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裸のOL19




 肋骨が浮き出た野良犬というものを初めて見ました。野良犬自体、今までに見た事が無かった私には、路地の隅で牙を剥きながら、「ヴゥゥゥゥゥ」と唸っているこの野良犬に、なにか底知れぬパワーを感じました。

 この町には、肋骨が浮き出た野良犬だけでなく、全身湿疹だらけの男や、指が2本しかない男、そして、橋の上で一晩中懺悔している老人や、首のない人形を大切に抱きながら路地裏を徘徊している女など、私が今までに見た事の無い、肉体的にも精神的にも尋常ではない人々がそこらじゅうに溢れていました。

 この町は、通称「おかめドブ」と呼ばれているドヤ街でした。
 この町から南へ一本通りを跨ぐと、バラックのような汚いスナックが数件連なる小さな赤線地帯があり、東へ一本通りを跨ぐと公共職業安定所です。そして西へ一本通りを跨ぐと巨大な場外馬券場があり、北側にはヘドロだらけの浅い川がドロドロと流れていました。
 それらにぐるりと四方を囲まれたおかめドブのドヤには、荒くれた日雇い労働者たちが住み着き、路地の道端にはドヤと仕事に溢れたホームレス達が社会に開き直るようにして寝転がり、そしてそれらにひっそり混じるようにして、薬物中毒者やアル中たちが蠢いていました。
 ここにはまともな人はひとりもいません。そんなおかめドブに一歩踏み込んだ私は、ここは境界性人格障害者たちの最後の砦なのだと覚悟を決めたのでした。

 アパートにあった少しばかりの家財を全て処分した私は、ボストンバッグに最低限の生活用具と最低限の衣類を詰め込むと、わずかな所持金を握りしめてこの町に辿り着きました。
 この町の事は以前からネットで見て知っていました。いつかはこの危険な町を全裸で徘徊してみたいと夢見ていた私は、会社も家も全て無くし、遂にこの狂った町に辿り着く事が出来たのでした。

 私が常宿に決めたのは、このドヤ街の中でも最も劣悪と言われる中田屋というドヤで、ネットで見た新聞記事によると、昭和43年の夏、この中田屋の簡易ベッドから腐乱したバラバラ死体が発見されたと書いてありました。しかもその死体は死後1ヶ月以上も経っており、真夏に1ヶ月以上もベッドの上に放置されていた死体を誰も気付かなかったのかと、この新聞記事はその中田屋というドヤの劣悪ぶりを強調しておりました。
 そんな中田屋をあえて尋ねた私でしたが、しかし宿主の老婆は、そんな私に対して、何故か複雑な表情をしながら戸惑っていました。
  私が「ベッドは空いてないんですか?」と尋ねると、老婆は「空いてるけど……」っとモジモジしたまま小さな溜め息ばかりついています。「じゃあ泊めて下さい」と詰め寄ると、老婆は「あんた、ここがどんなとこだか知ってて言ってんのかい」と、まるでゴキブリを見るような目で私を見たのでした。

 というのは、この中田屋には個室の部屋はひとつもなく、8畳の部屋に2段ベッドが4つ押し込められた集団部屋が6部屋あるだけでした。
 もちろん、その部屋には男しかいません。しかもその男達は、法も秩序も関係ない無宿者たちばかりなのです。
 こんな宿に泊まる女性はいません。しかも若い女が1人で泊まるなど、金髪の白人がイスラム過激派組織「イスラム国」が支配するラッカの大通りを、アメリカ国歌を大声で歌いながら走り回るくらい危険な事なのです。

