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汚れし者16



 公衆便所での出来事があったその三日後、私と真野さんの初めての夜回りの番が回ってきました。
 夜回りの場合、女二人ではあまりにも危険過ぎると言う事から、どちらかの夫が付き添わなくてはならない決まりになっていました。もしお互いの夫が付き添えない場合は、シルバーセンターからお爺ちゃんを借りて来るか、若しくは実費で便利屋さんを雇わなければなりませんでした。

 しかし、私の夫は仕事も忙しく、帰りも随分と遅い為、夜回りの付き添いは無理でした。というより、あの出不精な夫が夜の公園を見回るなど、天地がひっくり返っても有り得ないのです。
 それを真野さんに正直に話すと、すぐに真野さんの旦那さんがその役を買って出てくれました。あの韓流スターのような真野さんの旦那さんが、「僕たちはこの町に越して来たばかりなんだから、僕が夜回りを担当するのが当然だよ」と言ってくれたらしく、二つ返事でその役を引き受けてくれたらしいのです。

 そんな優しい旦那さんのおかげで、無事、夜回りは私と真野さん夫婦で行う事になったのですが、しかし、私にはこれだけではなくもうひとつ厄介な問題が残っていたのでした。
 それは、夫が病的なほどに嫉妬深いという事でした。
 私は、夜の七時を過ぎるとコンビニにさえ行かせてもらえない主婦でした。携帯も毎日チェックされました。ゴミ箱も、汚物入れも、そして下着の汚れまでも毎日検閲されているのです。
 そのくらい夫は私を束縛していました。ですから、果たして公園の夜回りなど夫が許してくれるものかと、それだけが心配だったのです。

 しかし、それさえも真野さんの旦那さんは見事にクリアしてくれました。見回りの前の晩、真野さん夫婦が私のマンションに訪れ、夫に事情を説明してくれたのです。

「僕が責任を持って奥さんをお預かりしますので、ご心配なさらないで下さい」

 戸惑う夫に、そう爽やかに微笑んだ真野さんの旦那さんは、もはや韓流スターというより戦隊ヒーローのお兄さんのようでした。
 そんな真野さんの旦那さんは、名前を裕次郎と言いました。
 真野裕次郎という、まるで芸能人のような名前を持つ彼は、年齢は二十七歳、慶応大学を卒業後、大手アパレル会社に入社。シンガポール、香港、そしてニューヨークと、長期出張を繰り返し、去年帰国するなりこの若さで本社の役職を手に入れたというエリートでした。
 大学時代にラグビーで鍛えた胸板は厚く、それでいて手足はスラリと長く、身長は180センチ近くもありました。小さな顔に太い眉と大きな目。笑うと少年のように輝く白い歯は、まさにその名の如く、石原軍団にいそうな好青年なのでした。

 そんな裕次郎さんに「責任を持って奥さんをお預かりします」とまで言われた夫は、「ああ、はい」と、素直に頷くしかありませんでした。
 しかし真野夫婦が帰ると、突然夫の態度が急変しました。裕次郎さんの事を「あいつは絶対にホモだ」と貶し始めたのです。
「あいつの肛門は不潔だ」などと言い出しながら裕次郎さんが座っていたソファーに大量のファブリーズを噴射しました。そしてそのアルコールの匂いにゲホゲホと激しく咽せながらも、それでも「海外出張者のホモは危険なんだよ」と言いながらファブリーズを噴射し続けたのです。
 当然、その晩のセックスは酷いものでした。
 いったいどんな妄想を抱いているのか、いきなり私を荒縄で縛り、「おまえら3Pしてるのか? 二輪車ってやつか?」と薄ら笑いを浮かべながら、私の尻をテレビのリモコンの裏でペシペシと叩きまくりました。
 勝手な妄想を抱きながら散々私をいたぶり、挙げ句の果てには、「ホモとヤッたオマンコは危険だ」などと言いながら縛ったままの私に三十分近くもフェラチオをさせ、自分だけさっさと私の口内で射精してしまったのでした。

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 そんな結果ではありましたが、しかし裕次郎さんのおかげで、取りあえず私は、夫公認のもと夜回りが出来るようになったのでした。

