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 再び特Bに戻ると、夜勤の業務内容などを前園さんから細かく教えて貰った。

「ここの夜勤は、夕方の六時から朝の六時までです。業務と言っても大したことはありません。まぁ、警備員みたいに3時間おきに見回りすればいいだけです。っていうか、わざわざ見回るのも面倒臭いですからモニター見てればいいですよ」

 前園さんはそう笑いながら、4台が2列に並んでいる防犯モニターを見つめ、四号室を映し出しているモニターにリモコンを向けた。

「リモコンの、この『+』のボタンを押すとズームになりますから・・・・」

 そう言いながら前園さんはモニターをズームにすると、20インチのモニターにはベッドの上に座ったまま壁に向かっている茶髪患者の頭がズンズンとアップになり、モニターには彼女の茶髪の中にある頭皮までも映し出され、それはまるでカツラ会社の毛根チェクのようだ。

「凄いでしょ。これだけドアップにしても鮮明に映りますから」

 前園さんは自慢げに笑いながら、続いてリモコンの音量を押した。
「声もばっちり聞き取れます。って言っても、こいつら意味不明なことばかり言ってますから、声が聞き取れてもねぇ・・・」
 前園さんが呆れたようにそう笑うと、四号室のモニターのスピーカーから茶髪患者のブツブツと呟く声が聞こえて来た。

「・・・お母さんが悪いんだろお母さんとお爺ちゃんが私の貯金を使って和彦のオートバイの・・・・」

 そんな茶髪患者の意味不明な独り言がジワジワとフェードインしてくると、いきなり茶髪患者がガバッ!とモニターを睨みつけ、「なに見てんだ変態野郎!」とキツネのように吊り上がった目で狂ったように叫び、驚いた僕は思わず「わっ!」と身を仰け反らせてしまった。
「わははははは。これね、ズームにすると部屋のカメラがギィィィィンと動いて患者はズームで見られてることがわかるんですよ、はははは、だからこっそりノゾキなんてやってても患者にはバレちゃいますからね」

 前園さんは、驚いたままの表情の僕を見ながらケラケラと笑い、叫びまくっている茶髪患者のモニターのボリュームを下げたのだった。
「後の業務はクスリの投与だけです。消灯が九時ですから、その前の八時三十分に患者にクスリを投与してやってください・・・・」
 前園さんはそう説明しながら、クスリの袋がぎっしりと詰まっている事務机の引き出しを開けた。
「クスリは部屋番号で分けてありますから絶対に間違えないで下さいね」
 そう言いながら部屋番号が書かれた箱を取り出し、個々に与えるクスリの量を説明してくれた。
「あと、こっちのクスリなんですけどね・・・・」
 前園さんは、なにやら勿体ぶりながら別のクスリを取り出した。

「これ、強力な催眠剤です。就寝前のクスリ投与時にね、こっそり一粒ずつ混ぜてやるといいですよ。いやね、これは一応、違反なんですけどね、まぁ、市原さんも実際にここの夜勤やってみたらわかると思うんだけど・・・とにかく夜中に騒ぐ患者が多くてね・・・・」

 前園さんはその強力催眠剤を机に広げながら呆れたような表情で僕を見つめ、そして、一粒だけだったら死んだりしないから、と、ケラケラと笑い始めたのだった。
 そんな前園さんが「それでも・・・」っと言いながらゆっくりと立ち上がり、管理室のロッカー扉を開けた。

「それでもまだ騒いだり暴れたりする患者には、これ、使っちゃっていいですから」

 ニヤニヤと笑う前園さんが指差す先には、よく雑誌の裏の広告で見かける「防犯グッズ」がズラリと並んでいた。
「これがスタンガン。で、こっちが催涙ガス。三段警棒にスラッパー。ここにはなんでも揃ってますから」
 僕は驚きの余りに口をポカンと開いたまま、そのロッカーにぶら下がっているナスビのようなグッズをひとつ手に取ってみる。皮で出来た靴べらのようなソレの先には鉛のような固い物が仕込まれていた。
「それはレザースラッパーです。軽いですから携帯するにはいいですよね。でもね、それでおもいきり頭叩いたら、ふふふふふ、目ん玉飛び出ますよ」
 僕は慌ててソレを元に戻した。

 前々からこの病院では患者への虐待が噂されていたが、しかし、今こうしてソレをするための拷問グッズを堂々と目の前に見せつけられるとさすがの悪質看護士の僕でも足が竦んだ。
 そんな僕は、恐る恐る前園さんの顔を見ながらポツリと聞いてみた。
「これ・・・今までに使ったことありますか?・・・」
 すると前園さんは「ええ、スタンガンはよく使いますよ」と平然と答えた。そしてもうひとつのロッカーを開け、その中に保管されている皮マスクや革ベルト、そして手錠や足枷といった拘束グッズを僕に見せながら、とんでもない告白を始めたのだった。

「警棒やスラッパーなんかはここでは使いません。それは主に隣の特Aで使われる道具ですね。こっちでスタンガンが主流です。スタンガンは患者を脅すには一番効果的ですからね」

 そう話す前園さんは、事務机にゆっくりと腰を下ろすと、冷たくなったコーヒーを啜りながら得意気に話しを続ける。

「夜中に暴れ出した患者にはね、まずは廊下からスタンガンをバチバチとスパークしてるとこを見せつけるんですよ。あいつらバカだけど、さすがにあのバチバチにはビビりますよ。で、患者がビビってる隙に素早く部屋に入って喉元にスタンガンを押し付けてやるんです。いや、実際にはスイッチ入れませんよ、『スイッチ入れるぞ』って脅してやるんです。そうやって脅しながらベッドに寝かせてね、あとは拘束ベルトでベッドに体を縛り付けて皮マスクで口を塞いじゃえばもうどれだけ暴れても平気です」

