毒林檎5
2013/05/30 Thu 17:59
原田凉子が部屋を出て行くと、女は再びベッドに腰を降ろし、黙って俺の寝顔を見つめていた。
俺は「くふぅ……くふぅ……」と一定のリズムで呼吸しながらも、(早く脱がせてくれ……)と、静まり返った部屋の、このピーンっと張りつめた空気にドキドキしていた。
暫くすると、女はスルリとベッドに横になった。
俺の左側で子猫のように添い寝をしながら、かなりの至近距離で俺の横顔を覗き込んでいる。
女の鼻息が耳元に迫っていた。化粧品の香りと、甘い香水の香りが微かに漂い、堪らなくなった俺は、このまま女を抱きしめたい衝動に駆られた。
そのまま女はゆっくりと顔を上げた。いきなり俺の耳たぶに女の唇が触れた。
俺は、歯医者で奥歯を削られる瞬間のような気分で、(いよいよ始まるぞ)と、身構えていると、不意に女が俺の耳元にこしょこしょと囁いた。
「……あなたが嘘寝してる事はわかってるんですよ……」
生温かい女の息を耳の穴に感じながら、一瞬俺は頭が真っ白になった。
おもわず「えっ?」と目を開けそうになった。
しかしその瞬間、すぐに怪しいと思った。
きっとこの女は、俺が本当に寝ているかどうか鎌をかけているのだ。
咄嗟にそう思った俺は、一発「ぐがぁっ」と鼻を鳴らしてやった。そしてそのまま何もなかったかのように、スー……スー……と寝息を安定させ、そんな女の囁き声を掻き消してやったのだった。
その後も女は、あの手この手で俺を試して来た。
指で瞼を開いたり、足の裏を爪でくすぐったり、鼻を摘んだりした。それでも俺が動じないと、いきなり俺のスーツの内ポケットから携帯を抜き取り、わざとらしくピッピッピッと操作音を鳴らしながら「奥さんに電話してもいいですか?」などと脅したりした。
それは異常なほどの警戒心だったが、しかし、今から昏睡レイプという重罪を犯そうとしている人間の心理状態を考えると、女がそうしなければならない気持ちもわからなくもなかった。
約十分ほど、女は俺の昏睡度を探っていた。
そして、俺の昏睡度がかなり高いと判断したのか、ようやく俺の股間に手を伸ばした。
俺の左側に横向きで寝転びながら、女は俺のズボンのベルトを外し始めた。
既にかなり興奮しているらしく、俺のうなじに「はぁはぁ」と熱い息を吐きながらズボンの中に手を突っ込むと、トランクスの中で半立ちになっているペニスをグニグニと弄っていた。
しかし、緊張しているせいか、俺のペニスはなかなか勃起しなかった。
原田凉子に握られた時は瞬間に勃起したのに、本番の今になって急に怖気付いてしまったようだ。
女は諦めたのか、ゆっくりとズボンの中から手を抜いた。そして素早くズボンを太ももまで下ろし、トランクスのゴムに指を引っ掻けると、そのままズボンと共にそれを足首から抜き取ったのだった。
下半身だけが丸裸にされていた。
俺のペニスを初めて目にした女は、鼻息を荒くさせながら、柔らかい肉の塊を五本の指で弄び始めた。
そうしながらも女は、もう片方の手で俺のネクタイを外し、長い爪でワイシャツのボタンをひとつひとつ外し始めた。
あっという間に、俺は全裸にされた。
スーツを脱がす女のその手際は異様に手慣れており、ふとこの女は昏睡レイプの常習犯なのではないかと疑った。
(こんな女を、どうして原田凉子ほどの弁護士が……)
そう思いながらも、原田凉子の報酬が気になった。
一歩間違えばこれは重罪だ。例え相手が男であろうと、この行為は明らかに昏睡レイプに違いない。
しかも、それに弁護士が関与しているとなれば、これはもはや計画的犯行以外のなにものでもなく、罪は更に重くなるだろう。
その場合、当然、原田凉子も共犯として罰せられてしまうのだ。
もし失敗すれば、原田凉子は弁護士という地位を失うだけでなく、真っ逆さまに犯罪者となってしまう。
それほどに危険な仕事となれば、当然その報酬は尋常な額ではないだろう。
百万。いや二百万。
そんなわけはない、弁護士資格を剥奪され、犯罪者にまで成り下がる可能性が高いとなれば、一千万、いや二千万円でも少ないだろう。しかし、たかだか一回の昏睡レイプに何千万も払うなんて常識では考えられないのだ。
どんどん謎が深まった。
なぜ原田凉子はこんな事に加担しているのか……
原田凉子ほどの弁護士を使ってこんな事をするこの女はいったい何者なのか……
