぇだな」と笑っていたが、しかし、今は当の本人がその多重人格者だった。
「てめぇら、いいかげんにしろよこの変態共!」
喜怒哀楽の『怒』のスイッチが入った奥田は、ステージに群がる客に椅子を振り上げた。
同時に「うわっ!」という声が響き、そこにいた客達が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。
逃げまとう客の中に、まるで三国志の呂布の如く、椅子をブンブンと振り回しながら奥田は突進した。
ペニスを剥き出しにしたまま逃げまとう客達の後頭部に、振り回される椅子が次々に激突する。バッ! と豪快に飛び出した血しぶきがステージのライトに照らされ、まるでゲームのように客達はバタバタと倒れて行った。
客席の中段で、激しい返り血を浴びる奥田がギッとステージを睨んだ。
ステージで恵子を犯していた4人の男達がゴクリと息を飲む。
突然、劇場内にけたたましい非常ベルが鳴り出した。しかし奥田はそんな音には動じる事無く、血だらけの椅子をぶら下げながら一歩一歩ステージに向かって行く。
「あわわわわわ」
両手両足を同時に震わせながら、男達が慌ててステージから飛び降り、四方へと散って行った。
1人ポツンとステージに残ったままのシャブ男は、アゴだけをガクガクと震わせながら、蛇に睨まれたカエルのように身動きできないでいた。
「おい……」
奥田はポタポタと血が垂れる椅子をシャブ男に向けながら言った。
「は、はい……」
シャブ男は顔をガクガクと振りながら慌てて返事をする。
「俺の女房の具合はどうだった……」
奥田はニヤリと笑いながら聞いた。
「あっ……いや……その……勘弁して下さいよ……」
シャブ男は萎れたチンポをダラリとさせながらズリズリと後退りする。
奥田は、ステージでぐったりと倒れている恵子をソッと見た。
恵子はうつ伏せになりながら小さな腹をハァハァと激しく揺らしていた。そして、乱れた髪の隙間から、背筋がゾッとするような目で奥田をジッと睨んでいた。
そんな恵子から慌てて目を反らした奥田は、もう一度シャブ男を見据えた。
遠くの方から聞き慣れたパトカーのサイレンが聞こえて来た。
「おい……」
奥田がシャブ男に向かってそう言いながらゆっくりと椅子を振り上げた。
「トイレにあったあのキムチは……おまえのか……」
奥田の言葉に戸惑いながらも、シャブ男はコクンと頷いた。
「悪りぃ……あのキムチ、便器ん中に落としちまったよ……」
そう呟いた瞬間、背後がバタバタと騒がしくなった。
騒がしく近付いて来るその足音が、警察官の足音だとわかった奥田は、激しい眼光で自分をジッと睨んでいる恵子の目を見つめながら「へへへへ」とだらしなく笑い、シャブ男の頭に椅子をおもいきり振り下ろしたのだった。
—21—
長い長い一日が終わった。
思えば、この長い一日は武田に自白剤を飲ませた所から始まった。
あの時、武田の告白を聞かなければ、俺は今頃こんな所には……
そう拳を握りしめながら激しく悔む奥田は、そのままゴロリと古畳の上に寝転がった。
高い天井には、朝だというのに薄暗い蛍光灯がボンヤリと灯っていた。昨日まではこの鉄格子の向こう側にいた奥田は、ブタ箱の廊下に響くひとつひとつの音が、見ないまでも手に取るようにわかった。
「看守さん」
突然、静まり返った廊下に年老いた男の声が響いた。
事務椅子をギィギィと鳴らしながら立ち上がった看守は、「なんだ」と言いながら、男の部屋へと健康サンダルの音をペラペラと鳴らした。
「俺は本当はヤってねぇんだよな。あの調書は刑事のデッチアゲなんだよ。途中で記憶がなくなって気がついたら調書を書かれてたんだよ」
老人は必死にそう訴えた。
奥田は老人のその声を聞いて『あれは飯田だな』と思った。3日前、奥田が自白剤を飲ませて自供させた女児連続暴行犯だ。
「取調室でコーヒーを飲んでからだよ、記憶がプッツリねぇんだ。おかしいだろ? そうおもわねぇか看守さん」
