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汚れし者1



(一話・汚された公園)


 私がいけなかったのです。
 私があまりにも無防備過ぎたのです。

 私のその不注意は、日曜日の午後に起こりました。夫と幼稚園の息子と三人で近所の公園に行った時の事です。夫と息子は、春の柔らかい日差しにキラキラと輝く芝生の上でサッカーボールを蹴り合っていました。私は芝生から少し離れた木陰に腰掛け、そんな二人をスマホで撮影していました。
 ぽかぽかと温かい春の陽気に包まれた公園は、大勢の家族連れで溢れていました。近所の老人ホームからも大勢の老人達が日向ぼっこに訪れ、いつもは閑散としている公園もその日ばかりはお祭りのように賑わっていたのでした。

 そんな中、少し離れた木陰の下で、一人ぽつんと腰を下ろしていた私は、遠くでサッカーボールを追いかけている夫と息子の撮影に夢中になっていました。
 将来はサッカー選手になるんだとはりきっている息子と、いつもは仕事が忙しくて、こうして息子と過ごせる時間が月に一度くらいしかない夫。そんな二人が楽しそうに遊んでいる姿をスマホで撮影していた私は、ささやかな幸せに包まれながら、夢中で二人の影を追っていたのでした。

 そんな私に、「可愛いお子さんですね」と、男の人が背後から声を掛けてきました。撮影に夢中になっていた私が後ろも振り向かないまま「ありがとうございます」と微笑むと、すぐさま「おいくつですか?」と聞いて来ました。私はスマホの画面を見つめたまま「二ヶ月前に三歳になりました」と笑顔で答えると、男の人は「三歳なら一番可愛い時期ですね」と呟き、一緒になって笑ったのでした。

 そのしゃがれた声からして老人ホームのお爺ちゃんだと思っていました。その後もその人は、息子がサッカーボールを蹴る度に「三歳とは思えないキック力ですね」と話しかけて来たり、又、私が持っているスマホを覗き込んでは、「しかし、今の携帯は綺麗に映るもんですねぇ」などと感心したりしておりました。それでも私は撮影に夢中になるあまり、後ろを振り向かないまま空返事で答えていたのでした。

 暫くすると、背後の人は全く話しかけて来なくなり、黙ったまま私のスマホの画面を覗き込んでいました。スマホを見られるのは嫌でしたが、しかしいちいち返答するのも面倒臭く、私はそのままその人を無視していたのでした。すると、不意にその人の鼻息が私の耳元をスッと通過し、かなりの至近距離でスマホを覗いている事に気付きました。さすがに気持ち悪く思いましたが、しかし、夫にリフティングを教えてもらっている息子の姿があまりにも可愛く、そのシーンが終わるまで、私は身動きせずに我慢していました。
 しかし、突然その人は、「奥さんは……おいくつなんですか……」と私の耳に囁きかけました。その不気味なしわがれ声に、一瞬背筋がゾッとしました。「えっ?」と驚きながらソッと横を向くと、すぐ真横に薄汚い男の顔があったのでした。

 赤く濁った目は、まるで何かを捕らえようとしている獣のようにギョッと見開いていました。紫色の唇はカサカサと皮が剥け、赤らんだ頬には無数の吹き出物が広がっていました。
 その人は、老人ホームのお爺ちゃんではありませんでした。推定四十代。その身形や服装、そしてぼさぼさの髪からムンムンと漂ってくるその据えた臭いからして、明らかに路上生活者とわかる中年男でした。
 あまりの恐怖に私の全身は凍りつきました。一瞬にして身動きできなくなり、私はただただ愕然と男の横顔を見つめていました。すると男はそんな私を無視したままジッとスマホを見つめ、再び「奥さんはおいくつなんですか」と聞いてきました。その口調があまりにも強引だったため、おもわず私は唇を震わせながらも「三十です」と答えてしまっていたのでした。

 その後も男は、私の肩からヌッと顔を突き出しながらスマホを覗き込んでいました。しかし、既に私のスマホの画面には何も映ってはいません。ですが、それでも男はそこをジッと覗き込んだまま、「そうですか……三十歳ですか……」などと呟き、赤く濁った目をギラギラさせていたのでした。

 私がそれに気付いたのは、それから暫くたってからの事でした。それは、握りしめたスマホをソッと膝の上に置いても、男の視線が変わらなかったからでした。
 そうです。男は私のスマホを見ていたのではないのです。なんと男は、私のブラウスの隙間を覗き込んでいたのです。しかもその時の私はノーブラでした。夫が「公園に行こう」と言い出す寸前まで四ヶ月の娘に授乳していた私は、愚かな事にブラジャーをするのを忘れていたのです。

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 男の視線が注がれている自分の胸元を恐る恐る見てみました。それを目にした瞬間、おもわず私は卒倒しそうになりました。正面から見れば普通なのですが、しかし上から見ると、その大きく開いた襟首からは、なんとその膨らみだけではなく乳首までも丸見えだったのです。

(見られていた……見ず知らずの男に乳首までも見られていた……)

