夜這いのススメ10
2013/05/30 Thu 18:09
検分役が離れ小屋の裏へと消えて行くなり、さっそく哲郎は、小屋の横にポツンと置いてある桶の水を、剥き出しのちんぽにびしゃびしゃと引っ掛けてはお浄めを始めた。
この水は、丸め神社の小川から湧き出る『御真水』だった。夜這い師は夜這い前に必ずこの御真水でちんぽを浄めなければならないのだ。
そうやって準備を終えた哲郎は、離れ小屋の扉の前に置いてある『寸志』と達筆で書かれた木箱の中に祝儀袋をそっと入れた。
これもこの村では古くから伝わる夜這い師としてのマナーだった。祝儀袋の中身はいくらでもいいのだが、通常は五千円くらいが相場と決まっていた。
しかし、この日の哲郎の祝儀袋の中には十万円が入っていた。所謂、この祝儀の額というのはサチエに対する気持ちを示しているものであり、サチエを含め塩田家の者達への意思表示でもあるからである。
だから哲郎は、この日の為にと溜め込んでおいた十万円を惜しげもなく寸志の木箱の中に押し込んだ。そう、哲郎はなんとしてもサチエを嫁にしたかったのだ。
草履を脱いで、足の裏を御真水で清めると、離れの扉を恐る恐る開けた。中に漂っていたモワッとした生温かい空気が哲郎を包み込んだ。その空気は生温かくもありそして生臭くもあった。
蝋燭の灯りがメラメラと灯る部屋の真ん中には布団が敷かれ、その布団にこんもりと浮き上がる小さな膨らみが微かに上下に動いてた。それが愛するサチエの呼吸なのだと思うと哲郎はとたんに切なくなり、おもわず胸に熱いモノが込み上げて来た。
しきたり通りに、ひとつも音を立てずに褌を解いた。脱いだ褌を素早く十文字に畳み、それを扉の前に綺麗に並べると、その十文字に畳まれた褌の上に脱いだ草履を裏返しにしてソッと置いた。
そんな哲郎をエンマ穴から覗いていた検分役の笹田は、その伝統に従った哲郎の作法に目を見張った。伝統よりも効率を重視する昨今では、そんな時代遅れな作法は無意味なものに感じられたが、しかし笹田は、そんな哲郎の堂々とした姿に清々しさすら感じ、本来、伝統ある夜這い師とはこうあるべきだと唸っていたのだった。
全裸になった哲郎は、サチエが潜む布団の足下に正座をすると、まずは丸め神社がある南に向かって深々と御辞儀を三礼した。そのまま畳をスリスリと音立てながらエンマ穴に向かって一礼した。
そして正座した背筋をピンっと伸ばすと、寝ているサチエに向かってパンパン! と柏手を二つ叩き拝むと、喉を「ううん……」っと鳴らして痰を切り、透き通るような大きな声で『夜這い節』を唄い始めたのだった。
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
(あ、そ〜れ!)
♪ひとつ、一人の淋しい寝屋にぃ〜
♪ふたつ、ふらりと忍ぶ影ぇ〜
♪みっつ、乱れたその姿ぁ〜
♪よっつ、夜這いの、(パン、パン)数え唄ぁ〜
(あ、そ〜れ!)
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
(あ、そ〜れ!)
♪いつつ、いつもの淋しい寝屋にぃ〜
♪むっつ、無理矢理忍び込むぅ〜
♪ななつ、涙も枯れ果ててぇ〜
♪やっつ、ヤリ逃げ、(パン、パン)数え唄ぁ〜
(あ、そ〜れ!)
