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夜這いのススメ5

2013/05/30 Thu 18:09

ましゅまろ用・よばいのすすめ5



笹田

「笹田さん」と呼ばれ、「はい」と振り返ると、トイレの窓から郵便局長さんがヌッと顔を出して笑っていました。
「今日はいつもより忙しいと思うけど頑張ってよ」
 郵便局長さんは小便を始めた直後なのか、肩を小さくブルブルっと震わせながらそう微笑んでいました。

 その日私は、いつものように郵便物を自転車のカゴの中に押し込んでいました。
 いつもなら世帯数の少ないこの村の郵便物などたかが知れていましたが、しかし今日は自転車のカゴに入りきらないくらいの郵便物が詰まっていました。
 その理由は、『夜這い検分候補券』が郵便物の中に混じっているからでした。
 この『夜這い検分候補券』とは、夜這い解禁三日間の不正を防ぐ『見張り番』をクジ引きで決める為のクジ引き券でございまして、村の娘の夜這い解禁が間近に迫ると、村在住の四十才以上の既婚男性全員に配られる候補券でございました。

 村の娘のボンボを正々堂々と覗き見でき、尚かつ、娘の家からの祝儀と、村から出される多額の給付金まで頂けるというこのお役目は、非常に人気の高いお役目でした。その為、丸め神社で開催される『検分クジ引き』には多くの村人達が押し寄せ、まるでお祭りのような賑わいとなるのでした。
 そんな私も、今年は四十を過ぎ、この『夜這い検分候補券』をありがたくも頂く事ができたのですが、しかし例え候補券を得たとしても、この山のような郵便物を見ておわかりのように、村で候補券を持つ男衆は総勢二五〇人もいるわけでして、その確立は二五〇分の一でございます。
 そのような確立では、どうせ私のような運に見放された男には縁のないお話でございまして、私は最初からこの検分様などというお役目には興味を持っていなかったのでした。

 そんな私は、大量の郵便物で不安定になりながらも、今だ舗装されていない村のガタゴト道をいつものように自転車で走っておりました。
 去年までは隣村から売ってもらった中古のオートバイがあったのですが、しかし去年の春に遂にエンジンが焼きつき、惜しくも息を引き取ってしまいました。
 そう、それは私の妻のように、働いて働いて働き続けた挙げ句、突然フッと電源が切れたかのように動かなくなってしまったのでした。

 私の妻はとっても働き者な女でした。私が村の郵便局で勤めている事もあり、家の畑は全て妻一人で切り盛りしておりました。
 とっても小さな畑でしたが、しかし妻は若い頃から虚弱体質だったため、そんな小さな畑でも妻にとっては大きな負担でした。
 しかし妻は愚痴ひとつこぼす事なく、せっせとひとりで畑を守っていました。しかし、今から四年前の夏の炎天下、妻は掘り起こした大根を両手で握りしめたまま、畑の隅で静かに息を引き取っておりました。心臓発作でした。
 それからというもの、私の人生は大きく変わりました。その頃から酒を覚えた私は、妻が消えた母屋の片隅で毎晩浴びるように酒を飲んでおりました。
 決して酒など好きではありませんでしたが、しかし突然妻を無くした淋しさから飲まずにはいられなかったのです。
 そんな私の生活は瞬く間に堕落して行きました。郵便局も具合が悪いと嘘を付いては休み、昼間から浴びるように酒を飲む毎日です。
 最初のうちは村の人達もそんな私に同情してくれてはいましたが、しかしあまりにも度が過ぎた私は、いつしか村人達からは村八分の扱いを余儀なくされるようになっていたのでした。

