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図々しい彼(前編)

2012/03/16 Fri 16:04

    図々しい彼1


 彼は図々しい奴だった。そして僕は気の小さな男だった。

 彼というのは北島誠十七才で、僕というのは相沢颯太、同じく十七才の高校生だ。
 二人は小学生の時からずっと同じ学校だった。しかし彼は高校には行かず、中学卒業と同時に車の整備工の見習いになったが一ヶ月で辞め、その後、定職にも就かず毎日ブラブラしていた。

 そんな彼は変わった性格の持ち主だった。
 それはもしかしたら精神が病んでいるのではないかと思うくらい、そのくらい図々しい性格の持ち主だった。
 その図々しさは、人の自転車を勝手に乗り回したり、人の煙草を勝手に吸ったり、CD、PC、携帯、と、一言の断りもなしに勝手に人のモノを使い、挙げ句の果てには人の財布から勝手に金まで持ち出した。
コンビニで友達がおにぎりを買えば、さも当然の如く「一口くれ」と言いながらそのおにぎりを友達から奪い取ると瞬く間にペロリと平らげてしまったり、友達とマックに行けば、当たり前のように友達のポテトを食べてしまうのだった。

 しかし、彼はそれが悪い事だとは思っていなかった。
 それがどうしていけない事なのか、彼には全くわかっていなかった。
 だから彼には友達がいなかった。
 高校時代の友達はそんな図々しい彼を嫌がり、そして彼を避けた。
 が、しかし彼は図々しい。誘われてもいないのに、それでも彼は勝手に人の家にやって来ては、勝手に人んちの冷蔵庫の中を漁るのだった。

 そんなある日、僕が学校から帰って来ると、玄関に薄汚れたスニーカーがだらしなく脱ぎ捨てられていた。
 慌てて居間へ行くとお母さんが安っぽい匂いをプンプン撒き散らしながら化粧をしていた。
 鏡台に向かうお母さんは鏡に映る僕に「あら、おかえり」と言うと、趣味の悪い真っ赤な口紅をカサカサな唇に滑らせながら、「北島君が来てるわよ」と呟いた。

「だからいつも言ってるじゃないか、あいつを勝手に入れないでくれって……」

 今にも泣き出しそうな口調でそう抗議すると、お母さんは真っ赤な唇をパプパプっとバカみたいに鳴らした後、
「そんな事知らないわよ、あんたの友達なんだから自分で言えばいいじゃない」と言い返し、今度は毛虫のようなマスカラの棒で睫毛を黒々と塗り始めたのだった。

 僕は「ちっ」と舌打ちすると、ガクンと項垂れたまま階段へと向かった。
 居間を出ると、「颯ちゃん、わかってると思うけど、お母さん今夜は遅いからね」というお母さんの弾む声が聞こえた。

(わかってるよ、土曜の夜は不倫相手のあのおっさんといつものホテルだろ……だから今夜は優奈を呼んだんじゃないか……)

 僕はそう呟きながら階段を見上げた。そして大きな溜息を付くと、優奈が来る前に帰ってくれればいいんだけどな……と憂鬱な気分で階段を見上げたのだった。

 優奈というのは僕と同じ学校に通う十七才だった。
 スラリと伸びたスレンダーな体と小さな顔、細く長い脚を包む黒いニーハイとツインテールに縛った茶髪がトレードマークの今時の女子高生だ。
 優奈は僕の大切な大切な彼女だった。
 付き合ってまだ一年しか経っていなかったが、しかし今や優奈とは互いの家に泊まり合う程の仲になっていた。

 そんな僕は、今はまだ一方的にだが、優奈との結婚を本気で考えていた。
 優奈を誰にも取られたくないという気持ちから焦っているのか、高校を卒業後すぐにでも籍を入れたいと思っている。
 そのくらい僕は優奈の事を愛していた。

 そんな優奈が今夜僕の家に泊まりに来るというのに、しかし僕の部屋にはあの図々しい彼が勝手に入り込んでいる。
 優奈が来る七時までに帰ってくれればいいが、しかしあの図々しい性格じゃそう簡単に帰ってくれそうにもない。
 いざとなったら叩き出してやる……と、いつも指をパキパキと鳴らしながらそう思うが、しかし彼は滅法ケンカが強い。
 頭は悪いがケンカだけは恐ろしく強く、とてもじゃないが僕一人では敵うような相手ではなかった。
 っというより、そもそも僕にケンカはできない。冒頭でも言ったように、僕は人一倍気が小さく、今まで口喧嘩でさえ勝ったためしがないのだ。