 そして当日、八時に『雫の森』の入口で待ち合わせをしました。
 七時五十分に待ち合わせ場所に到着すると、薄暗い森の中から、まるでビーム光線のような強烈な白い光りが、漆黒の夜空に向かって伸びていました。
 一瞬、『未知との遭遇』のワンシーンを思い出した私は、あの光りはいったいなんだろうと恐る恐る森の中を進みました。
 その光りの正体は、裕次郎さんが持って来た懐中電灯の光りでした。既に待ち合わせ場所に来ていた真野夫婦は、その強烈な懐中電灯で、子供のようにじゃれ合っていたのでした。

「凄いライトですね」と私が驚くと、裕次郎さんは「ええ」と自慢げに笑いながら、「これは超高輝度LEDのビームライトなんです。ほら、硬いでしょ、鉄で出来てますから、暴漢なんか来たらこれで一撃ですよ」と、闇に向かってそれを振り下ろしました。
 それを見ていた真野さんが「この人、こんなくだらないモノばかりにお金をかけてるんですよ」と、私に向かって顔を顰めました。すると裕次郎さんが、「違うよ。これはね、アッチで使ってたんだよ。夜のニューヨークではこれは絶対必需品だったんだよ」と頬を膨らませると、またしてもそれに対して真野さんが「嘘つきー、夜のニューヨークは怖いから出歩かなかったって言ってたじゃなぁーい」と、からかったため、再び二人は子供のようにじゃれ合い、夜の公園をキャーキャーと騒ぎながら走り回ったのでした。

 そんな吐き気を催すような『新婚の惚気』を五分ほど見せつけられた後、八時丁度に私たちは夜回りを開始しました。
 この公園は、省エネのため八時になると外灯が消されました。もちろん公園沿いの遊歩道の外灯は消えませんので、全てが真っ暗闇になるというわけではありませんでしたが、しかし外灯が消えた公園の内部は、バケツに溜まった墨汁のように黒く、そして井戸の底のようにひんやりと静まり返っては異様に不気味でした。
 更にこの闇の中にあの変態男が潜んでいるのかと思うと、以前、CS放送のアニマルプラネットで放送していた『夜のサバンナに潜む猛獣たち』という番組とこの暗闇が重なり、不気味という感情だけではなく生命の危険すら感じるのでした。
 しかしそんな恐怖を性的興奮に変えてしまうのが私でした。恐怖であればあるほどその被虐性欲は掻き立てられ、汚ければ汚いほど感じてしまうという変態性欲者な私は、この一面に広がる不気味な闇の中で、あのCS番組で見たジャッカルに内臓を喰い千切られるトムソンガゼルのように、無惨に惨殺されたいとさえ思ってしまうのでした。

 そんな凄まじい感情をひしひしと抱いている私の前を、平和を絵に描いたような新婚夫婦が、渋谷の若者の如くじゃれ合いながら歩いていました。
 二人は、まるでお化け屋敷にでも来たかのように、暗闇にライトを照らしてはキャーキャーと騒いでいました。かと思えば、突然腕を組み始め、夜空に広がる星を見上げてはコソコソと囁き合ったりしては、まるでデート気分で歩いたりしておりました。
 しかもこの時の真野さんの服装は、タンクトップにデニムの短パンという、まるで江ノ島に海水浴に来た時のような格好をしていました。痴漢多発地帯の公園を夜回りするには、あまりも相応しくない格好だったため、特にそう思えてなりませんでした。

 二人の後ろをトボトボと歩いていた私は、完全に忘れられた存在でした。二人の後ろ姿を見ながら、(こんなカップルこそが『13日の金曜日』では最初に殺されるんだわ)などと思っていた私は、早くジェイソンが出て来てくれないかと心待ちにしていたのでした。

 そんな私の願いが通じたのか、雫の森の遊歩道を進んでいますと、前を歩く二人がいきなりピタリと足を止めました。
「どうしたの?」と言いながら前を見ると、五十メートルほど先の遊歩道の真ん中に男が一人しゃがんでいました。

