蛸と少女1
2012/05/19 Sat 00:32
その海辺の町に来たのは、陽気が気持ちいい春先の事だった。
漁師町を舞台にした官能小説が書きたくて、私は何の宛も無く電車に乗り込むと太平洋側の海へと向かった。
走り去る都会の景色を眺めながら小説の構想を練った。禁煙なのが残念だったが、煙草の代りにキヨスクで買ったチョコボールをバリボリと噛み砕きながらあれこれと考えた。
しばらくすると窓の外には目映いばかりの春の海がキラキラと輝いていた。そんな穏やかな海を眺めながら電車に揺られていると、今まで二時間以上に渡って練り上げてきた小説の構想が全て台無しになってしまった。
この時の私が練っていた構想というのは、漁師の青年が漁村の若い女達を夜な夜な誘い出し、夜の船に連れ込んでは漆黒の海で犯して殺してしまうというバイオレンス&エロスだった。殺人鬼と化した漁師の青年が、船上で解体した女の身体の肉片を、漆黒の海にポツンポツンと投げ捨てては魚の餌にするという、そんな青年の心理を猟奇的に描こうと考えていたのだが、しかし、窓の外に広がるこの穏やかな海を見ていると、そんな猟奇心はさっぱりと消え去ってしまった。
やはり日本海側にするべきだった。吹雪の日本海なら、荒れ狂う波に小舟を攫われながら、それでも死姦を続ける狂った青年の心理描写がよりリアルに描く事ができたかも知れない。
そう後悔していた矢先、電車は鄙びた駅に停車した。
そこは聞いた事もない地名の小さな駅だった。浅田次郎のぽっぽやを彷彿とさせる初老の駅員が、一人のんびりと欠伸をしている。
私は今までの構想を全て消去するべく、とりあえずその駅で降りてみる事にした。
電車のドアが閉まる寸前に私が電車をひょいっと飛び出すと、初老の駅員は欠伸をしたままピタリと止まり、そのだらしなく開けたままの口で私を見つめては「あん?」と驚いたのだった。
初老の駅員に紹介してもらった宿は、まさに横溝正史が描くような妙に古ぼけた民宿だった。
明治調の字で『民宿』とだけ書かれたガラス戸は全開にされ、その奥にある大きな土間には『稲崎青年團』と白ペンキで殴り書きされた木製の消火ポンプがドスンと置いてあった。
今にも金田一耕助が頭をボリボリと掻きながら出てきそうな、そんな雰囲気が漂っていた。
「あれれ? 釣り道具はどうしたの?」
カバンひとつの私を見てそう驚く女将さんは、どことなくシンバルをシャンシャンと叩く猿の玩具に似ていた。
「いえ、釣りで来たんじゃないんですよ……」
私がそう笑うと、猿の女将はチャブ台の上にお茶と宿帳を置きながら、「こんな田舎に何しに来たの?」と、またしてもシンバルを叩く時のようにおもいきり目をひん剥いて私に聞いた。
「ええ……のんびり小説でも書いてみようかなぁと思いましてね……」
そう呟きながらズルズルズルっと茶を啜ると、そのお茶にはほんのりと磯の香りが漂っていたのだった。
猿の女将が引き下がると、さっそく小机の上に原稿用紙を広げた。
しかし、まだ小説の構想は出来上がっていなかった。
ここに来る途中、生温かい潮風に吹かれながら色々と構想を練っていた。民宿の女将が綺麗な未亡人で、その宿に宿泊する釣り客が順番に女将の部屋に忍び込んでは夜這いを掛けるというストーリーを、ここに来るまで考えていたのだが、しかし、ここに来て女将の容姿を見た瞬間その構想は全て吹っ飛んだ。
いや、確かにあんな猿婆ぁに夜這いを掛けると言うのも、それはそれで面白いかも知れないのだが、しかし、今回の私はいつもの『変態小説』ではなく、新人賞に応募する為の『官能小説』というものを書きたいのだ。だから主人公がシンバルをシャンシャンと叩く猿ではいけないのだ。
たちまち迷宮入りしてしまった私は、原稿用紙と睨めっこしながら鼻毛ばかりを抜いていた。いつしか窓から見える海岸が夕焼けで真っ赤に染まっている。
やっぱり荒れ狂う波の日本海にするべきだったな、と独り言を呟いた瞬間、いきなり女将がノックもせずに襖をガサッ! と開けた。