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
♪ボンボ、ボンボ、ボン、ボボボ〜♪
そんな哲郎の正調『夜這い節』が静まり返った部屋に響くと、検分役の笹田は、今まで自分がこの伝統ある夜這いを汚していた事を心から恥じた。そしてもう二度と夜這いは汚すまいと心に誓い、半開きだったズボンのチャックを上までしっかりとあげては身を引き締め直すと、壁に飛び散っている己の欲汁を厳粛に拭き取ったのだった。
夜這い前のしきたりである『夜這い節』を二十番まで唄い終えた哲郎は、最後にもう一度サチエに向かって柏手を二回叩くと、『丸め心経』というこの村独自のお経を唱え、厳かなる夜這いの儀式を静かに終えたのだった。
儀式を終えた哲郎はいよいよサチエの布団の足下をそっと開いた。キュッと引き締まったサチエの足首が、まるで川魚のように慌ててサッと姿を隠した。
哲郎は掛け布団を頭から被った。背中に伸し掛かる布団にサチエの体温を感じた。桜の香りの中に仄かな人間臭を感じながら静かに潜り込んで行くと、薄暗い布団の奥で、まるで月夜に照らされた雪のようなサチエの白い肌が柔らかく輝いていた。
見事な体だった。その肌は少女のように初々しくも、しかし胸の膨らみや腰のくびれ、そして栗毛色の陰毛がモサッと生えた恥骨といった体のラインは、まるで娼婦のように卑猥だった。
それらを舐めるように見つつ静かに布団の中を這っていくと、ぽっかりと開いた出口に、頬を赤らめたサチエの顔が見えた。
サチエは哲郎の顔を見るなりパッと表情を明るくさせた。そして這い上がって来た哲郎に優しく微笑みかけると、寝起きの幼児のような声で「あん時はありがとう」と小声で囁いた。
その言葉に、哲郎は飛び上がらんばかりに感激した。
そう、それは今から二年前、学校帰りの田んぼの畦道で、サチエは巨大な青大将に行く手を憚れていた。偶然そこを通りかかった哲郎が、その青大将を追い払ってやった事があったのだ。
その時、初めてサチエを見た哲郎はたちまちサチエの美しさにひとめ惚れしてしまったわけだが、しかし、そんな二年も前のほんの些細な出来事を、サチエが今まで覚えていてくれたというこの事実に、哲郎は泣き出したいくらいに感動してしまったのだった。
「お、覚えててくれたんか……」
哲郎は顔を真っ赤にさせながら嬉しそうに笑った。
「うん。あん時、怖ぐて怖ぐて堪んなかったんだ。だがらよーぐ覚えでる」
サチエは天使のような笑顔でそう言うと、恥ずかしそうに「くすっ」と微笑んだ。
そして潤んだ瞳で哲郎を見つめながら「あんだ名前は?」と聞いて来た。
「おらぁ哲郎だぁ。ひこげ橋の水呑百姓の次男坊だぁ」
わざわざそこまで言わなくてもいいのだが、しかし哲郎は事前に自分の身分をサチエに知ってもらっておきたくて、あえてそこまで言った。因みに、ひこげ橋というのは通称『くれくれ橋』と呼んだ。その昔、この橋を渡ろうとするとその橋の下に住んでいる乞食が『くれぇ〜くれぇ〜』と物乞いをしたことから付いた通称だった。
実際、今でもこの『くれくれ橋』の下には沢山の乞食が住み着いている事から、この村ではひこげ橋付近に住んでいる者に対してはどこか差別するきらいがあった。
「くれくれ橋の人かぁ……」
サチエは、別段差別する風もなく優しい目で哲郎を見つめた。
そんなサチエの様子にひとまず安堵した哲郎は、そっと心の中で(やっぱりこの娘はいい子だっぺ)と呟いたのだった。
ひとつの布団の中で、互いに剥き身の肌の体温を感じながら、色々と語った。哲郎は、サチエとボンボができなくていいから、このままこうしてサチエと寄り添い、朝まで語り続けていたいと心からそう思った。
しかし、これは伝統なる夜這いの儀式であり、そんな我が侭は通用しなかった。
ふんぎりをつけた哲郎は、ふと会話が途切れたのを見計らい、「んだばそろそろ……」っと声を顰めた。
その瞬間、ふいにサチエの表情がキュッと固くなった。哲郎は気のせいだと思いながらも、しかしゆっくりとサチエの小さな体の上に乗ってサチエの顔を静かに見下ろすと、やはりサチエは眉間にシワを寄せながら顔を歪めていた。
