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ざまぁみさらせ!(2)

2012/12/02 Sun 00:00


 公園の真横にあるその家は、ここらでは珍しい庭付きの新築三階建てだった。
 パチンコ好きなクリーニング屋のマーボーいわく、この家は積水ハウスの高級オーダー住宅で八千万円もするらしいという事だった。
 このマーボーという三十男は、クリーニング屋という地域密着型の仕事をしているせいか、どこどこの奥さんは巨乳に見えて実は貧乳だとか、誰々の家の娘は病的なワキガだとか、そんな些細な事までこの町内の事なら何でも知っていた。
 そんなマーボーとパチンコ仲間だった俺は、以前からこの家の事情とやらを色々と聞かされていたのだった。

 その家の持ち主は、足立区にある巨大なステンレス工場の二代目社長だった。一昨年、初代の社長が亡くなり、その一人息子が工場を引き継いだばかりだった。
 二代目は典型的なドラ息子だった。会長の喪が明けぬうちから遺産を使いまくり、ベンツにギャンブルにロレックス、そして六本木のキャバ嬢とハワイ旅行で豪遊するというおきまりのドラ息子パワーを発揮していた。
 そして挙げ句の果てには、まだ二十歳そこそこのキャバ嬢に銀座のクラブを買い与え、更には白金の高級マンションまで買い与えた。
 しかし、さすがのドラ息子もそれではあまりにも妻や子供が可哀想だと良心を痛めたのか、いきなりそれまで住んでいた格式のある大屋敷をぶっ壊し、八千万円の高級オーダー住宅に変えてしまったのだった。
 そんな高級オーダー住宅には、ドラ息子の母親と嫁と二人の幼い子供だけが住んでいた。
 肝心のドラ息子はというと、白金のマンションに入り浸り全く帰って来なかった。
 すると、たちまち姑が「息子が帰ってこないのは嫁がだらしないからだ」などと定番の嫁をいびり始めた。しかし、気の小さな嫁は、そんな姑の陰湿なイジメにどうする事もできず、ただただジッと耐えるしかなかったのだった。

「だからあの奥さん、うつ病になっちゃったんだよ」
 マーボーは、紙コップのホットココアをズルズルと下品に飲みながら深刻そうに呟いた。パチンコ店の休憩所には古臭い応接セットと四十インチのテレビが置かれ、まるで昭和のドライブインのように薄汚れていた。
「うつ病?」
 同じく紙コップのホットコーヒーを下品に啜っていた俺は首を斜めに傾げた。
「そりゃそうだよ。旦那の浮気、姑のイジメ、そしてあの幼い二人の育児だろ。いくら旦那が毎月月末にまとまった金を送って来るっていってもよ、それじゃあ割に合わねぇよな。これじゃあいくら豪邸に住んでたって頭がおかしくなっちまうよ」
 そう同情しながらホットココアを下品に啜るマーボーの話を、その時の俺はあくまでも近所の噂話として聞いていた。
 しかし今の俺には、その話は大事な情報となっていた。
 そう、今月はまだ二日目だ。もしかしたら、その旦那が月末に送って来るというまとまった金が、まだたんまりと残っている可能性があるのだ。

 正門の前を何度か素通りしながら慎重に中の様子を伺った。そのまま公園を通り抜け、家の裏口に続く細い路地に入った。さっき婆さんが出て来た路地だ。
 住宅がひしめく裏路地は、各家庭の換気扇から漏れる生活臭やポリバケツから漏れる生ゴミ臭が貪よりと漂い、日陰特有の湿気に溢れていた。
 気味が悪いくらいに静まり返った路地を進み、ひときわ目立つ黒い裏門扉の前でそっと足を止めた。クリーム色の外壁を見上げ、この家だと確認した俺は、その黒い門扉の取手にそっと手を伸ばしたのだった。

 今までコソ泥は五回やった事があった。二十八歳の時、初めて忍び込んだ家でいきなり現金七十万円を手に入れてしまった。それで味をしめた俺は、それからコソ泥を繰り返すようになった。
 しかし最初の七十万円は明らかにビギナーズラックだった。その後一度も現金にありつく事なく、遂に五回目でパクられた。
 幸い初犯だったために執行猶予で釈放されたが、その時俺は、コソ泥というのはそこに現金があるという有力情報がなければ何とも割の合わないゴトシだとつくづく思い知らされ、その稼業からさっさと足を洗ったのだった。
 しかし、今回は現金があるかもしれないという情報を入手していた。それにこの家が無人だという事もわかっているのだ。
 俺は息を殺しながら、緑の芝生が敷き詰められたアプローチを進んだ。リスクの高い勝手口を素通りし、中庭へと続く扉を開いた。
 案の定、中庭を囲む窓は全開にされていたのだった。

