日本の男根・前編
2012/11/17 Sat 04:25
そのスナックは、巨大な都営団地群を背景にした小さな商店街の一角にひっそりと佇んでいた。
そこは、昼は定食ランチをメインとした喫茶店だったが、しかし夜になるとカラオケを歌わすスナックに代わるという、実にケチ臭い二部制の店だった。
スナックといっても特に何かが変わるわけではなかった。変わると言えば、店内の照明が暗くなるのと、昼の喫茶店のおばさんの化粧が濃くなるくらいしかなく、となるとそこは、スナックと呼ぶよりも、近所のおっさん達が夜な夜な集まるカラオケボックスと呼んだ方が無難だった。
武川と習志野は、そんなスナックのカウンターの隅で、いつものように昼のランチの残り物を肴にしながら酒を飲んでいた。
時刻は既に午前零時を回っていた。つい今しがた近所のカラオケ親父達が帰ったばかりで、やっと静かになった所だった。
武川と習志野は、共にカラオケを歌わなかった。カラオケを歌わない者にとって、あの親父達の唸り声は、日曜日の朝に走り回る右翼の街宣車に匹敵するほどの苦痛だった。
「最後のチャゲアスがトドメだったよな……」
武川は、うんざりした表情でそう呟きながらグラスの氷をカロンっと鳴らした。
「あれは凄かった。五人のおっさん達が総立ちでYAH・YAH・YAHを合唱するなんてのは、あれはもはや輪姦だ。いますぐ騒音規制法で訴えるべきだよママ」
アタリメをくちゃくちゃさせる習志野がカウンターの中のおばさんにそう言うと、おばさんはいかにも下品な口元をだらしなく弛め、差し歯で黒ずんだ歯茎を剥き出しながらひゃっひゃっひゃっひゃっと妖怪のように笑った。
「笑い事じゃないよママ、あんな時代錯誤な親父達をいつまでも放置してると、そのうち俺らみたいな若い客がみんな離れていっちまうぜ」
武川は憮然たる面持ちでそう腕を組んだが、しかし、そんな武川とて、去年の同僚の結婚式の余興では、時代遅れなパラパラを御披露するという失態を犯していた。しかもそれは、似ても似つかぬ長州小力のモノマネ入りの『ナイトオブファイヤー』であり、そんな愚かな芸を五分近くも真剣に御披露していた武川は、それを見ている者達に激しい羞恥心を与えていたのだった。
しかし武川は、そんな自分の痴態を棚に上げ、チャゲアスを熱唱していた親父達を真っ向から非難しては、平然とした面持ちでグラスの裏にひっついた紙コースターなどをペロリと剥がしていた。
しかし、不意にママから「あんた達だって『ヤーヤーヤー』って拳を振り上げてたじゃない」と図星をつかれると、習志野共々言葉を失ってしまったのだった。
そんな切ない空気に包まれた場末のスナックは、ひととき静まり返っていた。
二人のグラスの氷だけがカラコロと音を立て、カラオケのモニターに垂れ流しされている『今月のカラオケランキング』では、一位になった氷川きよしの気色悪い笑顔が延々とアップで映っていた。
すると、不意に入口のドアが開き、ドアにぶら下げられていた黄金色の鐘が、カランコロンっと牧歌的な音色を響かせた。
洗い物をしていたママが素早く顔を上げ、二人が無言で入口に振り返った。
遠慮がちに開いていたドアの隙間から、女がヌッと顔を出した。
「まだ……いいですか……」
女は声を震わせながら、申し訳なさそうにそう言った。
「あら、結構ですよ。何名様ですか?」
チャイナタウンのお祭りで、爆竹と共に狂喜乱舞している獅子のような顔をしたママが、嬉しそうにカウンターに身を乗り出した。
「すみません、一人なんですけど……」
女が今にも泣きそうな小声でそう言うと、ママは一瞬『しまった』という表情を露骨に出しながらも、トーンの下がった声で「どうぞ……」と呟き、カウンターの上に、使い古しの紙コースターを一枚ペロリと投げたのだった。
武川と習志野の二つ隣りの席に座った女は、妙にオドオドとしていた。「なんにします?」とママに聞かれ、五分程悩んだ挙げ句に水割りを頼んだ。
