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路地裏の妻4

2013/05/30 Thu 18:08

路地裏の妻4



当時、私の家族は、ギャンブルに狂った父の借金のせいで安アパートを転々とする日々が続いていました。
 父は、私が小学四年生の時に自己破産したのですが、しかし、銀行やサラ金からは免れても闇金からは免れる事はできませんでした。
 闇金の取り立ては容赦無用でした。いくら警察に相談しても、当時の警察は「原則として警察は民事不介入だから」と取り合ってはくれませんでした。
 私は、目の前で父が男達に殴られているシーンを何度も見た事があります。そして、泣き喚きながら土下座する母の背中を、男達が笑いながら足蹴にしているシーンもこの目で見ました。まさに地獄でした。私は幼い頃からそんな地獄を見て育って来たのです。
 そんな恐ろしい取り立て屋から逃れる為、私たち家族は全国を点々としていました。静岡、名古屋、千葉。同じ場所に長く住んでいるのは危ないと父が言うため、わずか一年足らずでまた違う町に移り住むという流転の日々が続いていました。
 そして私が中学二年生になった頃、川崎市に辿り着きました。
 そこは工場しかない町でした。戦後間もなくに建てられた木造アパートは、一見、廃墟と見間違えるほどに酷く、そこに住んでいる住人達も、薄汚い日雇い労働者達ばかりでした。
 工場に囲まれた陽当たりの悪い六畳一間でした。お風呂はなく、トイレとキッチンと洗面所は共同でした。そんな劣悪なアパートで、父と母と私の三人は隠れるように暮らしていました。
 その頃の私は、転校ばかりを繰り返させられていたせいか、極度な対人恐怖症に陥っており、中学生になってからは一度も学校には行っていませんでした。
 毎日一人でアパートに閉じ篭っていました。ジメジメとした湿っぽい部屋で、隣りの鉄工所から聞こえて来る甲高い騒音を聞きながら、一人ぼんやりと過ごしていました。
 ある時、トイレに行こうと廊下に出ました。まるで明治時代の監獄のように薄ら淋しい廊下は昼間でも真っ暗でした。天井からぶら下がっている黄色い裸電球が、奥の共同トイレへと不気味に導いてくれていました。
 ミシッ、ミシッ、と板の間の廊下を進んで行くと、トイレ横の六号室から、『キューピー三分クッキング』のOPが聞こえてきました。もうお昼なんだ……と思いながらトイレの戸をガラガラっと開けると、私は強烈な糞尿の臭いに顔を顰めたのでした。
 もちろんそこは汲取式の和式便所でした。便器の穴は常にパンパンに詰まっており、そこにしゃがむと、穴から溢れ出たティッシュがお尻に触れそうになるため、いつも私は中腰になっておしっこをするのでした。
 その日も、やっぱり穴からは汚物が溢れていました。私はいつものように中腰になってお尻を高く突き上げると、そのまま他人の大便に向けて排尿しました。
 ビタビタビタっという音と共に、誰かの大便が溶けて行きます。生々しい臭いがモワモワと漂い、それに顔を顰める私は、早く終わらせてしまおうと尿に勢いを付けたのでした。
 持ち込みのトイレットペーパーで急いで陰部を拭き取りました。そして急いで廊下に飛び出すと、そこには薄汚れたランニングシャツを来た大きな男が、ヌッと立っていたのでした。

「あんた、またそこらじゅうに小便撒き散らしただろ」

 男は、私に振り返りながらそう言いました。
 男のその声は、酷く鼻が詰まっていたので、はっきりと聞き取れませんでした。黒目は左右が違う方向を見ています。二重アゴが首と繋がってはウィンナーのようになっています。
 恐ろしくなった私は男を無視して廊下を走り出しました。そして部屋の前で振り向くと、真っ黒な雑巾を握りしめたままズカズカとトイレに入って行く男の背中が見えたのでした。
 部屋に逃げ込んだ私でしたが、しかし暫くすると急に心が痛くなりました。あの人はきっと障害者です。そんな人に、自分が撒き散らしたおしっこを掃除させる事に後ろめたさを感じたのです。
 私は玄関の隅に置いてあった雑巾を手にすると、すぐさまトイレに戻りました。そして、「ごめんなさい」と小声で謝りながら、トイレの戸の隙間から中を覗きました。
 薄汚れたランニングシャツの背中が小刻みに震えていました。はぁ、はぁ、はぁ、というマラソンの時のような荒い呼吸が狭いトイレに響いていました。
 見ると、男はオナニーをしていました。私が陰部を拭いたトイレットペーパーを広げ、湿ったその部分をペロペロと舐めながら巨大なペニスを上下させていたのです。
 おもわず私は「あっ」と声を上げてしまいました。すると男はソッと後ろを振り向き、左右違う方向を向いている黒目で私を睨みました。
 しかし男はオナニーをやめようとはしませんでした。それどころか男は、その上下にシゴいているモノを私に向けてきたのです。
 愕然としている私に男は言いました。

「出るよ、出るよ、見てて」

 そう唸りながら、男は自分で自分の右胸をタプタプと揉み出しました。そしてペニスを握る右手を速めると、「あああ、あああ」と猛禽類のような声で叫び出し、私のジャージの太ももに精液を飛ばしたのでした。

