汚れし者は二度夢を見る22《汚れたジブリ女》
2013/05/30 Thu 18:00
鼓動の音を聞きながら闇の倉庫に足を忍ばす私は、何台も並ぶ配送トラックの隙間を身を屈めて進みました。
倉庫と倉庫の間にある細い路地に潜り込みました。
そこからは空き地の真ん中にポツンっと放置されている白いライトバンがよく見えましたので、そこにソッと踞っては時が来るのを待つ事にしたのでした。
この殺伐とした空き地の雰囲気は、私の脳裏にあの時の汚れたシーンを鮮明に蘇らせました。
あの時も、この闇の中で、東さんがあのライトバンに進む後ろ姿をこうして見ていました。
そして、あと数分もすれば、真野さんもあの時の東さんのようにライトバンに向かう姿が見れるのです。
しかし、それを思うと、興奮する反面、激しい罪悪感に胸を締め付けられました。
これは、全て私が仕組んだ罠なのです。その罠に、あの穢れを知らぬ可愛い主婦を陥れようとしているのです。
(私は真野さんの一生を滅茶苦茶にしてしまうのだわ……)
罪悪感に胸を鷲掴みされた私は慌てて両耳を塞ぎました。
すると、夜風の音が籠った耳の奥で、昼間、あの東屋で言った男の言葉が蘇りました。
「あの女を、俺にどうしろというんだ……」
東屋のコンクリート床にあぐらをかいていた男は、指に垂れた自分の精液をベロリと舐めながらそう言いました。男のその声はマンホールの底で唸っているかのように野太く、子宮にまでずっしりと響いてきました。
私は、畑にトマトを取りに行った真野さんの後ろ姿を見ながら、「好きなようにして下さい……」と小さく答えました。
「ヤっちゃってもいいのか?」
「……………」
私は無言で頷きました。
男は「ふっ」と笑いながら私を見上げると、不意に私の股間に手を伸ばし、その精液がドロリと滴る指をワレメに這わせました。そして指の精液を私の膣に擦り付け始めると、ニヤニヤと笑いながらワレメを指で開きました。
「あんた、頭狂ってるだろ?」
そのベロリと捲れた粘膜を下から覗き込みながら、男はそう呟いたのでした。
頭狂ってるだろ?
そんな男の言葉は、いくら両耳を塞いでいても聞こえてきました。
そうです。私の頭はおかしいのです。自分では気付いていませんでしたが、ずっとずっと以前から、私の頭は狂っていたのです。
それを私は、医師でもなく、母でもなく、夫でもない、あの狂った変態乞食に気付かされたのです。
今までそれに気付かず、私は普通の生活をしていました。夫と、二人の子供と、古い中古の分譲マンションで暮らしながら、普通の主婦として平凡な幸せを生きていました。
いえ、自分が少し人とは違う事は、なんとなくわかっていました。小学生の頃、叔父の家の糞尿漂う汲み取り便所で、あの丸尾末広の猟奇的な漫画に夢中になった時から自分の奥底には何か奇怪な生き物が住み着いた事は薄々感づいていました。が、しかし、まさか自分の頭が狂っているなど考えた事もありませんでした。
それを指摘された今、私は自分が狂人である事を自覚しました。
そうです、薄暗い路地で息を潜めている私は、飢えたライオンが潜む空き地にトムソンガゼルがやって来るのを、陰部を濡らしながら今か今かと待ちわびている、限りなく狂人に近い変態そのものなのです。
荒れ果てた空き地の真ん中に放置されている白いライトバンの後ろには、白い二トントラックが止まっていました。
それは、酒屋の配送車というより土建会社のトラックのようであり、タイヤや荷台には無数の泥が飛び散っていました。
前回ここに来た時、そのトラックはそこにはありませんでした。あのトラックが止まっている丁度あの場所で、私は東さんの旦那さんのペニスを舐めていたのですから間違いありません。
なぜあんな狭い場所にあんな大きなトラックが止まっているのか不思議に思いましたが、しかしそれを考えている暇はありませんでした。
なぜなら、遠くの闇の中から、トムソンガゼルの可愛い足音が聞こえて来たからです。
真野さんはポケットタイプの懐中電灯で足下を照らしながら、恐る恐る空き地の雑草の中に入ってきました。
酒屋の巨大駐車場から漏れる水銀灯の明かりに、真野さんの白い服がぼんやりと反射していました。