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 解放された廊下を恐る恐る覗き込みながら、一応「すみませーん」と声を掛けた。これでもし人が出て来たら、「インコがお宅の庭に迷い込んでしまいまして、探させて貰ってもよろしいでしょうか?」と聞くつもりだった。それでも怪しまれたら、その時はそいつをぶん殴って逃げればいいのだ。
 俺は何回も「すみませーん」と声を掛けた。しかしいくら声を掛けても、家は静まり返ったままだった。
 素早くサンダルを脱いだ俺は、それをズボンの腰にズボっと刺しながら廊下に上がった。
 そのリビングはさすが八千万円の家だと頷けるほどに豪華だった。
 ダイニングテーブルの上には湯飲みと小皿が置きっぱなしになっていた。その小皿に付着する白い粉から、あの婆さんがここで茶を飲みながら大福餅を食っている姿が浮かんで来た。
 そんなリビングを素早く通り抜け、玄関前にある階段をつま先で駆け上った。
 現金を保管するのはどこの家でも寝室と決まっていた。いくつかある扉を開き、やっと主寝室を探し出した。
 迷う事なくベッド前のクローゼットを開き、そこに並ぶ引き出しの中を物色した。
 その三菱東京UFJ銀行の封筒はいとも簡単に見つかった。家電製品の取扱説明書や保証書が保管してある引き出しの中にポツンっと無造作に置いてあったのだ。
 なぜか無意味に「ざまぁみさらせ」などと呟いた俺は、必死に笑いを堪えながら素早くその封筒を覗いた。中には小さなメモ用紙とピンピンの一万円札が押し込まれていた。ざっと三十万円っといった所だ。
 俺はそれをジーンズのポケットに押し込むと、乱れたクローゼットを素早く整え寝室を出た。
 再びつま先で階段を下りた。一段下りる度に笑いが込み上げ頬が緩んだ。これでマンションを追い出される事もなく、当分はメシにもありつけると思うと嬉しくて堪らなかった。
 一階に降り、再び中庭へと向かった。とにかくひとまずリンリンのナポリタンを食べに行こうなどと思いながら中庭に出ようとした瞬間、ふと、半開きになっていた白い扉の隙間から白い洗濯機が見えた。
 俺はピタリと足を止めた。シーンと静まり返ったリビングに、公園から聞こえて来る子供達の笑い声が素通りして行った。
 俺は乾いた喉にゴクリと唾を飲み込んだ。そしてその白い洗濯機に手招きされるかのようにして、真っ白に輝く脱衣場へと吸い込まれて行ったのだった。

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 そこには、品の良いボディーソープの香りがふんわりと漂っていた。
 俺は迷う事なく洗濯機の蓋を開けた。中には、すすぎをしたばかりの洗濯物が渦を巻くようにして銀色の洗濯槽に張り付いていた。
 ちっ、と舌打ちしながら洗濯機の蓋を閉めた。いくらあの色っぽいママの生下着とはいえ、ジトジトに湿ったそれには全く興味がわかなかった。
 しかしそれでも俺は諦めなかった。過去に三回ほど下着泥棒をした事がある俺は、どこかに脱衣カゴがあるはずだと信じ、それを探し始めたのだった。
 そんな脱衣カゴはすぐに見つかった。洗濯物が大量に詰まった脱衣カゴは棚の下にひっそりと隠れていた。
 俺はそんな洗濯物を見下ろしながら、またしても「ざまぁみさらせ」と意味不明な言葉を呟くと、その中からママのパンティーだけを探したのだった。
 アンパンマンのバスタオルや戦隊ヒーロー物のパジャマが縺れ合う脱衣カゴの中から二枚の女性用の下着を発見した。子供達はまだオムツを履いているため、その二枚はあのママと婆さんの物に間違いなかった。
 その二枚を間違えたら大変な事だが、しかし、それは一目瞭然で判断する事ができた。一枚は黒いサテン生地のパンティーで、そしてもう一枚は、通販でよく売っている尿漏れ消臭機能付きの『失禁パンツ』だったからだ。
 急いで他の洗濯物は脱衣カゴの中に戻した。本来ならここで一発抜きたい所だった。あの色っぽいママが公園で子供達と遊んでいる姿を思い出し、そんなママの股間にピタリと張り付いていたクロッチの匂いを嗅いだり舐めたりチンポに被せたりしながら、この清潔な脱衣場に俺の不潔な精液を飛び散らせてやりたかった。

 しかしそんな余裕はなかった。ここでママやババアが帰って来たら袋のネズミなのだ。
 俺はそのパンティーのデリケートな部分を開いて見る事もせず、すぐさまポケットの中に押し込んだ。そして清潔な脱衣場に別れを告げると、一目散に家を飛び出したのだった。

 裏門扉から裏路地に出ると、そのまま素知らぬ顔して公園に出た。
 気怠い午後の日差しに照らされた公園には穏やかな空気が優しく漂っていた。
 それは、いつもと変わらぬ風景だった。
 しかし俺は違った。俺は幸福に満ちあふれていた。
 美空ひばりの歌じゃないが、右のポッケにゃ使用済みパンツ、左のポッケにゃ三十万、が入っているのだ。
 俺は、野良犬がスズメの死骸を咥えて歩くが如く、大威張りで公園のど真ん中を突き進んだ。
 公園の隅のベンチにスマホを弄りながら菓子パンを齧るサラリーマン達がいた。いつもマンションの窓から、そんなお昼休みのサラリーマン達を羨ましそうに見ていた。が、しかし今日ばかりはそいつらが糞に見えた。俺はここぞとばかりに「ざまぁみさらせ」と呟きながら奴らの前を横切ったのだった。