「……嫌か?……」
怯えるサチエに哲郎は優しく語りかけた。
しかしサチエは、下唇をキュッと噛んだままゆっくりと顔を左右に振った。
(可哀想に……やせ我慢をしてんだなこの子は……)
哲郎はそう思いながらも「そんなに嫌だったらヤってるフリだけでもいいんだべ」と優しく問いかけた。
するとサチエの眉間のシワは更に深く盛上がった。
「いいがら早く……」
唇を震わせながらそう囁いたサチエの様子が突然変異した。
まるでおしっこを我慢しているかのように太ももをスリスリと擦り合わせながら、泣いているかのように喉をヒクヒクさせ始めた。
「どこか具合でも悪いんか?」
恐る恐るそう聞くと、サチエは半開きの唇からハァハァと荒い息を吐き出した。
そんなサチエの乳首は驚くほどに立っていた。桜色のしこりが痛々しくピーンっと勃起していた。
「なんが……変……」
今にも泣き出しそうに眉間に皺を寄せながらサチエが呟いた。
哲郎が、「えっ?」と聞き直した瞬間、いきなりサチエが震える身体で哲郎の背中にしがみついて来た。
「早ぐ! 早ぐ入れて! ボンボがなんが変だべ、早ぐ入れて!」
そう必死に哲郎の背中にしがみつきながら、サチエは自ら大きく股を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくで、入れる前に入刀儀礼を——」
「——そんなのどうでもいいから早ぐ入れて! もう我慢できねっ!」
何の前触れもなく突然乱心したサチエは、そう叫びながら開いた股間を哲郎の太ももにグイグイと押し付けて来た。
生温かい陰部の感触を太ももに感じた。それはまるで紀州犬のサブ太郎に舐められているような感触であり、サチエのそこがヌルヌルに濡れている事が手に取るようにわかった。
哲郎は、慌てて入刀儀礼の口上を唱えた。
「お〜宮様よ、お宮様、天の使いの亀帽子、どうか通してくりゃさんせ、お〜宮様よ、お宮様、天の使いの亀帽子、壁をこんこんさせやんせ……」
そんな口上と共に、まるで仮面ライダーの変身のようにして闇の中に手刀を切った。そしてひととおりの入刀儀礼を終えると、「それじゃあ入れっからな」と慌てて囁きながらサチエの股を開くと、既にドロドロに濡れているワレメがぱっくりと口を開いた。
亀頭の先を穴に這わせた。そしてサチエの細い肩を腕の中に抱きしめると同時にペニスを滑り込ませた。
サチエは「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」と悲鳴を上げながら仰け反った。そんなサチエの細い腰に腕を回し、更に奥深くまでと腰を突き上げると、悲鳴を堪えようとしているのか、いきなりサチエが哲郎の耳をしゃぶりはじめた。
そのあまりにもヌルヌルとした肉穴は、まるで餌を欲しがる鯉の口のようにヒクヒクと痙攣し、哲郎のちんぽをグイグイと締め付けて来た。
(すげぇべ、すげぇべ)
そう頭の中で連呼しながら腰を振りまくると、うぐうぐと耳をしゃぶっていたサチエがいきなり「あぁぁぁん!」と声を張り上げた。
サチエのその尋常ではない喘ぎ声に、エンマ穴の笹田も、小屋の前に潜んでいた夜這い師たちも一斉に息を飲んだ。
しかし一番驚いていたのは哲郎本人だった。まさか自分のこんなお粗末なちんぽでサチエが声を出すとは夢にも思っていなかったのだ。
「お願い……お願い……もっと動かしてけろ……」
サチエは、唖然としている哲郎の顔を見つめながら、今にも泣き出さんばかりの表情でそう悲願した。
そんなサチエの切ない表情を見て、とたんに哲郎の頭にカーッと血が上った。
「よし……」
哲郎は両腕でサチエの両足をがっつりと押さえ込み、サチエの丸い尻が宙に浮くくらいに持ち上げた。そしてサチエの大きく開いた股間に激しく腰を叩き付け、そこにペニスを突きまくった。
「あっ! あっ! あっ! あぁぁぁ!」
サチエはまるで別人になったかのように激しい叫び声をあげ、その結合部分に小便のように生温かい汁を溢れさせた。そして泣きじゃくる子供のように顔をクシャクシャにさせながら、もっともっとと言わんばかりに自ら腰を突き立てて来た。
(こ、この娘は淫乱症だべか?)