「なんだあいつ……」

 そう言いながら裕次郎さんが自慢のビームライトを握り直すと、真野さんがその腕にしがみつきながら「やだぁ」と情けない声を出しました。
 裕次郎さんは、素早く真野さんを背後に回しながら、「心配するな。変な奴だったら秒殺してやるから」と笑い、ゆっくりと歩き出しました。
 真野さんは、そんな裕次郎さんの逞しい背中にしがみついていました。しかし私にはしがみつく背中はなく、自分の身は自分で守らなければなりません。
 そんな惨めさが更に私の嫉妬心を燃え上がらせました。
 真野さんの後からトボトボと歩く私は、そのサラサラの髪から漂ってくる甘いコンディショナーの香りを吸い込みながら、そこで踞っている彼がジェイソンである事を密かに祈っていたのでした。

 踞っている男に数メートルまで近付くと、裕次郎さんはいきなりビームライトを点灯させ、その強力な光りで踞る者を照らしました。「誰だ!」と裕次郎さんが叫ぶと、男はゆっくりと顔を上げ、一瞬その強烈なビームライトに「わっ」と驚きながらも、眩しそうに顔を顰めたのでした。

 それは、見窄らしい身形をした老人でした。闇の中で強力な光りに照らされる老人は、まさにあの番組で見た、痩せこけたハイエナのようでした。
 相手が弱々しい老人だとわかったからか、裕次郎さんは強気でドカドカと相手に近付き、「あんたそこで何やってるんだ!」と威圧的に怒鳴りました。
 頭ごなしにそう怒鳴られた老人は、必死に何かを答えようとしていましたが、しかしあまりに動揺しているため、「あうあうあう」と唸っているだけでした。

「あうあうじゃわからないよ。あんた、こんな所で何してるんだよ」

 老人に危険性がないと見たのか、裕次郎さんは言葉のトーンを一オクターブ下げながらゆっくりと聞き直しました。
 そんな裕次郎さんの背中にしがみついていた真野さんが、ゆっくりと私に振り返りました。彼女もまたこの老人が無抵抗な弱者だと判断した為か、いかにも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、「志村けんのお爺ちゃんみたいですね」と呟くと、その細い肩をキュッと上げながら「くすっ」と笑ったのでした。

 そんな老人は片目しか開いていませんでした。それがたまたま今だけなのか、それとも元々潰れてしまっているのかわかりませんが、老人の左目はずっと閉じられたままでした。
 片目の老人は、裕次郎さんの威圧的な態度にオロオロしながらも、何か必死に話しをしていましたが、しかし前歯がないせいか何を喋っているのかほとんど理解できませんでした。
 ただ、その話の中で、老人が公園横にある高架橋の下で生活しているホームレスだという事だけは、何とかわかったのでした。

 その公園横の高架橋の下というのは、別名『青テン』と呼ばれるホームレス密集地で、青いテントで作られた小屋ばかりがズラリと並んでいる事からそう呼ばれていました。そこは非常に不気味で不潔な場所でした。毎年、高齢のホームレスが凍死していたり、ホームレスが自殺していたりと死人が続発している場所でした。又、ホームレス達が酔って暴れたり、近所の不良少年たちがエアガンで襲撃したりするなど物騒な事件も絶えない危険地域でもありました。
 但しその場所は町内が違っていましたので、そこは私たちの見回り区域ではありませんでした。例え目と鼻の先であっても、町内が変われば関係ありません。そこで幼女が誘拐されようが、そこで誰かが殺されようが、それは隣町の問題であって私たちには関係ない事なのです。
 だから青テンには一切係わり合わないようにと、私たち『すずらんママ友会』は、リーダーの水野さんから厳しく言われていたのでした。

