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眠れない夜7

2013/05/30 Thu 18:04

眠れない夜7



 片足で立ち竦む私の心臓が鷲掴みにされていた。
 嫉妬、怒り、絶望、恐怖、悲しみ。
 それらが真っ黒な物体となって胸に渦を巻き、鷲掴みにした心臓に鋭い爪をグイグイと食い込ませていた。

「ホントですって、奥さんホントにマジ若いっすよ。このお尻だって餅みたいにムチムチじゃないっすか」

 そんな片桐の言葉に「んふふふ」と含み笑いしていた妻だったが、しかしその笑い声は、次第に「あん……」という艶っぽい声に変わっていった。

 耳を疑った。
 信じられなかった。
 しかし、これは紛れもなく現実だった。
 やはり妻は目を覚ましていたのだ。
 いつ、どの時点で気が付いていたのかはわからないが、しかし、少なくとも、まだ私がいる間に目を覚ましていたに違いない。でなければ、この状況で目を覚ました妻が騒がないわけが無いのだ。
 妻は知っていたのだ。
 私が片桐に、「下着を脱がせろ」と言った言葉や、「妻を見てセンズリをしていけ」と言った言葉を密かに聞いていたのだ。
 それでも妻は寝たふりをしていた。
 陰部を剥き出しにしたまま息を殺していた。
 だから濡れていたのだ。
 という事は妻は、この状況に興奮していたのだ。
 若い男にセックスされる事に期待しながら、密かにアソコを濡らしていたのだ。

 私は、曲げていた右足をゆっくりと下ろし、絶望の溜め息を小さく吐いた。
 騙したつもりが騙されていた。
 まんまと私は、妻にしてやられたのだ。

「ねぇ奥さん……このままセンズリで終わるなんて残酷っすよ……舐めて下さいよ……」

 そう襖の向こうから片桐の声が聞こえると、ついさっき妻の股間を覗き込みながら巨大なペニスをシコシコとシゴいていた片桐の姿が浮かんだ。

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(あの巨大ペニスを見て……果たして妻は我慢できるのか……)

 そう奥歯を噛み締めていると、笑いを含んだ口調で妻が言った。

「だって夫と約束してるんでしょ?」

 すると片桐は、いつもの糞生意気な口調でこう答えた。

「ええ。奥さんの体には触らない、舐めない、入れない、って約束してます。でも、『舐められない』って約束は、してませんよ……」

 カッと頭に血が上ったが、しかし、妻がそれに対して、どこか嬉しそうに「んふふふ」っと笑った事により、その怒りは瞬時に絶望へと変わった。

 そのすぐ後、カサカサっと布団のシーツが擦れる音が聞こえ、暫くすると、ペチャ、ペチャ、と湿っぽい音が聞こえて来た。

「あぁぁぁ……マジスゲぇっすよ奥さん……」

 そんな片桐の声に激しい怒りが込み上げ、涌き上がった怒りのマグマで喉が自然に「ヴヴヴヴ……」と鳴った。
 気が付くと、握り拳を震わせる私の頬には涙がツーッと流れていた。
 しかし私は、そんな怒りを無理矢理飲み込んだ。
 悲しみと嫉妬も一緒くたに飲み込んだ。
 するとそれは、たちまち性的興奮に変換され、そのマグマは喉ではなく下半身に込み上げて来たのだった。

 フローリングの床に靴下を滑らせながら廊下を進み、リビングに忍び込んだ。
 込み上げる熱い息を必死に堪えながら壁に張り付くと、今まで響いていた、ペチャ、ペチャ、という舌音は、既に、テュポッ、テュポッ、という吸引音に変わっており、妻があの巨大な肉棒を咥えては、顔を上下させている様子が伺えた。

 遂に妻は一線を越えてしまった。
 しかしそれは、私が望んでいた事なのだ。
 そうだ、これこそが、私が夢にまで描いていた『寝取られ計画』なのである。

 発狂しそうな私は、そう自分に言い聞かせながら、必死に精神をコントロールした。
 おかげで正常な人間の発狂は堪える事が出来たが、しかし、その代わりに異常な人間の発狂を私は遂げた。
 喉の乾いた大型犬のように、ハァハァと荒い息を吐きながら襖の隙間に顔を近づけた。
 恐る恐る隙間を覗きながら、破裂せんばかりのペニスをズボンの上から握ると、ベッドにうつ伏せになりながら、片桐の睾丸をチロチロと舐めている妻の姿が目に飛び込んで来た。