そう訴える飯田に、若い看守は「そーいう話しは検事か弁護士にしてくれ」と溜息をつき、再び健康サンダルを鳴らして机に戻って行ったのだった。
そんなやり取りを、奥田は1人、ズラリと並ぶ檻から離れた『少年房』でジッと耳を澄まして聞いていた。
奥田は現職の警察官という立場と、しかもこの警察署にいた刑事という事から、特別に『少年房』に入れられていた。
そんな少年房は、一般房から完全に隔離されており、一般房の被疑者達とは一切顔を合わせなくても良かった。
奥田は、あの飯田だけでなく、この留置場にいる被疑者達を何人も取り調べていた。当然それは、脅迫や暴行、又は自白剤を使ったりした違法な取調べばかりだった。
(俺がここにいる事をヤツラが知ったら……俺は確実に殺されるだろうな……)
そう思う奥田は、少年房に隔離されて本当に良かったと心からそう思っていたのだった。
朝食のコッペパンを齧っていると、不意に留置場の入口の鉄扉がガタン! と響く音が聞こえて来た。
看守台にいた看守達の「あっ、おはようございます!」という慌てた声が聞こえた。
奥田はその慌てた声に、(誰か来たな)っと思いながら紙コップのみそ汁を口に含むと、急いでコッペパンを喉に流し込んだ。
案の定、その足音は少年房に向かってやって来た。
黒い鉄格子に張られた金網から、ヌッと覗き込んで来たその顔は見慣れた顔だった。
「奥田……おまえ、何やってんだよ……」
そう言いながら、舌打ちしたのは同僚の松坂だった。
「ごめんな……みんなに迷惑かけちゃったな……」
奥田はそう照れ笑いしながら、急いでコッペパンを口に含み、紙コップに残っていたみそ汁を一気に飲み干した。
「そんなもん食うなよ。マック買って来てやったからさ、取調室で食えばいいよ」
松坂はそう笑うと、若い看守に「開けてくれ」と頼んだのだった。
房から出された奥田は、若い看守に手錠と腰縄を掛けられた。
それを見ながら、「一応、規則だからよ」と笑う松坂に、奥田は「当然だよ」と素直に頷いた。
留置場から取調室に連行された。奥田は取調室の窓側に座らされた。つい昨日まで、自分が入口側に座っていたのが嘘のようだった。
「どうだい初めてのブタ箱は……あのコッペパン、死ぬほどマズいだろ」
そう笑う松坂は、机の上に置いてあったマックの紙袋の中から、奥田がいつも食べていたチーズバーガーを取り出した。
「おまえが調べるのか?」
奥田は静かに松坂の顔を覗き込みながら聞いた。
「いや……おまえは明日、新竹署に移されるらしいぜ……」
松坂はそうポツリと呟くと、「さ、遠慮せずに食えよ」とバニラシェイクを奥田の前にソッと置いた。
奥田の罪名は、ストリップ劇場での暴行と覚醒剤取締法違反だった。昨夜未明、渋仲署に逮捕された奥田だったが、身元を調べた所、奥田が警察官だという事がわかり、その日の朝方に急遽この警察署に移送されて来たのだった。
奥田はバニラシェイクのストローを銜えると、それを一口飲んだ。そして松坂の顔をソッと見上げながら、震える声で「恵子は……どうしてる?」と聞いた。
「取りあえず入院したらしい」
松坂は優しい表情でそう言いながら、「だけど別にどこにも異常はないらしいから心配しなくてもいいよ。だから安心して、さ、早く喰っちまえよ」と、チーズバーガーの袋をパサパサと開けてくれたのだった。
そんなハンバーガーとバニラシェイクの朝食を終えた奥田は、松坂から煙草を貰った。六時間ぶりに吸った煙草は妙に苦かった。
「どうして……奥さんまで巻き込んじゃったんだよ……」
松坂はゆっくりと腕を組みながら奥田に聞いた。
奥田は静かに項垂れながら「ごめん……妻の事は何も話したくないんだ……」と呟いた。
そんな奥田を見ながら、同僚の松坂は「おまえの気持ちは痛いほどわかるよ……」と頷いた上で、「ただ、これだけは教えてくれ」と言葉を続けた。
「今回のこの事件と、おまえが武田を取調中に暴行したのは、なにか関係があるのか?」