この『ゆとりママ』は、性懲りもなく露出の激しい格好をしていました。キャミソールに膝丈の白いフレアスカートを履き、その穢れを知らない細い脚を剥き出しにしていたのです。
まるで襲って下さいと言わんばかりの格好でした。しかもここは危険地区であり、そんな格好でここに迷い込んでくるのは、小学生の女の子が、一千万円の現金を見せびらかしながら、一人で深夜のNY地下鉄に乗るに等しい危険度なのです。
自業自得。
私はそう呟きながら、胸を締め付ける罪悪感を必死に打ち消そうとしていました。
釣りは悪です。生きた魚を餌で釣り上げ殺生してしまうと言うのは、背筋が凍るほどに残酷な仕打ちです。
が、しかし、それは釣り上げられる魚が馬鹿なのです。危機管理がまるでなっていないのです。
しかも魚は欲に目がくらんだのです。その餌を食べたいという欲に目がくらんで自らそれに喰い付いたのですから、これは自業自得以外の何者でもないのです。
真野さんも同じです。便利屋に金を払いたくないというケチ心から、喜んでここにやって来たのです。たかだか四千円をケチったばっかりに、釣り上げられて殺生されてしまうのです。
だから彼女も自業自得なのです。
私のせいではないのです。
そう必死に自分を正当化させる私でしたが、しかしこの取り返しのつかない兇行を犯してしまったという罪悪感は、そう簡単には拭いきれませんでした。
(今ならまだ間に合う……止めるなら今しかない……)
そう思う度に、その細い背中に「真野さん!」と声を掛けそうになりましたが、しかし、既に私はパンティーを脱いでおりました。和式便器にしゃがむように大股を開きながら、ヌルヌルに濡れた性器を剥き出しにしているのです。
やはり私は狂っているのです。
あの清純ぶったジブリ女が、あの汚れた男に滅茶苦茶に犯される姿を今か今かと待ちわびる私は、右手でクリトリスを弄りながら左手の指で膣を掻き回し、ぐじゅぐじゅぐじゅっといやらしい音を路地の闇に響かせているのです。
そうしている間に、真野さんは白いライトバンの前で立ち止まりました。そして闇をきょろきょろしながら私の姿を探しています。
そんな真野さんの背後で、白いライトバンの後部ドアがジリジリと動いておりました。それに全く気付いていない平和ボケした『ゆとりママ』は、やはりあの時、あの公衆便所で私が予想した通り、『13日の金曜日』で一番最初にジェイソンに殺される女でした。
そんなくだらない予想は当たっていましたが、しかし、そこに見た光景は全くの予想外でした。
なんと、車内の闇にはあの変態男一人ではなく、他にも三匹の獣が潜んでいたのです。
あっ、と思った瞬間に四匹の獣はライトバンから飛び出し、真野さんの細い体に喰い付きました。余程手慣れているのか、それとも相当練習したのか、四人のチームワークは見事なものであり、一人が手、一人が足、一人が腰にしがみつき、そして最後に変態男がその太い腕で真野さんの首を背後からがっしりと絞めながら、もう片方の手で口を塞いでしまったのでした。
真野さんは抵抗していませんでした。いや、抵抗できなかったのでしょう。きっと、あまりの突然の出来事に、何が何だかわからなくなり、頭の中が真っ白になってしまっているのです。
しかし、四人の男に抱え上げられ、そのままライトバンの中に引きずり込まれそうになると、そこで初めて我に返ったのか、真野さんは捕らえられたネズミのようにもがき始めました。
それを見ていた私は、あまりの恐怖に全身を硬直させながら愕然としておりました。男の手の中で必死に叫んでいる真野さんの籠った叫びを耳にした瞬間、全身の力が抜け、筋肉が一気に弛み、その場にへたっと尻を付いて座り込んでしまったのでした。
一度は真野さんをライトバンの中に引きずり込んだ男達でしたが、しかしすぐにそのままの状態で引き戻してきました。恐らく、あの狭い車内で五人が乱れ合うのは無理だと思ったのでしょう、そう判断した男達は、必死にもがく真野さんをライトバンとその裏に止めてあったトラックの隙間に引きずり込みました。
ライトバンの裏から、ガサガサと激しく争う音が聞こえてきました。男達は誰もが無言でした。喜びの声を上げる者もなく、脅し文句を凄む者もなく、男達はただただ無言で淡々と作業しているようでした。
