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スリル14・回る切腹

2013/06/13 Thu 00:02

 大磯は悪魔のように目を輝かせながら、広げた手の平を恵美の太ももに叩き付けた。パン! と乾いた音が鳴ると同時に六センチほどの布団針が根元まで叩き込まれ、まるで電流を流されたかのように右足がビンっと跳ね上がった。
 こむら返りのような激痛が脳を貫いた。
 大磯は正常位で激しく腰を振りながら、「ひぃーっ!」と全身を引き攣らせる恵美の中に三度目の射精をした。
 さすがに六十五歳の老人には連続三回の射精は堪えたらしく、大磯はベッドにゴロリと倒れると胸をゼェゼェと鳴らしながら「少し休憩しましょう……」と呟いた。
 大磯はゆっくりと起き上がると、ドロドロの肉棒をブラブラさせながらドアへと向かった。そして、「三十分ほど待ってて下さい。パワーを注入してきますから」と笑い、そのまま部屋を出て行ってしまった。
 恵美は起き上がろうとするが、しかし、少しでも体を動かそうとすると全身の筋肉が引き攣り、太ももから脳にかけて激痛が走った。
 その針を抜かなければ動けないと思い、恐る恐る太ももに指を伸ばした。
 針の刺さった場所を指探りしていると、乾いた血がパサパサと剥がれた。親指大にポコンっと腫れた部分に針の頭を見つけ、そこに爪先を引っ掻けた。針が動く度に激痛が走ったが、それをゆっくりと引き抜くと、それまでの激痛が嘘のように消えた。
 しかし、右足は痺れていた。ベッドから立とうとすると、太股が雑巾のように搾られるような鈍い痛みが走り、足の力が抜けた。
 恵美は昭和の回転ベッドに腰掛けたまま、(逃げるなら今だ)と、下唇を噛んでいた。
 しかし、もう一度あのスリルを感じたかった。ここで逃げなければ殺されてしまうとわかっていながらも、それでもあの巨大な肉棒で激しく膣をほじくられ、全身に針を叩き込まれたいと思っていた。
 焦燥感に駆られながらゆっくりと立ち上がると、右足を引きずりながらドアに向かった。
 逃げるなら今だ……と、何度も呟きながらドアを開け、静まり返った廊下を恐る恐る覗いた。
 廊下に顔を出した瞬間、いきなり目が合った。
 すぐ目の前に立っていた。
 ハァハァと肩で息をしながら、血走った目で恵美を睨み、「この部屋だったのか」と低い声で呟いた。
 そこに立っていたのは大磯ではなかった。狐のように引き攣った顔で恵美を睨んでいたのは、殺された沙織の父であり、サラマンドラの店長でもある原山だった。
 原山は恵美を突き飛ばすと、「沙織はどこだ!」と怒鳴りながら部屋に入って来た。原山の左手にはポリタンクが握られ、右手には鋭く光る出刃包丁が握られていた。
 誰もいない部屋を必死に見回しながら、「先生はどこだ!」と恵美に出刃包丁を突き付けた。顎をガクガクと震わせながら「さっき出て行きました」と答えると、原山は、今にも泣き出しそうな感情のこもった声で「沙織は!」と叫んだ。
 恵美は血まみれの回転ベッドに振り返った。
 すかさず原山は回転ベッドに駆け寄った。そしてベッドと壁の隙間に蹴り落されていた沙織の死体を発見すると、両手で顔を塞ぎながら「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と断末魔のような悲鳴を上げたのだった。
 原山は、目玉が飛び出そうなほどに目を開きながら沙織を見ていた。両手に持っていたポリタンクと包丁をボトっと床に落すと、震える両手を広げ、「あぁぁ! あぁぁ!」と甲高い声を漏らしながら崩れ落ちた。
 愛する我が子の無惨な拷問死体を目の当たりにした原山は、もはや尋常ではなかった。この世のものとは思えぬ形相で下唇を噛み千切り、大量の血を顎から喉へとダラダラ垂らしながら狂犬のように唸っていた。
