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堕落のアッコちゃん(6)

2013/05/30 Thu 17:30

●6アッコちゃんタイトル



 境内の裏に漂う薄暗さは、小さな頃、グリム童話の絵本で見た『ガチョウ番の女』の処刑場によく似ていた。それは、ガチョウ番をしていた侍女が王女を脅迫し、王女になりすまして王子と結婚するという話だった。結局嘘がばれ、王女になりすましたガチョウ番の女は処刑されてしまうのだが、今思えば、どうしてそんな残酷な絵本を子供の頃に何度も繰り返し読んでいたのだろうと不思議に思った。あの頃はその絵本を怖いと思った事は一度もなかったが、今になってそのストーリーやあの処刑場の絵を思い出すと、胸に重たい恐怖が伸し掛かってきた。

 表の神々しさとは打って変わって、境内の裏には獣臭が漂っていた。崖っぷちに建つ苔だらけの黒ずんだブロック塀には、一昔前のスプレーの落書きが殴り書きされ、その塀の向こうから島田小学校の昼休みを告げるチャイムが聞こえて来た。
 ゴミが散乱する枯れ葉の上を、明子は中年男と並んで進んだ。枯れ葉の中に成人雑誌が埋もれていた。雨と日干しを繰り返しながら赤茶けてしまったグラビアの女は醜く、透けた紫色のショーツが妙に悲しかった。

 暫く進むと、コンクリートの四角い建物が見えて来た。それは無惨に朽ち果てた公衆便所だった。ガラスが全て割られ、卑猥なスプレーの落書きが滅茶苦茶に書かれていた。
 中年男は、「ふむふむ、ふむふむ」と無意味に頷きながら公衆便所に向かって歩いた。ひたすら真っ黒なカラスが屋根の上から明子をジッと見つめていた。

 便所の周辺には背丈ほどもある雑草が生い茂っていた。中年男はそれを両手で掻き分け、「ふむふむ、ふむふむ」と頷きながら奥に進んだ。男が繰り返すその「ふむふむ」は、明らかに病的だった。そう呟いている時の目も、まるで魚やカエルのように不気味だった。

 入口は角材とベニヤ板で封鎖され、赤いペンキで『立ち入り禁止』と書かれていた。しかし中年男は、いとも簡単に角材を外しベニヤ板を開けた。その慣れた手つきは、ここに何度も侵入した事のある証拠だった。

 中年男の後に付いて中に入った。廃墟となって随分と年月が経っていそうな公衆便所だったが、しかし、未だ糞尿の匂いがしっかりとこびりついていた。

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 歩く度に、床に散らばる割れたガラスの破片がガリガリと鳴った。その音に反応したのか、無数のカマドウマが明子の足下でバタバタと飛び跳ねた。
 おもわず明子は「きゃっ」と悲鳴を上げてしまった。すると中年男は、まるでそのカマドウマの飼い主かのように「こら、おまえら、お客さんを驚かすんじゃないよ」と戯けて笑い、一匹のカマドウマをパタン! と踏みつぶしたのだった。

 中年男はニヤニヤと笑いながら革靴の裏を明子に見せた。カマドウマのシマシマの腹が潰れ、蜘蛛の巣のような透明の糸が伸びていた。
 明子が顔を顰めると、中年男は「この便所の奥にね、もってこいの場所があるのです」と言い、そのまま個室便所の脇にある通路の奥へと進んだ。

 通路にはボロボロに破れたエロ本が散乱していた。引き千切られた薄ピンクのショーツや、一昔前に流行ったルーズソックス、そして何故か段ボールに入った大量の『ビックリマンチョコ』がポツンっと置かれてあった。しかしその『ビックリマンチョコ』は全て封が開けられ、中のシールだけが抜き取られていたのだった。

 通路の突き当たりに裏口の扉が見えた。中年男は、「また乞食が忍び込んだな」と舌打をしながら、扉の前に置いてある茶色い毛布を足で移動させ始めた。
 そんな扉の前に小さな手洗い場があった。明子は、中年男が蹴飛ばす毛布から舞う埃に顔を背けながらも、ふと、その黒ずんだ手洗い鉢の中に捨ててあったゴミに目を奪われた。

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 そのピンク色のゴミに見覚えがあった。以前、三塚さんが持っていたゴミ袋の中で、不自然に丸めたテッシュの中から顔を出していた物と同じだった。
 それと一緒に捨てられている四角いパッケージは、ペリッと破られ、『うすい』や『表』とプリントされていた。それがセックスの時に男性が使用するコンドームだと言う事は、さすがの明子でもすぐにわかった。

 それが三塚さんのゴミ袋の中に入っていた物と同じ物だとわかった瞬間、ドンっと重たい衝撃が明子の後頭部を襲った。なぜなら、三塚さんの旦那さんは、明子の父親と同様、長期海外出張に出ているからである。

(三塚のおばさんは……アレを誰と使ったの……)

