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汚れし者11



 その三日後、私と真野さんの初めての朝回りの番が回ってきました。

 見回りは朝十時と夜八時の二回行われていました。
 なぜ朝の十時などという半端な時間に見回りするかというと、朝の七時から十時頃までは、近所の老人ホームや保育園が遊びに来ていたり、子供達を幼稚園に送った後のママ友たちが集っていたりと、大勢の人が公園にいる為、痴漢は出没しないからでした。
 しかし、十時を過ぎると公園は閑散とします。お昼になればサラリーマンや工員たちがお弁当を食べにやって来ては賑やかになるのですが、それまでの間は職安帰りの失業者や浮浪者、仕事をさぼるタクシーの運転手などが屯し、朝の爽やかな雰囲気は一転して貪よりと暗くなるのでした。

 その時間帯が危険でした。
 過去に、公園を通り抜けしようとしていた営業中のOLが、労務者風の男に下半身を露出されたのもこの時間帯でしたし、スケッチに来ていた美大の女子大生がトイレを覗かれたのも、やはりこの時間帯でした。
 朝の十時から十一時にかけて痴漢が多発していたため、だから朝の見回りはこの時間に決まったのでした。

 一方、夜回りは八時でした。それは、八時になると公園の外灯が消され(歩道の外灯は点いたままです)、公園は闇に包まれるからでした。
 闇に包まれた公園で痴漢が発生するのは、外灯が消された直後の八時から九時までの間が最も多く、過去に仕事帰りのOLがいきなり背後から抱きつかれたり、出勤途中の水商売の女性がトイレに連れ込まれてレイプされたのも、やはりこの時間帯でした。
 だから夜回りはこの時間帯と決まったのですが、しかし、闇の公園は、昼の公園とは違い非常に危険であり、その闇の中に何が潜んでいるかわかりません。例え二人組とはいえ、私たちは一般の主婦ですから、もしかしたら私たちが襲われてしまう危険性もあるのです。
 そこで、夜回りだけは、どちらか一方の夫が同行しなければならないという事に決まりました。もしどちらの夫も参加できない場合は、シルバー人材センターからお爺ちゃんを派遣してもらうか、近所の便利屋さんを雇わなければなりませんでした。
 しかし、その場合の費用は二人で負担しなければならないため、みんなは何としてでも夫を夜回りに連れ出そうと必死になっていたのでした。

 そんな朝組と夜組は別になっており、三日に一回の割合で、朝組か夜組かが各自に回って来るよう均等に組まれていました。
 見回る範囲は、公園の遊歩道に沿って歩き、三つの公衆便所と五つの東屋、そしてアスレチック広場と滑り台広場を全て回らなければなりませんでした。
 この見回りは、公園の治安を守ると言う目的だけではなく、子供達が遊ぶ用具の安全点検や、放置自転車やゴミの不法投棄のチェック、そして、公園全般の清掃も兼ねておりましたので、見回りをする際には、腕章と緊急笛だけでなく、放置自転車のチェック表と大きなゴミ袋も持って行かなければなりませんでした。

 このように、たかが公園の見回りと言っても、これは非常に大変な作業でした。芝生に放置された犬の糞や、精液が飛び散った成人雑誌なども撤去しなければならず、変質者に襲われる危険だけではありませんでした。
 まして、これらは全てボランティアであり、給料もなければ備品も全て自費でした。
 こんな事は本来警察の役目なのです。無力な主婦達がいくら頑張っても、それは焼け石に水なのです。
 それでも、すずらんママ友会はヤル気満々でした。例えそれが意味のない事だとわかっていても、『私達の手で公園の平和を守ろう!』と張り切っています。
 しかしこれは、ママ友達の純粋な正義心から成り立っている意欲ではありませんでした。もちろん皆の中に、『社会奉仕の心』などあるわけがなく、皆、自分たちが生活して行くのに必死なのですから他人の事などかまっている余裕などないのです。

 ではどうしてママ友会は、自腹まできって危険なボランティアをやろうとするのでしょう?