 そんな時でした。妻が唯一残してくれた一人娘の志津枝が死んだのです。
 志津枝はまだ九才でした。毎晩酒を飲んでは荒れ狂う私を怖れては、いつも夜になると裏の鹿々池の畔でひとりぽつんと遊んでいた志津枝は、誤って鹿々池に落ち、誰もいない夜更けの池の中で溺れ死んでしまったのです。
 この時ばかりは私も死にたくなりました。最愛の妻を亡くしたその年に、たったひとりの娘さえも亡くしてしまったのです。
 それもこれも全て私の身から出た錆です。全て私が悪いのです。
 私は、持っていた家や畑を全て売りつくし、その金で妻と娘の大きな墓を作ると、一切の酒を断っては心を入れ替えました。
 幸い、郵便局長さんもそんな私を温かく見守ってくれ、一度は不義理をした郵便局に私を戻してくれました。私は死に物狂いで働きました。働いて働いて妻のように野垂れ死にできれば本望だとばかりに働き、雨の日も雪の日も炎天下の中でも必死で郵便物を村中に届け回っていたのでした。
 そんな私の姿を村人達は徐々に認め始めてくれ、ようやく村八分を解除してもらえました。そして今ではこうして『郵便局の笹田さん』として、多くの村人達から親しんで頂けるようになったのでした。

 このような不運な私ですから、二五〇分の一の確立である検分役などが手に入るわけがございません。
 それにそもそもそんなお役目を頂こうなどという考えを持つ事が罰当たりなのです。私は娘を殺してしまった罪人です。その罪を背負って一生生きなければならない私に、よそ様の性行為を覗き見する資格などございません。
 ですから私は、最初から『検分クジ引き』には行くつもりはございませんでした。最初から辞退するつもりでいました。
 が、しかし、ある時、そんな私の謙虚な気持ちが激しく揺らぎました。
 それは、郵便物を塩田さんの家に届けた時の事でした。

 塩田さんは、私と同じように早くに妻を亡くし、男手一つで一人娘を育てている方でした。
 私は一人娘さえも亡くしてしまった男でしたが、しかし塩田さんとは境遇がよく似ているという事から、塩田さんには村の寄り合いなどでは何かと親しくしてもらっていた間柄でございました。
 そんな塩田さんの家に郵便物を届けに行きますと、塩田さんは畑に出ているのか家は静まり返っております。
 まぁ、この村ではそんな事はよくある事ですから、私はいつものように勝手に塩田さんの家の裏庭に回り、裏の縁側に郵便物を置いておこうとしたのでした。
 裏庭へと続く母屋と倉庫の間の薄暗い路地を進んだ私は、裏庭に出ようとしたその瞬間、なにやら裏庭から水がジャブジャブと弾ける音が私の耳に飛び込んできました。
 あれ? サッちゃんがいるのかな? っと思った私は、サッちゃんに一声かけておこうと路地を抜けた瞬間、いきなり息が止まりかけました。
 なんと裏庭の井戸の前でサッちゃんが、真っ白な尻を太陽の光でキラキラと輝かせながらしゃがんでいたのです。
 おもわず私は無言のまま一歩下がってしまいました。慌てて薄暗い路地に戻った私は、まるで幽霊でも見たかのように金縛り状態で固まってしまいました。
(ど、ど、どうしよう……)
 動揺する私は、下唇をギュッと噛み締めました。
 それは、私のような汚れ者が目にしてはいけない天使の裸体でした。しゃがんでいる真っ白なお尻には無数の水玉が弾き、その真っ白な尻の谷間からは、井戸水の雫をぶら下げた黒々とした陰毛が太陽の光でキラキラと輝いていたのです。
 糞尿漂う路地に立ちすくむ私の性欲はみるみる膨れ上がり、今にも爆発せんばかりに自分でもコントロールできなくなってしまいました。

(あんな天使の裸体を覗き見するなんて罰が当たる!)