「…………」
黙りこくっている奥田を松坂はソッと覗き込んだ。
「おまえと武田の間に何があったんだ。新竹署に移される前に、正直に話してくれよ」
松坂のそんな顔を見て、奥田は静かに首を振った。
まさか、自分の妻が武田の性奴隷だったなどと話せるわけが無かった。それに、ここで恵子と武田の関係が発覚すれば、おのずと恵子にも覚醒剤の容疑も掛かって来るかも知れないのだ。
奥田は、松坂に「ごめん」と呟きながらも、恵子と武田の関係だけは口が裂けても言うまいと心に誓ったのだった。
そう貝のように口を閉ざしたままでいると、いきなり取調室に刑事課長が入って来た。奥田は慌てて立ち上がり、課長に向かって「この度は……」と頭を下げた。
しかし課長はそんな奥田をジロッと一瞥しただけで何も言わなかった。
課長は松坂の耳元に何かコソコソと話すと、「早く切り上げろ」と松坂の肩をポンっと叩き、そのまま奥田を見る事も無く取調室を出て行った。
課長が出て行くと、松坂は大きな溜息をついた。
そして奥田の顔を見つめながら「大変な事になっちまったぜ……」と顔を顰めたまま言葉を続けた。
「武田は今日の昼には釈放されるらしい」
松坂のその言葉に、おもわず奥田は「どうして!」と叫んだ。
松坂はそんな奥田をジロリと睨んだ。
「……おまえが取調中に暴行なんかしたからだよ……あの野郎、弁護士を検事の所に行かせて違法捜査だとか、暴行で訴えるとか圧力掛けやがったんだ……ったくぅ、せっかく捕まえた魚だったのによ、つまんねぇ事してくれたよなおまえも……」
松坂はそう言いながら、いきなり机の上に足をドン! と置いた。
そして奥田を恐ろしい目で睨みながら「おい、奥田。俺も暇じゃねぇんだ、どうして武田に暴行したのか早く言えよ!」と怒鳴った。
松坂のその急変した態度に、何か嫌な予感がした奥田は黙ったまま下を向いた。
そんな奥田の耳に、署の駐車場から出動して行くパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。が、しかし、そのサイレンの音はいつも聞いている音とは違い、まるでドーナツレコード盤を45回転から33回転にしたように異様にスローな音だった。
(な、なんだこれは……)
その音に異変を感じた奥田がゆっくりと顔をあげると、いきなり目の前に大きな手の平が迫って来た。
バシン! という鈍い音が頭の中で響いた。奥田が頭をクラクラっとさせていると、鬼のような形相をした松坂が「正直に言うんだ!」と続けざまに頬を叩いて来た。
しかし、何度叩かれても不思議な事に頬に痛みを全く感じなかった。ただ、松坂に叩かれながら怒鳴られる度に、自分が何かを必死に喋っている事だけはぼんやりとわかった。
(しまった……あのバニラシェイクに自白剤を入れられた……)
そう気付きながらも、奥田の口はまるでロボットのように勝手に動いていたのだった。
近くの工場から、昼を告げるサイレンの音が聞こえて来た。そのサイレンの音でやっと意識を取り戻した奥田だったが、しかしまだ自白剤は効いていると見え、奥田にはそのサイレンの音が戦国時代のホラ貝のように聞こえていた。
そんな奥田の目の前で、煙草の煙がフワフワと浮いていた。煙の向こうに松坂と課長の顔が、まるで水中で見ているかのようにユラユラと揺れて見えた。
「要するに、奥田は武田に妻を寝取られていたってわけですよ」
課長に説明している松坂の声が、ボンヤリと奥田の耳に侵入して来た。
「……って事は、奥田は全くの私怨から武田を暴行したという事なんだな……」
課長は眉間にシワを寄せながら松坂を見た。
「はい。検事が疑うような、奥田と武田の間に覚醒剤の関係があり、それで仲間割れして奥田が武田を暴行したという事実はありませんね」
松坂がそう答えると、課長は眉間のシワを弛め、安堵の表情を浮かべた。そして奥田をギッと睨みながら呟いた。