 異常な原山を見て咄嗟に危険を察した恵美は、全裸のままそこから逃げ出そうとしドアノブを握った。すると、突然背後で原山が歌い出した。
「そーだ、恐れないでみーんなの為に、愛と勇気だけがとーもだちさー」
 そんな歌声と共に、ビシャ、ビシャ、という音が聞こえてきた。恵美はドアノブを握ったまま振り返った、
 原山は両手に持ったポリタンクを上下に振り、沙織の死体にガソリンらしき液体をかけていた。同じ歌詞ばかりを繰り返しながら、回転ベッドやカーテンにもそれを撒き散らし、挙げ句の果てには、まるでシャワーのようにして、自分の頭にそれをぶっかけていた。
 部屋中に危ない匂いがメラメラと漂い始めた。
 原山は、空になったポリタンクを放り投げると、出刃包丁を片手にガソリンで湿ったベッドの上に飛び乗った。そして枕元にあるスイッチ盤を出刃包丁の柄でガンガンと叩き始めた。
 ガタンっという振動と共に回転ベッドが回り始め、天井の豆電球がチカチカと点滅し始めた。それと同時に有線のスイッチが入ったのか、天井に吊り下げられていた古びたスピーカーから大音量の曲が鳴り響いた。
 その曲は、ちあきなおみの『喝采』という、かなり古い歌謡曲だった。曲に合わせてベッドで正座する原山が回っていた。
 原山はワイシャツのボタンを引き千切ると、タプタプに弛んだ腹を曝け出し、そこに出刃包丁の先を突き付けた。
 とたんに原山の喉から「ひぃーひぃー」と猛禽類のような情けない声が漏れた。が、しかし、原山はいきなりギョッと目を見開くと、刃先を左の脇腹に突き刺した。
 音も無いまま包丁は腹の中に滑り込んだ。原山は唇を真一文字に結びながら「うぐぅぅぅ」と唸り、そのまま一気に右の脇腹までかっ捌いた。
 まるで水風船を踏み潰したかのように大量の血がブッと噴き出した。それが無数の点となって、辺り一面に赤い水玉模様を作った。
 腹は見事にパックリと開いていた。赤黒い腹の中からゴボゴボと内臓が零れ、それが正座する原山の太ももに溢れた。
 一瞬、正気に戻ったのか、原山は「あぁぁ……」と唸りながら恵美の顔を見上げた。その情けない表情には、やらなきゃ良かった、という後悔がはっきりと浮かんでいた。
 恵美の顔を見つめたまま、無言で涙をポロポロと流している原山に、恵美は「火!」と叫び、正座する原山の足下に転がっている百円ライターを指差した。
 それはいわゆる『介錯』の意味が込められていた。恵美は、一刻も早く原山を楽にしてやりたいと思ったのだ。
 原山は二度頷くと、震える手で百円ライターを握った。しかし、それを何度か擦るが、血で滑っているのかなかなか火はつかなかった。
 そうしながらも原山は、いきなりゴボッとゲロを吐いた。血が混じったそのゲロの中には、お昼に待機所で食べた『サッポロ一番塩ラーメン』の麺が、消化されずに混じっていた。
 それを見ながら恵美は、あのとき原山は、まさかそれが最後の食事になるとは思ってもいなかっただろうと思った。
 そう思うと、恵美は急に悲しくなった。わんわんと泣きながら、ソファーテーブルの灰皿の中にポツンと置いてあったラブホテルのマッチを手に取り、その一本をシュッと擦った。
 回転ベッドはクルクルと回っていた。
 内臓を飛び出した原山もクルクルと回っていた。
 火のついたマッチを回転ベッドに向かって投げると、同時に、ドン! という音が響き、重たい熱風が恵美を包み込んだ。
 真っ黒な煙が竜巻のような渦を作り、みるみる天井を真っ暗にしていった。
 真っ赤に燃え盛る炎の中、クルクルと回る回転ベッドの上で原山が悲しそうに踊っていた。
 そんな壮絶なシーンとは不釣り合いに、ちあきなおみが熱唱していた。
 あれは三年前、止める、あなた、駅に残し。
 その悲しい歌声は、黒煙に包まれながら天井の隅で響いていたのだった。

(つづく)

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