2ntブログ
牛乳は1



 アダルトサイトを眺めているうちに、気が付くとそのブログに誘導されていた。
 そのブログを開いた瞬間、東田克彦はギョッと目を見開いた。
 それは、『ミルキーちゃんのお部屋』という、まるで滋賀県辺りのラブホテルにありそうな下卑た名前のアダルトブログだった。ミルキーちゃんと名乗る二十五歳のOLが自画撮りのエロ画像をひたすらアップし、一枚の画像にほんの一行程度のコメントが添えてあるだけの簡素なものだった。
 克彦がそのブログを見てギョッとしたのは、その淫らな画像の女に見覚えがあったからだった。
 その女は、一ヶ月ほど前、克彦が担当した客に間違いなかった。画像に女の顔は映っていなかったが、しかし克彦は、この女が池尻大橋のマンションに引っ越した客であると確信した。
 なぜなら、引っ越しした女の手首にも、そしてこの画像の女の手首にも、同じパワースートンのブレスレットが付いていたからだった。

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 パワースートンのブレスレットには嫌な思い出があった。
 半年前、五反田のキャバクラの女に騙され、高額なパワースートンのブレスレットを買わされた事があったからだった。
 その奈津子と名乗る女は二十三歳だと言っていた(後に三十六歳と判明)。やたらと結婚願望の強い女で、いつも克彦に結婚をちらつかせるような素振りを見せては「子供は何人欲しい?」などと微笑み、瞳を潤ませながら克彦の小指を卑猥に弄ったりしてきた(後にこの女は三人の子供と生活保護の旦那がいた事が判明)。
 来年で三十三になる克彦も、その頃真剣に結婚を考えていた。
 引っ越し会社ではBブロックの第二主任を任され、給料もそこそこ安定してきた時期だったため、そろそろ結婚して家庭を持たなければと思い始めていた頃だった。
 しかし、そう思った所で簡単に相手が見つかるわけがなかった。
 高校を卒業してからというもの周囲に女の気配はなく、八十%が男性スタッフと言われる引っ越し会社には、事務のおばさんと、妙にマッチョな女性スタッフが二人いるだけだった。事務のおばさんは頭のてっぺんが薄く、そのくせ鼻毛が出ていた。二人の女性スタッフは年齢は若いのだが、その体格の良さと日焼けした肌はまさに土方のおっさんのようであり、まして一昔前の暴走族のような体育会系のノリだったため、とてもではないが女としての魅力は感じられず、自慰のネタにもならなかったのだった。
 そうなると必然的に風俗へと足が向いた。克彦は様々な風俗に手を出していた。その中でも特に気に入っていたのがデブ専デリヘルだった。いつも駅裏にある寂れた連れ込み宿に女を呼び出し、そこで狂ったセックスをしていた。女はまさにオーストラリアの豚のような巨女で、そんな女の病的な巨尻にしがみつきながら、惨めな中年男の性欲を発散していたのだった。

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 しかし、そんな生活が三十を過ぎた頃から無性に虚しくなってきた。そこで克彦は、風俗はやめてキャバクラにしようと突然決起した。それは、キャバクラの方が健全だし、それに経済的にも助かると思ったからだった。
 そう思い立ったその夜、さっそく克彦は五反田まで足を伸ばしてみた。そして初めて入ったその店で初めて席に着いた女が、例のパワースートンブレスの奈津子なのであった。
 奈津子のその豊満な胸にたちまち魅了されてしまった克彦は、それから週一でその店に通うようになった。そして奈津子ばかりを指名しながらも、どうしたらこの女と互いの陰部を舐め合えるのかばかりを必死になって考えていたのだった。
 店に通うようになって暫く経った頃、突然奈津子が石ころの付いたブレスレットを見せつけてきた。

「これは、『淫石』っていうインドの石なの。この石からは相手をエッチな気分にさせるフェロモンがムンムンと出てるらしくてね、このブレスレットを手首に付けてると、うふふふふ……どんな相手でもエッチできちゃうのよ」