 そう思いながらも、しかし、もはや私は自己コントロール不能となっていました。気が付くと私は、再び壁に顔を押し付けながらそっと裏庭を覗いていたのでした。

 春の日差しに照らされた草木には井戸水が飛び散り、その緑が鮮明に輝いていました。
 そんな緑の草木の中にサッちゃんのまだ幼い尻が白くぷよぷよと揺れています。井戸端で尻を剥き出しにしたままのサッちゃんは、なにやら真剣に小冊子を読みながらふむふむと頷き、そしてしゃがんだ股間にぴしゃぴしゃと井戸水を引っ掛けていました。
 そんなサッちゃんを背後から見つめながら、これが正面からだったらと想像するととたんにクラクラと目眩に襲われました。
 するとサッちゃんは、今度は手拭を桶の中でじゃぶじゃぶと濯ぐと、なんとそれを股間にびちゃっと押し付け、そして「ちべたい!」と一言叫ぶと、まるで癇癪を起こした幼児のように桶をひっくり返しては、そのまま素足をペタペタと音立てながら母屋へと駆け込んで行ってしまいました。

(いったい……何をしてるんだ?)

 私は、井戸端に散らかったままの桶や手拭や小冊子を見つめたままそう首を傾げておりますと、今度は裏庭の奥にある風呂場からバシャバシャと湯を掛ける音が響き始め、同時にサッちゃんの鼻歌が聞こえて来たのでした。

 路地に潜んでいた私は、井戸端に置いたままのその小冊子が気になって仕方ありませんでした。
 その衝動を抑え切れない私は、今来たばかりの様子を装うと、わざとらしく「塩田さーん、郵便だよー」と叫びながら裏庭に出ました。
 すると、一瞬風呂場の音がピタリと止み、中からサッちゃんの元気な声が響いて来ました。
「ごめーん、今、お風呂入ってっから、そこさ置いといてー」
 私は、風呂場の窓から聞こえて来たサッちゃんの声に「わがったよー」っと答えると、そのまま足を忍ばせ井戸端に向かいました。
 再び風呂場からサッちゃんの鼻歌が聞こえて来ました。私は風呂場に何度も何度も振り向きながら、おどおどとそこに置いてある小冊子を覗き込みました。
 開いてあったページには『お浄め』と書いてあり、股間を井戸水の冷水で洗う方法が下手糞なイラスト付きで描かれていました。
 表紙を見ると『夜這いの心得』と書いてあります。
 それを見た瞬間、私は今回の夜這い解禁は塩田さんちのサッちゃんだったのかと初めて知ったのでした。

 私はこの村で四十年間生きながらも、今までに夜這いというものを三回しか経験した事がありませんでした。
 そのうちの一人が死んだ女房でありまして、私と女房の出会いは夜這いだったのです。
 この村の女性は、夜這いの事を『肌合わせ』と呼んだりしていました。女性達にとっての夜這いは、夜這いによって互いの肌合いを確かめ合う『お見合い』のような感覚であり、実際、それがきっかけで結婚するケースはこの村では非常に多く、私もそうやって死んだ妻とは夜這いで知り合いそして結婚をしたのでした。
 そんな私は、『夜這いの心得』に書いてある『お浄め』を読みながら、あいつも若い頃にはこうやって『お浄め』をしたのだろうかと、ふいに女房を思い出し、若き頃の女房が今のサッちゃんのように井戸端で股間をお浄めしながら「ちべたい!」と叫ぶ姿を想像しては、微笑ましくもなりそして同時に切なくなりました。
 そんな私は、風呂場から聞こえて来るサッちゃんの鼻歌に向かって、「いい人を見つけるんだよ」っと小さく呟くと、静かにその場を立ち去ろうとしました。
 しかし、そんな私の足を、ある物が引き止めました。
 それは、井戸端の隅の竹竿にふんわりと引っ掛けられていた白いパンツでした。
 そこに無造作に引っ掛けられているパンツは、明らかに今サッちゃんが脱いだばかりの物でした。
 春の昼下がり、誰もいない裏庭で春風にひらひらと舞う脱ぎ立てほやほやのパンツ。しかもそれは天使のように美しい少女のパンツなのです。
 私は罪悪感に包まれながらも、その欲望を抑える事はできませんでした。
 これを手にしない男がこの世にいるでしょうか。いや、これを手にしない男はもはや人間ではないと言っても過言ではないでしょう。
 人間である私は、サッちゃんのパンツを手にすると、そのまま風呂場の窓の下まで足を忍ばせ、ソッと壁に寄り添いながら静かにしゃがみました。
 この位置ならば、たとえサッちゃんが風呂場の窓から裏庭を覗いたとしても、サッちゃんからは死角となるのです。
 私は頭上から聞こえて来るサッちゃんの鼻歌を聴きながら、まだ生温かい感触が残るパンツを恐る恐る広げました。
 真っ白な木綿のパンツの裏側には、まるでライスカレーがこびり付いたように黄色いシミが一本の線を作っていました。
 迷う事なく、私はその黄色いシミに鼻を近づけました。風呂の窓から石鹸の香りが溢れ、その匂いに混じって、パンツのシミから漂う磯の香りが私の鼻孔をくすぐりました。
 サッちゃんの性器から滲み出た黄色い汁は海藻のような匂いがしました。この匂いはまさにワカメです。
 そういう私の死んだ女房はスルメイカの匂いがしました。私はふいにそんな女房の匂いを思い出しながら、女性器と海産物との関連を必死に探ってみますが、しかしそんなものがわかるわけもなく、直ちにそんな考えを打ち消しておりますと、なんと自分のペニスが立っている事に気付きました。
 これには驚きました。女房が死んでからというもの全くの不能だった私のペニスがサッちゃんのワカメの匂いで甦ったのです。
 この逞しい肉棒の感触は何年ぶりでしょう。私はズボンの上からそのコリコリとする肉棒を弄びながら、サッちゃんの黄色いシミを嗅ぎまくり、そして少しだけ舐めたのでした。

