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汚れし者25の1




 異常に暑い午後の昼下がりでした。
 それは『暑い』というより、もはや『熱い』に近く、いつもはすずらん公園入口の花壇広場で集会を開いていたすずらんママ友会の面々も、この日ばかりは中央の噴水広場に集まっていたのでした。

「今日みなさんにお願いしたいのは、三日後に控えた花火大会の事です」

 水野さんがそう言うと、その隣にいた栗原さんがトートバッグの中からA4用紙の束を取り出し、「これ、順番に回して下さーい」と言いながら、その束を隣の池尻さんに渡したのでした。

 あの酒屋の裏で、初めて夫の目の前で他の男に抱かれてから二ヶ月が過ぎていました。
 その間、水野さんはグイグイと頭角を現し、まさに独裁者の如くママ友会を統括しては公園警備に力を入れていました。
 今や水野さんに逆らう者は誰もいませんでした。水野さんは完全にすずらんママ友会のリーダーとなり、そして、いつも金魚の糞のようにくっ付いている栗原さんも、副リーダーのように振る舞っていました。
 この二人が公園警備に力を入れるのは、先月、区議会議員に立候補した自治会長の橋本さんの後援会に所属したからでした。まして水野さんはその後援会の理事を務めていましたから、橋本さんが公約に掲げる『美しい町づくり』の一環として、地域のママ友会による『すずらん公園浄化作戦』に力を入れているのでした。
 つまりこれは、全て橋本さんが区議会議員に当選する為のPRなのです。
 橋本さんが区議会議員になれば水野さんは自治会の会長となり、栗原さんも自治会の副会長となれるのです。ですから二人は、この無意味な見回りを私たちママ友会に続けさせているのです。
 そこには、本当に公園を浄化させようとする意志などありません。無力な主婦がどれだけ見回りなどしようとも、この貪欲の沼のような公園が清らかな池に変わるわけがないのです。
 それをわかっていながらも、橋本さんと水野さんと栗原さんは、自分たちが権力を手に入れる為に、このような馬鹿げた見回りをいつまでも私たちに強制させていたのでした。


『乱れた性行為撲滅! 我らママ友会の手で、明るく清潔なすずらん公園を取り戻そう!』

 栗原さんが配ったA4用紙の冒頭にはそうプリントされていました。
 そこにびっしりと書かれた活字をママ友達が一斉に読み始めると、ママ友達の頭を見下ろしていた水野さんが、「夏休みに入ってからというもの——」と、いつもの演説を始めました。

「——南栄高校の生徒達が、夜な夜なこの公園で騒いでいるようです。まぁ、夏休みなんですから高校生達が夜の公園で遊ぶくらい結構なんですけど、ただ、その遊び方にちょっと問題がありまして……」

 そう言いながら水野さんが栗原さんに合図をすると、栗原さんが再びトートバックの中からビニール袋を摘まみ出し、それを私たちの目前に突き付けました。
 そのビニール袋の中には、赤い布切れと緑色のヌルヌルしたモノが二つ並んでいました。
 栗原さんの横にいた松沢さんが「なんですかこれ?」と言いながらそのビニール袋の中に目を凝らすと、栗原さんは、まるで鬼の首を取ったかのような表情で松沢さんを見ながら、「Tバックとコンドームよ」と薄ら笑いを浮かべたのでした。

 松沢さんが「わっ」と慌てて顔を離すと、その戯けた慌てぶりがあまりにも滑稽で、皆が一斉にドっと笑いました。
 しかし、水野さんだけは厳しい表情のままでした。水野さんはすかさず栗原さんの手からそのビニール袋を取り上げると、それを皆に突き付けながら、「笑い事ではありません!」と一喝し、全員の表情を一瞬にして強張らせたのでした。

「この公園では、こんな下品なモノが毎朝沢山発見されています。私たちが、こうして毎日毎日見回りしているというのに、その努力も報われる事なく、こんな汚いモノが子供たちの遊び場に堂々と散乱しているのです。わかりますか? これが現状なのです!」