「この町はなぁんにもない町だけどよぉ、食いもんだけは期待していいからよぉ」
そう笑いながら女将は、チャブ台の上に次々に豪勢な刺身を並べ始めた。私は、今夜は諦めるか、と、畳の上にゴロリと寝転がると、忙しなくビールを運んで来る猿の女将に、「最初は熱燗にして」と呟いたのだった。
明け方、何度も何度も目を覚まされた。民宿に泊まっている釣り客達が、まだ夜も明けぬうちからガサゴソと釣りの支度をし始めたからだ。
いや、そんな釣り客達はマナーを知っているらしく、他の宿泊客に迷惑を掛けぬようにと息を潜めて静かに準備しているようだったが、しかしあの猿の女将。あいつが、やれ「弁当持ったかぁー!」や、やれ「船から落っこちるんじゃねぇぞー」などと、いちいち叫んでは釣り客を見送るせいで、その度に私は何度も何度も起こされていたのだった。
結局、そのまま目が冴えてしまい眠れなくなった。時刻はまだ七時を回ったばかりだった。
なぜか温泉たまごが付いている朝メシをかっ喰らった私は、ちょっと散歩に行って来ると女将に告げ、ふらりと宿を出た。
生温い潮風に全身を包まれながら宿の前の坂をぼんやりと下っていると、ふいに背後から女将の声が聞こえた。
「この坂を下りっとよ、天然温泉の露天風呂があっぞ!」
女将はそう笑いながらタカタカとサンダルを鳴らし、私に向かって白いタオルを投げた。
「朝っぷろは気持ちいいべ」
そうニカッと笑った女将の顔が、ますますシンバルをシャンシャンと叩く猿の玩具に似ていると思いながらも、だから朝メシに温泉たまごが付いていたのかと納得したのだった。
そんな露天風呂は砂浜の隅っこにポツンとあった。
潮風でボロボロに痛んだ板塀がそこをグルリと囲っていた。
こんなところに温泉が出てるのか……
そう思いながら近付くと、大量のサンダルが転がっているのが見えた。
中からガヤガヤと人の声が聞こえてきた。かなりの人数が入っているようだった。
その大勢の声に、既に入浴する気の失せていた私だったが、とりあえずどんな露天風呂か見てみようと、板塀をそっと覗いてみると、いきなりミイラのような婆さんが岩の上で大の字になって寝転んでいるのが見えた。
そこは混浴だった。濁った湯に浸かる萎びた爺さんと婆さんが、各自好き勝手な事をひたすら喋りまくり、全体的に会話は成立していなかった。
アホらしくなった私は、やっぱり荒波が襲い掛かる日本海にするべきだったと強く思いながら、その地獄のような露天風呂から素早く立ち去ったのだった。
そのまま潮風に吹かれながら海に向かった。サラサラの砂浜を横切り、大きな一本松を過ぎると、そこはゴツゴツとした岩が連なる岩磯だった。
海はのんびりと穏やかだった。岩場でチャプチャプと揺れる波の音は、トルコ風呂で潜望鏡されている時のような、そんな卑猥な音だった。
私はどこか落ち着く岩場を見つけ、そこでぼんやりと海を眺めながら小説の構想を練ろうと決めた。
しかし、丁度良い岩がなかなか見つからなかった。この辺の岩は低く、そこに座ると波でズボンが濡れてしまいそうなのだ。
私は更に奥にある大きな岩磯を目指した。
そしてやっと身を隠せられる程の岩場を見つけ、そこに腰を落ち着かせたのだった。
穏やかな波に乱反射する光りを見つめながら、深夜の混浴露天風呂で、ミイラのような爺さんと婆さんが激しい乱交プレイを繰り広げるといったストーリーを考えていた。
またしても、官能小説と随分と掛離れた変態ストーリーを、知らぬ知らぬうちに考えてしまっている自分に嫌気がさした。結局私には、官能小説という知的な文学は無理なのかも知れないと、激しい自信喪失に駆られたその時、ふと遠くの岩で何かが動いた気配を感じた。
今、確かに誰かいたよな……
そう思いながらその大きな岩に目を凝らす。すると、岩の陰から何やら白いものがグニョグニョと見え隠れしているのが見えた。
それは、紛れもなく人間の腕だった。