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 だから私は「隣町の人だから、もうほっときましょうよ」と裕次郎さんに耳打ちしたのですが、しかし裕次郎さんは、「例え青テンの住人だろうがここは我々の町なんです、余所者が我々の公園を汚すのを見過ごすわけにはいきません」などと妙な愛町心を出し始めたのでした。
 但し、彼のその態度からして、本心からこの町やこの公園を守ろうとしているとは到底思えませんでした。
 世の中を何も知らないこの手のエリート馬鹿には、よくありがちなタイプでした。きっと彼は、勉強とスポーツさえできれば『いい子』なのだと学生時代からそう思っていたに違いありません。だから大人になっても仕事さえできれば『立派な人』になれると思っているのです。
 そんな彼は、人との接し方も知らず、女の扱い方も知りません。他人を労る気持ちもなければ、困った人を助けるという優しさもございません。自分さえ良ければそれでいいのです。
 しかし彼は変に頭脳が良いですから、それではダメだとわかっています。だからそんな自分を変えようと、そのチャンスを虎視眈々と狙っているのです。
 こんな奴にとって東日本大震災は棚からぼた餅でした。やっと自分革命できるチャンスに巡り会えたと、大喜びで被災地へとボランティアに向かおうとします。
 しかし彼は、ボランティア経験も、まして肉体労働すらした事ありません。なのにホームセンターでスコップ一本を購入し、それで被災地に乗り込もうとしているのです。現地の情報も何も得ないまま、学生時代に着ていた薄いペラペラのジャージ一枚で飛び出し、買ったばかりのハイブリッド車で東北自動車道を走り出しました。
 そこには被災者を労る気持ちなど欠片もございません。過酷な被災地に乗り込みさえすれば、それだけで自分のステージが上がると思い込んでいるのです。
 結果、途中のインターチェンジで若い自衛官に止められ、「帰れ!」と怒鳴られます。だけど彼には彼なりのエリートとしてのプライドがありますので、こんな安月給の自衛隊ごときに怒鳴られたままそうやすやすと帰れるわけがなく、何としてでも食い下がります。しかし、隊長クラスのお偉さんから「キミ、そんな装備で現地に入ったら確実に死ぬぞ」と宥められると、そこで初めて損得勘定が生まれ、こんなくだらない事で怪我でもしたら損だと気づき、余震で揺れる東北自動車道をおめおめと引き返すのです。

 裕次郎さんは、きっとこの類いの人種だと思いました。「余所者が我々の公園を汚すのを見過ごすわけにはいきません」などと言い切った裕次郎さんに、本心から公園を守ろうなどという気はないはずです。これは、相手が弱者だからそう言っただけの事です。もしこれが、金属バットを持った不良少年グループだったら、絶対にこんな事を言うわけがないのです。

 要するに彼は、愛妻の前で『いい格好』をしたいだけなのでした。
 実際、そう言い切った彼を見る真野さんの目は輝き、まるでTBSの安物ドラマに出て来る高橋克典を見ているような目で旦那見ていました。
 そんな真野さんは、不服そうにしている私の顔をひょいっと覗き込むと、「ウチの旦那は正義感が強すぎるんです。ごめんなさい」と、小さな手を合わせながら小声で囁きました。しかし、そう詫びる彼女のその目には自信が漲り、まるで勝ち誇ったかのようなドヤ顔をしていたのでした。

 裕次郎さんは、さっそく老人に所持品を出すよう求めました。
 警察でもない裕次郎さんにそんな事をする権利はございませんが、しかし老人は強力なライトを顔面に向けられている為こちらを見る事が出来ず、恐らく私たちを警察だと思っているのか、その違法な所持品検査に素直に従ったのでした。

 雫の森を突き抜けるウッドデッキの上に、老人の所持品が並べられました。

ミルキー・一個
軍手・右手のみ
百円ライター・一個
綿棒・三本(内二本は使用済み)
ポケットティッシュ・二袋(いずれも消費者金融の物)
果物ナイフ・一本
マイナスドライバー・一本
キスミントの空箱・一箱
うどん屋の領収書・一枚(宛名は『上様』、額面は四百円)

 そして所持金は十円玉が五枚と、百円玉が二枚の二百五十円だけでした。

 その中から果物ナイフを摘まみ上げた裕次郎さんは、「これは何に使うんだ?」と、まるで刑事の取り調べのような口調で聞きました。
 老人は必死に何かを訴えていましたが、しかしそれは全く言葉にならず、ただただ「あうあうあうあう」と唸っているだけでした。
 すると裕次郎さんは、突然そんな老人の胸ぐらを掴み上げ、「正直に言うんだ!」と怒鳴りました。そして、「あうあうあうあう」と唸っているだけの老人から「うっ!」と顔を背けると、ソッと真野さんを見上げ「こいつの口、臭過ぎるよ〜」と戯けながら言ったのでした。
 すかさず真野さんが「やだぁ!」と笑いました。そんな愛妻の笑い声に気を良くしたのか、今度は使用済みの綿棒を摘まみ上げると、「これをまた使うのか?」と素っ頓狂な声で戯け、更に真野さんを笑わせたのでした。

 私は、正座する老人の膝の前に置いてあった、赤錆だらけのマイナスドライバーをジッと見つめながら、(刺せ!)と老人に念じました。

(その錆びたドライバーで、その安っぽいエリート野郎の目を刺すんだ! そいつのその卑怯な目を抉り取り、おまえと同じように片目にしてやるんだ!)