 奈津子は爪楊枝のような細い目を『へ』の字に歪めながら、意味ありげに笑った。そして、そのブレスレットが付いている手を克彦の股間にソッと這わせると、ズボンの中でグニョグニョしている睾丸を優しく揉みながら、「ほら……だんだん私とヤリたくなってきたでしょ……」と、酒臭い息で囁いた。
 克彦は、乾いた喉にゴクリと唾を飲みながらゆっくりと頷いた。不思議な事に、みるみる奈津子とヤリたくて堪らなくなって来たのだ(その前からヤリたかったが)。
 そんな感情に、克彦は素直に驚いていた。
 とにかく克彦と言う男は、コレ系のモノにすぐに騙される男だった。今までにも、四流雑誌の裏の広告にある、『みるみる金が貯まるドラゴンコイン』や、『塗るだけペニスが三倍大きくなるマッコウクジラの精液』など、どう考えても胡散臭い代物を本気で買い漁っていた。だから克彦は、その不思議なブレスレットにすぐさま目の色を変え、「いくらなの?」と喰い付いてしまったのだった。
 そんな克彦を美味しい奴だと思ったのか、奈津子は勿体ぶりながらも、九万円などと吹っかけた(後にそれはアメ横のバッタ屋で五百円で売っている事が判明)。
「どこで売ってるの?」と克彦が聞くと、奈津子は唇を尖らせながら、「インド共和国の限定品だからもう手に入らないわ……」とゆっくりと首を振りながら呟いた。
「国の限定品か……それなら無理だな……」と克彦が残念そうに呟くと、すかさず奈津子はその尖らせた唇をゆっくりと緩め、「だけど、どうしてもというのなら私のを十万円で譲ってあげてもいいわよ」と言った。
 克彦は十万円という大金に戸惑っていた。先月、楽天で七万円もする本格的ホームベーカリーを衝動買いしてしまったため、今月の給料はもう残っていないのだ(そのホームベーカリーは使い方がわからず、未だ一度もパンを作っていない)。
 奈津子は、そう戸惑っている克彦の顔をソッと覗き込んだ。そして克彦の小指をまるでペニスを扱くように弄りながら、「もしこれをカッちゃんが手首に付けたら……ふふふふ、私、どうなっちゃうんだろう」と、意味ありげに微笑んだのだった。
 その一言で克彦は決心した。
 十万円でこの女とヤリまくれるなら安いもんだと思った。まして、それがきっかけで結婚にまで発展すれば、老後を心配して創価学会に嵌っている母も目を覚ましてくれるだろうと思った。
 克彦は店を飛び出した。一番近いコンビニのプロミスのATMで金を借り、再び店に戻ると奈津子にその金を渡した。
「淫石の効果が出てくるのは一週間目からよ。だから私をその気にさせたかったら一週間指名し続けてね」
 奈津子はそう微笑みながら、そのアメ横のバッタ屋で売っているパワーストーンブレスレットを克彦の手首に付けてくれたのだった。
 それから一週間、克彦は店に通った。オープンラストで奈津子を指名し、消費者金融から借りまくった総額四十万円を使い果たした。
 しかし、いよいよ一週間経ったその日、奈津子は忽然と姿を消してしまった。恐らく、系列店のどこかの店に移動したのだろうが、店員は移動先を教えてはくれなかった。
 そこで初めて騙された事に気付いた。克彦は泣きながら店を飛び出すと、交差点の角の『すし屋の馬太郎』の前でそれを歩道に投げつけ、靴の踵で何度も踏み潰しては粉々に砕いてやったのだった。

 パワースートンのブレスレットには、そんな苦い過去があった。だから克彦は、池尻大橋のマンションに引っ越した女の手首に、あの『淫石』によく似たブレスレットが付いていたのをはっきりと覚えていたのだ。
 克彦はもう一度画像を見た。PCの画面に顔を近づけ、池尻大橋の女が付けていたブレスレットと同じモノかどうかを確認した。
 何度見ても、画像の女のそれと池尻大橋の女のそれは同じに見えた。しかし、こんな安物ブレスレットはどこにでも売っている。偶然同じブレスレットをしているだけという可能性も考えられる。そう思いながらブログの次のページを開くと、そこにはまたしても卑猥な画像が貼られていた。
 それは、白いパンティーを太ももまで下げ、そのまま股をM字に開いては黒々とした陰部を曝け出している自画撮りの画像だった。
 こいつはかなりの変態だな……とドキドキしながら、その魑魅魍魎とした陰部に目を凝らしていると、ふと、女のもう片方の手にも、別のパワースートンのブレスレットが付いている事に気付いた。

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「あっ!」と思わず克彦は叫んでしまった。それは、池尻大橋の女も、両手にパワースートンのブレスレットを付けていた事を思い出したからだった。
(これはもう間違いないだろ……)
 そう確信した克彦は、震える指でマウスを掴んだ。そのブログがわからなくならないように、素早くブックマークに追加すると、焦る自分を落ち着かせるために煙草に火をつけた。
 深い溜め息を付くようにして、ふーっ……と大袈裟に煙を吐いた。目の前に白い煙がもわもわと立ち籠めた。天井へと流れて行く煙をぼんやり見ていると幾分か気分が落ち着いた。
 もう一度、深く煙を吸い込み天井を見上げた。そしてゆっくり目を閉じながら記憶を探り、池尻大橋の女を思い出してみた。
 真っ白だった。彼女を思い出そうとすると、まず最初に『白』が頭に浮かんだ。マンションの外壁、部屋の壁、天井も床も白だった。運んだベッドもタンスも白く、冷蔵庫も電子レンジもマグカップまで白だった。
 真っ白なダイニングテーブルを運びながら、随分と白が好きな客だなと思った。すると、真っ白な廊下で克彦達を待ち構えていたその女の肌も、やっぱり雪のように真っ白なのだった。

淫石3

(つづく)

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