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今夜は踊ろう(前編)

2011/10/29 Sat 15:40

115今夜は踊ろう

《あらすじ》
ホモが集まる怪しげなスナック。何も知らずにその二階で住み込みする高校生の男の子。そんな少年は今夜もホモ親父達に踊らされる。


 店内には強烈なエコーの効いた荒木一郎の『今夜は踊ろう』が、まるで霊界から流れて来る音楽のように鳴り響いていた。
 そのカラオケを歌っているのは、真っ黒なサングラスを掛けた中年男で、まるで末期ガンのようにガリガリに痩せていた。
 修司はカウンターをそっと覗き込んだ。それと同時に、手拍子していた五人の男が一斉に振り向いた。
 修司を見つめる五人の手拍子がふいに止まった。同時にカウンターの中でカラオケモニターを見つめながら歌っていたサングラス男がパッと修司に振り返った。

「あっ、もしかして松枝君?」

 男はマイクを持ったままそう言った。エコーが良く効いたスピーカーからは「松枝君?」の「君」が「くぅんくぅんくぅんくぅんくぅん……」っといつまでも響いていたのだった。

 そのガリガリに痩せたサングラス男はこの店のマスターだった。
 頭蓋骨がくっきりと浮かんだ痩せた顔に、あきらかにカツラとわかる七三分けのヅラが、まるで帽子のようにぽっかりと乗っていた。
 マスターはカウンターに座っていた五人の客に「悪いけど勝手にやっててよ」と笑いながら言うと、入口の前に突っ立っていた修司に向かって「二階へどうぞ」とウィンクし、そのままカウンターの奥にあるハシゴのような階段をスタスタと上がって行った。
 修司は緊張しながらも「失礼します……」と5人の客に頭を下げながらスナックの奥へと進むと、途中、丸々と太ったハゲ頭の親父に呼び止められた。
「はい」と修司が足を止め振り向く。カウンターで笑うハゲ親父は「いくつですか?」と聞いて来た。
 瞬間、そのハゲ親父がマシュマロマンに見えた。
「十八です」
 修司が答えると、ハゲ親父の隣にいたスーツ姿の男が「若いねぇ」と嬉しそうに笑った。
「ジャニーズ系だよね」と誰かが言うと、全員が一斉に頷きながら「そうだねぇ」とゆっくり微笑んだ。
「学生さんかい?」
 物凄い出っ歯の男が、その付き出す前歯を舌で舐めながら聞いて来た。
「おいおいキミ達、人定質問は面接が終わってからにしてもらいたいもんだなぁ」
 低い二階からマスターの声が聞こえて来ると、カウンターの客達が一斉に低く笑った。
 修司はカウンターに並ぶ客達にペコリと頭を下げると、そのままハシゴのような急斜面の階段に足を掛けた。
 ミシッ……ミシッ……と軋む、ボロボロな階段を上っていると、不意に背後に強烈な視線を感じ、修司は慌てて振り向いた。
 カウンターの男達の顔が見事にズラリと斜めになっていた。
 そう、男達は皆、階段を上がって行く修司のその若々しい尻を恍惚とした表情で見つめていたのだった。


「ヤツラはこの店の常連なんだ。悪いヤツラじゃないんだけどね、まぁ、ちょっとボンノウが過ぎると言うか、色気が多いと言うか、ふふふふふ、ま、スケベなヤツラだけど、根はいいヤツばかりさ」
 まるで七十年代のフォークソングを弾き語りするような口調でそう言うマスターは、ハイライトに火を付けながらふふふふふっと笑った。
 スナックの二階は強烈な昭和だった。というか、ただボロ小屋だった。
 変色した古畳はジットリと湿気を含み、シミだらけの押入れの襖は所々が破れ、その破れた襖の穴を隠すかのようにして雑誌の卑猥なグラビアページが無造作に張付けてあった。
 修司は天井からぶら下がる黄色いハエ取り紙を見ていた。黒いハエを点々と付着させるソレは、いつの時代の物なのだろうかと目を疑ってしまうほどに古臭くて不気味なシロモノだった。
 そんな不気味な物がぶら下がる天井に、モクモクと煙草の煙をくねらすマスターは、煙を美味そうに吐きながら修司に言った。
「山ピーは元気かい」
 天井を見上げていた修司は、慌ててマスターに顔を向け頷いた。
「あ、はい……」
 マスターは毛玉だらけの靴下の裏をボリボリと掻きながら笑う。
「山ピーはいつもこうなんだよね。最近ぜんぜん店に顔出さねぇなぁなんて思ってると突然電話してきやがんだアイツ。で、いきなり一方的に『人を1人預かって欲しい』なんて言うんだもんね、ふふふふふ、昔っから変わってないよあの性格は」
 修司が「御迷惑掛けてすみません……」と小声で謝ると、マスターは慌ててイヤイヤと手を振りながら「そーいう意味で言ったんじゃないよ、ウチだって丁度バイトを探してたくらいだからさ」と笑い、そしてそのままジッと修司を見つめながら「それに、キミみたいに若くてカッコいい男の子なら大歓迎だよ」と、低い声で「ふふふふふ」っと微笑んだのだった。