今になって健一郎が仕込んだ『泣かせ薬』が効いて来たなど夢にも思っていない哲郎はそう戸惑っていた。
それは哲郎だけではなく、エンマ穴から覗いていた笹田もサチエのこの変貌ぶりには驚きを隠せなかった。今まで汐らしくも必死に声を我慢していたのに、今ではまるで欲求不満の変態おばさんのように悶えまくっているのだ。
(やっぱりサッちゃんも女だべ……)
そう思いながら、エンマ穴を貪るように覗いていた笹田は、いつの間にか禁断のズボンのチャックを開け、勃起したペニスを捻り出していた。
宙に浮くサチエの真っ白な尻に黒々とした陰茎が出たり入ったりと繰り返しているのが見えた。その結合部分はまるでハチミツの瓶をひっくり返したかのようにテラテラと輝き、そして蜘蛛の糸のような透明な糸を無数に引いていた。
陰茎が根元まで押し込まれる度にサチエは「はぁん!」といういやらしい声を張り上げ、それが連続して高速で行なわれると、その「はぁん! はぁん! はぁん!」っという声に混じって結合部分がブチャブチャと下品な音を立てた。
陰茎がピストンされる動きに合わせて笹田も自分のペニスを上下させた。天井に向かってピーンと突っ張るサチエの足を見つめ、まるでツバメのように品やかだと思いながら、笹田は狂ったようにペニスをシゴいたのだった。
そんな中、はしたない声を張り上げてしまっている事に、サチエは死にたいくらいの羞恥を感じていた。
しかしそう頭の中ではわかっていても、この今までに体験した事のない快楽に、声を張り上げずにはいられなかったのだった。
サチエは何度も何度も襲いかかって来る激しい津波に溺れながら、そう言えば以前にもこんな不思議な感じになった事が何度かあったと思い出した。
それは、酔った山岡と長時間の性交をしていた時だ。通常の山岡はものの数十分で射精して果てるのだが、しかし、酒を飲んでいる時の山岡は持続時間が異様に長いのだ。
そんな山岡は、サチエを色んな体位にさせては何時間もピストンしまくった。延々と続くそれはみるみるとサチエを狂わせ、喘ぎまくるサチエは何度も小便を洩らしては絶頂に達していたのだった。
そんな山岡との淫らなシーンをふと思い出したサチエは、枕の上で髪を振り乱しながらもそっと哲郎の顔を見た。
(この男は……いったい何者なんだ……)
サチエは、その何の変哲もない田舎青年を不思議に思いながら見た。別段、彼のペニスが優れているわけでもなく、又、彼が人一倍魅力的というわけでもなかった。なのになぜこれほどまでに私を狂わせるのか不思議でならなかった。
そんな哲郎が、下唇をギュッと噛みながら「うっ」と顔を顰めた。
サチエはそんな哲郎を抱きしめると「まだダメだ! もっどもっどシテくれなきゃダメだ!」と耳元に囁き掛けた。
しかしそんなサチエの淫らな囁きが余計それを早めてしまい、哲郎は「うくっ!」っと全身に力を入れながら唸ると、そのまま「あぁぁ」っと情けない声と共に呆気なく果ててしまったのだった。
離れ小屋の裏戸をそっと開けると、ふいに検分役の笹田さんと目が合った。サチエは、今まで乱れ狂っていた姿を見られていたという恥ずかしさから慌てて目を反らした。
そのままそそくさと井戸端へ駆け寄り、急いで井戸水を汲み上げた。そして薄暗い井戸の隅で小便をするようにしゃがみながら下腹部に「うっ」と力を入れると、穴の奥からトロトロと哲郎の精液が溢れ出し、それがびちゃびちゃに湿った土の上にボトボトっと落ちた。
土の上に溢れた精液の中に指を入れ、その中から『丸め様』を探し出す。
しかし、どれだけ探しても『丸め様』は見つからなかった。
(途中で抜けちまったのがな……)
そう思いながら『丸め様』を諦めたサチエは、土の上に溢れていた哲郎の精液を井戸水で流した。