眠れ27

 暗黒の頭蓋骨の中、脳脊髄液に浮かぶ私の脳がグルグルと回転し始めた。
 朦朧とする意識の中、妻の尻に手を伸ばす片桐の「奥さん、スゲぇヌルヌルっすよ、もう入れちゃいましょうよ」と笑う声が聞こえた。
 妻はゆっくりと起き上がった。そして「んふっ」と微笑みながら、唇の唾液を曲げた人差し指でソッと拭った。

「奥さんだって、コレ、入れて欲しいでしょ? 今コレをそのヌルヌルの穴の中にピストンさせたら、マジ気持ち良すぎてぶっ飛びますよ」

 そう説得する片桐に、妻は「どうしよっかな……」と勿体ぶりながら、再びゴロリとベッドに寝転がった。

「主任には内緒にしとけばいいじゃないっすか」

 そう言いながら片桐はベッドに座ると、横向きに寝転がっている妻の肩や胸をスリスリと摩り始めた。そして、「ほら、見て下さいよコレ……」と言いながら、背後で寝ている妻に、その脈打つ肉棒を見せつけた。
 妻は、それを横目で見ながら「んふふっ」と鼻で笑った。
 その時の妻のその怪しい目つきを、私は以前にも見た事があった……

 それは、一年ほど前の事だった。
 夜中にふと目を覚ました私は、ベッドに妻の姿がない事に気づいた。
 トイレにでも行っているのかと思い、ベッドを降りてノソノソと廊下に出てみると、真っ暗な廊下で妻が誰かと電話をしていた。
 暗闇の中、携帯の灯りが妻の横顔を照らしていた。
 なぜか妻は怪しく微笑んでいた。
「おい」と声を掛けると、妻は「はっ」と我に返り、「じゃあ、明日また連絡するね」と携帯に向かって言いながらピッと携帯を切った。
「そんなところで何してるんだ」と私が聞くと、妻は急に深刻な表情になり、「起こしちゃってごめんなさい……仙台のおじさんが倒れたらしいの……」と静かに呟いたのだった。
 あの時、私は妻のその言葉を素直に信じた。
 まさか、妻が嘘をついているなどと思ってもいなかった為、私はそれを誰かに確かめようともしなかった。
 翌日、妻は昼から仙台へ行き、その晩の最終で帰って来た。
「大変だったね」と労う私に、妻は「命に別状はないらしいわ」と微笑んだ。
 今思えば、あれは間違いなく浮気だった。
 あの時の私は妻を信じていたため、そのような事はゆめゆめ思わなかったが、しかし今、片桐のペニスを見て笑う妻のあの怪しい目と、あの時に暗い廊下で電話していた時の目が同じだった事に気付いた私は、あれは絶対に浮気をしていたんだと確信できたのだった。

(くっそう……)

 私は襖を覗きながら下唇をギュッと噛んだ。
 台所へと走り、キッチンの棚から出刃包丁を取り出して、片桐と妻の腹を何度も何度も抉ってやりたい衝動に駆られた。
 が、しかし、「どうしょっかな……」と甘えた声で囁きながら、背後から片桐の股間に手を伸ばす妻を見ていると、そんな物騒な考えは瞬く間に消えてしまった。
 他人の太いペニスをがっしりと握りながら、「んふふっ」と微笑んでいる妻を見ていると、何故か無性に妻が愛おしくて堪らなくなって来たのだ。

 若くして、こんな親父に嫁いで来た妻が、今更ながら不憫で堪らなくなった。
 妻は、女としてもっと遊びたかったんだろう。沢山の男と出会い、ドラマのような恋をし、そして、もっともっと色んな男とセックスを楽しみたかったに違いない。
 そんな事を、部屋を覗きながら考えていると、突然、妻の青春を奪ってしまった罪悪感に苛まれ、自然に涙が溢れて来た。
 浮気された憎しみで泣くならまだしも、こんな事で泣くのは変だと思いながらも、それでも涙は止めどなく溢れた。
 やはり私は、狂っているらしい。
 やはり私は、異常者だったのだ。
 そう思いながら私は、おもわずそのままズズズっと鼻を啜ってしまったのだった。

 その瞬間、片桐と妻が、凄まじい形相で「はっ!」とこちらに振り返った。
 妻の胸を摩っていた片桐はそのまま固まっていた。
 妻は慌ててグタッと寝たフリをした。
 素早く涙を拭った私は、襖の隙間からヌッと顔を出した。

「いやぁ……お取り込み中、誠に申し訳ない……コンビニに行ったんだがね、財布が無い事に気付いてね……」

 私はそう言いながら腰を屈めて寝室に入ると、テレビの横の台にポツンっと置いていた財布と携帯に手を伸ばした。

「そうなんっすか……」

 片桐は、引き攣った笑顔でハハハハっと笑いながら、身動きせぬままジッと私を見ていた。
 携帯と財布をポケットに入れた私が、「どうなの? センズリはもう終わった?」と聞くと、片桐は「いえ……」と戸惑いながらも、また意味も無くへへへへへっと笑った。