 その晩から修司はスナックの二階に住み込む事になった。
 住み込むと言っても、修司には荷物など何もなかった。ポケットの中に入っている携帯電話だけが、今の修司の唯一の荷物であり財産だ。
 そんな修司は警察に追われていた。
 といっても別に大した事件ではない。
 高校最後の夏休み、同じクラスの兼矢と原付バイクを盗み、夜中の町を走り回っていた所をパトカーに追われた。細い路地を狙い逃げ回り、タバコ屋の角を曲った瞬間、後に乗っていた兼矢がシートから尻を滑らせバイクから振り落とされた。
「あっ!」と修司が気付いた時には遅かった。後を振り向くと、原付バイクの白い排気ガスに包まれた兼矢が、制服を着たおまわりさん達にボコボコにされていた。
「おい! 待て!」
 1人のおまわりさんが物凄い勢いで修司に向かって突進して来た。巨体のおまわりさんは警棒を振りかざしている。
「わわわわわわ」とビビった修司は、慌ててバイクのアクセルを振り絞った。そしてそのまま兼矢を見捨て、昔バイトで世話になった山藤さんのアパートに逃げ込んだのだった。
 いきなりアパートに転がり込んできた修司に、山藤さんは困惑した。山藤さんの八畳一間のアパートには腹の大きなフィリピン人の奥さんがいたからだ。
 そこで困った山藤さんは修司にこのスナックを教えてくれた。
 あのマスターだったら面倒見がいいから助けてくれるだろう、と面倒臭そうに言い、マスターには電話しておくから早く行け、と、さっさと修司を追い出したのだった。
 そんな理由から、修司は怒り狂う父親とヒステリックに泣き叫ぶ母親を怖れ、しばらくの間は家には帰らない方がいいだろうと思っては、夏休みの間だけでも逃亡生活を続けようと決心をした。
 マスターはそんな修司の事情を何も聞いては来なかった。
「何があったか知らないけどさ、ま、夏休みが終わったら家に帰ればいいさ」と、何も聞かずに快く修司を迎え入れてくれたのだ。
 修司は嬉しかった。そんなマスターの優しさも嬉しかったが、しかし何よりも念願の1人暮らしが出来る事が凄く嬉しかった。
 確かに、このスナックの二階は昭和の映画のセットに出て来るような、そんな荒んだ部屋だったが、それでも修司は、1人暮らしを味わえるこの部屋を得た事が妙に嬉しかったのだった。

 そのスナックは、駅裏のドブ臭い路地を入った突き当たりにある『五月蝿』という変な名前のカラオケスナックだった。その『五月蝿』というのは「うるさい」と読むのだと、マスターは修司に自慢げに語っていた。
 そんなスナックで住み込みバイトを始めた修司は、働き始めてたった2日でたちまち店の人気者となった。
 何がどうして自分が人気者になるのか、修司自身わからなかった。
 スナックでの修司は、ただボンヤリとカウンターでグラスを洗い、客が歌うカラオケに拍手し、そして唯一のフードメニューであるソーセージをフライパンで炒めるだけしかしていない。なのに、どうしてそんな自分が客達に「一緒に飲もうよ」などと声を掛けられ、いきなりチップを貰い、そしてお寿司なんかをご馳走してもらえるのか、その理由が全くわからなかった。
 しかもそのスナックの客は、ものの見事に全員が男だった。
 それがもしおばさんだったりしたのなら、なんとなくその理由がわからないでもない。が、しかし、その店には男の客しか来ないのだ、だから修司を可愛がってくれるのは男の客ばかりなのだ。
 そんな疑問を持ちながらも、『五月蝿』で働き始めて3日目の夜、そこで初めて、このスナックが普通とは違う店だと言う事に修司は気付いたのだった。