女はくたびれたサンダルを履いていた。まるで、団地の主婦が近所のスーパーにちょっと買い物に出掛ける時のような、そんな普段着だった。
「こんな時間にあんな格好で一人で飲みに来るなんて、きっとワケアリだな」
武川が習志野の耳元でそう囁いた。
「夫婦喧嘩か……それともアル中か……まぁ、そんな所だろう」
習志野は、女が履いているボロボロのサンダルをジッと見つめながらそう推理した。
ママは、きゅうりに味噌が付いた妙に卑猥な口取りを女の前に差し出しながら、「そこの団地の方ですか?」と聞いた。
女は一瞬「はぁ……」と頷きかけたが、しかしすぐに「いいえ……」と言い直し、そのまま、目の前のモロキュウをジッと見つめて押し黙った。
そんな女を、ママは年増女独特のいやらしい目で見下ろしながら、「この店に新規のお客さんが来るなんて何年ぶりかしら」と笑い出し、その笑った状態のままで、すかさず「おいくつ?」と女の歳を聞いた。
その熟練した職務質問に、さすがだな、と唇を歪める武川と習志野は、互いに自分のグラスの氷をジッと見つめながら、女の返答に耳を澄ましていたのだった。
「三十二です」という女の声を聞いたのは、それから約五分後だった。モニターに映し出される『今月のカラオケランキング』は、既に七位のきゃりーぱみゅぱみゅのドアップに変わっていた。
「あら、三十二だったら、タケちゃん達と同じじゃない。奇遇ねぇ」
ママはそう笑いながら武川達の方を見た。
別にぜんぜん奇遇でもなんでもなかった。世の中に三十二才の人間は星の数程いるわけで、これが奇遇だと言うのなら、街を歩く度に奇遇と遭遇しなくてはならなくなる。
しかし、ママはそれを奇遇だと言い切った。こんな奇遇はなかなかないわよね、などと、強引に奇遇に結びつけようとしていた。それは、ママがこの女の相手をしたくないため、女を武川達に押し付けようと企んでいたからであり、さっきもその手口にまんまと引っ掛かった武川と習志野は、醜い親父達のYAH・YAH・YAHに付き合わされていたのだ。
そんなママの見え見えの手口に、武川と習志野はうんざりしていたが、しかし、今度の相手は女だった。例え、貧乏臭い格好をしたおばさんと言えど女には違いなく、このカラオケしかない殺風景な店では、おばさんだろうと百貫デブだろうと、女ならば貴重な存在なのであった。
さっそく武川が「そりゃあ奇遇ですねぇ」と女に話し掛けた。
それを合図にママは女の前からソッと離れ、小さなシンクの中に山のように溜っている洗い物をやっつけにかかった。
武川と習志野は、交互に女に話し掛けた。
しかし女は、どんなたわいもない質問であっても、モゾモゾとしたままなかなか答えようとはしなかった。血液型を聞いただけでも優に三分は要する有り様なのだ。
「やっぱりこいつ、どこか変だよ。きっと頭が弱いんだ……」
習志野が四杯目の水割りを飲み干すと同時に、武川の耳元でボソッと囁いた。
しかし武川は、そうとわかっていても、それでも女に話し掛けるのをやめなかった。いや逆に、頭のおかしな女だと思えば思う程、武川はおもしろがって女にあれこれと話し掛けているのだ。
そのうち武川は、「奥のボックスで一緒に飲みませんか」などと女を誘い出した。
「やめとけって」と止める習志野の手を振り払い、武川は勝手に女のグラスを奥のボックスへと運んで行った。
女はグラスの水滴だけが残るカウンターを見つめたまましばらくジッとしていたが、五分が過ぎた頃ようやく立ち上がり、奥のボックスで手招きする武川に向かって恐る恐る歩き出した。
それを見た習志野が、「あいつも物好きだなぁ……」と呆れながら、自分も奥のボックスに行こうとすると、皿にスポンジをグイッグイッと鳴らしていたママが、「二時までだからね」と習志野を睨んだ。二時まで、あと二十分しかなかった。
ボックスでは、ソファーに武川と習志野が並んで座り、テーブルを挟んだ補助椅子に女が座っていた。