 それはママ友会のリーダーである水野さんが、無知な主婦たちを巧みに煽動しているからでした。
 水野さんは次期自治会の会長の座を狙っているのです。
 もちろん、そんな水野さんのバックには現自治会長の橋本さんがついており、橋本さんもまた区議会議員の椅子を虎視眈々と狙っていたのでした。
 橋本さんは水野さんに次期自治会長の座を約束した上で、公園の見回りという大役を任せました。だから水野さんは次期自治会長の座を得る為にと、配下のママ友会を煽動し、動員したのでした。
 これが成功すれば、橋本さんと水野さんの手柄となります。例え何も成果が上がらなかったとしても、それでも地域の為に貢献したという功績は残り、二人の野望は目的へと一歩近付くのです。

 この事実を私を教えてくれたのは、旦那が役所に勤めている東さんでした。
 橋本さんが区議会議員に立候補しようとしている事や、その橋本さんを当選させようとして水野さんが公園の見回りを始めたなど、この話は既に役所では評判になっているらしく、それを旦那から聞いた東さんが、私だけにこっそりメールで教えてくれたのでした。
 あの日以来、公園にもママ友会にも一切顔を出さなくなっていた東さんは、そんなメールの中で「だから見回りなんてやめたほうがいいわよ」と、私のママ友会脱会を暗に促していました。
 確かに東さんが言うように、こんな面倒臭い見回りなど私にとっては一文の得にもならず、傍でのうのうとしている橋本さんや水野さんだけが得をするだけでした。
 しかし、そうとわかっていても、私には東さんのようにそれを断る勇気はありませんでした。ここでママ友会を敵に回せば、今後の子供達の幼稚園や小学校にまで影響すると脅える私は、今は黙って水野さんの指示に従い、あの広大な公園をドイツ軍の犬のように見回るしかなかったのでした。

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 洗濯物をバルコニーに干していると、時刻は九時四十分になろうとしていました。私は残っていた洗濯物を急いで干し終えると、慌ててマンションを飛び出しました。
 真野さんと待ち合わせていたのは、公園の南側にある『雫の森』と呼ばれる遊歩道の入口でした。そこが私のマンションから一番近い場所だったため、敢えて私はそこを待ち合わせ場所にしたのですが、しかし、向かっている途中にあの忌々しい腕章を忘れた事に気付き、それを取りに戻っていたら結局十分ほど遅刻してしまったのでした。
 遅刻して来た私に、真野さんは「おはようございます!」と元気良くお辞儀しました。私は恐縮しながら「遅れてゴメンね」と両手を合わすと、真野さんは汚れを知らぬ笑顔を私に向けながら、「全然大丈夫です」と、見事に整った真っ白な前歯を光らせたのでした。

 そのまま遊歩道を並んで進みました。
 雫の森は、その名の通り湿気の多い森で、晴れた日でも雨上がりのようにジメジメしていました。
 ここは元々沼地だったらしく、昭和の時代にはザリガニや亀がウヨウヨしていたと誰かが言っていました。そんな沼地を埋め立て、大量の樹木を植え、コンクリートの遊歩道を通しては、そこに点々と擬木のベンチを並べていましたが、しかし、沼地独特の泥臭さが漂う湿気地帯にやって来る人は少なく、今までそのベンチに座っている人を一度も見た事がありませんでした。

 そんな薄暗い遊歩道を、真野さんと二人、無言でとぼとぼと歩いていると、つくづくこの見回りの愚かさを思い知らされました。
 しかし真野さんは何故か楽しそうでした。まるで遠足に来た小学生のようにウキウキし、遊歩道の擬木フェンスから沼地を覗き込んでは「綺麗ですね……」などと呟いていました。

 確かにそこは綺麗でした。
 沼地からは湧き水が滲み出し、地面を覆う雑草が、まるで水槽の底で蛍光灯に照らされている水草のように鮮やかな緑を輝かせていました。

「こんなお庭があったらなぁ……」

 真野さんは、そう溜息を一つ漏らしながらフェンスから身を乗り出していました。
 しかし、彼女が住んでいる新築タワーマンションは、今、この辺りでは一番高級なマンションです。私が住んでいる中古マンションとは、部屋数も内装も、そしてもちろん値段も比べものにならず、いつもそのマンションに見下ろされて暮らしている私にとっては憧れのマンションでした。
 そんな凄いマンションに住んでいるにもかかわらず、彼女は更に『お庭』を望みました。
 そんなお姫様気分の『ゆとりママ』に不意にカチンっと来た私は、彼女のその華奢な背中を突き飛ばし、沼地に落としてやりたい衝動に駆られていたのでした。