 そう思うと胸がキュンっと締め付けられた。あの上品でプライドの高い三塚のおばさんが浮気するとは思えなかった。いや、明子と同級生の三塚華恵ちゃんの顔を思い浮かべたら、絶対にそうは思いたくなかった。
 突然、目の前の中年男が怖くなった。そして母も昌史伯父さんも三塚さんも担任の菅原先生も、この世の中の大人全員が信じられなくなった。大人達は裏で何をやっているかわからない。そう思った瞬間、頭の中に潜んでいる魔物が脳の一部を齧った気がした。

 裏口の扉が開くと、まるで扇風機でも回したかのように北風が吹き込んで来た。床に散らばる枯れ葉がカサカサと音を立て、割れた窓ガラスの木枠がカタカタと揺れた。
 裏口を出ると、そこにはコンクリートの下り階段があった。
 それは、なんとなく見覚えのある階段だった。確かこの階段は、丘の麓にある児童公園に繋がっているものだった。

 この階段は、明子が小学三年生頃まで普通に使われていた。児童公園のアスレチック場の坂の上に『お手洗い』と書かれた看板があり、その坂を上って行くとこの階段に繋がった。
 それが、いつの頃からか突然閉鎖されてしまった。その頃まだ低学年だった明子には、閉鎖の理由は全くわからなかったが、お母さんが、何故か異常に『あのトイレには絶対に近付いちゃダメよ』と言っていたのだけははっきりと覚えている。

「ここにしゃがんでくれるととっても有り難い」

 そう頷きながら、中年男は階段を下りる手前の床を指差し、そのまま自分は階段を三段ほど下りた。
 階段の下から中年男が見上げていた。まるでイモリのように階段に腹這いになりながら、そこに立ち竦む明子の白いワンピースのスカートの中を必死に覗いていた。

 ドンドンと鳴り響く胸の鼓動が脳にまで伝わって来た。この状態でショーツを脱いでしゃがめば、膣どころか肛門まで丸見えになってしまう。しかもこの状態で放尿すれば、飛び出したおしっこは階段の下で這っている中年男の顔に引っかかってしまうのだ。

 これは変態行為以外の何物でもなかった。女子トイレの個室の隙間から女子高生の放尿を覗き見するという一般変態のレベルを遥かに越えていた。

 明子のソコは、今まで誰にも見られた事のない秘部だった。松崎に触られたり、昌史に下着のオリモノを見られた事はあったが、しかし、直接ソコを見られた事はまだ一度もなかった。
 そんな秘部を、今からこんな変態親父に見られるのかと思うと目眩がした。しかも秘部だけでなく放尿まで見られるのかと思うと、もはや立っていられないくらいにクラクラと目眩が襲った。

 しかし、そのクラクラとする目眩は、ショックから来るものではない事を、明子が一番良く知っていた。
 それは明らかに性的興奮の前兆だった。いつもオナニーをしたいと思った時に現れる症状と同じだった。

 明子は自分自身と葛藤していた。これはいつものオナニーの妄想ではなく現実なんだと自分に警鐘を鳴らしていた。
(このまま犯されるかも知れない)という恐怖に苛まれながらも、しかし一方では、(ここでこのまま犯されたい)という異常な願望がムラムラと涌き上がっていた。そして(やめたほうがいい)と思いながらもワンピースのスカートをたくし上げ、(早く見て欲しい)という衝動に駆られた。

 そんな複雑な心境でワンピースを骨盤まで捲り上げた。細く長い真っ白な脚と、ピタリと肌に張り付く白いショーツが、頭上を覆う草木の木漏れ日に照らし出された。

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 階段で腹這いになっていた中年男は「ふむふむ」と頷くと、まるで何かの品定めをしているような口調で「食い込んでますね」と呟いた。
 そんな中年男の視線が痛いくらいに股間に突き刺さっていた。クロッチがみるみると湿って行く感触に激しい羞恥を感じた。

「ではでは、そろそろそのパンティーをするりするりと下ろしていただきましょうかね」

 そんな中年男の声は、まるで催眠術のようだった。『するりするり』、『パンティー』、『しゃがんで』。そんな言葉がクラクラと目眩を誘発し、明子は熱い息を鼻から吐き出しながらショーツの端に指を引っかけた。

(やめろって!)と松崎が怒鳴った。

(マジヤバいって!)と夏美と香代が顔を顰めた。

 そしてお母さんが、あの時、児童公園の公衆便所に行こうとした明子を叱った時のように、(アッコちゃんダメ!)と叫んだ。

 しかし明子の指はショーツから離れなかった。「するり、するり……」と囁く中年男の声に合わせながら、明子の両手は足下に向かって下りて行く。

 クルクルと丸まった白いショーツが膝の手前でゆっくりと止まった。真っ白な恥骨の上で、栗毛色した陰毛が湿った風にフワフワと靡いていた。
「綺麗ですよ」と囁く中年男から明子は慌てて目を反らした。瞼がヒクヒクと震え始めた。その震えは頬に伝わり唇に下りて来た。あまりの羞恥に顔面の至る所が小さな痙攣を起こし、瞬きが止まらなくなった。

 中年男が「ではでは、そのまましゃがんで下さい……」という囁きが聞こえた。
 その瞬間、おもわず明子は震える声を漏らしてしまったのだった。

(つづく)

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