見れば見る程、所帯じみた女だった。いくら場末のスナックといえど、こんな見窄らしい格好をして一人で飲みに来る女も珍しい。
しかも女は化粧をしていなかった。顔色が悪い上に、剃った眉がポツポツと生え、まるで駅裏の安キャバレーで働く女の寝起きの顔のようだった。
顔も服装もパッとしない女だったが、しかし、やはり尻や胸は女だった。痩せた体にそこだけが妙に丸みを帯び、地味なスカートから覗くその脚は新入OLのように初々しかった。
武川はそんな女に色々と話し掛けるが、しかし女は、相変わらずモゾモゾと黙ったまま、頷くか首を振るかのどちらかだけを繰り返しているだけだった。
そんな困難な事情聴取の中、女が駅の近くの賃貸マンションに一人で暮らしているという事をやっと聞き出した。しかし、聞き出せたのはたったそれだけで、肝心の、なぜこんな時間にこんな所に一人で来たかという動機は話したがらず、結局、この酒の飲めない女が、何の目的で深夜のスナックに来たのかは不明のままだった。
そうこうしているうちに、カウンターの中で洗い物をしていたママが、泡の付いた指で壁の時計を指差し「よろしくっ」と言った。
ママのその「よろしくっ」は、明らかに矢沢を意識しているようで、酷くダサかった。時刻は既に二時を五分過ぎていた。
三人がスナックを追い出されると、目の前の路地を一台の個人タクシーが通り過ぎて行った。
町はどっぷりと寝静まっていた。商店街の両脇に立ち並ぶ水銀灯が、シャッターの閉まった古い商店をぼんやりと照らし出し、そこから見る商店街は、まるで『昭和の町』を再現したジオラマのようだった。
タクシーの走行音が遠離って行くと、辺りはとたんにシーンっと静まり返った。
「さてと……明日も早いから帰って寝っかな」
そう言いながら習志野が背伸びをすると、「明日も立川の現場か?」と武川が煙草に火を付けながら聞いた。
「雨が降らなければね」と、習志野が気怠そうに答えると、そんな二人の背後でモジモジしていた女が、蚊の鳴くような小さな声で「それでは……」と呟いた。
二人が振り返ると、女はおどおどと脅えながら小さく御辞儀をし、そのまま暗い商店街をトボトボと歩き出した。
ネズミ色の商店街を、一人淋しげに歩いて行く女の後ろ姿を二人は黙って見つめていた。
習志野が「……変な女だな……」と、呟くと、武川が「あの女……家に帰るのかな……」と返した。
女の姿がみるみる遠離って行った。それでも二人は黙ったまま、挙動不審な女の後ろ姿をぼんやり見つめていた。
背後に聳え立つ都営住宅群から夜風が吹き下ろし、商店街の脇にズラリとぶら下げられたビニールの桜の飾りをサラサラと揺らした。
不意に武川が「なぁ……」と呟いた。
一呼吸置いて、「ん?……」と習志野が答えた。
「あの女……ラブホに連れていかねぇか……」
武川はそう呟くと、火のついた煙草を人差し指でポンっと音を立てて弾いた。
豚のイラストが書かれた肉屋のシャッターの前で、煙草の火の粉がパッと咲いた。二人は並んだまま、その火の粉と小さくなった女の後ろ姿をジッと見つめていた。
「おまえ、あんなのがタイプだったのか?……」
習志野が小さく鼻で笑いながら言った。
「……いや……別にタイプってわけじゃないんだけど……なんか、あの女だったら色々できそうな気がすんだよね……」
「色々って、例えば何よ……縛ったりとか、肛門やっちゃったりとかか?」
「うん……あの女だったら格好つけなくてもいいだろ、だから気兼ねする事無く思いっきり変態な事ができそうじゃん……」
武川は、何故か指の間接をパキパキと鳴らしながら話していた。そして鳴らす指が無くなると、今度は後頭部や肩や胸などを忙しなく掻き始めた。
「そういゃあ、お前、いつも口癖のように『変態な事してぇ』って言ってるよな……」
「ああ……変態な事してぇよ……メチャクチャ変態な事してぇよ……佳代とセックスしてる時も変態な事ばかり妄想してるし、風俗で手コキしてもらってる時も変態な事ばかり考えてるよ……」