 それは店がそろそろ閉店しようとしている午前3時頃のことだった。
 いつもの常連客達は姿を消し、カウンターの隅にはスーツを着た恰幅のいい中年親父だけが残っていた。
 修司がその中年親父を見るのは初めてだったが、どうやら古い常連らしく、マスターからは「ボンちゃん」と呼ばれていた。
 そんな客が引けたカウンターの隅で、ボンちゃんとマスターはなにやらコソコソと密談を始めた。
 修司はそんな2人を横目に、シンクに溜ったグラスを洗っていると、密談していたマスターがいきなり立ち上がり「シュウちゃん、俺、先に帰るからさ、こいつもう少しこのまま飲ませててやっててくれよ」とそう言った。
 修司が「はぁ」と返事をすると、「よかったらキミも一緒に飲んでやってくれ、こいつ、見た目はキモいオヤジだけどなかなかいいヤツだぜ、うん」と、マスターはベレー帽のような七三のカツラを調節しながらドアへ向かった。
「あのお勘定のほうはどうすれば……」
 慌ててカウンターから出た修司が小声でマスターにそう言うとマスターは後も振り向かないまま「あぁ、いいよ貰ったから」と右手をブラブラと振り、そのままドア外の暗闇へと吸い込まれて行ったのだった。
 閉まったドアを見つめながら、修司は「ちっ」と小さく舌打ちした。
 というのは、今夜はお店が終わってから久しぶりにオナニーしようと思っており、近くのコンビニでエロ雑誌を数冊買い込んでいたからだ。
 修司は溜っていた。
 高校ではそれなりに女子からモテる修司には、彼女はもちろんの事、いつでも気軽にヤらせてくれる女の子も何人かいた。
 が、しかし、今のこの状況では彼女達と会うわけにもいかなかった。なんたって修司は逃亡中の身なのである。
 だからせっかくの1人暮らしをエンジョイしていても、今の修司には女っ気が全く無く、その若いエネルギッシュな精液は溜る一方だったのだった。
 今夜のオナニーは諦めざるを得ないという辛い気分のまま、修司はゆっくりと振り返った。
 店ではボンちゃんが1人でグイグイと水割りを飲んでいた。
 修司がカウンターの中に入ろうとすると、いきなりボンちゃんが呼び止めた。
「もう店は閉めたんだろ、こっちに来て一緒に飲もうよ」
 ボンちゃんはそう言いながら、修司の細い手首をギュッと握り、強引に修司を自分の隣りに座らせた。
 ボンちゃんはかなり酔っているようだった。
 まるで相撲取りのような大きな体をグワングワンっと揺らしながら、「今夜は徹底的に飲もうぜ」などと言いながら笑い、ワイシャツのネクタイを弛めながらスーツの上着を乱暴に脱いだ。
「ほら、キミの酒も作っておいたから」
 ボンちゃんはそう言いながら、少し氷の溶けかけた水割りを修司の前にコツンっと置いた。
「いえ、僕はまだ未成年ですし……」
 慌てて断ると、ボンちゃんは「まぁそう言わずに、1杯くらい付き合ってくれよ」とその水割りを強引に修司に持たせる。
「カンパーイ!」
 デブ特有の野太い声が、垂れ流しの有線に混じって店に響いた。
 ここまでされて飲まなければ気分を悪くさせると思った修司は、「1杯だけなら……」と前置きをした後、グラスにクピっと口を付けたのだった。
 ボンちゃんはなにやら1人でボソボソと喋っていた。有線からは、今までに聞いた事のないような演歌が次々に流れていた。カウンター裏の製氷機がゴロゴロンっと鳴り、新たな氷が転がる音が店内に響く。
「……だからね、俺は本当、つくづくサラリーマンってのがイヤになっちゃったんだよ……この気持ちわかるだろ?」
 いきなりボンちゃんにそう言われた修司は、全く聞いていなかったその話しに、慌てて「わかります」と返事をした。
「そうか、わかってくれるか、じゃあ飲め」
 ボンちゃんはそう笑いながら、修司が握りしめているグラスを修司の口元へとグイグイと押した。
 修司がそれを顔を顰めながらゴクリと一口飲むと、いきなりボンちゃんは「それにしてもキミは綺麗な目をしてるなぁ」と修司の顔を覗き込んだ。
 いきなり迫って来たその大きな顔に、修司は慌ててグラスを置きながら「いえ」と苦笑いした。
「身長はどれだけあるの?」
「177センチです……」
「へぇ~なにかスポーツやってるの?」
「はい、一応バスケットを……」
「バスケットかぁ、だから背がスラッとしてるんだね」
 ボンちゃんはそう頷きながら、再び修司のグラスを手にし「ま、飲みなさい」と言った。
 いつの間にか外の路地から聞こえていた酔っぱらいの怒声は消えていた。店内にはおばさんがススリ泣きするようなド演歌が流れ、付きっぱなしのカラオケモニターにはカラオケの人気順位が淋しそうにパカパカと映っていた。
 修司はそのやたらと苦い酒を、半分まで無理矢理口の中に流し込んだ。あと半分。この半分飲んだら今度はキッパリと断ろう。そう思っていると、不意にボンちゃんの大きな手が修司の細い太ももの上にドカッと投げ出された。
「細い脚だねぇ……やっぱりバスケをやってると脚が細くなるのかい?」
 ボンちゃんはそう呟きながら、修司の太ももを確認するかのようにスリスリと撫で始めた。
「いえ、そんな事はないと思いますけど……」
 苦笑いしながらも、太ももに感じるその生温かい手の平が気持ち悪くてたまらなかった。
 ボンちゃんはグラスに残っていた酒を一気に飲み干すと、真っ赤な目で修司を虚ろに見つめながら「キミは童貞だろ」といきなり言った。
「い、いえ……それなりに……」
 修司は空になったボンちゃんのグラスを手にすると、新しい水割りを作りながら照れくさそうに答えた。
「彼女いるの?」
「はぁ……一応……」
「でも今はワケアリだから彼女に会えないんだろ?」
 ボンちゃんは修司の手から新しい水割りを奪い取ると、それをグイッと飲みながら意味ありげに笑った。
「いいよ隠さなくても。マスターに聞いてんだから」
 ボンちゃんはそう言うと、「ま、若い頃は色々あるさ」と言いながら、再び修司の太ももを舐めるようにスリスリと擦ったのだった。