 僕は興味と恐怖が入り乱れた目で前園さんを見つめながら、「実際にスイッチを入れたことは・・・」と聞いてみた。

「ありますよ。ヤツラには反省するという能力がありませんからね、実際に体で教えてやった方がいいんです。ですからベッドに拘束した後に足の裏とか指先とかにバチって一瞬電気流してお仕置きしてやるんです。この場合のコツは、電気を流す前に患者の耳元で『俺様に逆らうとこうなるんだ、よく覚えておけ』って囁いてやることです。それを何回か繰り返せば、大概の患者は命令に従うようになりますよ」

 前園さんはニヤニヤしながら冷めたコーヒーを飲み干し、そして、「ただし・・・」っと言葉を続けた。

「スタンガンやるとね、大概の患者は失禁するんですよ。それをそのまま放置しておくとね、朝の副院長の回診の時に虐待したのがバレてしまうんですよ・・・ですから、拘束した患者が失禁した時には、素早く下着を取り替えたほうがいいですよ。主任は知らん顔してくれるけど、副院長は虐待にはうるさいですからね・・・・」

 僕はそんな前園さんのその壮絶な話しを聞きながらも、なにやらモヤモヤとした不謹慎な気持ちが胸に溢れて来た。
 拘束されて失禁した患者の下着を取り替える・・・・
 そうなれば、当然、患者の性器は丸見えだ。いや、どさくさに紛れてソレを触ることも出来るかも知れない。
 多少なりともSMというものに興味があった僕は、密かにそんなシーンを思い浮かべながら胸をドキドキさせていたのだった。


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 翌日、さっそく僕は初夜勤を担当することになった。
 そんな僕に、鏡嶋主任は、「まぁ、わかんないことがあったらインターホンで本棟に聞くといいから、とにかく事故だけは起こさないようにね」と、責任を怖れているのか何度も何度も同じ事を言った。
 そして、引き継ぎ時の患者のデーターを1枚だけ僕に渡すと、そそくさと地上へと出て行ったのだった。

 さっそく僕はひととおり居室を見回りする。
 廊下に響く僕の足音に、攻撃的な目を向けて来る患者もいれば明らかに怯えている患者もいる。
 そんな患者達を一人一人監視しながら歩く僕は、まるでヒトラーのような権力者になった気分だった。
 僕は居室を全て見て回ると、今度は管理室にある監視モニターを弄り始めた。
 六人の精神異常者がそれぞれ奇怪な行動をしている。

 これは見ていておもしろかった。

 まるで、水槽の中にいる獰猛な爬虫類を見ているような気分だ。
 ほとんどの患者は、まだぐったりとベッドで横になっていた。
 前園さんが言うには、彼女達は完全な夜行性で、夜になると活動を始めるらしい。
 だから就寝前には必ず睡眠剤を投与した方がいいと言われたが、しかし、初日の僕はテンションが高まっているせいか、そんな彼女達をじっくり観察していたい、そんな気分だった。

 そうやってボンヤリとモニターを眺めていると、ふいに凄いシーンが目撃することができた。
 そう、六号室の患者が床の穴の便所に跨ごうとしているのだ。六号室の患者というのは、初日に前園さんからタバコを貰っていた、あのハイヒールモモコに似た下品なおばさんだ。
 僕は初めて目にするそのシーンに胸を熱くしながら六号室のモニターに齧り付いた。
 モモコ患者は、気怠そうに床の穴の上に立つと、緑色の院内着の裾から白いパンティーをスルスルっと下ろした。腰を下ろしてゆっくりと股を開く。両膝に引っ掛っている白いパンティーがビーンと伸びて広がっていた。
 慌ててリモコンを手にした僕はすかさずカメラをズームにしようとしたが、しかし、ズームにすると部屋のカメラのレンズが動き、患者にズームしているのがバレてしまうのをふと思い出し、ならば音だけでもとズームを諦めた僕は音量を上げたのだが、しかし、興奮する僕は、ついついリモコンの音量ボタンとズームボタンを間違えズームのボタンを押してしまった。
 ギィィィィンっとズームされたモニターにモモコ患者がパッと見上げた。
「しまった!」
 僕は慌ててズームを引きに戻すが、しかし、僕がトイレシーンをカメラで覗いているのは既にモモコ患者にバレてしまっている。
「どうしよう・・・・」
 僕は、モニターに映っている、カメラをジッと見上げているモモコ患者の顔を見ながらあたふたと焦り始めた。するとモモコ患者は、床の穴に跨がったままカメラを見上げ何かを喋り始めた。僕は焦りながらもモモコ患者が何を言っているのか異常に気になり人差し指でソッと音量を上げてみた。

「ねぇ・・・凄く気分が悪いの・・・すぐに部屋に来て・・・・」

 モモコ患者はカメラに向かってそう言いながら、急に胸を押えてはゲボゲボと嗚咽している。
 とたんに僕の胸がゾクっと震えた。
 明らかに演技と見られるそのモモコ患者の姿に僕は何かを期待し始めていた・・・・

 慌てて六号室に駆けつけると、モモコ患者はまだ穴にしゃがんだままだった。
 モモコ患者は、両膝に白いパンティーをピーンと広げたまま股を広げ、わざとらしく胸を押えては廊下から覗き込む僕に「おいでおいで」と手を振っている。
 僕はそんな姿を見ながら、ズボンの中でペニスが急速に固くなっていくのを感じた。
「ねぇ・・・・」
 モモコ患者が廊下の僕を呼ぶ。
 僕はズボンにぶら下がっている鍵を指で摘むと、「大丈夫ですか?」と言いながら六号室のドアを開けたのだった。

 部屋に入ると、狭い六畳の居室に籠っていたモモコ患者の生温かい体温がムワっと僕を包み込んだ。
 僕はスタスタとスリッパを鳴らしながら床の穴にしゃがんでいるモモコ患者に近寄ると、しゃがんでいるモモコ患者を見下ろした。
「どうしました?」
 そう尋ねる僕の目には、モモコ患者のしゃがんだ股にモジャモジャと生えている陰毛が映っていた。

