妻ようじ2
2012/12/02 Sun 00:03
怪しい。
尋常ではない。
問い詰めてやろうと勇んでいたが俺だったが、しかし、妻の背中におぶられた息子はまだ起きていた。俺は、妻の浮気疑惑にかなり興奮していたが、さすがに息子の前で妻にそれを追求する気にはなれなかった。
俺はそのまま部屋を出た。息子が寝るまでの間、その倉庫とやらを実況見分してやろうと思ったのだ。
エレベーターに乗り、一階に降りた。A号棟とB号棟を結ぶ渡り廊下を進んだ。しかし、B号棟に着いたものの、その肝心の倉庫がどこなのかわからない。俺はそこには一度も行った事がないのだ。
すると、B号棟のエレベーターホールにベビーカーを押した若い主婦が立っているのが見えた。「すみません」と声をかけ、「共同倉庫はどこでしょう?」と聞いてみた。
その茶髪の若いママはここに越して来たばかりらしく、「共同倉庫?」と首を傾げていた。ベビーカーに乗っている稲妻模様に髪を刈られた幼児も、茶髪のママと同じように首を傾げながら俺を見ていた。
どうせこのガキの名前は、狂気じみたキラキラネームなんだろうなと思っていると、茶髪のママが、突然廊下の奥を指差しながら、「あの人、管理事務所の人だから聞いてみたら」と面倒臭そうに言った。
見るとそこには例の男がポツンッと立っていたのだった。
男は、右手に青いバケツをぶら下げたまま、俺が近づいて来るのを愕然と見ていた。俺が怒鳴り込んで来たとでも思ったのか、男のその表情には恐怖が浮かんでいる。
「あのぅ……」と近寄ると、男は「はい」とすぐに返事をした。男の口臭がぽわんっと匂った。それはタバコとコーヒーで胃が荒れたニオイだった。
男は明らかに動揺していた。
歳は恐らく四十前後だろう、妙に見窄らしい男だった。
俺はそんな男の目を睨みながら「あなた、B号棟の管理人?」と聞いた。
男は慌てて首を振り、「管理人じゃなくて修繕係です」と答えた。
どうせ役人から生活保護の代わりに働けと言われ、慈悲で与えてもらった仕事だろう、俺はそう鼻で笑いながらも「ここの共同倉庫はどこですか?」と、少々威圧的に聞いてやった。
男は「地下です」と即答しながらも、作業ズボンの横のポケットのボタンを指で必死に弄りまくっていた。
「悪いけど、案内してもらえますか?」
俺は男を睨みつけながら低く呟いた。
すると男は、観念したかのように「はぁ」と力無く頷き、そのままトボトボと歩き始めたのだった。
地下へと続く階段は、屋上から伸びる非常階段と繋がっていた。
ここです、と、その暗い階段を男が指差すと、俺は「中まで付いて来てもらえますか」と言い、問答無用で階段をおりた。
階段の突き当たりには、『使用後は必ず電気を消して下さい』と、書かれた張り紙が貼られた防火扉があった。それを男に開けさせると、俺は男の背後から肩をソッと押し、「暗いから先に行って下さいよ」と言った。
男が電気のスイッチを付けると、天井の蛍光灯がパラパラと音を立てながら点灯した。
そこはちょっとした体育館ほどの広さがあった。
壁際には毛布を掛けられた荷物がズラリと並び、その荷物が置いてある壁には『A号棟・西川様』、『D号棟・村岡様』と、そこを借りている者の名前が書かれた紙が貼ってあり、まるで避難所のような雰囲気だった。
荷物と荷物の隙間には、通路が碁盤の目のようにして伸びていた。
その通路を俺は進みながら、ふと、背後から付いて来る男に「A号棟の中川ですけど、ウチの荷物はどこですかね?」と聞いた。
男は狼狽えながらも「中川さんですか……」と呟き、壁に貼ってある紙をわざとらしく見回し始めた。
「あんた、知ってるんでしょ?」
俺は単刀直入に聞いた。
すると男は「いえ……」と一瞬恍けたが、しかしすぐに「ああ、もしかして、さっきここに奥さんが見えられた中川さんですか?」と慌てて誤魔化した。
「そうですよ」
俺は冷静に男を見つめながら答えた。
すると男はそんな俺から慌てて目を反らし、「中川さんの荷物は、確かこの変でしたよ……」と呟くと、まるで夢遊病者のような足取りで恐る恐ると歩き始めたのだった。
「ここです」と男が立ち止まった壁には『A号棟・中川様』と書かれた張り紙がしてあった。
そこには荷物という荷物はほとんどなかった。引っ越しの時に持って来たままの段ボールが数個と、俺が学生時代に使っていた大きなステレオが毛布に包まれて放置されているだけだった。
「あんた、うちの女房をここまで案内して来たの?」
そう聞くと、男は「えっ?」と振り向き、「いえ……」と口を噤んだ。
「いえ、って、あんたさっき『中川さんの荷物は、確かこの変でしたよ』って言ったじゃないか」
「ああ、はい……一応……」
男は明らかに動揺していた。俺とは絶対に目を合わせようとはせず、必死に作業ズボンの横のポケットばかり指で弄っている。
絶対に怪しい。そう思いながら「ふ〜ん……」と当たりを見回した時、ふと、俺の目に信じられない物が飛び込んで来た。