「なら、ヤればいいじゃん。佳代はお前の女なんだし、風俗嬢には金払ってんだから何も遠慮する事ねぇだろ」
「無理だよ……佳代にそんな事、恥ずかしくてできねぇよ……それに風俗はヤバいよ……そんな事したら、目ん玉飛び出る程の追加料金取られるかも知れないだろ……それに、所詮風俗嬢ってのは商売女だしな、あいつらには羞恥心ってものがねぇから、あんな奴らに変態したってちっともおもしろくねぇよ、きっと……」
女がクリーニング屋の角を曲った。商店街からは動きが消え、静まり返ったネズミ色の商店街は益々ジオラマ化していった。
「変態するなら、素人女ってわけか……なかなかおもしろそうだな……」
習志野がそう呟くと、武川が「おまえも付き合ってくれるか?」と聞いた。
「そのかわり、俺から先に中出しさせろよ。お前が中出しした後にヤるなんて、想像しただけでゾッとするからよ」
武川は、そんな習志野に微笑むといきなり走り出した。
その後を習志野が一歩遅れて走り出した。
文具店と印鑑屋と帽子屋の前を小走りに走り抜けた。そしてクリーニング店の角を曲る瞬間、不意に習志野が言った。
「どうせなら、ラブホなんかよりもそこの桜野公園でヤらねぇか。真夜中の公園の方がスリルがあって変態度が増すだろ」
武川はニヤリと笑った。そして「お前も変態じゃねぇか」と習志野に吐き捨てながら、電気屋の前をトボトボと歩く女に向かって足を速めたのだった。
※
「ねぇ!」っと女を呼び止めると、女は一瞬背中をビクンっと跳ね上げながら振り返った。
武川と習志野が、まるでリレーのアンカーがゴールするかのようにバタバタバタと靴音を鳴らしながら女の前で止まった。しばらくの間、ハァ,ハァ,ハァ、ハァ、っという二人の呼吸が静まり返った路地に響いていた。
呼吸が落ち着きかけると、武川が肩を大きく揺らしながら女の顔を見上げた。女は表情に恐怖の色を浮かべたまま呆然と二人を見ていた。
「驚かせてゴメン……実はさ、すぐそこに桜野公園っていう夜景の綺麗な公園があるんだけど、これからそこで飲み直そうって事になってね……それであんたも一緒にどうかと思って……」
武川はそう言うと、急速に乾いた喉に慌てて唾をゴクリと押し込んだ。
女は黙ったままモゾモゾしていた。警戒する風も無く、ただただ黙ってモゾモゾしていた。
すると、そんな女の手を、いきなり習志野が強引に引っ張った。
「いいからとにかく行こう。キミの返事を待ってたら夜が明けてしまう」
そういいながら習志野が歩き出すと、女は抵抗しないまま付いて来たのだった。
途中、団地の横にあるコンビニで、缶ビールと赤い箱のチップスターを買い込んだ。コンビニの裏の通りを抜け、巨大団地の駐車場を突き進むと、そこに桜野公園はあった。
桜野公園は巨大団地が管理する都営の公園だった。然程広くはなかったが、春には二十本近くの桜が咲き乱れ、花見客などで随分と賑わう公園だった。
桜の咲かない時期は何の変哲もないただの公園に過ぎなかったが、しかし、夜にもなると、そこから無数の照明が輝く団地を見渡す事ができ、一部のマニア達には絶好のナイトスポットとしてよく知られていた。
『明治チョコレート』と、ペンキで書かれた昭和チックなベンチに腰掛けながら、団地の夜景を眺めつつ缶ビールを飲んだ。武川と習志野に挟まれるように座る女は、膝の上で缶ビールを握り締めたままジッと俯いていた。
そんな女の風上に座っていた習志野は、夜風が吹く度に女の髪の匂いをもろに嗅いでいた。それは、エメロンシャンプーのような安っぽい香りであり、その香りがあまりにも所帯じみている事から、ふと習志野は、どうして俺はこんな貧乏臭い女と、こんなくだらない団地夜景など眺めなくてはならないんだと無性に腹が立ち始め、思わず女に向かって「キミはエメロンシャンプーを使ってるだろ」と、酷く蔑んだ目で見下ろしてやった。
すると女は、それにモゾモゾと尻を動かしただけで何も答えなかった。
