青春の罰ゲーム4
2012/11/23 Fri 13:03
【ファイナルステージ・罰ゲーム】
『男は女装して女湯に三十分入る。女はオカマだと偽って男湯に三十分入る。他の者は部屋で待ち、覗き見は厳禁とする。但し、この罰ゲームは五位の者が受ける事とする』
雄太は顔面蒼白の顔を引き攣らせながら、指で摘んだ命令紙をブルブルと震わせていた。
海斗が「なんて書いてあんだよ」と笑いながら、雄太の指から命令紙をスッと取った。命令紙を読み始めた海斗の肩から彩乃が顔を出し、背中越しに命令紙を読み始めた。
文を読む二人の目玉が上下に動いていた。みるみる海斗の表情は緩み、彩乃の唇からは真っ白な歯が溢れた。そして、二人の目玉が命令紙の最後の一行を捕らえた瞬間、二人は同時に笑い出したのだった。
「なんなの?」
千夏が雄太の腕を掴みながら見上げた。何も知らない千夏は、雄太を心配するあまり唇を震わせている。
雄太はそんな千夏の手を握り締め、「ハメられた……」と呟いた。
「えっ?」と首を傾げる千夏の後で、アキラが「さてと……」と立ち上がった。
「七時から婆ちゃんと番台を交代すっから、それまでに準備して下に降りて来てくれ、な、五位の千夏」
アキラはそう告げると、いかにも勝ち誇った笑みを浮かべながらゆっくりと部屋を出て行った。
千夏が、どういう事? と不安そうに眉をひそめると、彩乃が命令紙をヒラヒラさせながら、「これは史上最悪の罰ゲームだね。私のコンビニ立ちションよりも強烈だわ」と笑い、それを千夏の小さな手に渡した。
それを読んだ千夏の顔はみるみると青ざめていった。
やだ、っと声を震わせながら雄太を見上げ、そしてもう一度力強く「やだ」と首を振った。
「それはダメよ。美咲だってみんなにアソコ見せたじゃない。私だってあの寒い中、皆の見てる前でオシッコしたのよ、千夏だけ『やだ』ってわけにはいかないわよ」
そう言う彩乃は、海斗の横で恐る恐る命令書を覗き込んでいた美咲に「ねー美咲」と同調を求め、断固としてそれを千夏にやらせる姿勢を見せた。
雄太は震える千夏の手を引き、とりあえず廊下に出た。そして薄暗い廊下の隅で千夏を抱きしめ、「心配するな……」と囁いた。
サッと顔を上げた千夏が、「じゃあやらなくてもいいの?」と、潤んだ瞳で雄太の目を見つめた。
雄太は静かに首を振った。
「そうじゃない……罰ゲームは……やっぱりやらなくちゃ……でも、もし、何かあったら俺が助けに行く。必ず助けに行くから」
「何かって……何?……」
千夏は恐怖に震えながら雄太の腕にしがみついた。
「何って……例えば……スケベな客に触られそうになったりとか……」
「でも、雄太君は部屋にいるから、私がそうされててもわかんないじゃない!」
千夏はそう言いながら遂に泣き出した。
見知らぬ男達の前で裸になるという事は、ウブな千夏にとっては、あまりにも残酷すぎた。雄太以外の男を知らない千夏にとっては、見知らぬ男達に交じって風呂に入るというのは、これ以上にない恐怖なのだ。
「心配するな。もしそんな奴がいたら大声で叫ぶんだ。浴室は響くから大声で叫べばここまで聞こえるよ、そしたらすぐに俺が助けに行ってやる……それに……たぶん、そんな奴はいないよ。っていうか、この銭湯、いつも客なんていねぇじゃん」
雄太は無理に笑った。
「絶対に助けに来てくれる?」
「うん。どんな事があっても絶対に助けに行く」
「絶対だよ、絶対に約束だよ」
「絶対に行く。絶対に行くから心配すんなよ」
「……もし来てくれなかったら?……」