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 その日から、男は私がトイレに入ると、必ずトイレの戸の前で待っているようになりました。そして「またそこらじゅうに小便撒き散らしやがって……掃除する者の身にもなってみろ……」と呟きながら私と入れ違いにトレイに入り、また猛禽類のような不気味な声で叫ぶのでした。
 ある時、私がトイレから出ようとすると、いきなり男は「たまには自分で掃除しろ!」と狂ったように怒鳴り、私の顔に雑巾を投げつけてきました。
 その凄まじい形相に危険を察した私は、素直にトイレの掃除を始めました。
 暫くすると、男はトイレの狭い隙間にノソノソと入り込み、便器を掃除している私の背後でオナニーを始めました。
 鼻づまりの鼻をぐずぐずさせながら「あーあー」と悶え、その硬いペニスの先を私のジャージのお尻の谷間にスリスリと擦り付けます。「奥まで入れて」や「中で出して」などと、不気味な女言葉でブツブツと呟いています。
 あまりの恐怖に、私は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら、便器の周囲に飛び散っているおしっこを急いで拭きました。そして、最後の水溜りを拭き取った瞬間、突然お尻にジワッと生温かい感触を感じました。恐る恐る振り返ると、男のペニスの先から精液がピュッピュッと飛び出していました。部屋に帰ってジャージのお尻を見てみると、ナメクジのような精液がべっとりと飛び散っていたのでした。

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 それからというもの、怖くなった私は、昼間はトイレを我慢するようになりました。母が帰ってくるまでの間、私は薄暗い部屋の中で、膀胱を破裂しそうになりながら七転八倒していたのでした。
 それが原因で、私は膀胱炎になりました。その時の痛みと、あの時のお尻の温もりが、後になって私の精神を脅かすようになりました。
 その後、私は和式便器で用を足す事ができなくなりました。和式便所を見ただけで、あの男の「あーあー」という声を思い出しては嘔吐し、『キューピー三分クッキング』のメロディーを聞いただけで激しい頭痛に襲われるようになりました。
 あの時の恐怖と痛みが強烈に頭に刷り込まれてしまったのです。
 それが原因で、私は『性嫌悪障害』となりました。
 その呪縛は、今の夫と出会ってからも暫く続いていました。
 だけど、悲惨な幼少時代を送っていた私は、一刻も早く幸せな家庭を作りたいと願っていました。いつも一人ぼっちだった一人っ子の私は、沢山子供を産んで賑やかな家庭を作りたいと思っていました。
 そんな強い思いが、いつしか私をその呪縛から解き放してくれたのです。
 幸せな家庭に飢えていた私は、早く子供を授かりたいという思いから、遂に夫を受け入れる事ができたのでした。

 そうやって私は、『性嫌悪障害』を克服する事ができました。
 まだまだ電気を消さなければ夫を受け入れる事はできず、ただただ夫の動きに合わせて闇の中でマグロのように寝転んでいるだけの私でしたが、それでも、以前のようにその行為を想像しただけでウツ状態になっていた頃と比べれば、大変な進歩でした。

 しかし、今の私の頭の中には、あの時と同じ黒い渦が巻いております。
 あの廃墟のような川崎のアパートのトイレで、あの不気味な男にペニスを見せつけられた時と同じ、猛烈な吐き気と強烈な頭痛に襲われています。

 アスファルトに横たわり、剥き出した私の股間の匂いを必死に嗅ぎながらオナニーしている男が、今、私の目の前にいます。
 この男が、せっかく克服した『性嫌悪障害』を再び呼び起こしたのです。

「あああ……奥さんのオマンコ、ムレムレに蒸れて凄く臭いですよ……」

 男は、恥ずかしい言葉で私を追い込みます。

「ここに、いつも旦那さんの肉棒が突き刺さってるんですね……この穴の中を、いつも旦那さんの肉棒が行ったり来たりしてるんですね……」

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 男は、夫のそれを再現しているかのように、自分のペニスをシコシコと上下にシゴいています。

(早く終わって……お願いですから早く射精して下さい……)

 私は、黒い渦に巻かれながらそう何度も呟いていました。
 それさえ放出されればこの絶望は終わるのです。それが放出され、四万円と言う大金を手に入れれば、私は幸せになれるのです。

「ああああ、奥さん……入れたいよ……このペニスで奥さんのその汚れたマンコをぐちょぐちょに掻き回してやりたいよ……ああ、ああ……」

 男はそう悶えながら、いきなり履いていたズボンを脱ぎ始めました。そして下半身が裸になった状態でムクリと起き上がり、アスファルトに両膝を立てながら私の股間にペニスの先を向けました。

「ああああ、出ちゃうよ奥さん……ほら、ほら、精液が出ちゃうよ」

 その瞬間、紀州梅のような亀頭の先から、真っ白な精液がピュっと飛び出しました。

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 それは少量ずつ断続的に飛び出しました。
 私の太ももに飛び、右頬に飛び、そして、大きく開いたピンクの粘膜にも飛び散りました。

 その生温かい感触に、あの川崎のアパートのトイレを思い出し、おもわず泣き出しそうになりました。

 しかし、もはや絶望は終わりに近いのです。

(絶望の後には必ず希望がやって来る)

 私は、借金地獄で路頭に迷った父に、優しく投げかけてくれたお坊さんの言葉を必死に呟きました。そして、くちゅくちゅと激しい音を響かせながら全てを放出したペニスを真正面から見据えてやりました。

(終わった……)

 そう思った瞬間、雑木林に潜んでいたカラスがガァァァァァっと鳴きました。
 その不吉な鳴き声を聞いた瞬間、私は忌々しい事実を鮮明に思い出しました。
 そう、その尊い言葉をお坊さんから頂いた三日後、父が工場の隅で首を吊って死んだ事を……

(つづく)

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