 そう愕然としながらも、一刻も早く開いた襟首を押さえようとしたのですが、しかし私の手はスマホを激しく握りしめたままガクガクと震え、思うように動きませんでした。
 全身の毛穴が開き、凄まじい早さで汗が噴き出しました。唇の震えは顎にまで達し、まるで幽霊を見た人のように顎がガクガクと震えていました。
 そんな私の様子に気付いたのか、男は私の耳元に唇を近づけ、そのしゃがれた声でソッと囁きました。

「すぐに終わりますから……そのまま少しの間、動かないでいて下さい……」

 その直後、男の右肩がゆっさゆっさと動き始めました。最初は、自分の腹でも掻いているのかと思ったのですが、しかし、私の腰に何やら柔らかくも硬いモノがツンツンと突き当たっている事に気付いた瞬間、男が背後で何をしているのかわかりました。

 肩から顔を突き出す男は、酒臭い息をハァハァと吐きながら私の胸元を凝視していました。そして時折、「でっかい乳首は感度がいいみたいだね……」と呟いたり、「乳首の先から乳が滲み出てるよ……」などと囁きながら、右手を上下に激しく動かしていました。
 私は、うなじにハァハァと吐きかけられる熱い息から顔を反らし、芝生でサッカーをしている夫に(助けて! 助けて!)と何度も叫びました。
 しかし夫は一向に気付きません。それどころか、調子に乗った夫がサッカーボールをおもいきり遠くに蹴飛ばし、みるみる二人の体は親指ほどに小さくなってしまったのでした。

 私は絶望を感じながら、恐る恐る辺りを見回しました。目玉だけをギョロギョロと動かしながら人影を探しましたが、しかし、これだけ大勢の人がいながらも、運悪く私の近くには誰もいないのでした。
 運に見捨てられた私は、あの時、ブラジャーさえ着け忘れていなければと、無防備過ぎる自分を激しく恨みました。そして、その些細な不注意でこれほどまでの恐怖を味わう事になるとは夢にも思っていなかった私は、激しく悔やむと共に絶望を感じていました。
 自分の不注意から巻き起こした事故です。まして相手は頭のおかしな路上生活者です。誰を恨む事も出来ません。全て無防備な私が悪いのです。
 そう諦めた私は、事が過ぎるのをひたすら待つ事にしました。幸いにも男は、早くも「あああ……イキそうだ……」などと唸り始めており、事が過ぎ去るのは時間の問題のようでした。だから私は、一刻も早く男をイカせてしまおうと思い、わざと胸を突き出したりしては、更にそこを露出してやったのでした。

 しかしそれは、油に火を注ぐようなものでした。私は本当に馬鹿でした。そんな事をすれば男に勘違いされてしまうのです。そんな事にも気付かなかった私は、まるで男を誘うかのように乳頭を突き出していたのです。
 男は当然の如く、そんな私を見て「へへへへへ」といやらしく笑いました。そして私の鎖骨に薄汚れた顎を押し付けると、ぷつぷつと伸びる無精髭をイガイガさせながら「その大きな乳首をコロコロしてみて下さいよ」と囁いたのでした。

 あまりの自分の馬鹿さ加減に下唇をギュッと噛み締めた私は、その恐怖に震えながらも、しかし、男の言う通りにすれば早くこの恐怖から解放されると思いました。
 とことん馬鹿でした。そんな事を本気で思う私は、救いようのない馬鹿でした。
 そんな馬鹿な私は男の言う成りとなり、ブラウスの中にソッと手を忍ばせると、黒ずんだ乳首に恐る恐る人差し指を伸ばしました。授乳中の私の乳首は常に勃起しており、その先からは母乳がじわりと滲み出しては、そこをタラタラと濡らしていました。

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 人差し指で乳首をコリコリと転がしてやると、背後で蠢く男の動きが急に激しくなりました。男は「どうですか……気持ちいいですか……」と囁きながらもハァハァと荒い息を吐き、その柔らかくも硬いモノを私の背中にスリスリと擦り付けてきたのでした。

 そのような破廉恥な事をされながら私は悶々と項垂れていました。助けて下さいと神に祈りながら、その恐怖にジッと耐えていました。
 すると、そんな祈りが神に通じたのか、遠くの方から「ユキー!」と叫ぶ夫の声と、「ママぁー!」と叫ぶ息子の声が聞こえてきました。ハッと我に返り顔を上げると、夫と息子が楽しげに手を振りながら、こちらに向かって走って来るではありませんか。
 みるみると近付いて来る二人の姿に安堵を覚えた私でしたが、しかし同時に激しい焦りを覚えました。それは、もしこんな淫らなシーンを夫と息子に見られたら、この幸せは消えてしまうという不安に駆られたからでした。

 慌てた私は、「主人と子供が来ます」と背後の男に言いました。すると男は「わかってます」と短く答えながら私の背中にサッと身を隠すと、背後からカサカサカサっという激しい摩擦音が聞こえてきました。
 男は凄い勢いで腕を動かし、不意に「くふっ」と鼻を鳴らすと、続いて「はぁぁぁぁぁぁぁ」と深い息を吐き出しました。
 パタパタっという音が聞こえました。それはまるで、突然振り始めた大粒の雨が傘に落ちるようなそんな音でした。そしてその音がしてすぐ、私の腰の部分がじんわりと温かくなったのでした。