「そん時は、どんな罰だって受けるよ。一生、千夏の奴隷になれって言われたら、素直に奴隷なるさ」
雄太がそう笑うと、千夏は「雄太君を信じる……」と呟いたまま、観念するかのようにコクンっと項垂れたのだった。
すると、いきなり部屋の襖が開き、彩乃がヌッと顔を出した。
「いつまでイチャイチャしてんのよ。そろそろ時間だよ。とっとと行ってさっさとひとっぷろ浴びちゃいないよ。三十分なんてあっという間だよ」
彩乃は、励ますようにそう言いながら震える千夏に「がんばって」とウィンクした。
しかし、一見友達思いに見えるそんな彩乃の仕草も、何故か雄太には胡散臭く思えた。
しばらく彩乃に懇々と励まされていた千夏は、彩乃に付き添われながら、そのまま階段に向かって歩き出した。
階段を下りようとした瞬間、千夏は濡れた瞳で雄太に振り返り、「約束だよ……」と、淋しそうに呟いた。雄太は、必死に笑顔を作りながら、「わかってる」と頷いた。
と、そのとき、階段の下の方から、ミシッ、ミシッ、という音が聞こえて来た。
アキラと番台を交代したお婆ちゃんがノシノシと上がって来たのだ。
お婆ちゃんは、階段の上に立っていた千夏達を見上げながら立ち止まり、一言「どけ」と唸った。
お婆ちゃんは貪よりと濁った目で千夏を睨み、そしてその隣りの彩乃にゆっくりと視線を移しながら、彩乃に向かって「四助めが……」と意味不明な言葉を呟いた。
お婆ちゃんは、「ふん」と鼻を鳴らし、そのまま奥の自室へと去って行ったのだった。
「死に損ない」
彩乃は、お婆ちゃんの背中にそう吐き捨てると、千夏の手を握り「早く行こっ」と階段を下りた。そのとき、ふと雄太は、彩乃の目が異様にギラギラと輝いている事に気付いた。
その不気味な目の輝きは、先日、東野森林公園で見た、あの怪しい目の輝きと同じだった。
それは数ヶ月前、彩乃がアキラに内緒で援交をしていたのを、雄太が目撃してしまった時の事だった。
あのとき彩乃は、駅裏のビジホの裏口から、紺色のスーツを着た中年親父と腕を組みながら出て来た。そこを偶然通りかかった雄太は、まともに彩乃と目が合ってしまったのだった。
彩乃は、中年男の腕にぶら下がりながら無言で雄太を睨んでいた。それはまるで、逃げ場を失った野良猫のような必死な目だった。
その翌日の放課後、雄太は彩乃に携帯で呼び出された。今すぐ東野森林公園の西口の公衆便所に来て欲しいと言われ、雄太は一人でそこに向かった。
東野森林公園の西口へ着くと、公衆便所の入口で彩乃が一人ポツンと煙草を吹かしていた。ここはいつも人気が無い為、不良学生達が煙草を吸うにはもってこいの場所だった。
洗面所の前で一人ポツンと煙草を吹かしていた彩乃は、「昨日の事、もうアキラに言った?」と、尖った唇から煙を吐きながらそう言った。
雄太が「言ってないよ……」と答えると、彩乃は「あっ、そ」と呟きながら火のついた煙草を洗面所の中に投げ捨て、「じゃあ、口止め料ね」と小さく微笑むと、いきなり雄太に尻を向け、素早くパンツを下ろしたのだった。
「生で入れてもいいけど、中で出しちゃダメよ」
爛々と照りつける太陽に、彩乃の真っ白な尻が浮かんでいた。いきなり目に飛び込んで来たそれを、雄太は呆然と見つめていた。
彩乃はゆっくりと振り返りながら「早くして」と尻を歪めた。歪んだ尻の谷間の奥で、赤黒い物体がグニャリと蠢くのを雄太はまともに見た。
ブルブルっと身震いした雄太を、彩乃は怪しく笑いながら呟いた。
「私の穴、凄くイイんだって。昨日のおじさんだって、『凄くイイ、凄くイイよ』って言いながら、この穴に五万円も払ってくれたんだから。ふふふふ……だから五万円分の口止め料ってことで、よろしくね」