あんな所で何やってんだろう、と好奇心を持った私は、ゆっくりと起き上がり、その岩に向かって歩き出した。
引き潮の岩場には、まるでそこに飼われているかのように、バフンウニやイソギンチャク、ヤドカリやヒトデといった不気味な海の生物が小さな水溜まりの中で蠢いていた。
それらを踏み潰さぬよう、岩と岩とをヒョイヒョイと飛び跳ねながら進んで行くと、その岩陰に隠れていた人物が私の目に飛び込んで来た。
女だ! と思った私は、なぜか咄嗟に身を隠した。
岩に身を伏せながら、足下でウニウニと蠢く不気味なカニの目を見つめていた私は、一呼吸置いて、もう一度ソッと岩の陰から女を覗いてみた。
女は私の存在に気付いていないようだった。岩に凭れながらジッと足下を見つめている。
私は岩に身を屈めながら、女に気付かれないよう慎重に岩場を進んだ。そして岩を三つ挟んだ所まで忍び寄ると、そこで初めてその女が、まだ幼い少女だと言う事に気付いたのだった。
乱反射をモロに受ける少女は、まるでお伽噺の人魚のようにキラキラと輝いていた。
スラリと伸びたスレンダーな身体。手足が長く顔が小さい。いわゆる八頭身というヤツだ。
中学生だろうか……
そう思いながら目を凝らす。Tシャツの胸は微かに膨らんだ程度で、短パンから伸びる細く長い脚には瑞々しい幼さが残っていた。
身長からして小学生ではない事は確かだった。かといって高校生には見えない。となれば、やはり中学生だ。恐らく中学二年生になったばかりといった所であろう。
私はそんな事を考えながらも、その岩陰に佇む少女に対し、なにやら下半身がムズムズとして来た。
ここは誰もいない岩磯だ。しかも、浜辺から肉眼で見える距離ではない。ここで大声を出しても誰にも聞こえないし、どれだけ泣き叫んでも誰も気付いてくれない。ここはまさに陸の孤島なのだ。
私は、昨日まで構想を練っていた小説の主人公をふと思い出した。漁村の女を次々に船に連れ込んでは、夜の海でレイプして殺すという、例の漁師青年だ。
おまえだったらどうする……
自分が想像の中で作りあげた殺人鬼にソッと問い掛けてみる。
(犯すに決まってるだろ……)
想像の中の漁師青年は、日焼けした頬を怪しく歪めながらニヤリと笑った。
よし。と私は漁師青年に頷くが、しかし、そんな度胸が私にあるわけがない。
だから私は、想像の中の漁師青年に少女を犯させる事にした。そう、いわゆる視姦というヤツだ。
岩場の陰から飛び出した漁師青年は、無言で少女に近寄ると、いきなり少女の細い腕を掴んだ。「ひっ!」と絶句した少女の顔はみるみると恐怖に歪み、喉が裂けるような声で「いやぁぁぁぁ!」と叫んだ。
漁師青年はそんな少女の細い首を鷲掴みにすると、もう片方の手で少女のTシャツを引き裂いた。ビギギッ! っという音と共に少女の白いブラジャーが飛び出し、漁師青年はそれさえも無言で引き千切る。真っ白な肌にほんのささやかな膨らみがプクッと見えた。その先には桜貝のように美しい乳首が、今にも消えてしまいそうな弱々しさで輝いていた……。
そんな妄想を必死に脳にかき綴りながらも、気が付くとズボンから陰茎を抜き出していた。ガチガチに勃起した陰茎は痛々しいくらいに亀頭を膨張させ、今にもビュッと射精しそうなくらいにドクドクと脈を打っていた。
おもいきりソレをシゴきたかった。しかし、ここで抜いてしまったら想像力が萎えてしまう、と、そう思った私は、そんな一触即発な陰茎には一切触れぬようにした。
次は漁師青年に少女の幼気な陰部を悪戯させようと企んだ私は、想像の中の漁師青年に『そのショートパンツを剥ぎ取れ』と命令し、再び岩陰から少女を覗いた。
覗いた瞬間、少女のその姿に絶句した。
私はアゴをガクガクと震わせながら、おもわず岩場にガリッと爪を立てた。
なんとその少女は、前屈みになりながら細く長い脚に黄色いショートパンツをスルスルと滑らせていた。少女は私の妄想通りに、本当にショートパンツを脱ぎ始めていたのだ。
(2へ続く)