 すると、その時、沼地を覗き込んでいた真野さんの体が突然ビクンっと飛び跳ね、一瞬にして硬直しました。
 どうしたの? と慌てて彼女の顔を覗き込むと、息を吸いこんだまま凍り付いていた彼女は、引き攣った目を大きく見開きながら沼地から生える葉っぱを恐る恐る指差し、震える声で言いました。

「な、なんですか、これ……」

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 それは、小指ほどのイモリでした。ザラザラとした真っ黒なイモリが、湿った葉っぱにピタリと張り付きながらジッと身を潜めていたのです。

「これはイモリよ……もしかして、初めて見るの?」

 そう私が首を傾げると、真野さんはブルブルと頬を揺らして首を振りながら、「こんな気持ちの悪い生き物なんて見た事ありません」と唇をギュッと噛み締めたのでした。

「気持ちの悪い生き物……」

 私はそう呟きながらも、ふと心の中で(さっき、こんなお庭が欲しいと言ってたじゃない)と怒りを感じました。
 庭を持てば、当然、毛虫も蛾も蚊も蛇だって出る事があります。そこに水場があれば、カエルも来るだろうしイモリも住み着くだろうし、やっぱり蛇だって出るかもしれません。
 庭は自然なのですからしょうがありません。お庭を手に入れたければそれなりの覚悟が必要なのです。綺麗なお庭だけを手に入れようとするのは不可能なのです。

 そう思いながらも、ふと私は、この女は何でも見た目だけで判断する馬鹿女だと思いました。この女は、中身、本質、現実、は何も考えず、外見だけで舞い上がってしまう典型的な無知女なのです。
 この手の女というのは、可愛いからという理由だけで、高価な子犬や子猫を衝動的に買ってしまうタイプです。しかし、いざ飼ってみると、たちまちウンチとおしっこの世話に嫌気がさし、すぐに保健所に引き取ってもらうか夜の河川敷に捨ててしまうのです。
 そんな女ですから、赤ちゃんさえも平気で捨ててしまいます。捨てるだけならまだしも、最悪なケースだと殺してしまいます。夜泣きが酷いから、懐かないから、可愛くないから、新しい男が出来たからと、そんな些細な理由で、無理矢理自分を育児ノイローゼに仕立て上げ、悲しい被害者を演じながら平気で殺してしまうのです。
 そう考えると、韓流スターもどきの彼女の旦那さんが心配です。将来メタボにでもなったら、彼は間違いなく捨てられるでしょう。加齢臭、失業、二重アゴ。そのどれをとってもアウトです。いつまでも新婚当時のままでいられればセーフですが、しかし、年と共に醜くなっていく事は避けられず、いつかきっと彼女は旦那に対し、「こんな気持ちの悪い生き物なんて見た事ありません」と呟き、朝のおみそ汁にヒ素を混入する事でしょう。

 そんな事を勝手にあれこれと妄想しながら、いきなり私は葉っぱに張り付くイモリを指で摘みました。
「ひっ!」と喉を鳴らしながらブルルルルルっと震える真野さんにそれを突きつけ、「見栄えは悪いけど結構可愛いわよ。ほら、よく見て御覧なさいよ、このお腹の模様なんてアートっぽくてお洒落よ」と笑ってやりました。

 その、赤まだらの腹を見たとたん、真野さんは悲鳴を上げました。そして「無理です無理です無理です無理です」と、そう何度も叫びながらその場に踞ってしまいました。
 立っている私から、しゃがんだ真野さんのスカートの中が丸見えでした。相当焦っているのか、彼女は大きく開いた股間に全く気付いていませんでした。
 そんなムチムチとした若い太ももの間には、ライトブルーのパンティーが食い込んでいました。いかにも幼稚なそのパンティーを見下ろしながら、それはあの韓流もどきの旦那の趣味なのか、それともこの女の趣味なのかとふと思い、興奮に良く似た吐き気を感じたのでした。