 そんな僕に彼をこの家から追い出す事は出来なかった。
 だから優奈が来る前に彼が自主的にこの家から出て行ってくれる事を、ただひたすら祈るしかなかったのだった。

 部屋のドアを開けると、彼はコタツに潜り込んだままグーグーと大イビキをかいでいた。
 コタツの上にはスナック菓子を食い散らかした形跡があり、その菓子のカスがコタツ布団にボロボロと散乱していた。
 もちろん、そのスナック菓子は僕が買って来たモノだった。
 今夜、お泊まりに来た優奈と二人で食べようと思い、事前に買い置きしていたモノだった。

 深い溜息と共に、付けっぱなしになっていたテレビをパチッと消すと、不意に彼が目を覚ました。

「おっ、丁度イイとこに帰って来てくれた、下の台所行って湯持って来てくれないかなぁ」

 彼は、まるでここが自分の家かのようにそう言いながら起き上がると、テーブルの上に置いてあったコンビニの袋の中から日清のカップヌードルをひとつ取り出し、僕の目の前でビリリリっと封を開けた。
 もちろん、ソレも僕が買って来たモノだった。真夜中、優奈と二人して海外ドラマを見ながらソレをズルズル啜ろうと、楽しみにしていたカップヌードルだった。

 結局、優奈が来ても彼は平然とコタツに寝転がりながらテレビを見ていた。
 僕は彼に気付かれぬよう、こっそり優奈に「ごめんね」と謝った。
 すると優奈はそんな僕に首を傾げながら「んふっ」と微笑んでくれた。
 そんな優奈の妖精的な微笑みに、やっぱり優奈は可愛いなぁ……と改めて思っていると、突然彼がクルッと振り向き、「ねぇ、俺、酒飲みたいんだけど」と図々しく呟いたのだった。

 玄関を出ると、シーンと静まり返った暗闇の中で隣の家の深夜湯沸かし器の音だけがゴーっと響いていた。
 深夜特有の澄んだ夜風がうなじをすり抜け、おもわずブルっと肩を震わすと、優奈も一緒になって小さな肩をブルっと震わせた。

「ごめんね、なんか変な奴が居て……」

 僕は優奈の震える肩にそっと手を回しながら照れくさそうに呟いた。

「うぅん、気にしてないよ」

 優奈はそう呟きながら僕の腕の中で首を振った。優奈の小さな頭が左右に揺れ、一瞬、甘いリンスの香りが僕の鼻をくすぐった。

 彼が酒を飲みたいと言い出した時、一瞬ムカッと来たが、しかし、優奈と酒を買いに行けば二人きりになれると思った僕は、素直に彼のこの図々しい要望を聞き入れてやる事にした。
 それに、恐らく彼は今夜このまま僕の家に泊まって行くだろう。 
 そう予感していた僕は、ならば彼に浴びるように酒を飲ませ、ぐでんぐでんに酔い潰してしまえばいいと思ったのだ。
 因みに、一人っ子の僕は母子家庭。
 土曜の夜になるとお母さんは不倫のおじさんとデートに行く為、家には誰もいない。だから高校生が浴びるように酒を飲んでも何も問題なかったのだった。

 静まり返った住宅街を抜け、巨大団地群の歩道をしばらく行くと、真夜中でも大型トラックがビュンビュン走っている国道に出た。緑のペンキがボロボロに剥げた歩道橋の向こう側で、見慣れたコンビニがやたらと蛍光灯輝かせていた。

 ビール、酎ハイ、カクテル。それらを無造作にカゴの中へと放り込んで行くと、たちまちカゴの中はカラフルな缶で一杯になった。

「わっ、こんなに飲むの?」

 ファッション雑誌を立ち読みしていた優奈がカゴの中を見て目を白黒させた。

「うん。あいつ大酒飲みだからね。あ、その雑誌もいるなら一緒に買うよ」と、そう言いながら優奈が立ち読みしていた雑誌を取ろうとすると、「うぅん、ほとんど立ち読みしちゃったから……」とそれを断り、優奈は残りのページを慌ててパラパラと捲った。

 そんな優奈を雑誌コーナーに一人残し、僕はレジへと向かった。
 が、しかし、成人雑誌コーナーにブクブクに太った男がポツンと立ち読みしており、そいつが雑誌を読むフリをしながら優奈のミニスカートの脚をチラチラと見ているのに気付いた。
 しかもその男が立ち読みしている本は、セーラー服の女の子が描かれた同人誌であり、たちまち不安を覚えた僕は優奈をレジに呼んだのだった。