 マスターはこの人にいったい何を話したのだろう……
 そんな事を考えながら、太ももを這い回る大きな手をゾッと見つめていると、有線のド演歌がいきなり途切れ、店内がシーンと静まり返った。
 カラコロっと氷を鳴らしながら水割りを飲んだボンちゃんが、いきなり修司に振り返っては「じゃあ今はコレ専門かい?」と軽く握りしめた拳を上下に振った。
「いえ、はははは……」
 修司が笑って誤魔化すと、ボンちゃんは妙に真剣な顔をしながら「どうして」と詰め寄って来た。
「キミくらいの年齢だったら、1日2回、いや3回だってイケるだろ」
 そう詰め寄るボンちゃんに、今夜がその日だったんです、と心の中で呟いては、このおっさん本当に早く帰ってくれないかなと心からそう思った。
「どうしてんだ? ちゃんと定期的に処理はしてるのか?」
「……」
「ダメだよ、若いんだからちゃんと出しとかないと、ノイローゼになっちまうぜ」
「はぁ……」
 修司は頷くのも億劫だった。
 いや、その馬鹿馬鹿しい親父ネタに頷くのが億劫だったわけでなく、何やらさっきから頭がボワボワと熱くなり始め、ボンちゃんの言葉に頷く度に目眩を感じていたのだ。
(酔ったのか?……たったこれだけの酒なのに?)
 日頃から酒の強い修司は不思議に思いながら、ボワボワとする意識の中、やっと有線の音楽が流れ始めたのに気がついた。
 流れる演歌を聞きながら、あっ、この唄、聞いた事ある、と思った。そう思った瞬間、急に体がだるくなり、気がつくと目の前にカウンターの天板が迫っていた。
「おいおい大丈夫か」というボンちゃんの声が、遥か彼方から聞こえて来た。修司はカウンターに伏せながら、必死に「大丈夫です」と答えたがそれは声にはならず、その声の代りに、修司の唇からは生温かいヨダレがダラっとカウンターの天板に垂れたのであった。