 塩田家の裏庭を出た私は、まだ舌先にサッちゃんの塩っぱい味を残したまま自転車を走らせました。
 そんな私のペニスはまだ固くなったままでした。
 ペニスが固くなっているうちに、この何年間も溜ったままの精液を放出させたかった私は、途中の水車小屋に自転車を止め、埃臭い水車小屋にそっと忍び込みました。
 水車小屋の中はひんやりと冷たく、そこには、すぐ横を流れる小川のチロチロという水の音が響いていました。
 小屋の隅に敷いてあった藁の上に腰を下ろし、急いでズボンのチャックを開けると、今までに見た事もないような肉棒が、ゴリゴリとした血管を浮き上がらせながら反り立っておりました。
 それを右手の中にガッシリと握り、静かに上下させると、今まで随分と忘れかけていた悦びが脳にじんわりと広がったのでした。

 春の日差しに輝いていたサッちゃんの白い尻と、井戸水でしんなりと濡れていた黒い陰毛。そしてパンツに付着していた黄色いシミと、あのワカメのような匂いと、この舌先にピリピリと残っている塩っぱい味。
 それらを順番に思い出しながら肉棒を擦り、「あぁぁ……」っと、醜い中年の呻き声を発しました。
 あっという間に果ててしまいました。
 紫色した亀頭の先からは大量の精液がどぴゅどぴゅと獰猛に溢れ、それはまるで火山のマグマのように肉棒を握る私の指に流れてきました。
 白髪混じりの陰毛の中にドロドロと流れて行く精液。そんな精液が白ではなく黄色いことに気がついた私は、妻が死んでからというもの、今までこの快楽から目を背けていた自分がとたんにバカらしく思えて仕方なくなりました。

 そうやって何年ぶりかに身も心も軽くなった私は、水車小屋を出る時にはすっかり考え方が変わってしまっていました。

(真剣に再婚を考えてみるか……)

 そう本気で思う私は、まるで若さが甦ったような感じでした。自転車を漕ぐ足も軽やかで、春の穏やかな風に吹かれる黄色い蝶々も若返った私を祝福してくれているように見えてなりません。
 そんな天国に昇ったような気持ちのまま勝山家に郵便物を届けに行くと、玄関先の小川で鍬の泥を洗っていたヤシ彦が「よおっ!」と声を掛けて来ました。
 ヤシ彦とは小学生の時からの友人でした。少し知能が遅れている男ですが、しかしなかなか気のいいヤツです。
 ヤシ彦は私から『夜這い検分候補券』の郵便物を受け取ると、相変わらず阿呆の顔をしながら嬉しそうにゲヒヒヒヒヒと笑いました。