そして、どうしてこの俺が選ばれたのか……
そう思っていると、乳首に微かな刺激を感じた。
すぐ目の前に女の顔があるため、薄目を開ける事はできなかったが、どうやら女は俺の乳首を爪でカリカリと引っ掻いているようだった。
女は、俺の乳首に指を動かしながら、もう片方の手で萎れたペニスを上下に動かし始めた。
乳首をカリカリとされる刺激が背筋へと伝わってきた。そのゾクゾクとした痺れは次第に下半身へと下りていき、太ももの内側から徐々に亀頭へと広がっていった。
亀頭がムズムズと疼いた。ペニスがみるみると固まって来るのがわかった。
(あぁぁ……もっと早くシゴいてくれ……もっと亀頭まで激しく擦ってくれ……)
そう悶々としながら眠ったフリをしていると、不意に女がポツリと呟いた。
「凄い……」
俺は恐る恐る薄目を開けた。
まつげの隙間から見えるその先には、全裸にされた腹の上でヒクヒクと脈を打っている俺のペニスがあり、そしてそれを優しく上下に撫でている、女のいやらしい手があったのだった。
女は、何度も「凄い」と呟いていた。
その「凄い」は、俺のペニスの硬さを示すのか、それともサイズを示すのかわからなかったが、とにかく女は「凄い」を連発しながら、勃起したペニスを撫でていた。
俺は、そんな女の柔らかい手の動きに、目を瞑りながらもクラクラとした目眩を感じていたのだが、しかし、そこでふと嫌な事を思い出した。
それは恥垢の事だった。
既に俺の仮性包茎の皮はベロリと捲れてしまっており、当然女は、カリ首の周囲にこびりつく白いカスを目にしているはずだった。いや、恐らくその強烈なイカ臭までも嗅いでいる事だろう。
という事は、女の言うその「凄い」は、大量の恥垢を示している可能性も考えられるのだ。
それを思うと強烈な羞恥に襲われ、おもわず「見ないで!」と叫びながら両手で顔を塞ぎそうになった。
しかしその一方で、その羞恥が、例の異様なエロシチズムをジクジクと呼び起こし、俺は異様な興奮に包まれていた。
すると女は、何かを察したのか、「感じてるんですか?……目を覚ましてる事はわかってるんですよ……」と再びカマをかけて来た。
そんな女を無視しながら微かな寝息を立てていると、突然女はカリ首の周囲を指腹でズリズリと擦りはじめ、「こんなに汚れてますよ……」と囁くと、ゆっくりとそこから手を離した。
添い寝している女がすぐ横で何かをしていた。しかし首を動かす事のできない俺は、女が何をしているのか全くわからなかった。
俺は想像した。恥垢の付いた指の匂いを嗅いでいるのかも知れない、いや、もしかしたらその指を舐めているのかも知れない、と。
そんな想像は異様なエロシチズムを更に熱くさせた。
(変態だ、こいつは本物の変態だ。見た目はこんなに綺麗な女なのに、本性はとんでもない変態なんだ)
そう思いながら、その異様なエロシチズムに脳味噌をグルグルと掻き回されていると、自然に俺のペニスがピクピクと反応し始め、竿の裏に我慢汁がタラリと垂れる感触が伝わって来た。
「出したいんですか……」
女はそう呟きながら再びペニスを握った。
そして、腹に張り付いている肉棒をゆっくり摘まみ上げ、それを天井に向かってピーンと立たせると、我慢汁が溢れ出る尿道を指腹でヌルヌルと擦りながら、「ここから白いのをピュっと出したくて堪らないんでしょ?」と囁くと、不意に俺の唇をペロッと舐めたのだった。
女の舌先は、俺の下唇をチロチロとくすぐっていた。
時折、俺の唇をこじ開けてきたが、しかし俺の歯は閉じていたため、かろうじて前歯をチロチロと舐めるだけだった。
女の指は、竿に溢れる我慢汁を器用に寄せ集め、それをペニス全体に馴染ませていた。それを潤滑油にしながらヌルヌルと滑らかにペニスをシゴき、そこに、くちゅ、くちゅ、といういやらしい音を響かせていた。
しばらくすると、女の舌の動きと手の動きが荒くなって来た。
女は舌先で俺の前歯を必死にこじ開けながら、「出してもいいんですよ……我慢しないで下さい……私の手の中に精子をいっぱい出して下さい……」と言いながら、ペニスの頭から根元まで大きくシゴき始めた。そして、強引に開いた俺の口内にヌルヌルとした熱い舌を滑り込ませると、俺の舌に熱い舌を絡ませながら「んん……んん……」と唸り始めたのだった。
(こんなの我慢できるわけねぇだろ!)