「おしっこがしたいんだけど出ないの・・・・」

 モモコ患者は自分の股の中を覗き込んだままポツリとそう呟いた。

「オシッコが出ないって・・・・困ったなぁ・・・・」

 僕はドキドキしながらそう呟き、どうしようかと焦った。
 僕が監視カメラで覗いているのを知る前は、普通に小便をしようとしていたのに、しかし僕がカメラで覗いていると知るなりいきなりこんな事を言い始めたモモコ患者。
 彼女は、明らかに新任の僕をからかっているに違いなかった。
 そう思った僕は、それならそうと僕だってそれなりに・・・と卑猥なことを想像する。
 このモモコ患者は、精神異常者ではあるものの女としての体はかなりソソるものを持っており、そこらの安売りデリヘル嬢なんかよりずっと色っぽかった。

 僕はそんなモモコ患者のモジャモジャの陰毛を見下ろしながら、素直にその開いた股を正面から見てみたいと言う衝動に駆られた。これが前園さんだったら「どれどれ・・・」っと普通に彼女の股を覗き込むだろう。しかし僕にはまだその第一歩が踏み出せない。
 するとモモコ患者が焦れったそうに「あんた看護士なんでしょ、なんとかしてよ」と言いながら、いきなり僕のズボンの端をグイッと引っ張った。
 いきなりズボンを引っ張られた僕は、そのままストンっとモモコ患者の前にしゃがむ形になった。
 僕の真正面にモモコ患者のニヤニヤと笑う顔が浮かんでいた。
 モモコ患者の大きなクリクリ目玉が精神異常者特有のギラギラとした不気味な輝きを放っている。
 そんなモモコ患者の異様に輝く目を見つめながらも、僕は、スッピンの顔というのはそれなりにエッチな顔なんだな、と、ふと思った。

「ねぇ・・・見てよここ・・・尿道になんか詰まってるかも知れないから・・・・」

 モモコ患者は更に目を輝かせながら、自分の股間を指差しながらそう笑った。
「あ、は、はい・・・・・」
 僕はそのモモコ患者のギラギラと輝く目が急に恐ろしくなり、彼女の目から目を背けるようにして彼女のしゃがんだ股間を覗き込んだ。
 一瞬、強烈なアンモニアのニオイがツン!と僕の鼻を襲った。
 そのニオイが、今、僕の目の前で、牛の舌ベラのようにダラリンと垂れているこの小陰唇から漂ってくるものなのかと思い一瞬「うっ」と吐き気がしたが、しかし冷静に嗅いでみればそのニオイは床にポッカリと開いている穴の中から漂って来るものであり、それがモモコ患者のアソコの匂いではないことに気付いた僕はとりあえずホッとした。

「どお?・・・なにか詰まってる?・・・・」

 モモコ患者は僕を挑発するかのようにいやらしい声でそう囁き、そして右手の人差し指と中指でソレを大きく広げながら「中までよく見てよ・・・」っとしゃがんでいる腰を反らせた。
 そんなモモコ患者の性器には、左右大きさの違う真っ黒な小陰唇がだらしなくぶら下がっており、その奥にある膣口も充血しているかのように真っ赤に爛れては、目も背けたくなる程にグロテスクだった。

「そうですね・・・こうやって見ている分には、なにも詰まっていないようですが・・・・」

 僕は強烈に勃起しているペニスを悟られないように股をしっかりと閉じながら、モモコ患者のしゃがんだ股間を看護士的に間近で覗き込んだ。
 ジロジロと股間を覗き込んでいると、ふと、モモコ患者の膝でピーンと広げられているパンティーの裏側が目に飛び込んできた。白いパンティーのソコには、黄色とオレンジ色が交じったような複雑なオリモノが大量に擦り付けられており、使用済み下着に興味を持っている僕はそんな下着の裏側の汚れに激しく興奮させられた。

「もしかしたら何かが詰まってるかも知れないじゃない・・・なんとかしてよ、あなた看護士でしょ・・・・」

 モモコ患者がそう言いながらしゃがんでいる股を僕に突き出した。それを見た僕は、とたんに頭をクラクラさせる。そして「はっ」と気がつくと、なんと、無意識のうちに彼女のソコにピーンと立てた人差し指を伸ばしているではないか。
 僕の人差し指の先は、恐る恐るモモコ患者の尿道をクチュっと押した。僕の指先にジメッとした湿りが伝わる。
 モモコ患者は囁くような小声で「もう少し上・・・」っと肉付きの良い唇を震わせた。
「・・・ここ・・・ですか・・・・」
 恐る恐るそう呟く僕の指先は、ぷっくりと膨らんでいる陰核を押し潰していた。
「あん・・・・」
 いやらしい声を出したモモコ患者の真っ黒な肛門が「ヒクッ!」と窄んだ。
 その瞬間、パックリと口を開いていた膣口から、ニトーッ・・・・と透明の汁が糸を引いて垂れた。

「そこ・・・もっとグリグリして・・・・」

 モモコ患者は僕の肩に倒れ込むように上半身を傾けながら、僕の耳元にいやらしく囁いた。
「こ、こうですか・・・・」
 僕は必死になってモモコ患者のぷっくりと膨らんだ陰核をコリコリと指で回す。
「あぁぁん・・・そうよ・・・もっとクリクリして・・・・・」
 僕は頭の中がグラングランと激しく回り、今にもその場に尻餅を付いてしまいそうになっていた。
 クチャクチャクチャ・・・っといやらしい音が、コンクリートに囲まれた狭い部屋に響き渡る。
 すると突然、モモコ患者が「あん、おしっこ出る・・・・」と僕の耳に生温かい息を吐いた。