 だから老婆は、そんな私を追い払うようにしてさっさと管理室の窓を閉めようとしました。
 私はすかさず財布の中から1万円札を2枚取り出しました。そして「前金です」と、磨りガラスの隙間に押し込みました。ここは1泊600円ですから2万円の前金なら十分のはずです。
 すると、案の定、その磨りガラスはピタリと止まりました。キリキリっと厭な音を立てて再び磨りガラスが開かれると、老婆は裏の川に溜っているヘドロのような淀んだ目で私をジッと見つめながら、「問題を起こさないでくれよ」とボソリと言いました。そして、まるでひったくるかのようにその2万円を鷲掴みにすると、『十六』と書かれた酷く古臭い木札を無言でカウンターに置いたのでした。

 ギシギシと木製の階段を上がると、玄関に立ち籠めていた臭いよりも更に強烈な人間臭が薄暗い廊下に澱んでいました。
 ドアが開けっ放しなった部屋の番号を見上げながら廊下を進んで行きます。各部屋は異様なほどにシーンと静まり返っていました。ドヤの住人達は各自がベッドの中に引き蘢っているらしく、部屋の中では2段ベッドを仕切っている汚れたカーテンだけが不気味に動いているだけでした。
 私の部屋は、廊下の奥から2番目の、丁度共同トイレの真正面の部屋でした。その共同トイレにはドアは無く、廊下から覗くと、その奥に妙に古臭い青い小便器が見えました。

 部屋に入ると、案の定、部屋には共同便所のアンモニア臭が漂っていました。フワフワと動いている他人のベッドのカーテンを見つめながら自分のベッドを探しました。
 『十六』と木札が釘で打ち付けられたベッドは、2つ並んでいる2段ベッドの奥の右側の1段目でした。半開きになっているカーテンをソッと覗くと、敷きっぱなしになった汚れた掛け布団が、つい今まで誰かが寝ていたかのようにポッカリと口を開けていたのでした。

 ボストンバッグを持ったままベッドの前に呆然と立ちすくんでいると、いきなり私のベッドの上のカーテンがシャッ!と開きました。
 それは死人ではないかと目を疑う程に痩せこけた老人でした。老人は、私を見るなりその死んだような目を一瞬ギヨッと開きましたが、しかしすぐにその目はまた元の死人のような目に戻り、無言のまま慌ててカーテンを閉めたのでした。
「あんた何者だ?」
 死人のような老人のカーテンが閉まると同時に、その隣のベッドの1段目のカーテンの隙間からアライグマのような顔をした中年男がヌッと顔を出した。
「役場の人か?」
 アライグマのような男は、硬直している私を不審そうに見つめながらそう言いました。
 するとその声を聞いて、私のベッドの真正面のカーテンもカサッっと音を立てて開きました。振り返ると、そこにはインドの修行僧のような痩せこけた男が、コンビニの弁当を持ったまま、夜の海のような貪よりとした目で睨んでいました。
 私はアライグマのような男にソッと視線を向けながら、「いえ……今日からこのベッドを使わせて貰う事になりました」と言うと、修行僧のような男は、そんな私に興味なさそうにシャッ!とカーテンを閉めてしまったのでした。

 アライグマは酷く驚きながら身を乗り出してきました。
 雑巾のように汚れた作業ズボン。ガサガサした真っ黒な足の裏。バケツの水をひっくり返したような湿った布団。そこにドカッと胡座をかいたアライグマは、足の裏の黒いガサガサを指で擦りながら、「ここに? 何で? 何でこんなとこに来たの?」と不思議そうに私を見上げました。

「それは……いきなり会社を解雇されちゃって……それで行く所がなくて……」

 モゾモゾとそう答える私に、アライグマは「すぐそこにネットカフェとかあるのに?」と、不審げに首を傾げました。

「あぁ……はい……実は、あんまりお金を持っていなくて……」

 私は必死に誤魔化しました。というのは、ネットの掲示板に書いてあった言葉を思い出したからでした。
 その掲示板には、このドヤ街には指名手配犯や破壊防止活動をする政治犯、又は某国のスパイや麻薬組織などが多数潜伏している事から、公安がドヤに潜入しているといった内容が書かれていました。そしてそこには、《おかめドブには公安が潜入してるから気を付けろ。犬共は見つけ次第殺してしまえ》といった物騒なコメントが無数に書き込まれていたのでした。
 それを思い出した私は、もしかしたら私は公安だと疑われているのではないかと不安を感じ、慌てて嘘をついたのでした。