そんな女の仕草が、更に習志野のケチ臭い根性を逆撫でした。
習志野は俯いた女の顔を覗き込み、「さっきからキミは黙ってばかりいるが、もしかして発話障害でもあるのかね?」と睨みつけると、不意に女の頭をパンっと一発引っ叩いた。
「よせよ」と、慌てて武川が習志野の手を掴むと、いきなり女が大きな声で「すみません!」と叫んだ。
その声は静まり返った公園に、防火サイレンのようにして響き渡った。それは、あまりにも唐突な叫び声だった為、驚いた武川と習志野は呆然としたまま一時停止してしまった。
女は、堰を切ったようにして突然「わあっ」と泣き出した。身動きしないままスカートの膝にポトポトと涙を落とし、鼻をぐずぐずと鳴らしながら、何やら一心不乱にブツブツと呟き始めた。
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」
その女の呟きを聞いた瞬間、武川と習志野は一種独特な狂気を感じ、互いに背筋をゾッとさせながら目を見合わせた。
習志野が慌ててベンチの後に首を突き出し、女の向こう側にいる武川に言った。
「こいつは完全に狂ってる……変な事件に巻き込まれる前に、さっさと逃げたほうが良さそうだぜ……」
しかし武川は、この女が狂っていると思えば思う程に異常な興奮に襲われた。
「狂っているのならどんな事だって受け入れるはずだ、糞を喰わせる事だって可能だぜ……」
武川は習志野にそう言うと、そんな自分の言葉に更に興奮をそそられた。
異常な性欲に心を急かされた武川は、戸惑っている習志野の腹を括らせようと、いきなり女のスカートの中に手を突っ込んだ。
ストッキングのザラザラ感が武川の指先に触れた。そこに指先をギュッと押し付けると、ストッキングの中の具らしきものがグニャと蠢いた。
それと同時に、女がいきなり立ち上がった。女は瞬間的に泣き止み、なにやら今度は怒りに満ちた目で真正面の団地をギッと睨みつけると、「もう帰ります」とハッキリした口調で吐き捨てた。
武川が、女を逃がさないようにと慌てて女の腕を掴んだ。
そしてそのまま立ち上がり、武川が女の顔を睨みつけると、とたんに女は「ひっ」と肩を竦め、今度はベソをかいた子供のような表情で「許して下さい」と声を震わせた。
すると、いよいよ習志野も立ち上がった。そして女の肩を鷲掴みにしながら低い声で言った。
「やっぱりこいつは狂ってる。あまりにも喜怒哀楽の起伏が激し過ぎる。こいつは明らかに分裂病だ。間違いなく統合失調症ってやつだろう。な、そうだろ、おまえ、頭がクルクルパーなんだろ?」
習志野が女の顔を覗きながらそう聞くと、女はマネキン人形のように目を固定させたまま、「許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい許して下さい」と連続して呟き始めた。
習志野は、そんな女の目を睨みながら、「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」と負けずに呟き、いきなり女のTシャツの胸をギュッと鷲掴みにしたのだった。
女は無抵抗だった。Tシャツを捲り上げられても、まるでお経を唱えるように「許して下さい」をブツブツと続けていた。
女のブラジャーは、その地味な格好に似合わぬショッキングピンクだった。そのブラジャーを見た習志野が「こいつは分裂病でありながら色情魔でもある」などとケラケラ笑い、その派手なブラジャーを残酷にズリ下げた。
五円玉のようなドス黒い乳首がキュッと縮まっていた。習志野はそれを指で摘むと、隣りで真っ赤な顔をしながらハァハァと肩で息をしている武川に、「早くヤっちまえ!」と、小さく叫んだ。
習志野に急かされた武川は、慌ててジーンズのボタンを外した。そしてそこから威きり立った男根を突き出すと、女の耳元に「シゴけ、シゴけ」と囁きながら、握っていた女の右手を男根に押し付けた。