 水野さんはそう言いながら、摘んだビニール袋をヒステリックにバン! っと叩きました。

「これは南栄高校の生徒達がいつも屯しているアスレチック広場で発見されたものです。恐らく彼らが捨てていったモノだろうと思われますが、しかし、先日あそこを見回りしていた村川さん達が、アスレチック用具の中で性行為をしている中年カップルを目撃していますから、もしかしたら彼らのモノではないかも知れません」

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「いずれにせよ、私たちの見回りが何の役にも立っていないのは事実です。子育てや家事に追われながらも、地域の公園を良くしたいという一心で頑張ってきた私たちのこの努力が、全く成果を上げていないのです!」

 水野さんはそう叫ぶと、そのビニール袋を正面にいた加藤さんの顔に突き付け、「あなた、大きな口を開けて笑ってましたけど、これがそんなに可笑しいですか?」と食って掛かってきました。
 いきなり狙われた加藤さんは、顔を引き攣らせながらも軍隊のようにピッと背筋を伸ばし、「いえ、ちっとも可笑しくありません。汚らわしいだけです」と、そう答えたのでした。

 しかし、私は知っています。
 その使用済みコンドームを「汚らわしい」と答えた加藤さんが、出会い系サイトで知り合った四十七才の男と真っ昼間からラブホテルに行き、たったの一万円で汚らわしいセックスをさせた事を……。

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 水野さんは、そんな加藤さんの答えに満足そうに頷くと、今度はその隣にいた島田さんにそれを突き付けました。そして島田さんの目をキッと睨みつけながら、「私たちは何の為に毎日この公園を見回りしているんですか?」と聞きました。
 島田さんは、一瞬ギクっとしながらも、それでもその表情を慌てて整えました。そして大きなお尻をモゾモゾさせながら、「この公園から変質者を追い出す為です……」と答えました。

 しかし私は知っています。
 変質者を追い出す為だと答えた島田さんが、夫婦揃って変質者である事を。
 三日前の深夜、酔っぱらいしかいない駅裏の大衆居酒屋に、島田さんは夫婦で行きました。そこで島田さんは隣で飲んでいた酔っぱらいに胸や陰部を見せました。そしてその時、旦那さんがその酔っぱらいに、「見てやって下さいよ」と頼んだ事まで、私は知っているのです。

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 これらの情報は、全て東さんが教えてくれたものでした。
 既にママ友会を脱会している東さんでしたが、しかし、ママ友の一人一人とは個人的な付き合いを続けていたため、東さんはみんなの裏情報を知っていたのでした。
 東さんは、ママ友会という組織の中では浮いた存在でしたが、しかし個人的に付き合ってみるとなかなかの姉御肌で、若いママ達からは随分と慕われているようでした。
 少なくとも水野さんよりは人望を集めており、水野さんが表のリーダーなら、東さんは裏のリーダーといった具合で、東さんに心を開く若いママ友達は大勢いたのでした。
 そんな東さんの元に集まって来るママ達は、もはや信者のようでした。だから自分の秘密を、東さんには何でも打ち明けていたのです。
 彼女たちは、浮気した事や闇金からお金を借りた事、ドンキで万引きした事や仲の悪いママ友の家のポストに焼肉のタレを入れた事など、何でも東さんに相談していました。
 特に、性に関する相談は多いらしく、旦那がインポだとか短小だとかという内容のものから、娘の担任教師とホテルに行ってしまった事や、出会い系サイトにハマっているといった告白、又は、露出やSMやオナニー依存症といった性癖等々、それらを東さんはひとつひとつ親身に聞いては、迷える若妻たちの相談相手になってあげていたのでした。
 だから東さんは、加藤さんが出会い系で知り合った男と浮気した事も、島田さんが夫婦で露出を楽しんでいる事も知っていました。
 東さんがそれを私に教えてくれたと言う事は、当然、私の秘密も別のママ達に漏れているはずです。私が夜な夜なホームレス達に輪姦されている事も、そしてその輪姦の中に私の夫が混じっているという醜い事情も、きっと東さんはみんなにおもしろおかしく話しているはずです。しかし、それでも私は全然平気でした。それを他のママ友に暴露されても痛くも痒くもありませんでした。なぜなら、私も他のママ友のおぞましい性癖を知っているからです。すずらんママ友会のママ達は、全員変態だからです。