            ※

 真っ暗な井戸の底で兼矢が怒鳴っていた。
 俺を見捨てやがって! と兼矢は深い井戸の底で修司に怒鳴っていた。
 見捨てたわけじゃねぇよ! あのままだったら俺も捕まってしまうからしょうがなかったんだよ!
 修司は井戸の底の兼矢に向かって必死に叫んだ。
 叫んだ瞬間、「あぅぅぅ……」と自分が唸っている声に気付いた。
(あれ?)と思った瞬間、自分がいつもの枕に顔を押し当てている事に気付いた。
(いつの間に2階に上がったんだろう……)
 修司はそう思いながら、埃臭い枕から顔をあげようとした。
 が、しかし、修司の体は思うように動かなかった。
(くそう……たったあれだけの酒で、どうしちゃったんだよ……)
 布団の上でもがいていると、ふと自分が全裸である事に気付いた。自分のその姿を見る事は出来なかったが、しかし布団に生ペニスが押し付けられている感触と、うつ伏せになっている背中が妙に肌寒さを感じ、今の自分が全裸であるという事がわかった。
(どうして? あれ? 俺はいつの間に裸になったんだ?)
 黄ばんだ枕カバーの端を見つめながら、身動きできないままそう思っていると、薄暗い部屋の中で何かがガサガサっと動いた気配がした。
(誰かいる!……)
 気配を察知した修司は、今の自分は金縛りに遭っているのだと思った。今までにも金縛りにあった事は何度かある。あの時も確かこんな感じだった。でも、どうして裸なんだ? と思った瞬間、修司の目の前にいきなり人間の足がヌッと現れた。それは、スネ毛をゴワゴワと生やした男の足だった。
 朦朧とする意識の中で「わあっ!」と叫んだ。しかし当然それは声にはならず、あくまでも修司の頭の中だけで響いた。
(誰だこいつは!)
 布団にぐったりと横たわりながら、ぼんやりと半開きした目で必死にその足の持ち主を見つめた。
 男は全裸だった。丸々と太った巨体には大量の脂肪がボッテリと垂れ下がっており、まるで生クリームがボテボテに詰まった薄皮シュークリームのような、そんな醜い体だった。
 全裸の男は、窓際に脱ぎ捨てたスーツの上着をガサゴソと探り、中から携帯電話を取り出した。
 そのスーツに見覚えがあった。そう、そのウグイス色した安っぽいスーツは、まさしくボンちゃんのスーツなのだ。
(どうしこのおっさんが!……)
 窓に映る路地の街灯にぼんやりと照らされるボンちゃんの醜い裸体。それを目の前にしながら、修司は必死にもがいた。
 しかし、意識の中でどれだけ叫ぼうとも、どれだけ暴れようとも体はピクリとも動いてはくれなかった。
 しばらく携帯をカチカチと弄っていたボンちゃんは、パタンっと携帯を閉じるとそのままそれをスーツの中にしまった。
 そして独り言のように「さて……」と呟きながら、横たわる修司の枕元に胡座をかいた。
 正面を向いたボンちゃんの体は人間の物ではなかった。まるで日本古来の妖怪か、もしくは家畜のようだ。
 そんなブヨブヨの脂肪の中に、モサモサと生える真っ黒な陰毛が見えた。そしてその真ん中からピコンっと顔を出す真っ赤なプチトマト。それはテラテラと赤く輝き、そこだけは全く違うモノのように見えた。
「フー……フー……」というデブ特有の濃厚な呼吸が修司の頭上で響いていた。
 ボンちゃんの分厚い手の平が修司の肩に触れた。修司の全身の毛穴は一斉に開き、そこからジワっと嫌な汗を噴き出した。
(やめろ! 触るなデブ!)
 意識の中で必死に叫ぶ修司は、そこで初めてあの酒の中には何か特殊な薬が混入されていたのだという事に気がついた。
 ボンちゃんの手は修司の肩から背中、そして首筋辺りをネトネトと這い回り、そして修司の唇で止まった。芋虫のような指が修司の唇をプニプニとつまみ、そして唇の隙間に滑り込んでは閉じている前歯を強引にこじ開けた。
 ボンちゃんの指が修司の口内を弄る。太い指が舌をグニョグニョと掻き回し、修司はその指の塩っぱさに吐き気を覚えた。
 修司の舌は、まるで散歩後の大型犬がハァハァしているように唇の外にベロリと引っ張り出された。
「綺麗な舌してるな……」
 ボンちゃんは独り言のようにそう呟くと、ダラリンとだらしなく垂れた修司の舌を見つめながら、自分の股間を弄り始めた。
 修司の目に、ボンちゃんの小さなペニスが映った。あきらかにペニスよりも陰毛の方が長く、わずか十センチにも満たないようなお粗末なモノだった。が、しかし今の修司にはそんな短小でも十分凶器に見えた。
 芋虫のような指でピンピンに勃起したペニスをシコシコとシゴき始めた。大きな太ももを畳にザラザラと擦りながら「ハァハァ」と荒い息を吐く。
 修司は、これまでに女のオナニーを見た事はあった。彼女にオナニーを強要し、その股間を覗き込みながら自分もシコシコとペニスをシゴいた経験もある。
 しかし男のオナニーを見るのは初めてだった。素直に醜いと思った。男のオナニーには女のオナニーのような華が無く、ただの不潔行為に過ぎないと、その時ヒシヒシとそう感じた。
 そんなシゴかれるペニスがだんだんと修司の顔に迫って来た。
(や、や、やめろ……)
 修司は戦慄した。このデブ親父が今何をしようとしているのか修司にはわかったからだ。
 ブヨブヨの脂肪が目の前で揺れていた。強烈なデブ臭が修司の顔面を包み込んだ。それは動物園の猪の檻から漂う匂いによく似ていた。
 そんなデブの体臭に混じり、キツいイカ臭がツーンと漂って来た。それはまさしく恥ずかしい垢の匂いだ。
 目の前に現れた真っ赤な亀頭はテラテラに輝いていた。その輝きが包茎特有の臭汁だという事を、仮性包茎である修司はイヤというほど知っていた。
 そんな臭いプチトマトが修司の鼻を通過し、ベロリと引っ張り出された舌の上にポテッと置かれた。
 それは何とも言えない感触だった。舌を引っ込めれないためその味まではわからなかったが、しかしその舌に感じる生温かくもコリコリとした感触は、男なら絶対に経験したくない感触だった。
 ボンちゃんはそんな修司の舌にペニスを擦り付けた。ボンちゃんの巨大な腰が動く度に、修司の顔にゴワゴワした陰毛が突き刺さり、その度に修司は意識の中で大声で悲鳴をあげた。
「あぁぁ……気持ちいいよ……ほら、もっと舌を使って……」
 ボンちゃんはそう呟きながら、修司の舌を指で摘んでは自分の亀頭の隅々にまで擦り付けてきたのだった。
 
