複雑なともだち1
2012/12/02 Sun 00:00
昼休み。
ベランダで一人携帯を弄っていると加藤がやって来た。
「今夜ウチ来る?」
加藤はそう言いながらベランダの手すりに前屈みになった。
「ん?」と僕は携帯の指を止め、加藤の顔を見た。
すると加藤は、何やら意味ありげに僕の顔をソッと覗き込み、再び「ウチ来る?」と呟いた。
埃だらけの校庭には、サッカーをしていた吉村が「糞キーパーぶっ殺すぞ!」という声がわんわんと響いていた。
そんな加藤とは中学の時からの友達だった。
高校に入ってからは一年、二年と別々のクラスだったため互いのメルアドすら知らない仲だったが、しかし三年になって同じクラスになると再び親交が始まった。
でも、今まで互いの家で遊ぶという習慣が二人にはなかった。
だから僕は、なぜ突然、ウチ来る? なのだろうかと不思議に思いながら、「何かあるの?」と加藤に聞いてみた。
「うん。今夜は親がいないんだ……だから真奈美をウチに呼ぼうと思ってね……」
加藤は意味ありげに笑いながらベランダの下を覗き込んだ。
僕はそんな彼の猫背な背中を見つめながら、ふとその笑みの理由を考えた。
加藤が階下に唾を落とした。
泡だらけの加藤の唾が、風に吹かれながら落下した。
それを見ていた僕は、そこで初めてその理由について「はっ」と気づいたのだった。
それは、一ヶ月ほど前、加藤と栄町のスーパー銭湯に行った時の事だった。
一通り風呂に入った後、僕たちはサウナに入った。
サウナには誰もおらず、付けっぱなしのテレビの音だけが響いていた。
僕たちは一番隅の椅子に並んで座った。
席に着くなり加藤はニヤニヤしながら呟いた。
「相変わらず大っきいね」
加藤は僕の股間を覗き込んでいた。
腰に巻いていた黄色いタオルには、僕のペニスが薄らと浮かび上がっていた。
「前よりも更に大きくなったんじゃね?」
加藤は額の汗を腕で拭いながら目を丸めた。
加藤の言う、その「前よりも」というのは、中学時代の頃を指していた。
中学生の頃、僕たちは時々近所の銭湯に一緒に行ったりしていた。
その時、よく互いの性器を見せ合っては思春期の悩みを話し合ったものだった。
その時の僕の悩みは仮性包茎だった。
ペニス自体は大人もびっくりするほどに大きかったのだが、残念な事に通常時は皮に亀頭が隠れていた。
一方の加藤の悩みは短小だった。
それはそれは小さなペニスで、まるで幼児のようにコロコロしていた。陰毛と下腹部の贅肉に埋もれてしまい、一見すると女の股間のようなのだ。
あの頃の僕たちは、いつも銭湯の片隅でそんな性器を見せ合いながら、共に励まし合っていたのだった。
加藤は鼻の頭にぽつぽつと汗玉を作りながら、「皮は剥けたの?」と聞いて来た。
僕はソッと黄色いタオルを捲りながら「おかげさまでズルムケです」とソレを露出しながら笑った。
「すげぇな……これ、勃起したら何センチくらいになるの?」
加藤は更に目を丸めながら聞いた。
「うん。この間、竹本と比べてみたんだ。そしたら僕が21センチで竹本が18センチだったよ」
加藤は唇に垂れて来た汗をぺろりと舐めながら、「すげぇ」と唸った。
ちなみに竹本というのは、『大魔神』と異名を取るデカチン男だった。通常時から勃起していく様子が、大魔神の変身に似ているという所からそんなあだ名がついた生徒だった。
「竹本よりデカいなんて、学校一のデカチンだね」
そう感心している加藤に、僕も質問してみた。
「そっちはどうだい。少しは伸びたかい?」
加藤は突然表情を曇らせながら小さく首を振った。
そして腰に巻いていた黄色いタオルをソッと捲ると、僕に股間を見せて来た。
それはまるで「うに」のようだった。
陰毛の中に埋もれているソレは、殻の中でジッと身を潜めている「うに」の身のようなのである。
「全然ダメだよ……」
加藤はそう落ち込みながら、黄色いタオルをソッと元に戻した。
「でも、勃起したら少しは伸びるんだろ?」
僕が聞くと、加藤は力無くも「多少はね……」と呟いた。