そう言いながら尻を振る彩乃の目がギラギラと輝いていた。その目の輝きが、まるで妖怪のようで恐ろしく、雄太は「アキラには絶対に言わないよ」と、言い残すと、そのままダッシュで逃げ出したのだった。
その時に見た彩乃の目の輝きと、今、千夏の後から階段を下りる彩乃の目の輝きは同じだった。
雄太は、二人が階段を降りて行くギシギシという音を聞きながら、あの時と同じようにブルブルっと身震いした。
雄太は、まるで金縛りに遭ったかのように凍りつきながら、何かとんでもない事が起こりそうだと、凄まじい恐怖に包まれていたのだった。
そんな彩乃が部屋に戻って来たのは、それから十分後の事だった。
部屋では、ぐったりと落ち込む雄太と、それに気を使って黙り込んでいる海斗と美咲が部屋の隅で項垂れ、そこはまるで火葬場の待合室のように暗かった。
彩乃は部屋に戻るなりさっそく煙草に火を付け、真っ赤な唇から白い煙をスパスパと吐きながら「下はもう大変だよ」と笑った。
項垂れていた雄太がガバッと顔を上げた。
「ど、どういう事だよ!」
必死な形相で迫って来る雄太の顔に、彩乃はフーっと細い煙を吹きかけ、「心配?」と笑った。
「あ、当たり前だろ……」
彩乃は「ふ〜ん……」と頷きながら再び煙草を吸い、天井に向かって糸のような煙を吹いた。
「なんだよ、何が大変なんだよ、早く言えよ!」
彩乃はゆっくりと顔を下ろすと、ニヤッと白い歯を剥き出して笑いながら「見たい?」と聞いた。
「…………」
「見せてあげよっか?」
彩乃が言うと、部屋の隅にいた海斗が「見れるのか?」と身を乗り出した。
「見れるよ。私、お風呂と脱衣場が覗ける所、知ってるもん」
彩乃は、そう自慢げに笑いながら、シケモクが山のように溜っている灰皿に煙草を擦り付けた。
「マジかよ!」
海斗はそう目を輝かせながら起き上がり、項垂れている美咲に「見に行こうぜ!」と笑った。
「あんた達はダメー」
彩乃は、小学生がアッカンベーをするようにして海斗に言った。
「どうしてだよ」
「だって、あんなの見られたら千夏が可哀想じゃん。ね、雄太」
「でも、雄太だって美咲のオマンコ見たじゃねぇか!」
海斗が怒鳴ると、項垂れていた美咲が「もうやめてよ! 馬鹿じゃないの!」とヒステリックに叫びながら海斗の手をおもいきり引っ張った。
ドスンっと尻餅を付いた海斗が、悔しそうに「ちっ」と舌打ちをすると、彩乃は雄太の顔をソッと覗き込みながら「どうする。見る?」と聞いた。
「…………」
「……だよね……さすがに、自分の彼女のあんな姿は見たくないよね……」
彩乃が挑発するかのように言うと、雄太は居ても立ってもいられない表情で「あ、あんな姿って、どう言う事だよ!」と、彩乃の細い腕を掴んだ。
彩乃は、そんな雄太の手を乱暴に振り解くと、その場にゆっくりと立ち上がった。
「そんなに気になるんだったら自分の目で確かめればいいじゃない……見せてあげるから来なよ……」
彩乃は、雄太を見下ろしながら目をギラギラと輝かせた。
そんな彩乃の目の輝きに、雄太は再び凄まじい恐怖に包まれながらゆっくりと立ち上がった。
彩乃は、震えている雄太の足を見ながら「ふん」と鼻で笑った。
そして静かに歩き出しながら、「あんなの見たら、きっと頭ぶっ飛んじゃうよ」とケラケラと笑い出し、何故か嬉しそうに部屋を出て行ったのだった。
(つづく)
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