「あいつ、雑誌を読むフリをしながら優奈の脚をジロジロ見ててさぁ……」

 そう言いながら横断歩道を上り始めると、缶がぎっしり詰まったコンビニの袋が僕の指に激しく食い込んだ。

「へえぇ……全然気付かなかったなぁ……」

 優奈は、そんなのいつもの事だから馴れてるよ、と言わんばかりにクスッと鼻で笑った。
 僕はそんな優奈の足下を見つめながら、「ねぇ……そのスカート……短すぎないかなぁ……」と呟いた。

「え?……颯くん、ミニスカート嫌い?」

 歩きながら首を傾げ僕の顔を覗き込む。

「いや、嫌いじゃないけどさぁ……ほら、さっきみたいな奴がいると心配だし……」

 優奈は僕の隣で「クスッ」と笑った。そして僕の腕に頬を擦り付けながら「颯くんが嫌ならもう履かないね」と、まるでベッドの中で囁くような口調で呟いてみせたのだった。

 深夜の巨大団地群は、ネットで見た香港の『九龍城』のように、荒んだ淋しさが貪よりと漂っていた。
 そんな団地群の遊歩道の脇にある小さな公園の倉庫の裏で、僕は優奈の細い体を両手一杯に抱きしめた。
 最初は僕の胸の中で「颯くん、痛いよぅ」と笑っていたが、しかし、リンスの甘い香りが漂う優奈のうなじに、ハァハァと荒い息を吐きながら唇を押しあてていると、そのうち優奈の唇からも微かに甘い息が漏れ始めて来た。

 立ったままミニスカートの中に手を忍ばせると、優奈はハアハァと吐息を漏らしながら「こんな所でヤダぁ」と細い太ももをピタリと閉じた。
 今の僕にはこんな所しか無いんだ……と、彼の図々しい顔を苦々しく思い浮かべながら、そんな優奈の太ももを優しくこじ開けた。

 綿のパンティーの隙間に指を滑り込ませると、指先に陰毛がジリジリと触れた。
 そのまま股の中に揃えた人差し指と中指を押し込み、第二間接をゆっくりと曲げた。
「ぬちゃ」という感触と共に、まるで高熱を出した子供の腋の下のような熱さが二本の指を包み込んだ。

 いつの間にこうなったのか、優奈の性器はびっくりする程に濡れており、しかも指にまとわりつくその汁は、いつもの汁とは違い妙に粘着力があり、まるで納豆のようにネバネバしていた。
「んん……」と、眉を顰める優奈を抱きしめながら僕は優奈の耳元に囁いた。

「どうしたの?……ここ、凄く濡れてるよ……」

 すると優奈は、僕の胸の中で恥ずかしそうに俯きながら、「もうすぐ生理だから……」と小さな声で呟いた。

「ここで入れていい?」

 僕は優奈の頬に唇を押し付けながら聞いた。優奈は俯いたままコクンと小さく頷いたのだった。

 優奈の背中を倉庫の壁に押し付けた。
 濃厚なキスをしながらズボンのチャックを開け、今にも破裂しそうなペニスを捻り出した。
 ネトネトと舌が絡み合い、静まり返った公園の裏にペプペプっという粘着力のある音が響いた。相変わらず優奈の唾液は甘く、僕は口内に溜る優奈の甘い唾液をゴクリと飲み込んだ。

「寒くない?」と聞きながら、優奈の細い左足を右腕にソッと抱えた。
「大丈夫……」と答える優奈の目は、野外というスリリングな場所のせいか、いつもよりアグレッシブに輝いていた。

 倉庫の壁に背中を押し付けながら、卑猥に開らかされた股間にペニスをグリグリと擦り付けた。
 夜風がヒュッと吹き、公園の草木がザワザワと揺れ、足下の砂利がジリジリと鳴った。
 見事に細く長い美脚を腕に抱えながら「入れるよ」と優奈の顔を覗き込んだ。
 草木から洩れる街灯に照らされる優奈は、神秘的なエロスを漂わせながら「入れて……」と囁いた。

 ペニスがヌルッと滑り込むと同時に黒いニーハイに包まれた左脚がピクンッと跳ねた。
 小さな美少女は、「あんっ……」と切なく囁きながら僕のうなじにキスをした。
 優奈の小さな体をがっしりと押さえ込みながら腰を動かし始めると、優奈は僕の耳に唇を押しあてながら切ない喘ぎ声を吹き掛けた。

