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蠢女19(地下家族)

2012/12/02 Sun 00:01

19蠢女



真っ暗なマンホールの中、見た事も無い不気味な生物を捕まえているヒデオに聞きました。

「……それを……どうするんですか……」

 私は、その凄まじい生物を見ながら、どうか豚の餌でありますようにと祈っていました。

「ほとんど餃子だね。ハンバーグに使ってる店もあるけど、でも歌舞伎町では餃子の具材に使ってる店が多いよ」

 私は絶句しました。答えは薄々わかっていましたが、こうも平然に言われると、そのショックは倍増しました。

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 あの地獄の倉庫でヒデオと出会った翌日、私はヒデオにバーナーで顔を焼いてもらい、別人として生まれ変わりました。
 今ではすっかり顔の火傷も直り、正樹おじさんから作業場の横の四畳半の部屋も与えられていました。

 ヒデオに正樹おじさんを紹介されたのは、私が顔を焼いた三日後の事でした。
 私の身の上は、元風俗嬢という事にしました。歌舞伎町のホストに騙され、そのホストを包丁で刺し殺し、そのままマンションのビルから飛び降りようとしている所をヒデオに発見されたという設定にしました。警察にも行きたくない、自殺も出来ない、そんな私はヒデオに第二の人生を勧められ、顔を焼いてここに来た。と、そんなデタラメをヒデオは正樹おじさんに説明したのでした。 
 正樹おじさんは、そんなヒデオのデタラメを、涙ぐみながら聞いていました。
 私は、瞼は焼け爛れて目は米粒のように小さくなり、爛れた右頬と唇がくっついては、ひょっとこの口のようになってしまっていました。
 しかし、そんな醜い私でも、それでも正樹おじさんは、死んだ娘の生まれ変わりだと喜んでくれ、何の疑いも無く私を受け入れてくれたのでした。

 それから四日間、私はこうして毎日マンホールの中をヒデオと歩き回っていました。ヤンがなかなか材料を提供しないため、暗渠の底に潜むエイリアンの確保をしているのです。
 ヒデオは、マンホールの汚水の中を手探りしながら、「あいつら、絶対にこの辺に巣を作ってるはずなんだよ……」と唸っていました。
 私が持たされている網の中には、得体の知れないヌルヌルした生き物がウヨウヨと蠢いていました。ヒデオは、その不気味な生物をエイリアンと呼び、そのエイリアンの巣を必死に探しているのでした。
 ヒデオは、汚水の中に横たわると、「このコンクリートの下がきっと奴らの巣だ」と、マンホールのコンクリート壁の下に肩まで手を入れながら言いました。
 ありとあらゆる汚いものが混ざった歌舞伎町の下水。そんな下水に半分顔を沈めながら、必死にコンクリートの下を掻き回しているヒデオは、まさにここに住み着くオオサンショウウオのようでした。

「ほら、一匹いた」

 そう言いながらそこからエイリアンを取り出したヒデオは、ヘルメットに付いたライトでそれを照らしました。

「シャャャャャャャャャ」

 エイリアンは、掴まれた尻尾をくねくねと動かしながら、光るライトに向かって威嚇してきました。
 それは亀のように丸い体をしていました。しかし、亀と言っても甲羅は無く、全体的にブヨブヨとしてはまるで水を入れ過ぎた水風船のようでした。蛇のように蠢く尻尾は三十センチ程ありました。手や足はありませんでしたが、しかし裏を見ると、丸い体の四隅に手足らしきものがちょこんっと生え、そこには鋭い爪が一本伸びていました。

「この爪は気をつけないといけないよ。カミソリのように切れるからね」

 そう私に教えてくれたのは、太郎左衛門という歌舞伎役者のような名前の老人でした。
 彼は作業場の責任者をしておりました。私の部屋の隣に一人で住んでいました。

「この爪をね、こうやってペンチで抜くんだ。そしてこの怒り狂ったフグのようなぷよぷよの腹に、包丁の先でちょんっと穴を開けて、ここから汚い水や内臓を絞り出すんだよ」

 太郎左衛門がそう言いながらそれをぶちゅぶちゅと絞り出すと、中からミルクセーキのような色をしたドロドロの液体が出てきました。

「ふん。こいつらは、この汚い水を搾る前に悪さしやがるから、困ったもんだよ」

 太郎左衛門はヒデオとマツトシをジロっと見ながら私に言いました。
 マツトシというのはヒデオの同僚で、三十五歳の重度のダウン症でした。養護施設から脱走し、歌舞伎町を彷徨っている所を正樹のおじさんに拾われた男でした。彼もまた、作業場の横にズラリと並ぶ部屋の、一番奥の部屋で暮らしていました。

「変な事教えないで下さいよタロウザ爺さん」

 ヒデオとマツトシは恥ずかしそうに笑いながら、二人目を合わせて「ちっ」と舌打をしました。

「本当の事じゃねぇか。おまえらいつまでもそんな悪さしてると、そのうち本当に腐ってボロボロになっちまうぞ」

 そう笑いながら汚い水を搾る太郎左衛門の両手の指は、親指と人差し指の二本しか無く、後の指は根元からスッパリと切断されていたのでした。

蠢1fuckable

「あの時……」と私はそう呟きながら、捕獲されたばかりのエイリアンが暴れる網の口を紐でキュッと閉めました。

「タロウザ爺さんの言ってた『悪さ』って何の事ですか?」

 私が、再びコンクリートの下に手を入れようとしているヒデオにそう聞くと、ヒデオは一瞬手を止めながら「ああ、あれね……」と、恥ずかしそうに笑いました。

「このエイリアンのぷちぷちの腹に包丁でワレメを入れて、そこにチンチンを入れるんだよ。こいつらの腹の中には別の生物が生きててね、そいつらがチンチンに絡み付いてちゅーちゅーと吸ってくるんだよ。それが妙に気持ち良くてね、へへへへへ、毎晩のようにマツトシとそれで遊んでたんだ」