「シュッ!シュビビビビビビ・・・・・」

 モモコ患者の尿道から激しい小便が、威嚇するかのような音を出しながら噴き出した。
 陰核を指でクリクリしていた僕の拳に、生温かいモモコ患者の小便が吹きかかり、次第に僕の手は生温かい小便に包まれていった。
 こんなに間近で女の人の放尿シーンを見るのは初めてだった。今まで、何度も看護婦のトイレを覗いたことはあったが、しかし、さすがにこんなにも間近に見ることは出来なかった。
 シャーっと勢い良く飛び出す小便を僕が呆然と見つめていると、いきなりモモコ患者が僕の耳元で「しゃぶってあげよっか・・・」っと囁き、僕の耳たぶをペロッと舐めたのだった。

 僕のペニスは既に破裂寸前で、スボンの中のソレは先っぽから大量のカウパー腺液を溢れ出しては、僕の太ももをネチネチと汚している。しゃがんでいる彼女の目の前に勃起したペニスを突き出し、グチャグチャにしゃぶって欲しい、と、そんな衝動に駆られた僕がゆっくりと体を起こそうとすると、いきなり背後から「市原さん!」という声が響いて来た。

 ビクン!としゃがんでいた体を跳ね上げた僕は、「あっ、あっ、ちょっと、あっ・・・・」と、焦りながら肩に絡み付いているモモコ患者の手を振り解き、そして慌てて立ち上がっては振り向いた。
 六号室の入口には、前園さんが仁王立ちしながら僕をジッと睨んでいた。

「いや、これは、この患者の尿道に・・・・・」

 あたふたになっている僕の後で、モモコ患者が意味ありげに笑う「ふふふふふ」っという笑い声と、カサカサとティッシュでアソコを拭いている音が同時に聞こえて来た。
「とにかく、管理室まで来て下さい・・・・」
 前園さんは、溜息混じりに呆れたような口調でそう言うと、そのままクルッと背を向けてはスタスタと廊下に消えて行った。
 焦った僕は、「いや、これはですねぇ・・・」っと必死に呟きながら、慌てて六号室を出ようとする。
 そんな引き攣った表情の僕が六号室のドアの鍵を閉めていると、ベッドに座ったモモコ患者が不敵にニヤッと微笑んだ。
 その瞬間、一瞬にして萎れてしまった僕のペニスの先からニュルッとカウパー腺液が溢れ出し、僕の太ももに激しい不快感を与えたのだった。


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「あれは危険ですよ市原さん・・・・」

 いかにも非番らしきジャージの上下を着込んだ前園さんが、事務椅子に座りながら大きな溜息を付いた。
 僕は項垂れながらも「すみません、つい・・・」と簡易ベッドの上に座った。

「六号室の患者はね、過去に3回も殺人未遂を起こしている凶悪犯です。今回だって、同室の患者の髪をライターで燃やすという凶悪事件を起こして特別病棟に隔離された危険人物ですからね、十分注意しておかないと大事故に巻き込まれてしまいますよ・・・・」

 前園さんはそう言いながら苦そうに煙草を吸った。そんな前園さんの右耳の穴の中には、なぜかパチンコの玉が押し込まれていた。
 前園さんは、「絶対に1人で患者の居室には入らないように」と何度も念を押した。
 そして「特に八号室の殺人犯には絶対に接触しないように」、と、なぜか異常にそればかりを強調し、差し入れのチョコレートとポテトチップスを置いて帰っていった。
 そんな差し入れのチョコレートとポテトチップスは、明らかにパチンコの景品だった。


 前園さんが帰ってから、僕は僕なりに反省した。
 確かに、精神異常の患者の部屋に1人で入り、患者の股間を覗くという行為は異常すぎる程に異常過ぎる。もしあのままモモコ患者にペニスを銜えさせていたら、もしかしたら僕のペニスは、今頃ウィンナーソーセージのようにモモコ患者に噛み砕かれているかも知れないのだ。
 それをリアルに想像して背筋をゾクっとさせた僕は、監視モニターに映るモモコ患者を見つめながら、ふと思い出したように彼女の陰核をクリクリとしていた人差し指をソッと嗅いでみた。
 僕の指先には、強烈な熟女のニオイが漂っていた。それはまるで、北千住にあるピンクサロンのサヤカちゃんという年齢不詳のオバさんのアソコの匂いにそっくりだった。
 そんな強烈なイカ臭を嗅ぎながらモニターに映るモモコ患者を見つめていると、なぜか猛烈に腹が立って来た。今からスタンガンを持って六号室に乗込み、拘束ベルトでベッドに固定してはイヤというほどに中出ししてやりたい衝動に駆られ、僕の頭はカッカとしてきた。

 そんな怒りをムラムラと感じていると、いつしか僕のペニスが再び熱くなって来た。
 僕は事務机に座りながらスボンを下ろすとビンビンと脈を打っているペニスを剥き出しにした。
 ソレをガッシリと握り、ゆっくりと上下にシゴくと、下半身から胸にかけてジワっと快感が走った。
 僕はペニスをシゴきながらモニターのリモコンを握った。そして六号室のモニターをズームにする。カメラのズームに気付いたモモコ患者が天井のカメラを見上げた。
 ベッドの上で壁に凭れながらボンヤリしていたモモコ患者は、カメラに向かってニヤッと微笑むと、ゆっくりと右手を自分の胸にあてた。

(ふざけやがって・・・挑発してるのかコイツ・・・・)

 僕は激しくペニスをシゴきながら、モニターに映る精神異常者を見つめる。
 モモコ患者は、まるで赤ちゃんに乳をやるかのように院内着の胸元から大きな乳房をポロンと溢れさせると、人差し指の先をドス黒い乳首にあててはそれをクリクリと転がした。

(キチガイ女め・・・・もっとヤレ・・・もっともっとヤって見せてみろ・・・・)