 そんな温もりに身震いするほどの嫌悪感を感じた私でしたが、それでも必死に笑顔を取り繕いながら、近付いて来た夫と息子に「ジュースあるわよ」と言いました。
 すると夫は、怪訝そうに私の後ろを覗き込みながら「誰?」と聞いてきました。私は「えっ?」と、とぼけたふりをしながら後ろを振り向くと、薄汚れた作業服を着た男が、小走りに公園を出て行こうとしているのが見えました。
 私はゆっくりと顔を戻しながら夫を見上げ、「なにが?」と、もう一度とぼけました。すると夫は「今あいつ、ユキの後ろで何かしてただろ?」と怪訝そうに言いながら、遠く離れた男の後ろ姿に指をさしましたので、私は「ああ」と頷き、「あの人、さっきからその辺のゴミを拾ってたわよ」と嘘をついたのでした。
 夫は納得いかない表情で男の背中を目で追いながら、私の足下に置いてあったフェンタグレープを手にしました。そして、「まぁ、何もなかったのならいいけどさぁ……」と言いながら蓋をプシュッと開けると、「とにかくあいつには気をつけろよ」と呟き、そのままクピクピとファンタを飲み始めたのでした。

 夫と息子は、フェンタグレープを交互に飲み干すと、空のペットボトルを私の足下に転がし、再び芝生に向かって走り出しました。遠ざかる二人の後ろ姿を見つめながら、私はホッと肩をなで下ろしました。もしあれが夫や息子に見られたらと思うと、それを考えただけで背筋がゾッとしました。
 遠くで私に向かって手を振っている息子に手を振り返しながら、私はもう片方の手をソッと後ろに回しました。そしてその濡れた部分に恐る恐る指を伸ばしました。
 それはブラウスの腰から背中にかけて激しく飛び散っていました。特に腰の辺りに集中しており、第一射がそこだった事を物語っておりました。
 精液の塊が腰からお尻へとじわりじわりと下りてきました。それはまるでナメクジのようにヌルヌルと這い、今にも地面にドロリと落ちそうでした。ジーンズに垂れるのが嫌だった私は、それを指で掬い取りました。気持ち悪かったですが、あいにくティッシュやハンカチを持ち合わせていなかったため、指で掬うしかなかったのです。
 それにはまだ温もりが残っていました。その温もりを指に感じた辺りから、何やら急に私の気分がおかしな方向へと向かい始めました。

 背中への射精。
 見知らぬ男の精液。
 胸元を覗かれ放出された性欲の塊。

 それらの言葉が次々に頭に浮かんでは消え、また浮かびました。
 気が付くと私は指に絡み付く精液をジッと見つめていました。それはまるで老人の痰のようにプルプルし、真珠のように白く輝いていました。私はそれを素直に気持ち悪いと思いましたが、しかしそう思いながらもそれを親指と人差し指で滑らせながらその感触を確かめずにはいられませんでした。
 そのヌルヌルとした滑り具合は卵の白身によく似ており、そこから漂う匂いは『カビキラー』のようでした。色と感触は夫の精液と同じでしたが、しかし匂いだけは違っていました。夫の精液の匂いは焼きたてのホットケーキの香りによく似ており、これほど濃厚な『カビキラー』のような刺激臭は感じられないのです。

 私はその刺激臭に恐怖を感じました。ホットケーキの香りがする夫はゴールデンレトリバーで、カビキラーの刺激臭を漂わすあの男は野生のオオカミのような気がしました。しかもそのオオカミは飢えています。これだけ大勢の人がいる昼の公園で、見ず知らずの私の背中に精液をぶっかけたのです。まして、私の夫と息子がすぐ目の前にいるというのに、堂々とそれをやってのけたのです。

 非常に危険だと思いました。あんな危険な変質者を野放しにしていれば、いつかきっと誰かが襲われます。この平和を絵に描いたような公園で、女児が誘拐されたり女子高生がレイプされたりといった悲惨な事件が起きるのです。
 私は背筋を震わせました。それがもし自分の子供だったらと思うと、背筋の震えが止まらなくなりました。警察だ。そう咄嗟に思いながら膝の上に置いていたスマホを慌てて掴むと、スマホは指に絡み付いていた男の精液でツルンっと滑り、雑草の地面にバタッと落ちてしまいました。

 とりあえずこの精液を何かで拭き取らなければと思いながら、もう一度その指を見ました。パールホワイトの液体がネトネトと糸を引いていました。公園を吹き抜ける春風に乗って、濃厚な『カビキラー』の匂いがプーンっと漂い、私の脳をギギギッと締め付けました。
 その刺激は、背中に押し付けられていた柔らかくも硬い肉の塊の感触と、あの生温かい精液がブラウスの背中にバタバタと飛び散った勢いを鮮明に蘇らせ、おもわず私は異様な興奮に包まれてしまったのでした。

(つづく)

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