「警察の不祥事が騒がれてる時に、よくもまぁとんでもない事してくれたもんだよ……」
課長は苦々しくそう吐き捨てると、松坂の肩にポンっと手をやり「まぁ、こいつと武田にシャブの絡みがないなら安心した。御苦労だったな松坂君」と微笑みながら労った。
松坂がすかさず「いいえ、自白剤のおかげですよ」と笑うと、課長は大きく背伸びをしながら「こんなアホ、とっととブタ箱に放り込んで、昼飯食いに行こうか」とアクビ混じりに大きな声を出したのだった。
ブタ箱の昼飯は冷たい弁当だった。
今まで、この官弁と呼ばれる冷えた弁当を目にする度に(さすがブタ箱と呼ばれるだけあってひでぇメシだな)と哀れんでいた奥田の目の前に、今、その冷えた官弁がポツンと置いてあった。
奥田はそんな官弁を見つめながらポタポタと涙を畳に落としていた。それは悲しいから泣いているのではなく、自白剤の効果により無意識に涙が止まらなくなっていたのだった。
ふいに、鉄格子の鍵が開けられるガチャガチャっという金属音が一般房から響いて来た。奥田はそんな音を聞きながら官弁の蓋を開けた。山菜の煮物と油揚げの煮汁が、カチカチに固まった冷や飯をビタビタに浸していた。
一般房からゴム草履の音がペタペタと近付いて来た。
「おい、そっちじゃない」という看守に「一言だけいいだろ、こっちは被害者なんだからな」という凄む声が聞こえてきた。
そんなゴム草履の音が奥田の部屋の前でピタリと止まった。
人間の気配を感じた奥田が、ゆっくりと鉄格子のドアを見上げると、そこには武田がニヤニヤと笑っていたのだった。
—22—
奥田が取調中に暴行した事でそれが違法捜査とみなされ、検事が起訴を放棄した事から武田は釈放された。
そんな武田が、今、ブタ箱の鉄格子から奥田をあざけ笑いながら見下ろしている。
「おい……なんだいそのザマは……」
武田は鉄格子に張り巡らされている金網に顔を押し付け、畳に座っている奥田を覗き込みながらそう呟いた。
サッと目を反らす奥田に、武田は「よくも殴ってくれたよなぁ、見てみろよ、口ん中ズタズタだよ」と言いながら唇を摘み、そのズタズタに切れた裏側をベロリと見せた。
「まぁ、そのおかげで俺は無罪放免だから、結果的にはサンキュウって事だけどな」
そう言いながらギャハハハハハと笑う武田の下品な笑い声が、静まり返った房内に響き渡った。
奥田はそんな武田を鉄格子越しに見つめながら激しい怒りに包まれた。が、しかし、手も足も出ないこの状態では何を言っても無駄だと思い、そのまま下唇を噛む事しか出来なかった。
そんな奥田をニヤニヤと見下ろしながら、武田は急に目をギラリと光らせると「そー言えばよ……」と呟いた。
「おまえ、恵子の旦那なんだってな」
武田のその言葉に、おもわず奥田の肩がビクンっと反応した。
そんな奥田を見て武田はニヤニヤと笑いながら、「まさかあんたがバカ旦那だったとは夢にも思わなかったよ」とゆっくりとその場にしゃがみ込み、鉄格子越しに奥田と視線を合わせた。
「恵子がいつも嘆いてたよ。ウチのバカ旦那はチンポが小さいから全然感じないってな」
奥田はガシャン!と音を立てながら2人を仕切る金網を両手で鷲掴みにした。そして目の前の武田を睨みながら、「恵子の話しをするな……」と震える声で唸った。
くくくくくくっ……
そんな奥田を見つめながら武田が笑った。まるで動物園の檻の中で怒り狂うゴリラみてぇだな、と呟きながら武田はニヤリと唇を歪める。
「ま、心配すんなよ。おめぇが臭いメシを食ってる間、俺がちゃーんと恵子の面倒見ておいてやるからよ」
武田はそう笑いながら、小声で「アッチのほうもな」と付け加えた。
「貴様ぁ……恵子に指一本でも触れてみろ……」
そう奥田が唸り始めたのと同時に、すかさず武田が「触れたらどうだって言うんだコラぁ!」と叫びながら、目の前の金網をガシャン!と蹴飛ばした。
その振動で奥田の体は体勢を崩し、畳の上にベタンっと尻餅を付いた。