 僕はモニターに映るモモコ患者にペニスを向けながら、事務椅子をギシギシ音立ててはペニスをシゴく。
 モモコ患者は、乳首を弄りながら院内着の帯を解き、そのムチムチの肉体を曝け出すと、そのままベッドに寝転がりゆっくりとパンティーを脱ぎ始めた。
 緑色の院内着を羽織っただけのモモコ患者は、カメラに向かって大きく股を開くとそのグチョグチョのオマンコを弄り始めた。20インチのモニターに精神異常者の性器がアップで映し出された。モモコ患者の指が性器に擦れる度に、モニターのスピーカーからは微かにペチャペチャという音も聞こえて来る。

(指入れろ指・・・スボっと奥まで入れて滅茶苦茶に掻き回してみろキチガイ女・・・・)

 僕はそう思いながら、どこに射精しようか悩んでいた。できることならモニターに映っている性器にぶっかけてやりたいが、しかしそこまで精液は飛ばないだろう。
 僕は慌ててティッシュを探した。
 事務机の引き出しをガタガタと開けては中を探すがそこには書類しか入っていない。立ち上がった僕は管理室の中を見回しながらティッシュを探す。そして簡易ベッドの横に並んでいるロッカーをひとつひとつ開けては中を覗く。
 ほとんどガラクタしか入っていないロッカーを進んで行くと、ひとつだけ鍵が掛かっているロッカーを発見した。
 そのロッカーには「前園」っと、マジックで殴り書きされた紙切れが両面テープで張付けてあったのだった。

 僕は勃起したペニスを剥き出しにしたまま、前園さんのロッカーの鍵穴に爪楊枝を押し込んではカチカチと鍵を開け始めた。僕は、これまでに看護婦のロッカーの鍵を何度も破錠した経験があり、こんな安物のロッカーなど破錠するのは朝飯前だった。

 なぜ僕が前園さんのロッカーの鍵を破錠し始めたのか?

 決してティッシュが欲しかったからではない。なにか妙に前園さんのロッカーが怪しいと思ったからだ。
 そんな安物ロッカーはものの一分程度でカチャッと音を立てて開いた。
 ロッカーの中は、まるで百円均一の雑貨屋のように、ありとあらゆる物が所狭しと押し込まれていた。カップ麺、煙草、スナック菓子、リポビタンD、エロ雑誌、衣類、ファブリーズ、長靴、綿棒、シャンプー、ノートパソコン、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」三・四巻と、そして山のような領収書・・・・
 そんなガラクタの中に、古いパチンコ雑誌が三十冊ほど積み重ねられ、それがビニールひもで括り付けられ模型の高層ビルのようになっていた。

 僕はそんなパチンコ雑誌の裏に手を突っ込んだ。
 その積み重ねられている雑誌が、まるで何かを隠しているかのように見えたからだ。
 そんな雑誌の裏から僕は怪しげな紙袋を発見した。
 果たして僕の予感は的中した。
 そう、その紙袋の中には、あらゆるアダルトグッズと大量のコンドーム、そしてポラロイドカメラで撮影された卑猥な写真の数々が、まるで大人のおもちゃの「おたのしみ袋」のようにぎっしりと詰まっていたのだった。


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 僕は、紙袋の中身を事務机の上に取り出した。いつの間にか僕のペニスはダラリと萎え、事務椅子に腰掛ける僕の股間からニトーッと垂れたカウパー液が床に水溜まりを作っていた。

 今だにモニターに映るモモコ患者は、両足を出産時の妊婦のように広げてはアンアンと喘いでいるが、しかし今はそれどころではなかった。
 前園さんのロッカーに隠されていた紙袋の中には、電動バイブ、巨大ディルド、ピンクローターに電マといったアダルトグッズがゴロゴロと詰まっていた。
 それらは明らかに女性用のアダルトグッズばかりで、それがここに置いてあるということは、これを使用するのは特Bに収容されている患者としか考えられなかった。

 そしてそれを証明するかのように、そのグッズを使っている患者達を撮影しているポラロイド写真が百枚近くある。
 これはきっとデジカメがまだそれほど普及されていない頃の写真と思われ、そのポラロイド写真の日付も、やはり1997年の物ばかりだった。それは、特Bの夜勤が長い前園さんが、かなり以前から患者への性的虐待をしていた事を示す証拠だった。
 そんなポラロイド写真に写る患者達は、そのほとんどが全裸のまま拘束ベルトで固定されている物が多く、固定されたまま電動バイブを性器に入れられているものから、真っ赤なロウソクを垂らされているもの、又は、目も背けたくなるような大量の汚物が撒き散らされたスカトロ写真なども交じっていた。

 そんな写真の数々を、背筋が凍る思いで見ていた僕は、そこでなんとも凄まじい1枚の写真を発見した。
 それは、十代と思われる幼い少女の写真だった。その少女は口に猿ぐつわを噛まされ、素っ裸の全身を拘束ベルトでベッドに固定されていた。
 その時の意識はあるらしく、少女は大きな目をギョロっと開いている。そんな身動きできない少女の体に1人の男が腰を振っていた。
 男は、両肩に極彩色の刺青を入れており、そんな彼が病院の職員ではない事は明らかだ。

(こいつは誰だ?)

 部外者がこの病棟に出入りするのはまず不可能だ。この地下にある特Bに来るまでにはいくつかのゲートを通過しなくてはならず、そのゲートは本棟にある監視室から監視カメラで逐一チェックされているため、侵入者や脱走者があった場合はすぐに警備員が駆けつけるシステムになっている。だから部外者がこの地下の特Bに侵入するのは、例え前園さんの手引きがあったとしてもまず不可能なのだ。
(では、いったいこいつは誰なんだ?)
 そう震えながらその悲惨な写真を見つめていた僕の頭に、ふと、あるシーンが浮かび上がった。
(・・・・まさか!)
 僕はその写真に映っている男のイレズミをしっかりと頭に焼き付けると、そのまま管理室を飛び出した。居室には目もくれずに特Bの廊下を走り抜けると、廊下の突き当たりを右に曲がって頑丈な鉄扉の前に立った。