 すぐにマンションに戻ってママのパンツでセンズリをこきたかったが、しかしその前に腹ごしらえしなければ体力が持たなかった。
 俺は悩んだ。消防署の横のモグモグ弁当でヒレカツの海老フライの入ったミックスフライ弁当を買って帰ろうか、駅前の大福亭であつあつのカレーうどん定食を搔っ食らおうか、それともバス停前のグリル中森でハンバーグと目玉焼きとカレーとスパゲティが盛られた洋食プレートランチにしようか、と、あれこれ悩みながら公園を出ると、ふと、通りの角の自販機の向こうに、『純喫茶リンリン』と書かれた緑色の看板が見えた。
 その独特な昭和の看板を見た瞬間、ナポリタンスパゲティの焦げたピーマンの香りと、薄っぺらい安物のハムの食感が口内に広がった。
 すぐさま俺の迷いは消え去った。俺は、ついでにハンバーガーも喰らってやろうと企みながらリンリンに向かったのだった。

 分厚いガラスのドアを開けると、頭上でカランコロンっと牧歌的な鐘の音が響いた。
 異様に薄暗い店内にはジャズが流れ、カウンターの上には親父達が容赦なく吹かすタバコの煙が雲のように浮かんでいた。
 いらっしゃい、っと呟くマスターを横目に、俺は奥のボックスコーナーへと進んだ。
 ここのボックスコーナーは、ここがまだ歌声喫茶の頃、当時まだ無名だった岡林信康が弾き語りをしていたとして有名な場所だった。又、安保闘争時代、全学連の若者達が密かにここを作戦本部にしていたという事でもよく知られた場所だった。
 そんなボックスコーナーには四人掛けのボックスが縦二列に六席並び、ひとつひとつ観葉植物で区分けされていた。この薄暗さといい、観葉植物の仕切りといい、まるで駅裏のピンサロのような雰囲気だった。
 ランチのピークが過ぎたせいか、ボックスには二組しか客がいなかった。
 俺はマガジンラックの中から、ケチャップで汚れた『ビッグコミック』を一冊抜き取ると、そのまま観葉植物に囲まれた通路を一番奥のボックスに向かって進んだ。
 と、その時、真ん中のボックス席に座っていた女が、通り過ぎようとする俺をチラッと見上げた。
 一瞬、俺の胸がドクンっと跳ねた。その女は、さっき脳天に唾を垂らした女だったのだ。
 そうだった、こいつらはリンリンに行くと言っていたんだ、と焦りながら、俺はそそくさと一番奥のボックスに腰を下ろした。
 脳天唾女の肩越しに、娘を抱いたママの可愛い顔が見えた。ママの隣では、息子のユウキが手のひらサイズのアップルパイに齧りつきながら必死に格闘していた。
 俺は平然を装いながら無造作に雑誌を開いた。そして、そのページの山口六平太の顔面で潰れているカレー付きの黄色い米粒をジッと見つめながら、斜め前のボックスに全神経を集中させた。
「で、姑さんとはどないな具合なん」
 脳天唾女のぎこちない関西弁が聞こえて来た。
「うん……微妙かな……」
 俺はソッと視線を上げた。複雑な表情でそう呟いたママは、抱きしめたいほどに可愛い顔をしていた。
「あんたの息子が悪いんやろって、はっきり言ったったらええねん」
 脳天唾女は興奮気味にそう言いながら、ミックスジュースらしき液体をズズズっと啜った。
 そこにウェイトレスのババアがやって来た。醤油味のナポリタンを食おうと思っていた俺だったが、しかし、すぐさまアイスコーヒーに切り替えた。
(今はメシなんか食ってる時じゃねぇ……)
 そう呟きながらポケットの中に手を突っ込むと、指先にツルツルとしたサテンの生地が触れた。
 ママの大きな目をソッと見ていた俺は、あの可愛いママが履いていたパンティーが今ここにあるんだ、と思いながら、更にそのツルツル感を指先に感じていた。
 ウェイトレスのババアが、年季の入ったガラガラ声で「あいよ」と言いながら、俺の前にアイスコーヒーを置いた。その五十近いババアはなぜか金髪で、眉毛なんかも爪楊枝のように細く剃っては真っ赤な口紅を付けていた。
 俺はそんなババアに勃起しているペニスを悟られないよう慌てて足を組んだ。
 ババアが立ち去ると、俺はさっそくポケットの中からパンティーを引きずり出し、テーブルの下で拳の中にギュッと握りしめた。
(今なら、ママの顔を見ながらこのパンティーを使ってオナニーできるかも知れない……)
 そう思うと、そのなんともスリリングな変態行為に、俺は背筋をブルブルっと震わせたのだった。

(つづく)

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