俺は頭の中でそう怒鳴りながらも、条件反射で動いてしまいそうな舌を必死で堪えていた。
それは、今までにない獰猛なディープキスだった。
確か、こんな激しいディープキスを以前にもされた事があった。
それは、結婚前に付き合っていた小笠原由貴だった。
彼女も貪欲な性欲の持ち主であり、いわゆる、この女と同じ『変態』の部類の女だった。
特に生理前の小笠原由貴のセックスは凄かった。日頃は大人しい女なのに、生理前になると突然SMの女王様のように急変し、強引なディープキスを迫って来た。
俺は元々Sだったが、しかしこの時ばかりは素直に彼女の奴隷となった。急変した彼女を見るのが楽しく、獣と化した彼女に滅茶苦茶に責められる事に、少なからず快楽を覚えていたのだ。
しかしそんな彼女とのセックスは最悪な結果をもたらした。
俺の人生においての最大の汚点となったのだ。
俺は彼女にされるがままだった。ロープで縛られ、蝋燭を垂らされ、そして鞭で叩かれた。
色々とされたが、そのくらいは別にどうって事なかった。このくらい誰でも一度は経験するソフトなSMプレイであり、そんなのは汚点でも何でもなかった。
しかし、いつしかそれがエスカレートしてしまった。
それは、いつものように彼女が生理前で異常興奮していた時の事だった。なんと彼女は、縛られた俺の顔に顔面騎乗し、俺の顔をジッと覗き込みながら、いきなり俺の口にめがけて小便を噴き出したのだ。
その時の彼女の恍惚とした表情は今でも忘れはしない。まるで薬物でラリッたかのように目をトロリとさせながら、半開きの唇から涎を垂らしていた。
もちろん俺は発狂した。たちまちMからSに戻った俺は、怒り狂いながらロープを解き、小笠原由貴を散々引きずり回した後、彼女の口の中に小便をしてやったのだった。
しかし俺は、あの時の彼女の表情が忘れられなかった。彼女のあんな表情は今までに見た事がなく、どうしてももう一度見たくて堪らなかったのだ。
だから俺は、次の生理日前を狙って、再び彼女に顔面騎乗させた。そして、彼女の尻に圧迫されながらも、「おしっこを飲ませて下さい」と、大口開けて喘いでやったのだ。
たちまち獣と化した小笠原由貴は、俺の口の中に小便を噴射した。
そして、いつしかそれが当たり前になって来ると、今度は小便が大便へと変わった。
なんと二人は、完全なるスカトロプレイにハマってしまったのだ。
それが俺の人生においての最大の汚点だった。
ふと我に返る度に俺は激しい嫌悪感に襲われた。
いくら興奮していたとはいえ、他人の糞を喰ってしまった自分が許せず、死んでしまいたいくらいに後悔した。
だから俺は、俺の人生からその汚点を消し去りたくて小笠原由貴と別れた。別れを告げた時、彼女は別れたくないと泣き叫んだが、しかし、糞を喰ってしまった自分を消し去る為には、まずは彼女を俺の前から消し去らなければならないと思い、俺は彼女と関係を絶ったのだった。
その後、俺は過去の自分を封印すべく、直ちに婚活に入った。
幸いにも、すぐさま課長の娘とのお見合いを勧められた俺は、二つ返事でお見合いを了承すると、そのまま二ヶ月後には早くも結婚し、立て続けに二人の子供を授かった。
こうして、他人の糞を喰ったという忌々しい過去は消え去ってくれた。
しかし、他人の糞を喰ったという事実は、未だに俺の中で燻っており、時々、ふとした時に蘇る事があった。
それが、まさに今、この時だった。
この女に強引なディープキスをされ、人糞を喰ったという人生最大の汚点が蘇ってしまったのだ。
が、しかし、不思議な事に、今までのような嫌悪感は襲っては来なかった。
それどころではなかったのだ。眠ったふりをする俺の前歯をこじ開け、べぷ、べぷ、っと音を立てながら激しく舌を絡めて来るこの変態女のあまりの卑猥さに、もはや俺は過去を振り返る余裕などなくなってしまっていたのだった。
(つづく)
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