《←目次へ》《2話へ→》
漁師町を舞台にした官能小説が書きたくて、私は何の宛も無く電車に乗り込むと太平洋側の海へと向かった。
走り去る都会の景色を眺めながら小説の構想を練った。禁煙なのが残念だったが、煙草の代りにキヨスクで買ったチョコボールをバリボリと噛み砕きながらあれこれと考えた。
しばらくすると窓の外には目映いばかりの春の海がキラキラと輝いていた。そんな穏やかな海を眺めながら電車に揺られていると、今まで二時間以上に渡って練り上げてきた小説の構想が全て台無しになってしまった。
この時の私が練っていた構想というのは、漁師の青年が漁村の若い女達を夜な夜な誘い出し、夜の船に連れ込んでは漆黒の海で犯して殺してしまうというバイオレンス&エロスだった。殺人鬼と化した漁師の青年が、船上で解体した女の身体の肉片を、漆黒の海にポツンポツンと投げ捨てては魚の餌にするという、そんな青年の心理を猟奇的に描こうと考えていたのだが、しかし、窓の外に広がるこの穏やかな海を見ていると、そんな猟奇心はさっぱりと消え去ってしまった。
やはり日本海側にするべきだった。吹雪の日本海なら、荒れ狂う波に小舟を攫われながら、それでも死姦を続ける狂った青年の心理描写がよりリアルに描く事ができたかも知れない。
そう後悔していた矢先、電車は鄙びた駅に停車した。
そこは聞いた事もない地名の小さな駅だった。浅田次郎のぽっぽやを彷彿とさせる初老の駅員が、一人のんびりと欠伸をしている。
私は今までの構想を全て消去するべく、とりあえずその駅で降りてみる事にした。
電車のドアが閉まる寸前に私が電車をひょいっと飛び出すと、初老の駅員は欠伸をしたままピタリと止まり、そのだらしなく開けたままの口で私を見つめては「あん?」と驚いたのだった。
初老の駅員に紹介してもらった宿は、まさに横溝正史が描くような妙に古ぼけた民宿だった。
明治調の字で『民宿』とだけ書かれたガラス戸は全開にされ、その奥にある大きな土間には『稲崎青年團』と白ペンキで殴り書きされた木製の消火ポンプがドスンと置いてあった。
今にも金田一耕助が頭をボリボリと掻きながら出てきそうな、そんな雰囲気が漂っていた。
「あれれ? 釣り道具はどうしたの?」
カバンひとつの私を見てそう驚く女将さんは、どことなくシンバルをシャンシャンと叩く猿の玩具に似ていた。
「いえ、釣りで来たんじゃないんですよ……」
私がそう笑うと、猿の女将はチャブ台の上にお茶と宿帳を置きながら、「こんな田舎に何しに来たの?」と、またしてもシンバルを叩く時のようにおもいきり目をひん剥いて私に聞いた。
「ええ……のんびり小説でも書いてみようかなぁと思いましてね……」
そう呟きながらズルズルズルっと茶を啜ると、そのお茶にはほんのりと磯の香りが漂っていたのだった。
猿の女将が引き下がると、さっそく小机の上に原稿用紙を広げた。
しかし、まだ小説の構想は出来上がっていなかった。
ここに来る途中、生温かい潮風に吹かれながら色々と構想を練っていた。民宿の女将が綺麗な未亡人で、その宿に宿泊する釣り客が順番に女将の部屋に忍び込んでは夜這いを掛けるというストーリーを、ここに来るまで考えていたのだが、しかし、ここに来て女将の容姿を見た瞬間その構想は全て吹っ飛んだ。
いや、確かにあんな猿婆ぁに夜這いを掛けると言うのも、それはそれで面白いかも知れないのだが、しかし、今回の私はいつもの『変態小説』ではなく、新人賞に応募する為の『官能小説』というものを書きたいのだ。だから主人公がシンバルをシャンシャンと叩く猿ではいけないのだ。
たちまち迷宮入りしてしまった私は、原稿用紙と睨めっこしながら鼻毛ばかりを抜いていた。いつしか窓から見える海岸が夕焼けで真っ赤に染まっている。
やっぱり荒れ狂う波の日本海にするべきだったな、と独り言を呟いた瞬間、いきなり女将がノックもせずに襖をガサッ! と開けた。
「この町はなぁんにもない町だけどよぉ、食いもんだけは期待していいからよぉ」