そんな物騒な物音だけが黙々と響いている空き地は、まるで屠殺場のようでした。屠殺業者が黒毛和牛の皮をメリメリと剥がすように、今頃あのライトバンの裏では真野さんの服も剥がされているのだろうと思うと、ふと、真野さんの生まれたばかりの赤ちゃんの顔が浮かび、今更ながら自分の犯した罪の重さに気付かされました。
(た、た、助けないと……)
狼狽える私は、震える手でバッグの中を漁りました。早く警察に通報しなければとスマホを探したのです。
しかし、そこにスマホはありませんでした。途中で夫に電話を掛けて来られたら面倒臭い事になると思い、スマホを忘れた風を装って、わざと玄関の下駄箱の上に置いて来たのです。
それに気付いた私は、声もなく泣き出しました。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と心の中で何度も呟きながら失禁し、へたっていた地面に生温かい湯気を立ち上らせたのでした。
そのまま闇の中で、口をポカンっと開けたまま膝をガクガクと震わせながら闇を見つめていました。
どうすればいいのか、その方法が全く頭に浮かんで来ないのです。
すると、不意にライトバンの裏から、「やめて下さい!」という真野さんの声が聞こえた気がしました。
ゾッとした私はスクッと立ち上がると、このままこの場から逃げ去ろうか、それともあのライトバンの裏に真野さんを助けに行こうかと、オロオロしながら意味もなく歩き回りました。
しかし、私如きが助けに行けるわけがありません。助けに行った所で、私も真野さん同様、あの獣達の餌食にされるだけなのです。
どうしたらいいのかわからなくなった私は、ただただオロオロしながら親指の爪を必死にガリガリと噛んでいました。
私はいったい、ここに何をしに来たのか?
なぜ私は、真野さんをあんな酷い目にあわせるのか?
真野さんが、いったい私に何をしたと言うのか?
爪を噛みながら、なぜそもそも私はこんな計画を企み、そして実行したのかを考えていました。
しかし、答えは出てきません。ここまで残虐な事をしておきながら理由が見当たらないのです。
そんな事を考えていると、ふと、今から二年ほど前に横浜で起きたある事件が頭を過りました。
それはスーパーでパートしていた四十歳の主婦が、お惣菜コーナーで売っていた酢豚の中に『ゴキブリ汁』を混入していたという事件でした。
この『ゴキブリ汁』というのは、黒ゴキブリを指で潰した際にゴキブリの腹から滲み出る体液の事で、その身の毛もよだつようなネーミングを決めたのは三流女性週刊誌でした。
その犯行は一年間にも及び、その間、このスーパーで売られたゴキブリ汁入りの酢豚は六千パックもありました。
逮捕された主婦は、犯行は認めているものの、その動機については「どうしてこんな事をしたのかわからない」の一点張りで、それ以上何も答えませんでした。
しかし三流女性週刊誌は、その主婦と店長は不倫関係にあり、その痴情のもつれから嫌がらせをしたのではないかなどと予想し、いかにも暇な主婦達が喜びそうなストーリーをおもしろおかしく書き立てました。又、その主婦が日頃から時給が安いと愚痴をこぼしていた事から、その腹いせに犯行に及んだのではないかなどとも書いておりました。
確かに私も、その記事を読んだ時は、どうせそんなつまらない動機なんだろうと思っていましたが、しかし今は違います。
動機のない犯行。理由のない犯罪。今の私は、無意味に無差別に犯罪を繰り返していたそのパートの主婦の気持ちが痛いほどわかるのです。
恵まれた主婦というのは、今のその幸せを維持させようと必死にそこにしがみつくものです。恵まれていない主婦というのはその不幸を破壊したいと考えるものです。しかし、その破壊方法は非常に難しく、ひとつ間違えるとそれは破壊ではなく破滅へと繋がり、もはや這い上がる事の出来ない不幸のどん底へと堕ちてしまうのです。
きっとこの主婦も、恵まれていない自分の人生を破壊したかったのです。嫁姑問題、夫の浮気、子供の非行、そして貧困といった、それら諸々の不幸を破壊したかったのです。
だから主婦は商品の酢豚にゴキブリ汁を混入したのです。無意識のうちにそれを一年間も繰り返していたのです。それをした所で問題は何一つ解決しない事などわかっていたはずです。しかし、それでも主婦は破滅するまでそれを続けていたのです。