「でも、伸びるっていっても……最大時で百円ライターくらいだよ……吉本のデカチンと比べたら、巨大バイブとピンクローターって感じさ」
加藤は自分でそう表現しながらも、ひと呼吸置いて「ぷっ」と噴き出した。
それまで、その「うに」のような物体に必死に笑いを堪えていた僕も、ここぞとばかりに噴き出した。
二人は百度もあるサウナの中で笑い転げた。熱い空気を鱈腹吸い込み、呼吸困難寸前でサウナを脱出し、そして水風呂の中でも更に笑い転げた。
なぜなら、急に冷たい水風呂に入った加藤のペニスは更に縮まってしまったからだ。
「もうダメだ、『しめじ』みたいになっちまった、このままだと消えちゃうよ」
加藤は、そうゲラゲラと笑いながら、陰毛の中からその縮まったペニスを摘まみ出すと、僕に向かって皮を向いて見せた。
中から真っ赤な亀頭がヌルっと飛び出した。
「小梅だ! カリカリ小梅だ! 小梅ちゃんだ!」
そう叫んだ僕は、水風呂の中で失禁しながら爆笑した。
加藤も一緒になって「小梅大夫だ!」などと爆笑しながら、勢い良く水風呂を飛び出した。が、しかし濡れた床に脚を滑らせその場にビタン! っとひっくり返った。
そんな加藤の姿に更に二人の笑いはヒートアップし、その笑いは背中に蛇と生首の刺青を入れたおっさんに、「うるせぇぞ!」と怒鳴られるまで、広い浴場に響いていたのだった。
そんなスーパー銭湯の帰り道、コンビニのベンチでジュースを飲んでいると、ふと加藤が「彼女ができたんだ」と呟いた。
僕は「えっ? 誰だよ、誰」と慌てて身を起こし、加藤に詰め寄った。
未だ一人の女とも付き合った事がなく、真っ新な童貞だった僕にとって、友人に彼女ができたというのは激しいショックだった。
「吉本の知らない女だよ」
「違う学校なの?」
「うん……ニッセイ……」
「へぇ……ニッセイかぁ……じゃあ、お嬢様なんだね……いいなぁ……」
ニッセイというのは日本聖鈴女学院というミッション系の学校だった。
この町では金持ちのお嬢様ばかりが通うとして有名な女子校だ。
「お嬢様ってほどでもないよ……確かに親父がパチンコ店をいくつも経営してるから家は金持ちらしいけど……でも育ちが悪すぎるよ……」
加藤のその言い方には何やら刺があった。
まるでその彼女の事を好きではないような言い方なのだ。
「育ちなんてどうでもいいじゃん……彼女ができただけでも羨ましいよ……」
「本当にそう思う?」
加藤は妙に真剣な表情で僕の顔を覗き込んだ。
「ああ。そう思うよ。僕なんて産まれてこの方、ずっと右手が恋人なんだぜ、穴があるだけ羨ましいよ」
僕がそう笑うと、加藤は僕から目をソッと反らし、「ふー……」と深い溜め息を付いた。
その姿は、なにやら妙に寂しげだ。
「どうしたんだよ……その子の事、嫌いなのか?」
僕がそう聞くと、加藤はゆっくりと首を振りながら「滅茶苦茶好き」と答えた。
「じゃあ……ブスなのか? それともデブとか……」
すると加藤は更に首を振りながら「滅茶苦茶かわいい」と呟き、顔もスタイルもアイドル並みだと答えた。
「じゃあどうしてそんなに嬉しそうじゃないんだよ。もしかして僕にノロけてるのか?」
そう笑った瞬間、加藤はいきなり僕の目を見つめ「なぁ吉本」と真剣な表情で迫って来た。
「な、なんだよ急に……」
「お願いがあるんだ……」
「お願い?……」
「うん……実は真奈美と……セックスしてほしいんだ……」
「………………」
「頼む。こんな事、おまえにしか頼めないんだ!」
加藤は下唇をぎゅっと噛み締めながら、真剣な目で僕を見つめていた。
「いきなりそう言われても……とりあえず理由を話してくれよ……」
僕はドキドキしながら静かにそう呟いた。
「うん……実は、真奈美は、凄いスキモノなんだよ……」
「スキモノ?」
「ああ。真奈美は半端じゃなくスケベな女なんだ……セックスが好きで好きでどうしょうもない女でさぁ、何回も求めてくるスキモノなんだよ……」
僕は呆気に取られながらも、口の中で「スキモノ……」と呟いた。
「俺と付き合う前までは有名なヤリマンだったらしくてさ……B組の屋島とか、二年の倉島なんかともヤリまくってたらしいんだよ……」