「今回は隣のサチエだっぺ……ゲヒヒヒヒ……あの娘っこはよ、大人しい顔してる癖にアッチのほうはスゲェらしかんな……ブヒヒヒヒヒ……」

 ヤシ彦は、白痴丸出しの表情で、大量の泡唾液を唇から飛ばしながらそう私に笑いかけました。
「おめはどっち選ぶんだ?」
 ヤシ彦は、用水路で死んでいるお化けナマズの死骸のような顔をしながら私の目を見ました。
「選ぶって……なにを?」
「だがらよ、検分選ぶか夜這い者選ぶかどっちだってことよ」
「……ヤシ彦はどっちだい」
 いつもならそんなヤシ彦の話など相手にしない私ですが、しかしこの日は身も心も、そして脳さえも軽くなっていたせいか、ついつい彼の話に乗っていました。
「まぁ、どっちも確立は低いけんどよ……やっぱ見てるだけよりもボンボしてえっぺな」
 ヤシ彦は顔を真っ赤にさせながらブブブブブブッと唇を尖らせて笑いました。大量の唾液が飛沫となって私の顔に降り掛かり、とたんに私はお酢のような匂いに包まれました。
 慌てて小川の水で顔面を洗い、ヤシ彦のお酢の匂いを綺麗サッパリ洗い流すと、今度は少しばかり距離を保ちながらヤシ彦に別れを告げ、そのまま自転車を走らせました。
「あんだよ! おめはどっちなんだよ! 答えろって!」
 そんなヤシ彦の叫び声を背中に感じながらも、既に私の気持ちは決まっていました。
 そうです、三日後に解禁されるサッちゃんの夜這いの検分役に立候補しようと心に決めていたのです。
 そんな私はなぜかウキウキと弾み、すれ違う婆様たちに「今日も綺麗ですねぇ!」などと見境なくお世辞を叫びました。
 そんないつもと違う私に、村中の婆様たちは不思議そうに首を傾げ、遂に私が狂ってしまったなどと井戸端のネタに笑っていたのでした。

 次の日の夜、私はダメもとで丸め神社へと向かいました。
 焚き火が焚かれた境内には既に大勢の男達が集まっていました。
 その顔は皆、サッちゃんのボンボを見たいが為に殺気立っていました。クジ引きが始まるのを今か今かと待ちわびるその様子は、まさに腹を空かせた地獄の鬼のようでした。

「それじゃあ今から塩田さんちのサチエの検分クジ引きを始めっから! おめぇらとっととここさ一列に並べや!」

 常にイライラしている神主さんが、更にイライラしながら焚き火の炎に照らされた祠の中からヌッと顔を出しました。
 神主さんがそう叫ぶなり、鬼たちは我先にと玉砂利を蹴りながら祠の前に列を作りました。

「いいかぁ! 箱の中からクジを引いたらその場でワシに見せんだぞ! はずれた者は地獄の亡者みてぇに女々しくそこらをふらふらすんじゃねぇぞ! 邪魔になっからとっとと帰るんだぞ!」

 神主さんがヤケクソでそう叫ぶと、行列を作る鬼たちはゲラゲラと笑い出しました。
 いよいよクジ引きが始まりました。
 その行列はまるで龍のように長い列をなし、最後尾は神社の鳥居にまで達していました。その数ざっと百人。鬼たちは百分の一を狙って目をギラギラと輝かせているのです。

「検分役っつうのは神様の化身なんだかんな、おめぇ達みてぇなスケベ根性丸出しにしてるヤツはクジに当たるわけねえんだアホめ! ほら、はずれたヤツはとっとと帰れ! あ! こらぁ! おめ、そんなとこで小便すんなバカ!」