すると、武田に恫喝され尻餅を付いた直後、突然奥田の脳味噌がキュッと畏縮した。唯ならぬ恐怖が奥田の全身を包み込み、そのあまりの恐怖に奥田の意識が一瞬にして朦朧として来た。
それは、明らかに自白剤の症状であった。
「恵子っつう女はよ、俺のチンポ無しじゃ生きられねぇ女なのよ。な、わかるだろ短小刑事さんよぉ」
そんな武田の言葉に、奥田は朦朧としながらコクンと頷いた。
「あれれ? なんだよ急に素直になったじゃねぇか。どうしたんだ?」
奥田が自白剤を飲まされている事を知らない武田は、調子抜けしたように奥田の顔を覗き込んだ。
「……確かに……恵子は……大きなチンポが好きです……」
奥田は無意識のうちにそう呟いた。
奥田のその言葉に武田は目を丸くさせて驚いたが、しかしすぐにケラケラと笑い出すと「そうだそうだお前の女房は変態だもんな」と奥田の顔を見つめた。
「はい。恵子は変態です……虐められるのが好きなMです……」
「そうだよ。恵子はマゾなんだよ。だから大勢にレイプされても小便噴いて喜んでるんだよ……わかるだろ?」
奥田は黙ったままコクンと頷いた。
「おまえが刑務所に入ってる間、俺が恵子を気持ち良くさせておいてやるよ。あいつのオマンコにシャブを塗り込んでよ、そこらじゅうのホームレスにヤラせまくっててやるからよ」
武田が悪魔のような表情でひひひひひっと笑うと、奥田はガックリと頭を下げながら「お願いします……」と呟いた。
そんな奥田の目から無意識に涙が溢れ、ポタポタと畳に音を立てた。
「ふん。悲しいか。悔しいか。ざまぁみろだよバーカ」
武田が優越感に浸りながらそうあざけ笑うと、奥田はゆっくりと首を横に振った。
「いえ……嬉しいんです……恵子が虐められながら感じている姿を想像すると……嬉しくて嬉しくて堪らないんです……」
奥田はそう呟きながら、正座する股間をギュッと握った。そんな奥田の股間はコリッと固く膨らんでいた。それをズボンの上からシコシコとシゴきながら、奥田は再び「宜しくお願いします……」と武田に頭を下げた。
そんな奥田を見た武田は、バカにされているとでも思ったのか、憎々しげに「ふざけんじゃねぇ!」と叫びながら金網を蹴飛ばした。
そして釈然としない表情のまま、足早にブタ箱を出て行ったのであった。
それから二ヶ月後。
奥田はストリップ劇場での暴力行為と覚醒剤取締法違反、そして、ホモ少年の証言から公園でホームレスに暴行を加えた余罪までも発覚し、懲役一年六月の実刑判決を言い渡された。
初犯だったために執行猶予がつくだろうと誰もが思っていたが、しかし現職警察官の犯行という点を重く見た裁判官は許してはくれなかった。
奥田は控訴する事も無く素直に刑に服した。
逮捕されてからというもの、恵子は一度も面会には来ていなかった。
しかし、奥田は辛くはなかった。
いや、むしろ今の奥田には、面会に来ない方が良いのかも知れない。
それは、今ここで恵子に面会に来られては、夜な夜な刑務所の中で妄想している被虐なストーリーが崩れてしまうからである。
そう、奥田の刑務所での楽しみは、恵子が武田に滅茶苦茶にされる事を妄想する事なのだ。
武田に売春宿に連れて行かれた恵子が、性欲を剥き出しにした薄汚い親父達の慰み者にされ、後から前から突かれながら小便をビショビショと洩らす恵子のそんなシーンを妄想する事だけが、今の奥田の唯一の楽しみなのだ。
だから奥田は恵子が面会に来なくとも辛くなかった。
面会に来なければ来ないだけ、それだけ今の恵子は武田に滅茶苦茶にされているのだろうと、被虐性淫乱症の奥田は妄想し、そして射精するのであった。
(八月の懺悔・完)
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※この作品は、2011年9月17日、大手官能小説投稿サイトの「官能文書わーるど」様にて、「懺悔~被虐性淫乱症夫婦の悲劇~」という名前で掲載された作品です。