水に押し流されては井戸のすぐ裏を通る小さな用水路へと蕩りと落ちて行った哲郎の精液は、そのまま月夜に照らされながら用水路を流れていった。そんな哲郎の精液が、健一郎の仕込んだヘバの葉の色で緑色に染まっている事を笹田もサチエも気付いていない。いや、哲郎本人でさえ気付いていなかった。
夜這い解禁の三日間を無事に終えたサチエは、四日目の夜、お礼の品をお父ちゃんと二人で担ぎながら検分役の笹田の家に訪れた。
しかし、夜だというのに笹田は家にはいなかった。
「どうせどっかで飲んでんだべ」
お父ちゃんはそう笑いながらお礼の品々を笹田の家の玄関に積み下ろすと、簡単な挨拶状を添えて笹田の家を後にした。
その足で二人は隣に住む水谷のおばちゃんの家へと挨拶に向かった。
お礼に訪れた二人を水谷家は家族総出で出迎えてくれ、二人は家の中へと招かれるととたんに酒の席が用意された。
「サッちゃんもようやく夜這いさ終えで、あどは婿さん貰うだけだべな」
水谷のおじさんがサチエの顔を見ながら冷やかすように笑い、そして水谷の祖父母などがサチエがまだ幼かった頃の話しなどを始めた。
そんな中、サチエのお父ちゃんも御機嫌で酒を飲み始め、サチエはこれは長くなりそうだと不安げに柱時計を見た。
するとそんなサチエの様子に気付いたのか、いきなり水谷のおばちゃんが「夜這い解禁のあどはボンボを安静にしどかねぇどダメだぁ」と言いながら、サチエだけ先に家に帰るようにと言い出した。
「だどもおばちゃん……」
サチエは、場の空気を壊さないようにとさりげなく断るが、しかし水谷のおばちゃんは「いんや、あんだは十五人もの男衆を相手にしたんだから、早ぐ家さ帰ってゆっぐりと休んだほうがええ」と皆の前で優しく笑いながら、その場からサチエを連れ出してくれたのだった。
サチエを玄関まで送ってくれた水谷のおばちゃんは、靴を履いているサチエの耳元で「肌合わせでいい人見つかったんだべ」と優しく笑った。
サチエはちょっと照れながらもコクンと頷いた。
水谷のおばちゃんは「そりゃあ良がっだ良がっだ」と優しく微笑みながらもサチエの顔を覗き込み、「んだら、この一ヶ月の『ボンボ休め』で婚約しとかねばなんねぇぞ。また夜這いが始まってからでは悪い虫が付ぐがんな」とサチエの頭を優しく撫でながらそう呟いた。
「わがっだ」
そう頷くサチエは、そんな水谷のおばちゃんが幼い頃に死に別れしたお母さんのようだと急に心が温かくなった。
「で、相手はどごの男衆だ?」
水谷のおばちゃんは好奇心に目を輝かせながら聞いた。
「ひこげ橋の子だ」
サチエがそう答えた瞬間、水谷のおばちゃんの表情が一瞬固くなった。
「くれくれの子か……」
暗くそう呟いた水谷のおばちゃんだったが、しかし水谷のおばちゃんはすぐに笑顔に戻った。
「サッちゃんが好きならそんでええ」
水谷のおばちゃんはそう励ますように言うと、「んだらば早ぐ行っでごい!」と優しくサチエの背中を押したのだった。
水谷家の裏の坂を上り、街灯ひとつない暗い田んぼの畦道をいくつか通り過ぎると、大きな杉の木の麓に色褪せた鳥居が月夜に照らされぽっかりと浮かんでいた。
田んぼの脇でゴボゴボと水が流れる用水路をひょいと飛び越えると、舗装されていない小道に出た。
辺りはシーンと静まり返り、遠くのほうでキツツキがクチバシで木の幹を突く音だけが響いていた。
鳥居に向かって小道を歩くサチエの足音に気付いたのか、いきなり薮の中から黒い影が飛び出して来た。
「ひやっ!」
驚いたサチエが細い両腕を胸の前にあてて肩を窄めると、哲郎が「えへへへへ」っと笑いながら近付いて来た。
「たまげたぁ……心臓が止まるかと思ったべ……」
目を丸々とさせたサチエがそう笑うと、哲郎はまだ「えへへへへへ」と照れ笑いを浮かべながらそっとサチエの隣に並んだ。
そんなサチエの髪からは、最近テレビCMでよく見かけるエメロンシャンプーの甘い香りが漂っていた。
夜這い解禁の後、二人っきりで合うのはこれで三度目だった。