 そんな神主さんの怒声を聞きながら列に並んでいる私の足は、一歩一歩確実に祠に近付いて行きます。

「はい、残念はずれだまたどーぞバカ!」

 そう悪態付きながら、はずれクジを投げつける神主さんがどんどんと近付いて来ました。神主さんの悪態が激しくなって来ると同時に私の鼓動も激しくなって来ます。

「はい、次はおめぇだ! とっととクジ引けこのスケベ野郎!」

 遂に私の番がやって来ました。私は神主に悪態を付かれながらもガサッと箱の中に手を入れます。
 するとなぜかいきなり私の頭に死んだ女房の顔が浮かび上がりました。その女房の顔は、なにやらとっても楽しそうに笑っており、今にも「あなた、頑張って!」と、明るい声が聞こえてきそうな、そんなリアルな幻想でした。

(そうか……あいつもあの世で、俺の新たな青春を喜んでくれてんだな……)

 とたんに心が温かくなった私は、静かに微笑みながら箱の中のクジをひとつ摘まみ上げました。

「なに笑ってんだおめぇ、ほれ、早よクジを開けよチンカス親父」

 智子ぉ……っと私は妻の名前を心の中で呟きながらクジを開きました。
 その瞬間、神主さんがいきなりムクッと立ち上がり、「はい終了! 検分役はこのチンカス親父に決定! はいみんな帰れ! 小便せずにとっとと帰れスケベ共!」と怒鳴りました。

「えっ?」

 私は慌てて神主さんを見上げました。私の開いたそのクジは白紙なのです。
 私の後ろにいた男が「ちっ!」と舌打ちしながら私の手の平の中のはずれクジを覗き込もうとしました。
 するといきなり神主はそんな私のはずれクジをくしゃっ! と鷲掴みにすると、「てめぇらとっとと帰れっつーてるだろ! 女々しいんだよこの乞食野郎! そんなことじゃてめぇらみんな地獄行きだべ!」と叫び、私の後ろで列を作っていた男達を蹴散らし始めたのでした。

 そんな男達が不貞腐れながらもどやどやと境内を去って行くと、本堂の廊下に立った神主さんが、ひとりポツンと立っている私を見下ろしました。

「ほれ、これが『検分証明書』だ。明日、コレ持って青年団の事務所さ行け」

 神主さんはそう言いながら『検分証明書』と書かれた書類をパラリと私に投げ捨てると、そのままクルリと背を向けて本堂の廊下をスリスリと歩き出しました。
「あっ、あのぅ!」
 慌てて私が呼び止めると神主さんが「なんだよぉ……まだなんか用かよぉぉぉぉ」と酷く面倒臭そうな顔をして私に振り向きました。
「あ、あのぅ……私は……はずれでは……」
 私が恐る恐るそう聞くと、神主さんは面倒臭そうに「ちっ」と舌打ちし、「だからなんだ?」と私の顔を睨みました。
「い、いえ……はずれの私がどうして……」
「ワシが決めた事だ。どうしてもへったくれもねぇんだよ……」
「しかし……」
「ワシが決めたって事は、即ち神が決めたって事だ。おめぇ、神に逆らうのか、あん?」
「………………」
「わかったら、とっとと帰ってセンズリ掻いて寝やがれ」
 そう言いながら神主さんはスリスリと歩き始めました。そして本堂の角を曲がる瞬間ソッと足を止め、もう一度、呆然と立ちすくんだままの私にチラッと目を向けました。
「おめ、毎朝、鹿々池に米と酒を供えてるべ……娘はちゃーんと成仏してっから心配すんな……」
 突然の神主さんのその言葉に私は突然息が詰まりました。
「だがらおめもいつまでもグチグチしてねぇで、人生を楽しく生きろ」
 神主さんはそう言うと、そのまま本堂の角をスッと曲がりスリスリと足音を立てながら静かに去って行きました。

 私はおもわず目に涙をいっぱい浮かべ、いつもの癖で下唇をギュッと噛み締めながら、消え去った神主さんに向かって深々と御辞儀をしました。
 すると本堂の遠くの方で「バスッ」という音が響き、それが神主さんの放屁の音だと気付いた瞬間、なにかとっても爽やかな悦びが私の胸を温かく包み込んだのでした。

(つづく)

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