「妻は大丈夫かい? ちゃんと寝ているかね?」

 私は、亀のように首を伸ばしながら嘘寝をしている妻の顔を覗き込んだ。

「ええ、それは大丈夫です。御覧の通り、完全に夢の中です……」

 そう平気で嘘をつく片桐に「そうか」と、私は笑った。
 そして、必死で嘘寝を決め込む妻の顔を切なく見つめながら、「それじゃあ、続きを楽しんでくれ……」と呟くと、私はそのまま歩き出した。
 その時の妻は、余程慌てたのか、片桐のペニスをしっかりと握ったまま嘘寝を決め込んでいた。
 しかし私は、敢えてそれには何も触れず、妻の嘘寝顔を優しく見守りながら黙って部屋を出て行ったのだった。

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 左足でケンケンしながらマンションを出た。
 暗い路地に、タッ、タッ、タッ、と響く自分の足音を聞きながら、そこで初めて、わざわざ片足でコンビニに戻らなくとも別の靴を履いてこればよかった事に気付き、なぜか無性に可笑しくなった私はケンケンしながら夜空に向かって笑った。
 しかし、そんな笑いもすぐに消えた。
 ゴミ屋敷の角をケンケンで曲がりながら、妻が他人男の金玉を舐めていたシーンを思い出し、更に、テュポッ、テュポッ、という吸引フェラの音までもが鮮明に蘇ると、今度は一変して絶叫したいほどの悲しみに駆られた。

 ケンケンしたままコンビニに入ると、おでんの汁をズズズっと啜っていた老店員が横目でジロっと時計を見た。

「少し遅刻してるけど、まぁ、いいでしょう……」

 そう呟きながら、おでんのカップを流し台に投げ捨てた老店員は、スタスタと健康サンダルを鳴らしながらレジの前に立った。

「あんたの靴はその下だよ」

 老店員は、そうレジ台の角に置いてある新聞ラックを指差した。見ると、三流スポーツ新聞の【長嶋豪邸『バカ息子』落書き】という見出しが目に飛び込んで来た。
 私は、ラックの下に押し込まれていた靴を摘まみ出しながら、「あんた、奥さんはいるのか」と老店員に聞いた。
 少し戸惑いながらも「いるけど」と答える老店員に、私は靴を履きながら「浮気された事あるか?」と聞いた。
 老店員は、「さぁ……」と首を傾げながら、ボロボロになった雑誌をパサパサとビニール袋の中に入れ始めた。

「もし、あんたの奥さんが余所の男に寝取られたらどうする?」

「ふん、ウチのカカァはもう七十だ……」

「年齢を聞いてるんじゃないよ、もし寝取られたらあんたはどうするかって聞いてるんだよ」

「さぁ……その時になってみねぇとわかんねぇな……」

 面倒臭そうに答える老店員に、更に私は前のめりになりながら聞いた。

「興奮するか?」

 少し間を置いて、老店員は「はぁ?」と首を傾げた。

「自分の妻が他の男にズボズボとヤられてるのを想像して欲情しないかって聞いてるんだよ」

「欲情なんてしねぇよ、アホらし」

「あんた、まだチンポは立つのか?」

「なんだよあんた、早く金払いなよ……」

「だから、立つのかって聞いてるんだ」

「そんなのあんたに答える必要ないだろ、ほら、四百五十円、とっとと払って帰ってくれよ」

「うるさい! 人の話を聞け! 立つのかって立たないのかって聞いてるんだろ馬鹿者!」

 そう私が怒鳴ると、老店員は「ああ、もう立たない立たない、シオシオだよ、だから、もういいだろ」と、ウザそうに顔を顰めた。

「なんだよそれ……」

「…………」

「なんだよそのシオシオってのは……」

「…………」

「それを言うならフニャフニャだろ。なんだよシオシオって。あんた、私を馬鹿にしてるのか?」

「もう帰れ!」

「帰らん! そのシオシオのチンポってのがどんなチンポなのか答えるまで帰らん!」

 そう怒鳴ると、老店員はレジ横にあるコードレスホンの子機をいきなり鷲掴みにした。
 そして「帰らんなら警察呼ぶ」と鼻の穴を広げながら、震える指でピッピッとプッシュし始めた。
 それを見て、慌てて「帰る!」とそう怒鳴った私は、千円札をレジにパシン! っと叩き付けた。
 そして、充血した目で老店員をジッと睨みつけながら、「いつものポテトサラダも頼むぞ!」と、声を震わせて怒鳴ったのだった。

(つづく)

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