一度目は、夜這いの翌日の深夜だった。二人はあの晩、こっそり待ち合わせしておいたこの鳥居の下で落ち合い、明け方近くまで語り明かした。そして次の日の夜中にも再びこの鳥居の下で落ち合い、そしてまた次の夜もやはり同じ鳥居の下で将来について語り明かした。
結局、夜這い解禁の三日間、ずっとサチエは哲郎と朝まで過ごしていた。
そうやって密会を繰り返していた二人だったが、しかし二人の今夜の気分はいつもと違った。
そう、地獄のような夜這い解禁三日間がやっと終わり、今日からサチエの身体は晴れて自由になれたのだ。
そんなサチエを見つめ、哲郎はもう二度と誰にもサッちゃんを触らせないと強く思い、そしてサチエも、もう二度と哲郎以外の男には抱かれたくないと強く思っていた。
「なぁサッちゃん。子鹿のダンスって見だごとあっか?」
ゆっくりと歩き出した哲郎が隣のサチエにそっと囁いた。
「なんだそれ?」
サチエはエメロンシャンプーの香りをふわりと漂わせながら哲郎に振り返った。
「こんな満月の夜になっと、子鹿が月を見ながらぴょんぴょんと踊るんだ」
そんな哲郎にサチエは「嘘だべぇ」と笑った。
「本当だべさ。小見山の森に鹿の親子が住んでんだけんど、その子鹿は満月の夜は一晩中ぴょんぴょんとダンス踊ってるべ」
「……本当か?」
「んだ。本当だとも。嘘だと思うんなら、今がら見に行ぐか?」
「行ぐ!」
サチエは哲郎の手を握りながら、まるで自分がダンスを踊っているかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「よし、行ぐべ!」
哲郎はサチエの紅葉のような小さな手をしっかりと掴んで歩き出した。
小見山の森に行くには、この鳥居のある神社を越えて行けばすぐに辿り着く事ができたが、しかしそこは急な斜面な為、夜は危険だった。だから、遠回りだけど村を通って行ぐべ、と、哲郎は村の西方向へ向かって歩き出した。
その方向には、哲郎が住んでいる『ひこげ橋』がある。そう、哲郎はこの結婚を誓い合った女に『ひこげ橋』を見て欲しかったのだ。
満月の優しい灯りが灯る小道を二人は互いを確かめ合うように手を繋ぎながら歩いていた。すると、大きな杉の木のある家の角を曲がるなり、ふいにサチエが「ひっ!」と足を止めた。
「どうしたんだべ?」
哲郎が慌てて振り返ると、サチエは顔を引き攣らせながら「誰がいる!」と、その大きな杉の木がある家の真っ暗な庭にそっと指を差した。
哲郎がそこに目を凝らすと、確かに誰かが暗闇の中に潜んでいた。
「きっと盗人だべ……」
サチエは声を震わせながら哲郎の背中にしがみついて来た。
その暗闇に目が慣れて来た哲郎は、ふいに「くすっ」と笑った。そしてそっと身を屈めながらサチエに小声で言った。
「いんや、あれは夜這いだ。あいづは、ああやってハシゴの下で自分の順番を待ってんだ。ほれ、よーぐ見てみろ、白いフンドシがおっ月様に照らされて輝いてるべ……」
哲郎が、エメロンシャンプーの甘い香りが漂うサチエのうなじに唇を押し付けながらそう言うと、サチエはくすぐったそうに「うふっ」と微笑んだ。
そんな二人の目の前で、ハシゴの下で身を潜めていたひとりの夜這い師が、そろそろ自分の出番だろうとゆっくりと立ち上がった。
夜這い師は満月に向かって静かに手を合わせて拝むと、いきなりラジオ体操を始めた。真っ暗な闇の中にリズミカルに動く白いフンドシが妙に滑稽で、二人は声を押し殺して笑った。
暫くすると、先に忍び込んでいた夜這い師がミシミシと音を立てながらハシゴを降りて来た。それに気付いたその夜這い師は、満月に向かって大きく両手を伸ばすと、ゆっくりゆっくり深い深呼吸を始めた。
暗闇で深呼吸しているこの夜這い師が、検分役の笹田だとは二人は知る由もなかった。
(夜這いのススメ・完)
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