 しかし、このアライグマには私を疑っているような様子は見えませんでした。ただ単に、どうして若い女がわざわざこんなドヤに泊まるのかが不思議なだけで、まさか私が公安だと疑っているような感じではありませんでした。
 アライグマは、カルト宗教の信者のように伸ばした髭をガサツに撫でながら、「そっか……文無しか……」と呟くと、ガタガタに割れた前歯をニッと突き出しながら笑い、「俺っちと一緒だな」と東北訛りで呟きました。そして、荷物はベッドの下の引き出しにしまうといいよ、と教えてくれると、再びベッドの上にゴロリと寝転がったのでした。

 ベッドに入り、滑りの悪いカーテンをカサカサカサっと閉めると、そこはもう小さな箱でした。
 テレビもなければパソコンもありません。ここの住人達は、一日中この狭い箱の中でいったい何をやっているのだろうと考えると、まだこのベッドに入って1分も経っていないというのに急に息苦しくなりました。
 真っ黒に汚れた布団はまるで犬小屋に敷かれた毛布のような臭いを発していました。掛け布団を剥ぐって見ると、布団の中にはなぜか短い白毛が大量に散らばっており、よく見るとそれは猫の毛でした。
 その枕も凄まじく、まるで掏りおろしたリンゴの汁をぶっかけたような茶色いシミが一面に広がっていました。やたらと湿気を帯びたその枕は、中に土が入っているのではと思うくらいズッシリと重いのでした。

 ふと見ると、そんな枕の下に、『あじさい』というタイトルのエロ本がペシャンコになって置いてありました。それは前の人が忘れて行った物なのか、それともこのベッドに常時置いてある物なのかはわかりませんが、それは写真からして妙に古臭く、いわゆる、大昔に流行った『ビニール本』という物だと思いました。
 私は、恐る恐るページを開きました。
 全体的にプヨプヨとした中年女が、赤く爛れた女性器を剥き出していました。それはかなり読み込まれているようで、ページは所々が破れ、精液と思われるようなシミも多く見られます。そして、巨大なペニスが差し込まれた結合部分のアップ写真には、『入れたい入れたい入れたい入れたい』と、ボールペンでビッシリ書き込まれており、その文字には、なにか怨念のようなものさえ感じるのでした。

 そんなラクガキは壁にも書かれていました。『キリストの血は罪を清める』、『日帝本国で唯一革命的に闘っているのは日雇労働者である』、『犬とオメコしたら病気になるぞ』、『ポリを殺せ!』。
 非常にリアルに描かれた女性器や、結合部分などが描かれている卑猥なイラストなども多く、いつしか私は、それらのラクガキを夢中になって見ていました。

 すると、ふと、ベッドの天井に小さな穴が空いている事に気付きました。
 よく見ると、その穴の向こう側がチラチラと動いています。
 私は恐る恐るその穴を覗き込みました。そして、その穴の向こうでチラチラと動いているのが、上のベッドの老人の眼球だということに気付き、たちまち私は背筋を凍らせたのでした。

 私は、目玉だけをギョロギョロと動かしながら辺りを見回しました。
 よく見ると、隣のベッドを仕切っているベニヤ板にも小さな穴が空いており、その穴にも隣のアライグマの眼球が小刻みに動いていました。
 凄まじい恐怖に襲われると同時に異様な興奮を覚えました。被虐願望を持つ私にとって、狭い空間の中に閉じ込められながら危険な男たちに覗き見されているというこの状況は、最高のシチュエーションなのでございます。