 私はそう笑うヒデオを見てゾッとしました。というのは、このマンホールの中には凶暴なヒルが沢山おり、こうしている間にも私の長靴には真っ黒なヒルが張り付いては、それらが一斉に長靴をチューチューと吸っているからです。
 エイリアンの腹の中にいるのは、きっとこのヒルです。ヒデオやマツトシは、無数のヒルに陰茎を吸わせながら喜んでいたのです。
 ゾッとした私は、おもわず自分の股間を押さえてしまいました。昨夜もヒデオとマツトシの陰茎を私はここに受け入れました。だから、もしかしたら彼らの陰茎に吸い付いたヒルが、自分のここにも潜り込んで来ているような気がしたのです。
 するとヒデオはそんな私を見てケラケラと笑いました。

「大丈夫よ。キミがここにきてから、もうあの遊びはしていないから」

 そう笑いながらヒデオは、コンクリートの下から二匹同時にエイリアンを引きずり出したのでした。
 

 その日の収穫は大量でした。エイリアンの巣を見つけたヒデオは、合計百五十匹のエイリアンを捕獲しました。
 作業場に戻った私たちは、さっそくエイリアンの解体に取りかかりました。
 こじんまりした作業場はテレビもラジオも携帯も繋がりません。私たちは、ただただエイリアンの濃厚な生臭さに包まれながら、キィキィと泣き叫ぶエイリアンの汚水をひたすら搾っていたのでした。

 その作業場は、歌舞伎町にある巨大な雑居ビルの地下三階にありました。
 そのビルの地下二階までは駐車場になっておりましたが、この地下三階だけは有害ガスが発生するという名目で昭和四十年代に閉鎖され、それからずっと立ち入り禁止になっていました。
 歌舞伎町の真下を入り組んで走る巨大地下道は、完全なる地下社会を作り上げていました。
 ヤンたちが死体倉庫にしていた地下室も、エイリアンを捕獲していた暗渠も、そして作業場のあるこの地下三階も全て繋がっていました。この他にも、日本のヤクザが違法薬物を保管する倉庫や、チャイニーズマフィアの武器庫、そして、夜な夜な人身売買のオークションが行われている会場などがあるらしいのですが、私たちは作業場とヤンの倉庫を繋ぐマンホール以外は絶対に行くなと正樹おじさんから厳しく言われていたため、ここ以外の地下道は見た事がありませんでした。
 歌舞伎町の地下に広がるこの空間は、元々は日本軍が何らかの目的で極秘に作ったものらしく、日本政府は戦後すぐにそこを分厚いコンクリートで蓋をしてしまいました。その秘密がアメリカにバレないよう隠蔽してしまったのです。
 ですからこの地下道は社会そのものから遮断されていました。設計図上からもそこは抹消され、完全なる地下社会として世界最大の歓楽街・歌舞伎町を支えていたのでした。


 私はキィキィと泣き喚くエイリアンの腹を包丁で捌きながら、顔面の痒みに必死に耐えていました。顔の火傷は完全に直っておりませんでした。傷口はケロイド状になったものの、それでも皮は薄く、ちょっとした刺激でもプチっと皮が破れては、すぐに膿んでしまうのでした。
 ここは太陽の光が一切当たる事は無く、常に異常な湿気に包まれていました。風もなく、酸素も少なく、ここに漂う空気はガスのように貪よりとしておりました。そんな状況が傷の直りを遅らせていたのでした。

 私は、捌いたエイリアンの腹を裏返しにし、どす黒い腹の裏を指で擦ってみました。すると、そこに張り付いていた真っ黒なヒルたちがポロポロと作業台の上に落ち、おもわず私は「ほら、やっぱりヒルだ」と笑いながらヒデオを見ました。
 すると、冷蔵庫の前で新聞を読んでいた太郎左衛門が「あらら」と言いながら慌てて立ち上がりました。

「それを取っちゃダメだよ、それが一番ウマくて栄養があるんだから」

 太郎左衛門はそう言うと、作業台の上でウネウネと蠢いたヒルを二本の指で摘まみ上げ、生きたままのヒルをペロペロと食べてしまったのでした。
 そんな太郎左衛門をゾッとしながら見ていると、ヒデオたちがケラケラと笑い出しました。

「やめろよタロウザ爺さん。ミツ子が怖がるじゃねぇか」

 マツトシが言うと、太郎左衛門は「そりぁ、すまん、すまん」と言いながら、残りのヒルを一気にツルツルと食べてしまったのでした。

 ここでの私は、皆からミツ子と呼ばれていました。これは正樹のおじさんの死んだ娘の名前でした。

 正樹のおじさんがお父さん。太郎左衛門がお爺ちゃん。ヒデオが長男で、マツトシが次男。そして私が末っ子の娘。

 地下家族。

 そんな事をいつも頭で描きながら、私は地下の作業場で得体の知れない生物をせっせと解体していました。
 今思えば、あの時が、私の今までの人生の中で一番楽しかった時だったのかも知れません……

(つづく)

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