それは、ウチの隣りの『C号棟・垣内様』と張り紙がされたスペースにあった。アリさんマークの段ボールが積まれた奥の壁に、なんと、丸まったティッシュとピンク色のコンドームが捨ててあったのだ。
俺はそれを見つめたまま絶句した。
男も、俺とコンドームを交互に見ながら絶句していた。
そんな男の様子から、それはほぼ間違いなく妻の穴の中を出たり入ったりしていた物だと予想された。
そしてそれを装着していたのがこの男である事も……
取りあえず俺は、男の太ももを「この野郎!」と蹴飛ばした。
男はドンっと突き飛ばされた感じでよろめき、俺が学生時代に聴いていたステレオセットのスピーカーの上に尻餅をついた。
男は抵抗しなかった。向かっても来なかった。ただただ「すみません」を繰り返しながら、次の俺の攻撃にビクビクと脅えているだけだった。
否定も抗議もせぬまま謝罪を繰り返すという事は、もはやこのコンドームがこいつが使った物だという事は確実だった。そしてソレを使った相手が私の妻だという事も。
俺はそれを前提に男に暴行を加えた。まぁ、暴行と言っても太ももや尻を軽く蹴飛ばしながら「この野郎」と「馬鹿野郎」を繰り返すだけだったが、しかしそんな暴行でも、男には相当ダメージのようだった。
「役所に電話して、妻が修繕係にレイプされたと訴えてやる。無理矢理倉庫に連れ込まれて強姦されたと警察にも訴えてやる」
そう言いながらポケットの中から携帯を取り出すと、男は俺の足下に土下座しながら「勘弁して下さい!」と泣き出した。
「勘弁して欲しいのはこっちのほうだバカ。ウチにはまだ小さなガキもいるんだぞ」と、携帯をパカっと開くと、「私は奥さんに誘われたんです!」という男の声が広い倉庫に響いた。
私は、「はぁ?」と呆れて首を傾げながらも、しかし、それは十分にあり得ると思った。
妻という女は、旦那の俺に隠れてこっそりピンクローターを隠し持っている程のスケベな女だった。欲情すると暴走するタイプで、俺と交わっている最中も、突然「両手を縛って」と言い出したり、「尻を叩いて」とねだったり、挙げ句の果てには「外の公園のベンチで犯して」と言い出す、そんな劇場型のスケベ女なのだ。
妻は、ここ最近交わっていない為、きっと常に欲情状態になっているはずだった。そんな妻が、この誰もいない倉庫で男と二人っきりと言うシチュエーションに興奮しないはずがないのだ。
そんな事を思っていると、不意に俺の亀頭がムズムズしてきた。
妻がこの埃っぽい倉庫で見知らぬ男と激しく乱れている姿を想像し、何やら複雑な性的興奮がムラムラと湧いて来たのだ。
確かに俺にはその気が多少なりともあった。前々から、いわゆる『寝取られ』というものに興味はあり、ソレ系のサイトとかを眺めては、妻が他人男に攻められるシーンを想像して悶えた事があるのも事実だ。
しかしそれはあくまでも自分の中の妄想だけであり、実際には絶対に無理だった。他人の指が妻の陰部を弄り、そしてそこにペニスが挿入されるなど、実際には絶対に耐えられない仕打ちだった。
だが、実際にソレが現実となった。そうなってしまった今、俺の胸の中では、その男に対する怒りと、妻に対する悲しみが入り乱れ、それらが複雑に絡み合っては、理解不能な性的興奮を作り上げていた。
妻がこの男にどんな風に攻められたのか。そしてどんな声を出し、どんな風に乱れたのか。それを考えると熱い物が胸に込み上げて来た。
絶対にこの男は妻のアソコを舐めただろう。これでもかというくらいに股を開かせ、べちょべちょと卑猥な音を立てながら舐めまくったに違いない。そして妻をこの冷たいコンクリートの床に寝かせ、まるで性玩具のように扱いながら俺の妻を汚しまくっていたのだ。
そう考えるとムラムラと嫉妬の怒りが込み上げてきた。
しかし、その一方で、妻は自ら腰を振っていたのではないだろうか、キスを求めたりしたのではないだろうか、そして、男のソレを「うん、うん」と唸りながらしゃぶったりしていたのだろうかと考えると、俺の脳は強烈な興奮に襲われ、クラクラと目眩を感じる程に欲情してしまったのだった。
俺は乾いた喉にゴクリと唾を飲み込みながら、土下座する男を見下ろした。男は、小学生の悪ガキ共に捕らえられた野良犬のような表情で、ジッと俺を見上げていた。
俺は、勃起しているのを男に悟られぬよう、ステレオのスピーカーの上にソッと腰を下ろした。そのスピーカーには、俺が中学生の時に買った『E・YAZAWA』のステッカーが貼ってあった。
俺はポケットの中からタバコを取り出すと、「どういう状況でこうなってしまったのか正直に話せや」と、まるで不良の先輩が後輩を問い詰めるようにして聞いた。
男は正座したままジッと黙っていた。
そんな男に俺はタバコを一本勧め、「怒らないから正直に話してみろ」とライターの火をつけた。
男は恐縮しながらもタバコに火を付けた。
そして煙を静かに吐き出しながら「絶対に怒らないで下さいね……」と呟くと、俺から目を反らしたままポツリポツリと話し始めた。
それは、こんな話だった………
(つづく)
《←目次へ》《3話へ→》