蠢女・序章
2012/12/02 Sun 00:01
この物語は実話です。
ある女の凄まじい告白を綴ったものです。
但し、それはあくまでもその女がそう告白しているだけで、真実は定かではありません。
告白に登場する、人物、場所、事件等の裏付けは一切取れておりません。
いや、裏付けが取れないのではなく、取っていないのです。
それは、この女が狂っているからです。
狂った女の狂った告白の裏付けを取るほど、著者は暇ではありません。
が、しかし、そんな狂った女のその狂った告白は、本人を目の前にして聞いていた私をたちまち凍りつかせました。
女の焼け爛れた顔、その不安定な口調、常に何かに脅えている挙動不審な目、突然叫び出す奇声と、人目も憚らぬ放屁。
そんな状況の中で聞かされた猟奇で怪奇な告白に、私は激しい恐怖を覚えました。
だから私は、例えそれらがこの狂女のデタラメであったとしても、これをひとつの物語として綴りたいと強く思ったのでした。
この狂女とは、新宿にある某ホテルの喫茶店で会いました。
このホテルは、数十年前、『太陽にほえろ』で大人気だった沖雅人というスターが投身自殺した有名なホテルです。
女は、二十分程遅れてやってきました。
黒いワンピースに黒い帽子。その帽子には黒いレースが垂れており、それで顔面の火傷を隠していました。
まるで葬式のような格好をして現れた女は、この喫茶店にやって来た瞬間から、挨拶よりも先に沖雅人の話を語り始めました。
私、彼の大ファンだったんです、と気味の悪い笑顔で女は笑っていました。
しかし、女が私に送って来たメールには、現在二十六歳だと書いてありました。
沖雅人が自殺したのは今から三十年以上も前の事なのです……。
さっそく私は、四三階のスカイラウンジに女を案内しました。
しかし、金曜日という事もありラウンジは満席でした。
仕方なく、再び三階の喫茶店に下りようとエレベーターに向かいました。
すると、足音もなくホテルの人がスッとやって来て、「ただいま、五五階のカラオケルームにキャンセルがございまして、すぐに一室ご用意できますが……」と私の顔を覗き込みました。
異常に背の高い男でした。
私は一瞬悩みながらも、「ああ、では、お願いします」と、即答しました。
するとその時、女が黒いレースの奥で「やっぱりね」と小さく呟きました。
「えっ?」と女の顔を見ると、女は黒いレースの中で真っ赤な口紅を歪めて笑っていたのでした。
そのまま私と女は五五階のカラオケルームへと案内されました。
わりと広い個室でした。
そこで私は女と向かい合わせに座りながら、その壮絶な告白をじっくりと話を聞きました。
女は、深海魚のような小さな目をギラギラさせ、興奮のあまり奇声を上げ、そして無意識にプスプスと放屁しながら真剣に話してくれました。
そんな女の焼け爛れた唇から語られる告白は、著しく信憑性に欠け、且つ非現実的なものでした。
しかし私は、たとえそれが女の作り話だとしても、その告白に身震いしました。
だから今更、それが実話かどうかは関係ありません。
今となっては事実の裏付けも必要ありません。
涎を垂らしながら真剣に話す狂女と、脅えながら取材している著者の頭の中では、これは限りなく実話なのですから。
(つづく)
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