「はぁ? B組の屋島って、あのオタクデブの屋島?」
「ああ。あの気持ちの悪い屋島だよ。あんな醜い奴のチンポを平気で舐めて、そして中出しまでさせたらしいんだよ……」
僕は言葉に詰まった。
屋島とセックスするなんてトドとセックスするレベルの問題なのだ。
しかし僕は、その事実よりも、あのキモオタの屋島が既に童貞ではないという事実に、激しいショックと焦りを覚えていた。
「ど、どうして屋島なんかと……」
「C組の長谷川達がニッセイの子たちと飲み会してたらしいんだけど……真奈美と屋島が偶然隣同士になったらしいんだ……」
「飲み会? じゃあ酔ってて無理矢理ヤられたんだよ。きっとそうだよ、そうに決まってるよ、まさかあの屋島と好んでセックスするわけがないよ」
「違うよ」
「でもさ……」
「違うんだよ。真奈美はそんな女なんだよ。ヤリたくなったら相手が化け物だろうと動物だろうと見境なくヤっちゃう女なんだよ、それは俺が一番良く知ってんだよ」
「一番良く知ってるなんて、どうしてそう言い切れるんだよ……」
「だって……俺の親父とも……俺が寝てる間にリビングのソファーでヤってた……」
僕は言葉を無くした。
コンビニの駐車場の隅でチャリンコに乗った中学生が屯しているのが見えた。
暗闇の中で、赤い火が蛍のようにぽっぽっと灯っていた。どうやら中学生達はタバコを吸っているらしい。
気まずい雰囲気に包まれていた。
できればそのまま帰りたかったが、しかし、肝心の結論は出ておらず、このまま逃げ出すわけにはいかなかった。
僕は「うううん」とわざとらしく咳払いをすると、蚊の鳴くような弱々しい声で「で、僕はどうすればいいの?」と聞いた。
「真奈美とセックスしてやってほしいんだ……吉本のそのでっかいチンポで真奈美を満足させてやってほしいんだ」
「………………」
「ほら、俺のチンポは見ての通りの小梅ちゃんだろ……あいつ、俺のチンポでは全然感じていないんだよ……だからきっと、このままだとまたどこかで別の男とヤっちゃうと思うんだよ……それをさせない為に、吉本のその巨大チンポで……」
加藤は顔を赤らめながら、恥ずかしそうにそう言った。
不意に中学生達の自転車が動き出した。
コンビニの街灯に照らされた中学生達は、まさか煙草を吸うようには見えない真面目そうな生徒ばかりだった。彼らのその自転車のカゴには、駅前の進学塾の鞄が入っていた。
中学生達の自転車が駐車場を出て行くと、僕は「でも……」と呟いた。
「例え僕がそれを了解しても肝心の彼女がどう思うか……」
「それは絶対に大丈夫。あいつ、欲求不満が堪りすぎて最近は毎晩オナってるくらいなんだ。ヤリたくてヤリたくて気が狂いそうになってんだ。だから吉本さえ上手くやってくれたら確実にヤらせるよ」
「上手くやれって、何をすればいいんだよ」
「大丈夫。それは俺にまかしてくれ。しっかりとしたシナリオを作るから」
「でもな……」
「でもなんだよ」
「うん……もし本当に僕が加藤の彼女をヤっちゃったら、その後、僕と加藤の関係がおかしくならないかと思って……」
「俺は全然平気だ。屋島のような化け物にまたヤられるくらいなら、親友の吉本にヤられたほうがどれだけましか。だから頼む。俺とそして真奈美を助けてくれ……」
加藤はそう言いながら僕に頭を下げた。
僕は彼の言う『親友』という言葉に少なからず胸を打たれた。
そうだ僕たちは親友なんだこれは親友を助けるためなんだ、と、僕はそう自分に言い聞かせながら、その反社会的で猥褻で公序良俗に反した行為を無理矢理正当化した。
「加藤がそこまで言うなら……」
僕は戸惑いながらも頷いた。
すると加藤は僕の肩を両手で掴み「本当にありがとう!」と、今にも泣き出さんばかりに喜んだ。
しかし、僕の心は複雑だった。
だって、「ありがとう!」と、心からそう叫びたいのは、本当は僕の方なのだから……。
(つづく)
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