 しかし、どれだけそう念じても、片目の浮浪老人には全く伝わりませんでした。
 そのうち、真野さんが正座する老人の前にしゃがみ込み、そこに並べられた老人の所持品を覗き込んでは「気持ち悪い」や「汚い」などと馬鹿にし始めました。そして、片方だけの軍手を恐る恐る摘まみ上げると、「ねぇねぇ裕くん、これ、すごく変な匂いがするよ」などと笑い出し、その軍手を裕次郎さんの足下に投げ捨てました。

 すると、いきなり裕次郎さんが「こらぁ!」と叫び、正座する老人の太ももを蹴飛ばしました。

「今おまえ、俺の女房の胸とか脚とかを変な目で見てただろ!」

 裕次郎さんはそう言いながら更にもう一回、老人の太ももを蹴ったのでした。

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 確かに、タンクトップで前屈みになっていた真野さんの胸元は、目の前に座る老人からは丸見えだったに違いありません。
 しかし、そもそもそんな格好をしている真野さんの方が悪いのです。そんな格好で前屈みになれば、正面にいる老人に胸元が見えてしまう事くらい女子中学生でもわかることなのです。
 しかし、そんな当たり前の事がわからないのが『ゆとりママ』でした。全て自分の都合の良いようにしか考えない彼女たちは、自分はそんな気がないのだから、相手もそんな気はないだろうと勝手に思い込む厄介な人種なのです。
 だからこんな女は、電車で痴漢ばかりされているのです。触って下さいとばかりに無防備な格好で満員電車に乗り込んでおきながら、いざ痴漢されると被害者意識を剥き出しにし、相手を徹底的に追い込んでしまうのです。
 真野さんも同じでした。
 自らの意思で、私の体を見て下さいと言わんばかりの格好をしてこの危険な夜回りにやって来たのです。なのに、いざ胸元を見られると、まるで女子中学生のように「イヤ!」と大袈裟に叫び、旦那に助けを求めているのです。

 私はアホらしくなりました。この夫婦は、手も足も出せない老人を捕まえていったい何をやってるんだとバカバカしくなりました。
 真野さんが泣き出すと、その泣き声に挑発された裕次郎さんが「ふざけんなよ乞食!」と怒鳴りながら、片目の老人の胸を蹴りました。
 どてっ、と後方にひっくり返った老人は、まるで殺虫剤を噴きかけられて墜落した蠅のように、曲げた両手足をワナワナとさせながら「あうあうあうあう」と唸っていました。

 そんな悲惨な光景を見るに見かねた私は、ソッとその場から離れました。この見回りは、いったい何の意味があるのだろうと思いながら、そこから二十メートルほど先にあるベンチに向かって歩き始めると、ふと、右手の森の奥にある遊歩道を、一人の女性が歩いているのが見えました。
 こんな時間にこんな場所での一人歩きは危険なのに……と思いながら何気にその女性を目で追っていると、その女性は携帯を取り出し、歩きながら画面を見始めたのでした。
 その携帯画面の明かりに照らされたその顔に見覚えがありました。
(あれ?)と思った瞬間、それが東さんである事に気付きました。

(どうしてこんな時間に……)

 そう不思議に思いながら声を掛けようとした瞬間、背後から「この社会のゴミがぁ!」と怒鳴る裕次郎さんの声が響きました。
 東さんはその怒声に驚いたのか、急に歩く足を速めました。後ろを振り向かないまま、逃げるようにして森の奥へと進んで行ったのでした。

 そんな東さんが向かっている先には、『ディスカウント・リカーショップ・ビッグワン』という大きな酒屋さんの倉庫があります。
 そこは、私たち南台すずらん公園ママ友会が、『絶対立ち入り禁止』と指定している危険地区で、その倉庫の裏には、例の変態男が住んでいるのです。

 こんな時間に、あの危険な場所に向かっている東さん。
 そんな東さんの後ろ姿に自分と同じ匂いを感じ取った私は、木陰にソッと身を潜め、足音を忍ばせながら東さんの後を追ったのでした。

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(つづく)

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