 そんな変態ママ友会の中で、唯一潔癖なのが水野さんでした。
 水野さんは、コンドームの入ったビニール袋を、まるで水戸黄門の印籠のようにママ友達に突き付けながら叫んでいました。

「公園の見回りを強化します! 三日後の花火大会までには、不良高校生もホームレスも一人残らず排除します! みなさんの力で、淫らで汚い者達をこの美しい公園から追い出しましょう!」

 水野さんがそう叫ぶと、すかさず「頑張りましょう!」と拳を振り上げたのは川口さんでした。
 川口さんは元地方テレビ局のアナウンサーをしていた二十八才の新婚さんでした。しかし、新婚だというのに夫は北海道に転勤となり、川口さんは一人淋しく賃貸マンションで暮らしていました。
 そんな川口さんの秘密も、私は東さんから聞きました。
 それは今から半月ほど前の梅雨も終わりの頃でした。なんと川口さんは、クーラーを取り付けに部屋にやって来た大手家電量販店の作業員にレイプされてしまったのです。
 それだけなら単なる事件に過ぎませんが、しかし川口さんは、その後もその作業員を部屋に呼び出しました。わざわざ電球交換のためだけに大手家電量販店に出張費まで払い、その男を指名したのです。
 川口さんは、その作業員に荒々しく犯されるのが堪らないのだと東さんに告白したらしいです。しかも、見ず知らずの男に背後から中出しされる背徳感は、この世の喜びだとまで言っていたらしいです。

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 そんな川口さんが「頑張りましょう!」と拳を振り上げると同時に、茶髪の木原さんが「提案があります!」と一歩前に乗り出しました。

「私の叔父は少年補導員をやってるんですけどぉ、叔父にその高校生達を補導させるってのはどうでしょう?」

 すかさず水野さんが「それが本当なら素晴らしい事だけど、でも伯父さん手伝ってくれるかしら?」と首を傾げました。すると川口さんは「大丈夫です。叔父は私の言う事ならなんでも聞きますから」と得意満面の笑みを浮かべ、水野さんを喜ばせました。

 そんな川口さんは二十四才のサーファーでした。旦那さんがプロ級のサーファーらしく、今年からは二才の息子にまでサーフィンを教え始めたというサーファー家族でした。
 しかし、毎週末に茅ヶ崎までサーフィンに行くというのは結構な費用が掛かり、オートバックスで働く夫の給料だけでは賄いきれません。
 そこで川口さんは、夫に内緒でアルバイトを始めました。
 家族でサーフィンを楽しむ為に、なんと川口さんはデリバリーヘルスで働き始めたのです。
 そのアルバイトを川口さんに紹介したのは東さんでした。
 東さんは知り合いのデリヘル業者に川口さんを紹介し、その見返りとして五万円の紹介料を得ていたのです。
 しかし東さんは悪びれる事もなく、あたかもこれは川口さんの為にやったのだと言わんばかりに私にこう言いました。

「川口さんはね、元々ユルい女なのよ。若い頃はサーファー達の間で『ヤリマン絵里子』なんて呼ばれてたくらいだから相当なもんよ。だからデリヘルなんて全然へっちゃらなの。これはね、川口さんを指名したある客に聞いた話なんだけど、あの子、追加五千円で本番させてるらしいわよ。更に二千円追加すればナマでやらせてくれるっていうからさ、まぁ、あの子にとってデリヘルなんてのはスーパーでレジのバイトするようなもんなんだろうね」

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 そんな川口さんの提案に、「プロの補導員さんが来てくれるなら安心ですね!」と、声を張り上げたのは真野さんでした。

「あの高校生の男の子達、怖かったんですよね〜、この間も煙草を注意したら『ぶっ殺すぞ!』なんて怒鳴られちゃって、もう本当にぶっ殺されるかと思って慌てて逃げちゃいましたよ〜」

 クリクリとした大きな目を、更に大きく開きながら大袈裟にそう話す真野さんは、相変わらずほのぼのとしたジブリのオーラを漂わせていました。
 しかし、そんな真野さんも汚れています。
 既に汚れた世界に、どっぷりと浸かっていたのでした。

(つづく)

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