『特別第三A病棟入口・関係者以外立ち入り禁止』

 そんな威圧感漂うプレートが掲げられている鉄扉に、震える手で鍵をガチガチと差し込むと、僕は大きく深呼吸しながら、ゆっくりとその重い鉄扉を開けた。
 扉を開いた瞬間、ズラリと並ぶ特別室の廊下にどこかの部屋から聞こえて来る男の泣き叫ぶ悲鳴が響いていた。

「もうしませんから許しでくだじゃい!」

 そんな中年男の叫び声の後に、バシっ!という鈍い音が続き、すかさずその中年男の「ぎゃゃゃゃ!」という悲鳴が響いた。
 一瞬にして僕の足が竦む。
 しかし、もうここまで来てしまった以上、ソレを確かめるまでは帰るわけにはいかない。

 僕は誰もいない廊下を、スリッパの音を立てないように素早く移動した。
 それを確認してどうこうするつもりはないが、しかしこの病院には何かとんでもない秘密が隠されているような気がして、それをただ単に知りたかっただけなのだ。だから僕は、一刻も早くソレを確認だけして、このアウシュビッツのような病棟から逃げ出したかった。

 確か、ヤツがいたのは真ん中辺りの部屋のはずだった。僕は1部屋ずつ覗き込みながら素早く移動する。
 いきなり部屋を覗き込む僕に、牙を剥き出しては扉に体当たりしてくる患者や、物を投げて来る患者、又は、僕の目をジッと見つめながら、絞め殺されるニワトリのような奇声をあげる患者など、この病棟の患者は凶暴なヤツばかりだった。
 僕はそんな患者達にいちいち怯えながら急いで部屋を覗き移動した。
 すると、七号室と書かれた部屋に、ランニングシャツから刺青を出している男がスパスパと煙草を吸っているのを発見した。
 そう、この男は確か名前を中村といい、以前前園さんが「特に凶暴なヤツだから気をつけるように」と教えてくれた男だった。

 男は、いきなり部屋を覗いた僕に、一瞬、ギョッとした表情で動作を止めた。もちろん、部屋内での喫煙は禁止されている。っというか、煙草を病棟に持ち込むことすら、この病院では絶対に禁止されていることなのだ。
 僕は、この男がどうやって煙草を部屋に持ち込んだのかと一瞬不思議に思ったが、しかし今はそれどころではない、今は、彼のイレズミとポラロイド写真に写っていたイレズミが同じかどうかを確認するのが先決なのだ。

「・・・な、なんだよテメェは・・・・」

 男は火の付いた煙草をソッと後に隠しながら、ゆっくりと立ち上がった。今にも、この強化アクリルをぶち破って僕に襲いかかって来そうな迫力でノシノシと扉に近付いて来る。
 僕はそんな男の右肩に彫られている「おかめとひょっとこ」のイレズミをはっきりと確認した。間違いない。この男は、あのポラロイド写真に写っていた男に間違いない。
 それを確認した僕は、男がジワジワと迫って来る鉄扉から一歩下がった。
 そして特Bの方向へ体を向けようとした時、いきなり廊下の奥から「おい!」という威圧的な怒号が僕の背中に降り掛かった。

「なんだおまえは!」

 僕が慌てて振り向くと、そこには、まるで柔道の金メダリストのような体格をした屈強な男が三人、僕を恐ろしい目で睨んでいた。

「あ、いや、僕は、その、隣の特Bの夜勤看護士でして・・・・」

「特B?・・・メス豚の飼育係がウチに何の用だ・・・・」

 まるで刑務所の刑務官のような制服を着た厳つい大男が、肩を怒らせながら僕に向かってノッシノッシと向かって来た。
 そんな大男達の足下には、顔中をパンパンに腫らせては、まるでホラー映画の特殊メイクのような顔をした患者が、大男のうちの1人に襟首を掴まれては引きずられたままヘナヘナと倒れている。
「いえ、ちょっと、こちらの夜勤の方にお知らせしたいことがありまして・・・・」
 迫って来る大男にビビりながら慌ててそう答えると、七号室のイレズミ患者が慌てて煙草の火を消しているのが見えた。

「あん?お知らせ?・・・なんだよお知らせって・・・」

 キャッチャーミットのような巨大な握り拳を作ったまま足を止めた大男は、僕の目の前に立ち塞がりながら小さな僕をヌッと見下ろした。
「いや、あの・・・そこの患者が、部屋の中で煙草を・・・・」
 僕は、大男の意識をイレズミ患者に向けさせようと咄嗟にイレズミ患者の喫煙を密告した。

「なにぃコラぁ!」

 鉄扉の強化アクリルの向こう側からイレズミ患者の籠った叫び声が聞こえて来た。
 イレズミ患者はバンバンとアクリルを叩きながら、「ふざけてんじゃねぇぞ小僧!」と動物園のゴリラのように必死に叫んでいる。

「・・・どうしてそれが特Bのおまえにわかったんだよ・・・・」

 大男は爪楊枝のような細い目で僕を威圧的に見下ろしながら呟いた。

「いや、それは、その、隣までですね、煙草のニオイがプ~ンと・・・・」
「匂ったのか?」
「はぃ・・・・」
「隣まで?」
「はぃ・・・・」
「煙草のニオイがこの頑丈なコンクリートを伝って隣まで匂ってきたって言うんだな?」
「・・・・・はぁ・・・」

 大男は「ふん」っと鼻で笑うと、いきなりイレズミ男がいる七号室の小窓を開けた。
 アクリルの小窓を開けられた部屋の中からは、明らかに煙草のニオイと思われる香りがモワッと溢れ出て来た。
 僕は、心の中で(ほらね)と呟きながら、恐る恐る大男を見上げた。
「てめぇ・・・上等じゃねぇか・・・」
 イレズミ患者が小窓から僕を覗き込み、低い声でそう脅した。
 しかし、こうも明白に喫煙が発覚してしまっては、今さらイレズミ患者も逃げ切れないだろう。ふふふ、こいつは確実に懲罰房送りだな。
 そう思った僕は強気になって「あなたの喫煙は院の規律違反ですよ」と、胸を張って言ってやった。そして、手柄を立てた小役人のように「へへへへ」っと大男を見上げると、大男は、いきなり胸のポケットからマイルドセブンの箱を取り出した。
「いやいや、僕は煙草は吸いませんので・・・・」
 そう僕が辞退すると、なんとその大男が持っているマイルドセブンの箱は、七号室の小窓にサッと向けられたのだ。