 そんな男たちの危ない視線に、とたんに膣をウズウズと疼かせた私は、覗かれている事に気付かないふりをしました。ギロギロと蠢く穴の目からさりげなく目を反らした私は、再び卑猥な雑誌に目を向けました。その本は、目を背けたくなるほどに醜く、そして気色悪い写真ばかりでした。そんなページを1枚1枚ゆっくりと捲って行くと、ふと真ん中のページがまるで糊で張付けられたかのようにびっしりとくっ付いていたのでした。

 それは、明らかに精液が飛び散った事により封鎖されたものでした。そう思うと、私はそのページが見たくて堪らなくなりました。このビニ本を読んでいた男は、いったいどんな写真に興奮し、そこに精液を飛ばしたのかを知りたくなったのです。
 そのページを爪先でメシメシと毟り始めると、ふいに隣のベッドを仕切っているベニヤ板がギシギシと揺れ始めました。その微妙にギシギシと揺れる感じは、まさしく自慰の揺れでした。
 きっとアライグマは、そんなページをわざわざ開こうとしている私に欲情したのです。精液が飛び散っているとわかっているページを、無理に開こうとしている私のその行動にムラムラと興奮したのです。
 そう勝手に解釈しながら、びっしりと張り付いたページに苦心していると、ふと、股間が冷たくなっている事に気付きました。膣から溢れ出したいやらしい汁が、太ももにまで垂れているのです。
 私は、そんな自分の淫乱さに更に興奮を覚えながら、正座していた足をゆっくりと崩しました。そして、されげなく両膝を立てると、アライグマの穴に向かって体育座りになったのでした。

 私のスカートの中は、きっと隣のアライグマからは丸見えなはずです。
 私は、雑誌を見るふりをしながら、項垂れていた視線をソッと自分の股間に移してみました。
 ムチっとした白い太ももにピンクのクロッチが挟まれていました。もっこりと膨らんだ股間にはうっすらと1本の線が走り、その線に沿ってじっとりと潤んだシミが浮かんでいました。
 私は、そんな股間にアライグマの視線をひしひしと感じながら、アライグマはこの卑猥なシミを見ながら自慰をしていると思い、羞恥で頬を熱く火照らせました。そこに触れていないのに、いやらしい声を洩らしてしまいそうなくらい興奮していました。

 我慢できなくなった私は、ソッと雑誌を足下に置くと、ゆっくりと服を脱ぎ始めました。
 黒いブラウスを脱ぐと、いやらしい肉を包み込んだ真っ白なブラジャーが飛び出しました。ブラジャーのホックを外し、ソレをスルスルと腕から抜き取ると、細い体に不釣り合いな大きな乳房がタプンっと揺れました。
 これを見ず知らずの男たちに見られていると思うと、自然に乳首がピーンっと立ってきました。それを見て、クラクラと目眩を感じた私は、おもわず乳首を人差し指で摘み、そのままグリグリと指の中で転がしていたのでした。

 私の体は、もはや限界でした。
 深夜、このドヤの中を全裸で徘徊し、あの異様に古臭い小便器の前で労働者達に小便を掛けられるのを楽しみにしていた私ですが、しかし、この体の異常な火照り具合は深夜まで我慢する事は無理でした。
 私はスカートを素早く脱ぐと、小さなピンクのショーツに指を掛けました。もうその頃には、正面のベニヤ板だけでなく天井からもギシギシギシっという卑猥な軋みが響いています。

(殺されるかも知れない……この逃げ場のない巣窟でこんなことをしていれば、彼らに死ぬまで犯され続け、そして体をバラバラに切り刻まれ、私も、ここで発見されたバラバラ死体のようになるかもしれない……)

 そんな恐怖に襲われながらも、それでも私はまるで何かに取り憑かれたかのようにピンクのショーツを脱ぎました。

 この町に来て1時間。
 このドヤに入って20分。
 そして、このベッドに入って、わずか5分。
 気が付くと私は、この危険な箱の中で全裸になっていたのでした。

(つづく)

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