そう笑いながら女将は、チャブ台の上に次々に豪勢な刺身を並べ始めた。私は、今夜は諦めるか、と、畳の上にゴロリと寝転がると、忙しなくビールを運んで来る猿の女将に、「最初は熱燗にして」と呟いたのだった。
明け方、何度も何度も目を覚まされた。民宿に泊まっている釣り客達が、まだ夜も明けぬうちからガサゴソと釣りの支度をし始めたからだ。
いや、そんな釣り客達はマナーを知っているらしく、他の宿泊客に迷惑を掛けぬようにと息を潜めて静かに準備しているようだったが、しかしあの猿の女将。あいつが、やれ「弁当持ったかぁー!」や、やれ「船から落っこちるんじゃねぇぞー」などと、いちいち叫んでは釣り客を見送るせいで、その度に私は何度も何度も起こされていたのだった。
結局、そのまま目が冴えてしまい眠れなくなった。時刻はまだ七時を回ったばかりだった。
なぜか温泉たまごが付いている朝メシをかっ喰らった私は、ちょっと散歩に行って来ると女将に告げ、ふらりと宿を出た。
生温い潮風に全身を包まれながら宿の前の坂をぼんやりと下っていると、ふいに背後から女将の声が聞こえた。
「この坂を下りっとよ、天然温泉の露天風呂があっぞ!」
女将はそう笑いながらタカタカとサンダルを鳴らし、私に向かって白いタオルを投げた。
「朝っぷろは気持ちいいべ」
そうニカッと笑った女将の顔が、ますますシンバルをシャンシャンと叩く猿の玩具に似ていると思いながらも、だから朝メシに温泉たまごが付いていたのかと納得したのだった。
そんな露天風呂は砂浜の隅っこにポツンとあった。
潮風でボロボロに痛んだ板塀がそこをグルリと囲っていた。
こんなところに温泉が出てるのか……
そう思いながら近付くと、大量のサンダルが転がっているのが見えた。
中からガヤガヤと人の声が聞こえてきた。かなりの人数が入っているようだった。
その大勢の声に、既に入浴する気の失せていた私だったが、とりあえずどんな露天風呂か見てみようと、板塀をそっと覗いてみると、いきなりミイラのような婆さんが岩の上で大の字になって寝転んでいるのが見えた。
そこは混浴だった。濁った湯に浸かる萎びた爺さんと婆さんが、各自好き勝手な事をひたすら喋りまくり、全体的に会話は成立していなかった。
アホらしくなった私は、やっぱり荒波が襲い掛かる日本海にするべきだったと強く思いながら、その地獄のような露天風呂から素早く立ち去ったのだった。
そのまま潮風に吹かれながら海に向かった。サラサラの砂浜を横切り、大きな一本松を過ぎると、そこはゴツゴツとした岩が連なる岩磯だった。
海はのんびりと穏やかだった。岩場でチャプチャプと揺れる波の音は、トルコ風呂で潜望鏡されている時のような、そんな卑猥な音だった。
私はどこか落ち着く岩場を見つけ、そこでぼんやりと海を眺めながら小説の構想を練ろうと決めた。
しかし、丁度良い岩がなかなか見つからなかった。この辺の岩は低く、そこに座ると波でズボンが濡れてしまいそうなのだ。
私は更に奥にある大きな岩磯を目指した。
そしてやっと身を隠せられる程の岩場を見つけ、そこに腰を落ち着かせたのだった。
穏やかな波に乱反射する光りを見つめながら、深夜の混浴露天風呂で、ミイラのような爺さんと婆さんが激しい乱交プレイを繰り広げるといったストーリーを考えていた。
またしても、官能小説と随分と掛離れた変態ストーリーを、知らぬ知らぬうちに考えてしまっている自分に嫌気がさした。結局私には、官能小説という知的な文学は無理なのかも知れないと、激しい自信喪失に駆られたその時、ふと遠くの岩で何かが動いた気配を感じた。
今、確かに誰かいたよな……
そう思いながらその大きな岩に目を凝らす。すると、岩の陰から何やら白いものがグニョグニョと見え隠れしているのが見えた。
それは、紛れもなく人間の腕だった。
あんな所で何やってんだろう、と好奇心を持った私は、ゆっくりと起き上がり、その岩に向かって歩き出した。