「申し訳ない中村さん・・・」

 大男がそう言いながらイレズミ患者に煙草を差し向けた。
 中村と呼ばれるイレズミ患者は、小窓から僕の顔をおもいきり睨みながら「ちっ」と舌打ちをし、そして大男の手から煙草を1本抜き取った。
「えっ?でも、これは、えっ?」
 僕は焦った。
 あたふたと焦りながら大男を見上げる。

「おまえ、新入りか?」

 大男はケモノのような汗臭さを全身から発しながら低く呟いた。
「・・・はい・・・昨日から特Bに配属されました・・・・」
 すると、大男とその後にいた別の大男達、そして七号室のイレズミ患者までもが、一斉に鼻で「ふふん」っと笑った。いや、大男達の足下に引きずられているアンパンマンのような顔をした患者までもが笑ったかも知れない。

「とりあえず、ちょっとウチの事務所まで来いや・・・ここのシキタリをきっちりと教えてやるから・・・・」

 大男が低くそう呟くと、いきなり大男の後から別の大男がしゃしゃり出て来て、僕の肩の白衣を鷲掴みにしながら「よし、行こうか・・・」と引っ張った。
 僕はフラフラと体をよろめかせながら「いや、ちょっと待って下さいよ」と震える声をあげた瞬間、いきなり僕の背後から「松岡君!ちょっと待った待った!」という声が聞こえた。
 振り向くと、そこにはジャージ姿の前園さんがニヤニヤ笑いながら立っていたのであった。


               11


「こんな事だろうと思ったんですよね・・・・」

 特Bの管理室の椅子に座る前園さんは、呆れた表情で僕を見つめながら「ふふふふ」っと笑った。
 前園さんはパチンコ帰りなのだろうか、先程、耳の穴に入っていたパチンコ玉はもう無くなっていた。

「あのままだったら、市原さん、間違いなくあいつらにハンバーグにされていましたよ・・・・」
 前園さんはそう言いながら、事務机の上に散らかしたままのポラロイド写真を1枚1枚手に取って眺めていた。
「・・・あ、あの人達はいったい何者なんですか?・・・ここの職員ですか?」
 僕は、机の上に出しっぱなしになっていたポラロイドを見つめる前園さんを恐る恐る見つめ、(しっまった・・・)っと思いながら小声でそう聞いた。前園さんのロッカーを勝手に荒らしたというのがバレてしまい凄く気まずい。

「えぇ、あいつらは私と同じ無資格の看護士ですよ。隣は特に危険ですからね、ここの看護士達は誰もここの夜勤をやりたがらないんですよ。だから我々のような無資格の看護士が雇われているんです・・・」

 前園さんはそう言うと、ジッと眺めていた自分の私物のポラロイドをポンと机の上に投げた。僕は、それを咎められることが恐ろしく慌ててその話題を引っ張った。
「みなさん、求人募集かなんかでココにやって来たんですか?・・・・」
 そんな僕に、前園さんは「は?」と呆れたように笑った。
「求人募集しても、こんな職場に働きに来るヤツなんていないでしょ・・・・給料は激安だし危険だし汚いし・・・もしかすると命まで狙われますからねぇ・・・・」
「・・・じゃあ・・・どうやって?・・・・」
「この特別病棟の無資格看護士は、みんな元々ここの患者だったヤツですよ。ここを退院しても精神病院出の者なんてどこも使ってくれませんからね、だからここの院長がね、お慈悲でここの退院者を雇っているってわけですよ・・・・まぁ、お慈悲って言うより、職のない退院者を激安で上手く利用してるだけなんだけどね、ふふふふふ・・・」
 僕はドキドキしながら恐る恐る前園さんの顔をジッと見た。
 すると前園さんは僕と目が合うなり、「そうですよ。もちろん私も特Aの元患者でした」と、サラリと言ってのけたのだった。

「私は若い頃からアル中でしてね。ここの病院は出たり入ったりを何度も繰り返していたんです。それで、あれは今から十五年くらい前になりますかね・・・・私はとうとう幻覚を見るようになってしまいましてね、その幻覚ってのが、またリアルでねぇ、女房が私を殺そうとしている幻覚なんですよ。で、こりゃマズいぞって思った時にはね、気がつくと女房の腹をブスッと刺してましたよ・・・・」

 身動きもせず聞いていた僕の喉はいつしかカラカラに乾いていた。目の前に飲みかけのぺプシがあったが、今はそれを手に取る勇気は僕にはなかった。

「まぁ、急所が外れていましたから、幸い死にはしませんでしたけどね。それで私は精神鑑定されて、刑務所の代りにこの病院に隔離されたんですよ。もちろん特Aです。四年間完全隔離されましたよ」

 前園さんはそう笑いながらサントリーのウーロン茶をゴクッと飲んだ。
 その隙に僕もぺプシを飲もうかと悩んだが、しかし、前園さんの唇がペットボトルからプチョっと離れた瞬間からまた話しが始まったため、そのタイミングを逃してしまった。
「でもね、四年間も地獄の特Aに隔離されたおかげで酒をヤメることができましたよ。うん。だから今こうしてここで働かせてもらえるんですけどね・・・」
 前園さんはそう頷きながら煙草に指を伸ばした。
 僕はぺプシを飲むなら今しかない!と思いながら、ソッとペプシに手を伸ばしながら、誤魔化すかのように「もう、全然お酒は飲みたくないんですか?」と擦れた声で聞いた。
「いや、そりゃあ飲みたくなる時もありますよ・・・退院して最初の頃は、こっそり飲んだりしてたんですけどね、でもね、一滴でも飲んじゃうとたちまちフラッシュバックが起きてね、また気持ち悪い幻覚を見るんですよね・・・」
 僕はそんな前園さんの話しを聞きながら、カラカラに乾いた喉に生温いぺプシをゴボコボと流し込んだ。
 幸い、炭酸はほとんど抜けていたせいか、それはすんなりと僕の胃袋の中へと流れ込んでくれた。