 そんな優奈の喘ぎ声が腰の動きと共にリズミカルなってきた頃、突然、何やら激しく息を吸い込んだような「ひっ!」という小さな叫びが僕の耳に飛び込んで来た。

「!?……どうしたの?」

 そう聞いた瞬間、僕は背後に人の気配を感じた。慌てて振り向くと、そこには彼が呆然と立ちすくんでいたのだった。


      ※


「あんまり遅いからさぁ、なんかあったのかと思ってね……」

 団地の遊歩道を先に歩く彼は夜空を見上げながらそう言った。
 そして、後からトボトボと付いて来る僕達にいきなりパッと振り向くと、「ほら、最近、ここの団地の悪ガキたちが新しい暴走族作っただろ、だから余計心配しちゃったんだよね」と呟き、意味もなく酒の入ったコンビニの袋をグルグルと回し始めた。

 結局、優奈とは最後までできなかった。
 普通なら、あんな場所でそんな事をしている僕達に気を使って「先に帰ってるから」とその場を立ち去るものだろう。いや、その前に、そのシーンを目撃した時点で、声を掛けずに立ち去るのが人間のマナーと言うものだ。

 しかし彼は違った。
 何度も言うが彼は図々しい男なのである。だから、その場の空気を読んだり、人に気を使うなんて事を彼に求める方が無理なのだ。

 実に厄介な野郎だ……。そう忌々しく思いながら、僕の隣で恥ずかしそうに項垂れている優奈に「ホントにごめんね」と囁く。すると優奈は、まるで電気が付いたように顔をポッと赤くにさせながら、細い首を弱々しく左右に振ったのだった。

 部屋に戻ると、コタツの上にはキッチンにあるはずの食パンや缶詰が散乱していた。
 昨夜の夕食の残りの筑前煮まで置いてあると言う事は、彼は冷蔵庫の中まで漁ったようだ。

 彼は「寒い,寒い」と言いながらコタツの中に潜り込むと、さっそくコンビニの袋の中から缶ビールを取り出し、それをグピピピッと飲みながら、『龍が如く』の続きを始めた。
 時刻は既に一時を回っていた。プレステのコントローラーと缶ビールを急がしそうに交互に手にしている彼は、恐らく、今夜はこのままここに居座るつもりだろう。

 くそう……。僕はテレビの画面を見つめながら歯軋りをした。本当なら、今頃は海外ドラマの『アルカトラズ』を優奈と二人してドキドキしながら見ているはずだった。なのに、今、テレビに映っているのはひと昔前に流行った『龍が如く』であり、しかもそれをコントロールしているのは最も憎らしい彼なのだ。

 いっその事、不法侵入で警察に訴えてやろか……。苦々しくそう思った矢先、彼はそんな僕をチラッと見つめると、「飲まないの?」とコンビニの袋に入った酒を指差し、そして「飲めばいいじゃん」と呟きながらその指で筑前煮を摘まみ上げては、野良犬のようにムシャムシャと食った。

「言われなくても飲むよ……」

 僕は小声でそう呟きながら、コンビニの袋の中から乱暴に酎ハイを取り出すと、「優奈も飲む?」と未だ俯いたままの優奈の顔を覗き込んだ。

「おお、飲め飲め、確かカクテルとかもあったぞ」

 画面を見つめる彼がコントローラーをカチカチ音立てながら呟いた。僕はもう本気で警察に通報したい衝動に駆られていたのだった。

 そんな図々しい彼にイライラしなが酎ハイをグビグビと飲んでいると、いつの間にか時刻は三時を過ぎていた。
 いつからそうなったのかわからないが、いつの間にやら優奈は彼が操る『龍が如く』に夢中になっていた。
「そこを右に行ったらいいんじゃないの?」などとアドバイスしたりしながら、戦闘シーンになると彼と一緒になってキャーキャーと騒ぎ出し、挙げ句の果てには「このヤクザ、私にやっつけさせて!」と、彼からコントロールを奪い取る始末だった。

 僕は一人ポツンと残された気がした。
 なにやら優奈が彼に奪われたような気がして急に淋しくなった。
 僕は、楽しそうに彼とゲームをする優奈の横顔を見つめながら(くそったれ……)と呟くと、かれこれ四本目の酎ハイの蓋をパキッ!と開けたのだった。