引き潮の岩場には、まるでそこに飼われているかのように、バフンウニやイソギンチャク、ヤドカリやヒトデといった不気味な海の生物が小さな水溜まりの中で蠢いていた。
それらを踏み潰さぬよう、岩と岩とをヒョイヒョイと飛び跳ねながら進んで行くと、その岩陰に隠れていた人物が私の目に飛び込んで来た。
女だ! と思った私は、なぜか咄嗟に身を隠した。
岩に身を伏せながら、足下でウニウニと蠢く不気味なカニの目を見つめていた私は、一呼吸置いて、もう一度ソッと岩の陰から女を覗いてみた。
女は私の存在に気付いていないようだった。岩に凭れながらジッと足下を見つめている。
私は岩に身を屈めながら、女に気付かれないよう慎重に岩場を進んだ。そして岩を三つ挟んだ所まで忍び寄ると、そこで初めてその女が、まだ幼い少女だと言う事に気付いたのだった。
乱反射をモロに受ける少女は、まるでお伽噺の人魚のようにキラキラと輝いていた。
スラリと伸びたスレンダーな身体。手足が長く顔が小さい。いわゆる八頭身というヤツだ。
中学生だろうか……
そう思いながら目を凝らす。Tシャツの胸は微かに膨らんだ程度で、短パンから伸びる細く長い脚には瑞々しい幼さが残っていた。
身長からして小学生ではない事は確かだった。かといって高校生には見えない。となれば、やはり中学生だ。恐らく中学二年生になったばかりといった所であろう。
私はそんな事を考えながらも、その岩陰に佇む少女に対し、なにやら下半身がムズムズとして来た。
ここは誰もいない岩磯だ。しかも、浜辺から肉眼で見える距離ではない。ここで大声を出しても誰にも聞こえないし、どれだけ泣き叫んでも誰も気付いてくれない。ここはまさに陸の孤島なのだ。
私は、昨日まで構想を練っていた小説の主人公をふと思い出した。漁村の女を次々に船に連れ込んでは、夜の海でレイプして殺すという、例の漁師青年だ。
おまえだったらどうする……
自分が想像の中で作りあげた殺人鬼にソッと問い掛けてみる。
(犯すに決まってるだろ……)
想像の中の漁師青年は、日焼けした頬を怪しく歪めながらニヤリと笑った。
よし。と私は漁師青年に頷くが、しかし、そんな度胸が私にあるわけがない。
だから私は、想像の中の漁師青年に少女を犯させる事にした。そう、いわゆる視姦というヤツだ。
岩場の陰から飛び出した漁師青年は、無言で少女に近寄ると、いきなり少女の細い腕を掴んだ。「ひっ!」と絶句した少女の顔はみるみると恐怖に歪み、喉が裂けるような声で「いやぁぁぁぁ!」と叫んだ。
漁師青年はそんな少女の細い首を鷲掴みにすると、もう片方の手で少女のTシャツを引き裂いた。ビギギッ! っという音と共に少女の白いブラジャーが飛び出し、漁師青年はそれさえも無言で引き千切る。真っ白な肌にほんのささやかな膨らみがプクッと見えた。その先には桜貝のように美しい乳首が、今にも消えてしまいそうな弱々しさで輝いていた……。
そんな妄想を必死に脳にかき綴りながらも、気が付くとズボンから陰茎を抜き出していた。ガチガチに勃起した陰茎は痛々しいくらいに亀頭を膨張させ、今にもビュッと射精しそうなくらいにドクドクと脈を打っていた。
おもいきりソレをシゴきたかった。しかし、ここで抜いてしまったら想像力が萎えてしまう、と、そう思った私は、そんな一触即発な陰茎には一切触れぬようにした。
次は漁師青年に少女の幼気な陰部を悪戯させようと企んだ私は、想像の中の漁師青年に『そのショートパンツを剥ぎ取れ』と命令し、再び岩陰から少女を覗いた。
覗いた瞬間、少女のその姿に絶句した。
私はアゴをガクガクと震わせながら、おもわず岩場にガリッと爪を立てた。
なんとその少女は、前屈みになりながら細く長い脚に黄色いショートパンツをスルスルと滑らせていた。少女は私の妄想通りに、本当にショートパンツを脱ぎ始めていたのだ。
(2へ続く)
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