 僕はそんなペプシを飲み干すと、ゲップが出そうなのを我慢しながら「よくヤメることが出来ましたね」と無意味に感心したりして、無意味に前園さんを煽てたりした。そうやってこの話しを終わらせないように話しを引っ張らなければ、話題はテーブルの上のポラロイド写真に行ってしまうと、僕は焦っていたのである。

「まぁね・・・私は重病のアル中患者でしたからね・・・・まぁ、あれだけアル中だった私が酒をヤメられるようになったのはね、他に趣味ができたからですよ・・・」
「へぇ・・・趣味ですかぁ・・・・」
 僕は頷きながら「どんな趣味です?」と、優しく微笑みながら聞いた。

「これですよ」

 前園さんはポラロイド写真をヒラヒラさせながらそう笑った。
 その瞬間、僕の腹の底から途方もなく長いゲップが、「ブゴォォォォォォォ・・・・・」と、まるでスイスの管楽器のような音を立てて特Bの廊下に響き渡ったのだった。


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「これはね、私の趣味なんですよ・・・ですから、ここにいる患者達はみんな私のコレクションなんです・・・」

 前園さんは低くそう呟きながら濁った目をギラリと光らせた。
「もちろん、私がこんな事をしてるなんて病院側は知りませんよ・・・こんな事が世間に知れたら大騒ぎになりますからね・・・・」
 前園さんは、「でも・・・」と話しを続けながらゆっくりと煙草の煙を吐いた。
「この第三特別病棟で働いている無資格の看護士達は全員知ってますけどね・・・・」
 僕の脳裏に、先程の大男の不気味な細い目がフッと浮かび上がった。
「で、市原さんがさっき特Aであったこの男ね・・・・」
 前園さんは、ポラロイドに映っている、おかめひょっとこのイレズミを入れた男を指でトントンと叩きながら僕を見た。

「こいつ、中村っていうシャブ中なんですけどね、ここら辺りでシャブの総元締してるヤツなんです・・・5年前、宇都宮で自分の組の親分と兄貴分を射殺して逮捕されたんですけど、でも弁護士が優秀だったから彼は精神鑑定を受けて、見事、精神病のライセンスを取ったんです。それからずっとここに隔離されてるんです・・・」

 僕の頭の中で、シャブ中・総元締・射殺、という言葉が激しく入り乱れた。

「まぁ、いわゆる、ヤツはここのボスですよ。だから、私たちみたいな元患者の無資格看護士なんてのは、みんなあいつの手下なんです」

 僕の頭の中で入り乱れていた雑魚言葉は一気に吹っ飛び、「ボス」っという言葉だけがひたすら壮大に聳え立った。
「だからね、あっちの無資格の看護士達は、煙草や食べ物や酒、それにシャブなんかも提供しなきゃならないんです。もちろんこっちも・・・」
 前園さんの言う「あっち(特A)」という言葉から、僕はすぐに「こっち(特B)」を連想した。という事は、こっちが提供するのは・・・・・と、僕がそれを言い掛けた時、前園さんが僕の顔を見つめながら静かに頷いた。

「そう。こっちは女を提供しなくちゃならないんです・・・・」

 前園さんはそう言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をしてポラロイドに映るボスの顔を指でトントンっと叩いたのだった。

 女。
 この場合の「女」は、もちろん特Bに収容されている患者を意味する。ここは社会から隔離された精神病院。その中でも、社会からも病院からもそして家族からも見放された孤独な異常者達が厳重に隔離されている地下の第三特別病棟。しかもそこは、夜ともなれば医師や看護士の姿は消え、元患者である無資格看護士達の支配下となり、彼らは患者を暴行し虐待しそして犯す。無秩序となった夜の病棟はドラッグとセックスと暴力に満ち溢れては狂気と化し、そして地獄と化していく・・・・

 ここなら、そんな野蛮な話しもありえない話しではない。そう思う僕は、看護士として問題の多いこの僕が、なぜこの病院にすんなりと雇ってもらえたのか、今やっとわかったような気がした。
 こんな僕を二つ返事で快く雇ってくれたこの病院の院長は、僕のような脛に傷を持つ看護士ならば、この狂気の第三病棟で上手くやっていけるだろうと、きっとそう思ったに違いないのだろう。

「こういうの・・・嫌いですか?」

 ふいに前園さんが、全裸でロープに縛られた患者が肛門にバイブを入れられながら下痢糞を垂らしているポラロイドをヒラヒラと振りながら、僕を試すかのようにそう笑った。
 僕はゆっくりと瞼を閉じ、疲れた目に潤いを与えた。あまりにも衝撃的な事実を聞かされていた僕の脳は、瞼が閉じられた暗闇の中でひとときの安らぎを味わった。そして、脳が落ち着いて来た所でゆっくりと目を開けると、僕は机の上に置いてあった1枚のポラロイドを摘んだ。

「・・・ソッチ系よりも、僕はコッチ系が好きですね・・・」

 僕は、催眠剤で眠らされている患者が背後から犯されている写真を前園さんにヒラヒラ振りながら、不敵に笑った。

「あなたとは上手くやっていけそうだ・・・・」
 前園さんはそう笑いながら僕に握手を求めて来た。
 僕は、まだ喉の奥に残っていたゲップをゆっくりと吐き出しながら、前園さんの手を強く握ったのだった。


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