 ふと気がつくと、いつの間にか僕はコタツでひっくり返ったまま眠ってしまっていた。
 本来、僕は非常に酒が弱い。ビールだと一口飲んだだけでたちまち吐き出してしまう程の酒嫌いだった。しかし酎ハイはジュースのように甘く飲みやすかった。だから僕は彼への腹いせに、調子に乗って酎ハイを六本も開けてしまっていたのだった。

 そんな僕は、目は開いているものの、体が思うように動かなかった。それは小学生の時に林間学校で初めて金縛りに遭った時と同じ感覚だった。

(くそう……頭がガンガンする……)

 そう思いながら顔を横に向けると、いつの間に吐いたのかネトネトのゲロが頬から首もとにダラリと垂れていた。

(優奈……ティッシュ取って……)

 ゲロの酸っぱい匂いに包まれながら必死にそう言おうとするが、しかしなかなか声が出てくれない。

 と、その時、突然、コタツの向こう側から「イヤ。ダメだって……」という、何やら秘密めいたコソコソ声が僕の耳に飛び込んで来た。

(嘘だろ?)

 僕は目をカッと開かせながら天井を見つめた。そしてそこで初めて気付いた。なんと天井にぶら下がる電気はいつの間にか豆電球になっていたのだ。

 僕は今のこの状況を把握しようと、アルコールでグワングワンと回る脳を必死に落ち着かせた。
 どうやらテレビは付いているようだった。しかし、さっきまで聞こえていたゲームの音はすっかり消えてしまっていた。

 大の字になって広げていた手で優奈を探す。しかし、ついさっきまで隣りにいた優奈の姿はそこに無く、優奈が座っていたクッションからも優奈の温もりは全く感じられなかった。
 しかし、確かにコタツの向こう側には人の気配がする。恐らく、いや絶対に、そこにいるのは優奈とそして彼なのだ。

(嘘だろ?)と、もう一度自分に問い掛けた。

(これは何かの間違いだ、きっと酔っぱらって一日寝過ごしてしまったんだ、だから怒った優奈はとっくに帰ってしまい、コタツの向こう側にいるのは彼一人なのだ……)

 そう思い込もうとしている矢先に、またしてもコタツの向こう側から秘密めいた声が聞こえて来た。

「ダメだって……起きちゃうよぅ……」
「大丈夫だって。あいつはガキの頃から酒がメチャメチャ弱いんだから……」
「ヤダぁ、くすぐったいよぅ……」
「な、いいだろ、キスだけだって……」
「……ホントにキスだけ?」

 そんな残酷な言葉の後に、コタツ布団がガサゴソと蠢く音が響き、そして、さっきあの公園で聞いたようなペプペプっという舌が絡まる音が聞こえて来た。

 しつこいようだが、彼は図々しい男だ。
 人の家に勝手に上がり込み、人の家の冷蔵庫を漁り、そして人の家の晩ご飯の残りの筑前煮を平気で食べてしまう男だ。
 そんな彼なら、僕の彼女も何の躊躇いも無くヤってしまうだろう……

 それはわかっている。彼がそんな男だと言う事は百も承知だ。が、しかし、優奈は違うだろう。まさか、彼氏の家で彼氏がすぐ隣りで寝ているその場で、まさか堂々と浮気なんてしないだろう、いや、するはずがない!
 そう心の中で叫んだ瞬間、不意にさっきあの公園で囁いた優奈の言葉が甦った。

(もうすぐ生理だから……)

 確かに、あの時の優奈の性器は尋常じゃない濡れ方だった。ワレメから垂れた濃厚な汁が、太ももに食い込むニーハイのゴムにまで達していたのは紛れも無い事実だった。

 しかし、例え生理が近くて異常欲情しているとしても、まさか彼氏が寝ているすぐ横で浮気をするなんて、そこまで優奈は常識はずれな女なのだろうか?

 いや、やはりこれは何かの間違いだ。あの声は絶対に優奈の声じやない。その女はきっと彼がどこかの女を引っ張り込んだに違いないのだ。そうだ、そうに決まってる。優奈はあれだけお気に入りだったミニスカートを、あれだけ生活指導の先生から注意されていたミニスカートを、いとも簡単に(颯くんが嫌ならもう履かないね)とまで言ってくれた女だ。そんな優奈が僕が寝ている隣りで浮気なんかするはずがない!

 そんな結論に達した時、今まで力が抜けていた両腕にみるみるとパワーが漲り、ようやく両手が自由に動くようになった。

(よし、この目でハッキリと確かめてやる!)

 そう思いながら両手を床に付いて起き上がろうとした時、僕の耳に想像を絶する残酷な言葉が飛び込んで来たのだった……


(後編へ続く→)


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