「どうしてこんな事をしたのかわからない」
そう刑事に供述した主婦は、実際、何が何だかわからないのだろうと思います。なぜそんな事をしたのかと聞かれても、自分自身その理由がわからないのですから、何と説明していいのかわからないはずです。
今の私も同じでした。なぜ真野さんにこんな酷い事をするのかと聞かれても、私自身その理由がわかっていないのですから、「どうしてこんな事をしたのかわからない」と答えるしかないのです。
つまり、私もその主婦も『頭がおかしい』のです。
あの男が言うように、やっぱり私の頭は狂っているのです。
結局、その一言で全てが解決されました。
もう私は悩みません。なぜこんな酷い事を真野さんにするのかなど考える意味がありません。
なぜなら私は狂っているからです。
それが破滅への第一歩だと言う事は十分承知しております。そんな一言で、いとも簡単に人の人生を台無しにしてしまうような私は、確実に破滅させられるのです。
もう遅いのです。もはや破滅への一歩は踏み出されているのです。
荒れ果てた空き地の闇を見つめながらそう思っていると、今までの恐怖は消え去り、激しい性的興奮だけが私の狂った脳を煽り立てていました。
ライトバンの裏では、ガサガサと獣達が蠢く音が不気味に響いていました。そのうちその音は、ライオン共がトムソンガゼルの内臓を喰らう、ペチャ、クチャ、という音に変わるはずです。
その内臓を喰らうシーンを見たいと思った私は、そのまま闇の中に潜り込みました。もし見つかれば自分の内臓が喰われてしまう危険を承知で、いや、逆にそれを密かに期待しながら、闇の雑草に足を忍ばせました。
そんな私は、まるでハイエナのようでした。ライトバンの後部ドアの前に身を潜めると、雑草の中にソッとしゃがみながら耳を澄ましました。男の声が聞こえてきました。「早くしゃぶれよ、言う事聞かないと本当に殺しちゃうぞ」と言いながら、真野さんの体のどこかをピシャピシャと叩いています。
そのピシャピシャという乾いた音からして、既に真野さんの服は脱がされているのは間違いありませんでした。
背筋をゾッとさせながら息を飲み込むと、ユッサユッサと何かが揺れる音に合わせ「んふっ、んふっ」と苦しそうに唸る真野さんの声が聞こえました。
もはや、真野さんが輪姦されているのは間違いありませんでした。
自分からそうしむけておきながらも、私はその事実に戦慄を覚え、奥歯がガチガチと鳴り出すのを必死に堪えていました。
「おぉぉ……なかなか上手いじゃねぇか……いつもこうやって旦那のチンポをしゃぶってるのか?……」
「それにしてもこの女、子持ちのくせにすげぇシマリだな……やっぱ若いからか?」
「おっぱいもムチムチだぜ……ほら、この尻も見てみろよ、餅みたいにムチムチしてるぜ……」
そんな男達の野蛮な声に挑発された私は、妄想を必要以上に膨らませながらその地獄絵図を頭に描きました。
しゃがんだ膣の中に指を三本入れ、そこをグジュグジュと掻き回しながらライトバンのバンパーに頬を摺り寄せると、そこにハァハァと息を吐きかけながら、その地獄絵図の中に引きずり込まれる自分を妄想していました。
すると、それまで聞こえていたユッサユッサという音のスピードが急に早くなりました。それに合わせて「んふっ、んふっ」と唸る真野さんの声もみるみる激しくなっています。
あのアイボリー系のジブリ女が悶えているのです。
この地獄のような赤黒い世界で獣達に汚されながら喘いでいるのです。
それを想像すると、私は居ても立ってもいられなくなりました。
雑草の中に四つん這いで潜り込みました。
そして、卑しいハイエナがライオンの食事を覗くかのように、バンパーの隅からソッと奥を覗きました。
そこには、ジブリの世界はありませんでした。
そこには、トトロもポニョも千尋もキキも誰もいませんでした。
そこで蠢いているのは、穢れた『もののけ』でした。
そうです。遂に真野さんは、本当の意味での『もののけ姫』になっていたのでした。
(つづく)
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