女は相変わらず「許して下さい」を唱えていたが、しかし、指先に武川の男根が触れると、まさに大蛇がネズミに喰らい付くが如く、それをギシッと握り締めた。
「やっぱりこいつ変態だよ……色情魔だ……」
女が男根を握る瞬間を見ていた習志野は、そう呟きながら女の乳首に吸い付いた。
女の手首が上下に動き出したのを呆然と見つめていた武川は、突然カッと頭に血が上り、乱暴に女のスカートを捲り上げた。そしてヘソからストッキングの中に手を突っ込むと、いきなり指にゴワゴワとした陰毛が絡み付き、武川は、おもわず「あっ」と叫んだ。
驚いた武川は、何かを探し求めるかのように、女の下腹部をあちこちと触りまくった。
すると、それを見ていた習志野が、「どうした」と不審げに顔を上げた。
「こ、こいつ、パンツを履いてない」
武川がそう言うなり、習志野はガバッとスカートを捲り、女の下腹部を覗いた。ストッキングの中では、潰れた陰毛が卑猥に渦を巻いていた。
それを見た習志野は、何を思ったのかいきなり女のバッグの中からスマホを取り出し、素早くスマホのロックをカシィンっと解除した。
勝手に女のスマホを弄り始めた習志野に、武川が「何やってんだよ」と聞くと、習志野はスマホの画面をジッと見つめながら「こいつのメールとか電話番号の個人情報を盗むんだ」と、南米人のような早口で言った。
「個人情報なんか盗ってどうすんだ」
「……後で俺達の事を訴えたりしないように、こいつの身元を調べておくんだ……っていうか、今話し掛けるな、気が散る」
習志野はそう言いながら、見つけ出した女の個人情報を自分の携帯に打ち込み始めた。
その間、女はジッと項垂れていた。自分のスマホが他人に覗かれようとも、もはや陰部を覗かれている彼女にとったらどうでもいい事なのだろう、まるで他人事のように黙っていた。
しばらくすると、スマホを弄っていた習志野の手が急に止まった。習志野は画面をジッと見つめながら小さな溜息を付いた。
「どうしたんだ」と武川が聞くと、習志野は、武川にスマホの画面を向けながら、「ここって、ここだよな……」と呟いた。
そこに映っていたのは、まさしく桜野公園だった。一面に咲き乱れる桜の木の下で、白い布切れに包まれた赤ちゃんを抱いた女が、旦那と思われる男と並んで笑っていた。
習志野は女の髪を鷲掴みにし、その顔を夜空に向けた。そして女にスマホを見せつけ、画面に映る画像をスクロールさせながら言った。
「おまえ、駅前のマンションで一人で暮らしてるってのは嘘じゃねぇか……ほら、見てみろよ、この画像はあの団地じゃねぇか、それにガキも旦那もいるじゃねぇか、おまえはあの団地で旦那と子供と暮らしてるんだろ」
次々にスクロールされるその画像のほとんどは、団地の部屋の中や団地のベランダで撮っている旦那と子供の写真ばかりだった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
画面を見ていた女が突然叫び出した。
習志野は慌てて女の口を塞ぎ、「騒ぐとぶっ殺すぞクルクルパー」と女の耳元で唸った。
女の悲鳴は直ぐに止まったが、しかし、女の様子は更におかしくなった。笑ったり怒ったりの表情を数秒ごとに繰り返しながら、突然アンパンマンの唄を口ずさみ始めたのだ。
「こいつはダメだ、早いとこヤって逃げようぜ」
武川はそう言いながら再び女に男根を握らせた。
女は「あっ、あっ、アンパンマーン、やっさしーキミは、いっ、けっ、みんなのゆーめ、まーもるためーっ」と阿呆のように歌いながら、武川の男根を上下にシゴき始めた。
そんな女の乳首を習志野が噛んだ。前歯で乳首を挟みながらグリグリグリっと顎を動かした。しかし女のアンパンマンの唄は乱れる事無く続いている。
そんな女を気味悪く思いながらも、武川は再びストッキングの中に手を入れたのだった。
(つづく)
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