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 あの薄いクロッチをぺろりと捲ると、そこはいったいどんな色をし、どんな匂いを発しているのか想像しました。
 これ系の女のオマンコは決まって汚れているものです。清純ぶって可愛子ぶってジブリを心から愛している女に限ってユルユルのヤリマンと決まっているのです。
 恐らく彼女は、性交後、全裸でベッドに横たわったまま中出しされた股間にティッシュを挟み、目をキラキラさせながらジブリ作品を語るでしょう。初めて会ったばかりの男の不浄な精液を染み込ませる作業を密かに続けながら、「子供の頃は『魔女の宅急便』のキキに憧れていたの」と、その大きな目を逆三日月に歪ませながら可愛く微笑む事でしょう。
 そんな女に男はメロメロです。それを彼女は知っているのです。それを知った上で、彼女は計算高くジブリを語るのです。
 が、しかし、それを語る場所は休憩三千円の下品なラブホテルで、BGMは有線から流れる安い歌謡曲です。しかもティッシュの挟まった股間からは栗の花の匂いがムンムンと溢れ、それを見下ろす男の股間には、早くも二回戦を待ちわびるかのように黒光りする肉棒が熱り立っているのです。
 ジブリを語るにはあまりにも不釣り合いな場所です。そこで宮崎駿を語るのは、台場にある外資系の高級ホテルの最上階のラウンジで、シックなジャズの生演奏をBGMに巨人阪神戦を語るくらい場違いなのです。
 そんな空気を読めない女と言うのは、例えアイボリー系でもハーブティーが好きでもジブリが好きでも、決まってアソコが汚れているものなのです。

「ヤダヤダヤダ」と頭を抱えたまましゃがんでしまっている彼女のスカートの中を見下ろしながら、私はそう勝手に彼女の人間像を作り上げていました。そして、そんな乙女チックな彼女が、いざセックスになると本領を発揮するその姿を思い浮かべながら、子宮の奥をジクジクと疼かせていたのでした。

 私の指に摘まれたイモリは必死にもがいていました。黒い尻尾がウネウネと動きまくり、それが私の指に絡み付いています。
 私は、しゃがんだ真野さんの前にゆっくりと腰を落すと、暴れるイモリを真野さんの顔にソッと向けました。

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 蠢く赤まだらの模様を目前に突き付けられた真野さんは、「ひやっ!」と情けない声で叫びながら後ろにドテッと尻餅をつきました。そして今にも泣き出さんばかりの表情で私を見つめながら、「お願いします! こーいうの本当に無理なんです! 夢に出てきます!」と必死に唸りました。

 私はそんな真野さんに小さく「クスっ」と微笑むと、摘んでいたイモリを沼地の中にポイッと投げ捨てました。
 すると真野さんはホッと安堵の表情を浮かべ、すぐにプッと頬を膨らませると、「もう。飯島さん、冗談キツすぎます」と子供が怒ったように言いながら、媚びるような笑みを浮かべたのでした。

 私は真野さんの目をジッと覗き込みながら、「二度夢って見た事ありますか?」と聞きました。

「……二度夢?」

 そう呟きながら真野さんは小首を傾げました。

「そう、二度夢。夢の中で夢を見る事……そんな夢、見た事ありますか?」

 真野さんは不思議そうに首を横に振りながら「いえ……」と答えると、「飯島さんは見た事あるんですか?」と聞いてきました。
 私はそれに答えず、ゆっくりと立ち上がりました。そして尻餅をついたままの真野さんにソッと手を差し伸べながら「行きましょ」と笑いました。

 湿った森を抜けると、遊歩道は二つに分かれていました。
 二股に立つ看板は左右に分かれており、右側には『ジャンボ滑り台広場』と書かれ、左側には『歩け歩け健康コース』と書かれていました。
 ママ友会で決めた見回りコースは、右側の『ジャンボ滑り台広場』でした。しかし私は、左側の『歩け歩け健康コース』に勝手に進んで行きました。
 その獣道のような坂を上り始めると、真野さんが背後から「見回りコースはあっちじゃないですか?」と、語尾を上げて聞いてきました。
 私はそれにも答えませんでした。無言で落ち葉をザクザクと踏みしめながら獣道を進んだのでした。

 その獣道の先に、痴漢危険地帯と指定される、『バックネット裏の公衆便所』が待ち構えている事を真野さんは知りません。
 そこには私も行った事がなく、私自身、この獣道の落ち葉を踏みしめる度に不安と恐怖に襲われていました。

 しかし、行かなくてはなりません。
 ジブリ作品では絶対に描かれないその場所に、『ゆとり』という温室で育てられた真野さんを連れて行かなくてはならないのです。そして腐った現実を、トトロの森では見れないこの現実を見せてやらねばならないのです。

 それが、今の私の使命なのです。

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(つづく)

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