 散々亀頭を舐めさせられると、次はいよいよペニスが口内に侵入して来た。
 ボンちゃんは修司の口の中にペニスを押し込み、そのまま修司のアゴを押しては口を閉じさせた。
 なんとかそのままペニスを噛み千切ってやれないものかと力んでみたが、しかし体は一向に動かない。又、ボンちゃんもそれを心配しているらしく、修司の奥歯に人差し指を噛ませ、いきなりペニスを噛み切られないように注意していた。
 そんな修司の口の中で、小さなペニスがジュポジュポと音を立てながら上下し始めた。
 幸い、ペニスが小さかったからいいような物の、もしこれが大きかったら今頃窒息死しているだろうと、修司は小さな肉棒を口に感じながらゾッとした。
「はぁはぁはぁはぁ」というボンちゃんの荒い息が「ふはふはふはふは」という奇妙な呼吸に変わって来た。
 修司はその奇妙な呼吸に嫌な予感を感じた。
 そしてそれが「あっ、あっ、あっ」という声に変わった瞬間、修司は身構えた。
 プチッ! と口の中で精液が弾けた。それは容赦なく喉ちんこを直撃した。
「あぁぁ……最高だよシュウちゃん……むふぅ……」
 1度ならず2度3度と精液は飛んできた。こんなにピュッピュッと飛ぶ物なのかと修司は驚きを隠せなかった。
 初めて味わう精液の味は、ただただ苦いだけだった。
 泣き出したいほどに悔しかった。叫び出したいほどに腹が立ったが、しかしこの苦しみもようやく終わったのだ。明日、この薬から解放された暁には、このデブ親父をどうしてやろうかと、激しい恨みがメラメラと湧いて来た。
 ボンちゃんは修司の口からペニスを抜くと、精液がドロリと溢れる唇を見つめながら「いっぱい出たよ」と笑った。
 そして唾液と精液でダラダラに汚れた半立ちペニスをブラブラさせながらノソリと立ち上がると、ぐったりと横たわる修司を見下ろしながら「今度はシュウちゃんを気持ち良くしてあげるからね」と、デブ特有の野太い声で笑った。
 その声を頭上に聞きながら、修司は真っ暗闇の意識の中で「許して下さい!」と何度も何度も叫んでいたのだった。

(後編に続く)

 >>後編へ続く>>

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